人間の本質は個人ではなく、人類としての類的存在にある。人間は人類として協力して文明を歴史的に発展させてきた。ここに他の動物と異なる人類の本質がある。その類的存在の基本原則は人類の構成員である個人個人の間の平等の原則であり、互いに人間として尊重される。これ以外に類的存在である人間の社会を理性的に有機的に機能させる原理はあり得ない。平等を基礎とする基本的人権に基づく民主主義は人類そのものの進歩を保証する原則なのである。人類は協力し、歴史的に継承して自然と社会を理解し、制御する科学を発展させてきた。それ故、人類の進歩は平等を基本とする民主主義の拡大と科学の進歩によって担われる。その際、人権・民主主義は最も重要な根本原則であり、全てに優先する。当然、科学に対しても人権が優先する。つまり、科学といえども人権を侵害することは許されない。原子力事故に際しても人権の尊重が最優先であることは当然の原則である。ところがICRP勧告には人権を侵害する勧告が多々見られる。
ICRPは内部被ばくの評価において、放射線の吸収エネルギーに対する応答としてのみ評価し、それ以外の電離作用などの作用を一切無視している。内部被ばくは局所的・集中的・継続的であり、電離作用が重要である。さらに放射線に応答する人体における実体は臓器であり、細胞であり、分子である。生体は免疫機能、ホルモン作用、神経作用などを介して有機的に結合して活動している。ところがICRPの理論にはこれらの具体的な実体が考察されていない。これでは内部被ばくの科学的な評価は不可能である。ICRPの被ばく評価体系においては、内部被ばくに対する科学性が決定的に欠如しており致命的である。1 その為、新勧告の被ばく評価は内部被ばくを無視しており、ICRPの参考レベルなどの被ばくの議論は被ばくによる被害を著しく過小評価していることになる。
p7「原発は福島第一原発事故などなかったかのように再稼働が進められ、一方で『被曝影響』をことさらに煽って被災者を苦しめる主張も横行していきました」。・・・福島第一原発事故の後にも、「空は青くない」の類いの話が散々出されました。いわく、「福島の事故はチェルノブイリより遙かに深刻だ」、「事故炉では再臨界が起こっている」、「福島ではたくさんの多くの人が”がん“になる」、「福島は放射線管理区域と同じだから人は住めない」、「被曝で奇形児が生まれるから、福島では子どもは生んではいけない」などなど。「得られているデータを見て科学の立場から検討すれば、これは荒唐無稽な主張であることはすぐわかります。ところがなぜ、こうしたデタラメが拡散されていき、少なくない人たちが信じてしまったのでしょうか。
その1つの理由が「反原発」の運動の中にあった、「事故や被害を大きく言った方が、運動にとって都合がよい」とか、「反原発に役立つなら、真実をねじ曲げたり嘘を言ったりしても許されるといった風潮です」。
p82「帰還するか否かは個人または家族が判断し決めることであって、政府が強制できるものではありません」。
というが政府や県が避難のための住宅や経費の援助を打ち切り、実質的に帰還を強制していることを野口氏は知らないはずがない。県は、自主避難者への住宅の無償提供を2016年度末で打ち切った。野口氏は財政的援助なしには避難を継続することが困難であることを知りながら、「個人が決めること」と自己責任を押しつけているのである。P88には「当時『子どもに年20mSvを許容するのか』という強い批判があったのを私は記憶しています。・・・多くの国民は事態を冷静に受け止めることが出来ない状況に陥りました。こうした状況が的外れな批判の背景にあったと思います。事故後の復興期において、参考レベルをどう設定し、関連する住民にどう伝えるか、この問題も大いに検証される必要があると思います」。
以上で20mSvの議論を終わっている。野口氏は「20mSvを許容するのか」という批判を的外れと言っているのである。まさに矢ヶ?氏の言う心理学的配慮の下にIAEAの避難させない政策に協力・助言している姿に見えてしまう。「20mSvを許容するのか」という批判が何故的外れなのか。野口氏は「20mSvより低い」と言いたいのであろうが、その半分でも高い値である。チェルノブイリでは低線量汚染地帯に住む子どもの7から8割の子どもが健康でないことが伝えられている。日本ではどうか検討しよう。
「『放射線を○mSv浴びた人が○人いたから、○人ががんになった』といった計算をするのは間違いです」(161ページ)。
「集団線量(被曝人数×被曝量)」×(単位被曝量あたりのがんおよび遺伝性影響の発症および致死の)「リスク係数」=がん発症およびがん致死の被曝被害想定
(福島県でがんが増えているという「自称専門家」たちは)「『被曝で“がん”が増える』に合致する『論文』や『データ』だけを収集し、それ以外は無視している」「過小でも過大でもない『事実』を発信するべき」だと(8ページ)。
*翻訳者として付言すれば、フェアリー氏は、危険hazardの複数形hazardsを使っており、それによって危険の程度や数値を表していると解される。
ここでは、大きく言って4つの点を検討する。第1は、UNSCEARがトリチウム放出の場合のリスクを集団線量として試算し公表している事実があり、政府・専門家が主張する「トリチウム放出無害論」と真っ向から矛盾するという点である(第1節)。第2点は、ICRPのトリチウムの線量評価(ドシメトリー)の体系――トリチウムの危険度やリスクを過小に評価する体系――線質係数・生物学的効果比・線量係数をはじめ各種の係数操作の体系(とりわけ線量係数)を分析し、それらによるリスクの過小評価の程度を大まかにでも明らかにすることである(第2〜6節および第9〜14節)。第3点は、少し余談だが、この点から見た放出するトリチウム水は「飲める」という麻生副首相発言の意味である(第7・8節)。第4点は、これらの諸要因を考慮した場合、UNSCEARの集団線量リスク係数から、事故原発からのトリチウムの放出について、どのような危険度が導き出されるであろうかということを大まかにでも推計することである(第15節)。*https://atomica.jaea.go.jp/data/detail/dat_detail_09-04-02-10.html
UNSCEARによるトリチウム放出のリスク係数(世界に対する集団線量)は以下の通りである(表4-1)。付言すれば、トリチウムの危険性について「過度に強調する」として西尾氏を批判している元NUMO理事の河田東海夫氏は、危険性を「適度に強調する」としてこのUNSCEARの集団線量リスク係数を引用すべきであった「はず」である。*野村大成・山本修「トリチウムによるマウス固体での遺伝子突然変異の誘発」『「トリチウムβ線のRBEとその線量率依存性」平成元年度文部省科学研究費補助金研究成果報告書』所収
*澤田昭三(当時広島大学原爆放射能医学研究所)「研究の総括と今後の研究課題」『「トリチウムβ線のRBEとその線量率依存性」平成元年度文部省科学研究費補助金研究成果報告書』所収
*多核種除去設備等処理水の取扱に関する小委員会資料3-1「トリチウム水およびトリチウム化合物の生体影響について」(著者は茨城大学田内広教授)
https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/osensuitaisaku/committtee/takakusyu/pdf/011_03_01.pdf
日本放射線影響学会 放射線災害対応委員会編「トリチウムによる健康影響」
https://jrrs.org/assets/file/tritium_20191212.pdf
*堀雅明、中井斌 「低レベル・トリチウムの遺伝効果について」保健物理,11,1-11(1976)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jhps1966/11/1/11_1_1/_article/-char/ja/
**(賀田恒夫・定家義人「枯草菌の形質転換におけるDNA不活化の線量依存性――トリチウム水の場合――」『トリチウム資料集・1988』所収、219〜222ページ)
*朝日新聞デジタル https://www.asahi.com/articles/ASP4J67HDP4JULFA022.html
つまり、毎日2リットルとして1500Bq/Lのトリチウム水3000Bqを長期にわたり「飲める」(もちろん幼児も子どもも含めて)というのは、驚くことに、日本政府の、日本の副首相じきじきの、「公式」見解なのである。年間で累計110万Bq、生涯で(70年で取って)およそ8000万Bqのトリチウム水を飲んでも「無害だ」という主張なのである。
「私たちはトリチウムがどれほど危険であるかということを明らかにし、W・S・スナイダー(ORNL[オークリッジ国立研究所]保健物理部の次長、ICRPの内部被ばく線量委員会の事務局員)と私は、トリチウムの『線質係数』の値を引き上げるよう命がけで努力した。」だが「線質係数が高くなると」「放射線を取り扱っている施設に雇用されている人々の作業条件がより安全になる」が、「産業界と軍にとってこれに対応するためにより困難が生じ経費がかかるので重大なことである」。「スナイダーと私は、トリチウムの線質係数は(当時の)1.7から4あるいは5に上げることを議論した」。「私たちは強い反対に直面した。英国出身のICRPメンバーであるグレッグ・マーレイは、少なくとも原子力産業界がICRPに対して密接な関係を持っていることを率直に認めている。ICRP主委員会の際に、マーレイは、スナイダーと私が求めるより高い線質係数を使えば、作業条件はその分だけより安全になるだろうが、そのように変えると政府はトリチウムを使った兵器製造ができなくなるということを公に認めた。同じことが(アメリカの核兵器工場であった)ロス・アラモスにおいても真実であった。」「私をとくに困惑させたことは、ロス・アラモスでグローブボックスに手を入れている大多数の放射線作業者が婦人だったことである。」「1970年に私がICRPを去って間もなく、トリチウム問題は線質係数を1.7から1に下げることにより解決し、それが現在も残っている」。(モーガン前掲書154〜155ページ)
*https://www.greenpeace.org/static/planet4-japan-stateless/2020/10/ba82306e-radioactivewater_jp_fin.pdf
**伴英幸「トリチウムの危険性」原子力資料情報室
https://www.foejapan.org/energy/fukushima/pdf/200503_ban.pdf
*原著はLinus Pauling, No More War, Dodd, Mead and Co, 1958、邦訳は丹羽小弥太訳『ノー モア ウォー』講談社(1959年)71〜73ページ。
もう一つは、1959年原水爆禁止世界大会において世界に向けて発せられた文書――上記ライナス・ポーリング博士を筆頭に物理学者の坂田昌一氏をはじめ世界の26人の科学者が名を連ねている「第5回原水爆禁止世界大会に集まった科学者のアピール」(1959年8月7日付)である。それは、「放射能被害」に関して「とくに注目する必要がある」諸点の1つとして、ストロンチウム90と並んで、炭素14の危険性を特記して警告している。その部分を引用して本章を終わろう。
「水爆実験の結果、大気中の炭素14は最近5年間に10パーセントふえている。この放射性物質は通常の炭素とともに人体に入り込み、約5600年にわたる半減期をもって放射線を出し続ける。炭素14は今後幾十世代にわたり遺伝的および身体的影響を人体に及ぼし続けるであろう。」*
* 原水爆禁止日本協議会編『原水爆禁止世界大会宣言・決議集 第1回――第20回』(1975年)42〜43ページより引用。
*日本政府と政府側専門家(日本学術会議)は、人間に対する放射線被曝の遺伝的影響(遺伝性影響および継世代影響も同じ意味で使用する)一般を事実上「ない」とする見解に立っている。この点の批判的検討は本章の付論で行っている。ただ、本来の行論からは多少外れるので、ヒトへの遺伝性影響が「『ある』か『ない』」かという議論に直接関心のない読者の方々には、付論を飛ばして読んでいただいても問題はないとこを指摘しておきたい。
これだけを確認して、トリチウムの被曝リスクの具体的なメカニズムの検討に進もう。*松本義久編『人体のメカニズムから学ぶ放射線生物学』メディカルビュー(2017年)271ページなど参照のこと
第2は、粒子線によるDNA分子損傷が修復の困難なDNAの複雑な損傷(「クラスター損傷」)を生み出す傾向を持っていることである。核開発推進側の国際機関であるICRPや日本政府傘下の放医研や日本原子力開発研究機構(JAEA)でさえ、このことを明確に指摘し警告している。*日本語訳は「の中に」となっているがわかりにくいので訂正した――引用者
「飛跡構造のデータは、放射線生物学的情報と相俟って、DNAに対する生物学的に重要な損傷の性質に関して考える上で大きなインパクトをもたらした。」「特に、放射線で誘発されるDNA損傷の大部分は化学変化の複雑なクラスターの形で*現れると認識されるようになった。そのようなクラスター損傷は、主飛跡、二次電子及び二次的な活性ラジカル種によって誘発される損傷の組合せを通して発生しうる。DNAの糖・リン酸バックボーンにおける二本鎖切断と一本鎖切断(DSBとSSB)及び種々の損傷したDNA塩基は、クラスターを成して、お互いに近接している全損傷のうち多くの割合と結合することができる。」「複雑なクラスター損傷は、低LET*放射線(β線やγ線――引用者)及び高LET放射線(α線など――引用者)によって生じる全DNA損傷の中の、それぞれ60%(低LET)及び90%(高LET)を占めるかもしれない」(107ページ)。
「放射線はさまざまなDNA損傷をつくる。低LET放射線(β線やγ線・X線)により加速された電子については、飛跡の末端部分や2次電子の電離の空間密度がたいへん高いことが知られている。このような高密度の電離で生じたDNA損傷は特定部位に集中した複雑なDNA損傷であるため、クラスター損傷と呼ばれる。クラスター損傷は修復がしにくく、たとえ修復しても配列情報が2本鎖の双方から失われるため、突然変異をもたらす。…高エネルギーX線やγ線照射などによる100keV程度の電子では全2本鎖切断の20%がクラスター損傷で、1keV程度の電子で全体の30%程度がクラスター損傷である。一方α線では、二本鎖切断の70%程度がクラスター損傷である」(133〜134ページ)。
*トリチウムによる遺伝的影響が「ある」ことを示した研究の一つとして:
栗下昭宏ほか「マウスF1胎仔の外形奇形発現に及ぼすトリチウム水の影響」『「トリチウムβ線のRBEとその線量率依存性」平成元年度文部省科学研究費補助金研究成果報告書』所収を挙げておく。
**渡辺悦司・遠藤順子・山田耕作『放射線被曝の争点』緑風出版(2016年)第2章を参照のこと。
***難病情報センター「2015年から始まった新たな難病対策」
* Eiichiro Ochiai, Nuclear issues in the 21st Century[邦題:21世紀の核問題], Nova Science Publishers Inc., New York, 2020, 276ページ
多くの先進国で再生産年齢の男性の精子数が減少していること、精子の活動性が低下していることは、すでに広く認識されている*。さらに最近では、人口減少がたんに先進国にとどまらず、全世界に及びつつあるのではないかと考えられるようになっている。雑誌『世界』(岩波書店)は「サピエンス減少――人類史の折り返し点」という特集(2021年8月号)を組み、「世界人口」が「長期の人口減少期に入り始めている」と結論づけている。新型コロナパンデミックの影響もこのような「増加から減少へと向かう世界人口の歴史的転換を加速するもの」と捉えなければならないと指摘している(87〜88ページ)。ただ、同誌は、このような人口減少の原因として主に社会経済的な諸要因を挙げ、それらと複合的に作用する放射能汚染を含む環境汚染にはあまり注目していない。だが、中国の人口減少への転換が典型的に示しているように、人口減少には社会政策ではコントロールできない要因がある。それは、環境要因であり、核兵器開発・核開発・工業化に伴う環境の放射能汚染と化学物質汚染であると考えられる。*たとえば「最近の精子数の減少に関する国内外文献調査」平成9年度厚生省心身障害研究「不妊治療の在り方に関する研究」1997年
https://www.niph.go.jp/wadai/mhlw/1997/h090928.pdf
*デノボ変異とは両親が持っていない新しい変異のこと――引用者注記
精子・卵子の段階でのトリチウム被曝
「自閉症などの発達障害では、精子、卵子のDNAの新規の突然変異(デノボ変異*)が、発症に因果関係があることが、すでに科学的に確定している。
胎児の段階でのトリチウム被曝の影響
これは受精の際の問題だが、その後胎児が成長すると、脳細胞のDNAは特に活発に活動して脳を共発達させていく。トリチウムは脳細胞でも、被曝した細胞のDNAに変異を起こし、異常を生じさせる。
この異常の程度にはいろいろあるが、最悪の場合には、DNAの塩基間の水素結合を壊し、DNA二重らせん構造はもはや機能を失ってしまう。そのため脳のあらゆる種類の細胞は細胞死を起こす可能性が高まり、脳機能の要である神経回路網の異常の原因となる。
大人にも受け継がれる
認知機能の低下、運動機能の低下など、子どもの脳の発達を妨げるだけでなく、大人の脳機能も低下し、認知機能がトリチウム被曝によっておかしくなる可能性がある。
さらに、トリチウム汚染による神経細胞死は、認知機能の低下、老化関連脳疾患を起こす加齢以外の一つの原因となる。
脳の神経細胞の特殊性――その長生きする性質
ヒトの脳の主役、神経細胞は記憶が何十年も保たれるように、他の細胞より格段に長生きで入れ替わりにくく更新されない。
大国の核実験による放射性物質の蓄積もあるが、日本ではアルツハイマー病、パーキンソン病ばかりでなく、統合失調症や一般の精神疾患も、福島事故以後日本で急に増えている。
トリチウムの蓄積する部位
発達障害、アルツハイマー病など脳関係の疾患については、「トリチウムの脳細胞への長期蓄積による神経細胞などの異常が、脳機能への影響の原因」とすれば説明できる。しかも脳では一般の脂肪組織ではなく、特に神経情報をはこんでいる電気コード(軸索)にトリチウムは残留・蓄積するので、他の組織と違い、脳神経の機能回路に与える影響が甚大で、老化関連脳疾患、発達障害が将来、更に増える危険がある。
電気的絶縁体であるミエリン損傷の意味
記憶などの高次機能に肝心の「シナプス」の代謝は、主に細胞体から順行、逆行する軸索流の各種成分で保たれているので、神経回路網など脳の機能に障害が起こるのは当然だ。シナプスの伝達物質が出る接合部は軸索(絶縁体としてのミエリン)に覆われていないが、軸索のミエリン被覆がどのくらいシナプス部に近いのかは、いままで研究者があまり重要と思わず、トリチウムが脳への毒性をもつのは確かだが、詳しくは、まだ研究が少なくわかっていない」。
黒田洋一郎、木村・黒田純子両氏の著書『発達障害の原因と発症メカニズム 第2版』河出書房新社[2020年]313〜314ページ。
「(患者の死後脳を調べると)双極性障害の患者の脳に、ミトコンドリアDNAの変異が多いというデータが得られた。… 磁気共鳴スペクトロスコピーのデータとそのDNAのデータを合わせると、双極性障害の少なくとも一部は、ミトコンドリア病と似たような分子レベルの変化があり、脳のエネルギー代謝に障害が生じて発症している可能性がある」(266ページ)。
・高井大策「低線量率放射線長期連続照射が腸内細菌叢に与える影響」環境科学技術研究所
政府・電力会社傘下の研究機関がマウスへの15mGy(0.05mGyを300日)という低線量被曝において腸内細菌叢への放射線影響を認めた文献として重要である。
・Anton Lavrinienko et al, Environmental radiation alters the gut microbiome of the bank vole Myodes glareolus, The ISME Journal volume 12, pages2801-2806 (2018)
チェルノブイリの汚染地域のネズミによる放射線の腸内細菌叢への影響の研究。
・David Cacero et al, Space-type radiation induces multi-modal responses in the mouse gut microbiome and metabolome, Microbiome 20175:105
宇宙飛行士の被曝による腸内細菌叢の撹乱についての研究の一つ。宇宙飛行士の腸内細菌叢の影響の研究は多くあるようである。
・Harry Sokol, Timon Erik Adolph, The microbiota: an underestimated actor in radiation-induced lesions?, BMJ Volume 67, Issue 1
医療被曝による腸内細菌叢の撹乱の研究にかんする註釈がある。
・Shiran Gerassy-Vainberg et al, Radiation induces proinflammatory dysbiosis: transmission of inflammatory susceptibility by host cytokine induction, BMJ Gut. 2018 Jan;67(1):97-107. doi: 10.1136/gutjnl-2017-313789. Epub 2017 Apr 24
https://gut.bmj.com/content/67/1/97
医療被曝による腸内細菌叢の撹乱の代表的な研究の一つ。
・清野宏・植松智編『実験医学増刊 生体バリア』羊土社(2017年5月1日号)には医療用の放射線照射によって生じる「腸内細菌の組織侵襲」を含む「放射線性消化管症候群」が指摘されている(121〜126)。
「トリチウムは、①水素の仲間(放射性同位体)であり、②弱い放射線を出す放射性物質。③トリチウムは、雨水や、海水、水道水など自然界にも広く存在している。④多核種除去設備では、トリチウムを除去することは困難。また、⑤トリチウムは、各国の原子力施設から放出されており、福島第一原発に貯蔵されている全量以上のトリチウムが1年間で放出されている例もあるが、⑥トリチウムが原因と考えられる影響は確認されていない」(日本政府廃炉・汚染水・処理水対策関係閣僚等会議「東京電力ホールディングス株式会社福島第一原子力発電所における多核種除去設備等処理水の処分に関する基本方針」2021年4月13日付)*。
*https://www.kantei.go.jp/jp/singi/hairo_osensui/dai5/siryou1.pdf
*このことは、放射線取扱主任者試験受験用テキスト(柴田徳思編『放射線概論』通商産業研究社[2019年])に明記されているし、放射線についての一般向けの一連の解説書にも明確に記載されている。たとえば、鳥居寛之(東京大学大学院総合文化研究科助教)らの著作『放射線を科学的に理解する』丸善出版(2012年)は、「阻止能(エネルギー損失)の大きさ」(ここでは電離効果の大きさ、すなわち反応性と考えてよい―引用者)は荷電粒子の「速度vの2乗に反比例する」と明記している(26〜28ページ)。すなわち、速度が遅くなれば、その2乗に阻止能は増大する。同じ内容は、多田将(高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所 准教授)『放射線について考えよう』明幸堂(2018年)74〜78ページなどにも解説されている。ここでは、もっと明確にこの点を述べた、ジョン・ゴフマン氏の規定を引用しておこう。「(β線・α線のような)荷電粒子の速度が遅くなるにつれて、電離効果は増大する。即ち、β線粒子、α線粒子が電離によりエネルギーを失って減速するにつれ、一段と効率よく次に電離を引き起こす」(ジョン・ゴフマン『人間と放射線』明石書店[2011年、最初の発刊は1991年]43ページ)、政府文書作成者がこのことを知らなかったとは考えられない。
*「原発60年超運転浮上 建て替え見送り延命頼み」日本経済新聞2021年7月21日は「政府内で原子力発電所の運転期間の(60年超への)延長論が浮上している」と書いている。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA15CZB0V10C21A7000000/
*たとえば、日本原子力学会 シニアネットワーク連絡会、エネルギー問題に発言する会などのサイト参照のこと。ここでは典型的な例として、河田東海夫・元原子力発電環境整備機構(NUMO)理事の諸論考を挙げておこう。
●「海洋放出の早期実現にはマスメディアの協力が必要だ」
http://www.aesj.or.jp/~snw/tritium/tritium-TK01.html
●「トリチウム内部被ばくの恐怖を煽る西尾氏の欺瞞と非倫理性」
http://www.aesj.or.jp/~snw/tritium/tritium-TK01.html
●「【玄海原発と白血病】に騙されないで」「玄海町の白血病死多発問題:トリチウムが原因とする森永説の非科学性」
http://www.engy-sqr.com/watasinoiken2/20200913kawatasiryou.pdf
トリチウムを大気や海に放出する場合の安全性については、処理水取り扱いに関する小委員会報告書で、①仮にタンクに貯蔵中の全量相当のトリチウムを毎年放出し続けた場合でも、②公衆の被ばくは日本人の自然界からの年間被ばくの千分の一以下にしかならないとの試算結果が示されている。③安全上全く問題ないレベルである。④しかるに巷間ではトリチウムの危険性を過剰に煽る言説がネット上などで拡散している。
⑤度を過ぎた不安情報発信で世の中を乱すのは社会的犯罪だ。… そうした(トリチウムの危険性を過剰に煽る)情報発信の急先鋒は、北海道がんセンター名誉院長の西尾正道氏である。
*放射線医学総合研究所(以下放医研と略記)編『低線量放射線と健康影響』医療科学社(2012年)23ページ。元データは原子力安全研究協会「生活環境放射線」2011年。
現在も降下し続けている過去の大気圏核実験の放射性降下物(「死の灰」)による年間被曝量は0.01mSvすなわち10μSvとされている。河田氏の挙げている年間約2μSvという被曝量は、その5分の1に相当する。決して「無視できる」レベルではない。*「裾切り線量」(英語ではde minimis doseあるいはnegligible individual dose)とは、それ以下の線量をもたらす放射性物質は、危険性を無視できるレベルであり、環境中に放出しても問題ないとする線量のことである。これは、2005年原子炉等規制法改正おいて採用された非常に危険な考え方であって、詳しい検討が必要であるが、ここでは指摘だけにとどめるほかない。エリック・ホールほか『放射線医のための放射線生物学』日本語版は原書第4版 篠原出版新社(1980年)550ページ、英語版Radiobiology for the Radiologist第7版264ページ。英語最新版(第8版)は以下のサイトで読むことができる。
https://www.academia.edu/39229645/Radiobiology_for_the_Radiologist_eighth_edition
*本稿の執筆に当たっては、イアン・フェアリー氏の著書『トリチウム・ハザード・レポート:カナダの核施設がもたらしている汚染と放射線リスク 第2部 トリチウム放射線の危険性」――Ian Fairlie; Tritium Hazard Report: Pollution and Radiation Risk from Canadian Nuclear Facilities, Greenpeace, 2007――を大いに参照した。日本語訳を作成したので必要な方はお知らせいただければ送ることが可能である。
*たとえば、日本放射化学会編『放射化学の事典』朝倉書店(2015年)は、1950〜1960年代の「核実験による放出量は天然トリチウムの存在量の200倍以上推定されている」とした上で、雨中のトリチウム濃度の推移を例に挙げ、「現在は天然の濃度に戻ったと考えられている」と書いている(214ページ)。
● 窒素(陽子7個・中性子7個)+中性子→炭素(陽子6個・中性子6個)+トリチウム(陽子1個・中性子2個)、
● 水素(陽子1個)+中性子→重水素(陽子1個・中性子1個)+中性子→トリチウム(陽子1個・中性子2個)
● ホウ素(ボロン)原子(陽子5個・中性子5個)+ 中性子 → ヘリウム原子(陽子2個・中性子2個)× 2 + トリチウム原子(陽子1個・中性子2個)
● リチウム原子(陽子3個・中性子3個) + 中性子 → ヘリウム原子(陽子2個・中性子2個) + トリチウム原子(陽子1個・中性子2個)
● リチウム原子(陽子3個・中性子3個) + 中性子 → リチウム7原子(陽子3個・中性子4個、リチウムの同位体)
● リチウム7原子(陽子3個・中性子4個) + 中性子 → ヘリウム原子(陽子2個・中性子2個) + トリチウム(陽子1個・中性子2個) + 中性子
*神田誠ほか『原子力教科書 原子力プラント工学』オーム社(2009年)に解説がある。
**原子力安全委員会(当時)「発電用軽水型原子炉施設の安全審査における一般公衆の線量当量評価について(1989)」は、110万kw原発について年間の液体トリチウムの放出量を次のように想定している:
加圧水型PWR:7.4×10の13乗Bq=74テラ(兆)Bq/年
沸騰水型BWR:3.7×10の12乗Bq=3.7テラBq/年
● 水H2Oの水素(陽子1個)+ 中性子 → 重水素(陽子1個・中性子1個)
● 重水HDOの重水素(陽子1個・中性子1個)+ 中性子 →トリチウム(陽子1個・中性子2個)
*多核種処理設備等処理水の取扱に関する小委員会事務局「トリチウムの性質等について」
https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/osensuitaisaku/committtee/takakusyu/pdf/008_02_02.pdf
*落合栄一郎氏が引用している、「100Bqを与える放射性物質の重量」からトリチウムの重量(9.3×10-14g)により計算した(『放射能と人体』講談社[2014年]57ページ)。
*http://kakujoho.net/npt/tritium6ks2.html
http://kakujoho.net/npt/tritium6ks4.html#:~:text=%E5%85%AD%E3%83%B6%E6%89%80%E5%86%8D%E5%87%A6%E7%90%86%E5%B7%A5%E5%A0%B4%E3%81%AE%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AE%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%81%E3%82%A6%E3%83%A0%E5%B9%B4%E9%96%93,%E7%B4%8410%E5%80%8D%E3%81%A8%E3%81%AA%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82
*イアン・フェアリー「原子力発電所近辺での小児がんを説明する仮説」
http://fukushimavoice2.blogspot.com/2014/12/blog-post.html
*中部電力は浜岡原発(BWR)からの気体トリチウム放出量を公表している(1997〜2008年度)。
・気体は合計9.48T(テラ)Bq
・液体は合計9.31T(テラ)Bq
でほぼ1対1となっている。したがってトリチウム総放出量は、液体トリチウム放出量の約2倍(正確にはBWRの場合)とすれば良いと考えられる。浜岡の放出量統計にスパイク放出が含まれているかどうかは不明だが、恐らく算入されていないと思われる。
https://www.chuden.co.jp/energy/hamaoka/hama_jisseki/hama_haikibutsu/index.html
*伴英幸「トリチウムの危険性」2020年5月3日 原子力資料情報室より引用した。
https://www.foejapan.org/energy/fukushima/pdf/200503_ban.pdf
(Distribution of tritium in estuarine waters: the role of organic matter
Andrew Turner*, Geoffrey E. Millward, Martin Stemp
Journal of Environmental Radioactivity 100 (2009) 890-895)
河口水域におけるトリチウムの分配――有機物質の役割(pdf,14ページ,373KB)
http://www.torikaesu.net/data/20181122_watanabe.pdf
*ドイツ・連邦放射線防護庁の疫学調査報告「原子力発電所周辺の幼児がんについての疫学的研究」。
原題は、Epidemiologische Studie zu Kinderkrebs in der Umgebung von Kernkraftwerken
原子力資料情報室 澤井正子「原子力発電所周辺で小児白血病が高率に発症
−ドイツ・連邦放射線防護庁の疫学調査報告」
*H. O. Dickinson, L. Parker, "Leukaemia and non-Hodgkin's lymphoma in children of male Sellafield radiation workers", International Journal of Cancer, vol.99,2002: pp437-444
原子力資料情報室通信339号 上澤千尋「セラフィールド再処理工場周辺の小児白血病リスクの増加 父親の放射線被曝の影響を再確認」(2002年8月30日)