ICRP体系を科学の目で批判する  矢ヶ克馬

2019年12月



ICRP体系を科学の目で批判する

―社会的・経済的戒律から人権と科学の体系へ―

矢ヶ克馬




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ICRP体系を科学の目で批判する(pdf,9ページ,246KB)


 科学の原理に悖る諸概念を恣意的に導入している国際放射線防護委員会(ICRP)体系は科学としての柱が立っていない。国際原子力ロビーの用語を借りると「社会的・経済的」戒律である。ICRP体系を客観的に批判するには、科学と民主主義の観点が必要である。

§1 ICRP体系の戒律、功利主義哲学、知られざる核戦争
(1)科学の柱が無いー定義の無視と因果律からの逸脱―
ICRP体系は「社会的・経済的」戒律であり、科学体系ではないのである。(ここで、社会的・経済的という言葉は国際原子力ロビーの特殊用語であり、その意味は「核推進を妨げないように、国や産業に大きな負担を掛けないように」という意味である。「戒律」は核兵器・原発推進権力によって支配体系化された「決まり」という意味である。)


ICRP戒律の特徴
①物理量を定義通り使わないこと、
②科学・因果律を否定した恣意的物理量で組み立てられていること、である。
根本において科学体系でないのである。


(概略説明)
①物理量を定義通り使わないことは<科学の背骨を抜き去る>ことである。
   その内容は:
       1.計測単位を「臓器ごと」に固定すること
       2.吸収線量を照射線量で置き換えること
②科学概念の中枢である因果律を否定した恣意的物理量が設定されている
      ―放射線加重係数、生物学的等価線量、組織加重係数、実効線量等―

 用いる概念が科学の基礎原理「因果律」を破壊している:出力(被害)が大きいことを入力(放射線エネルギー)が大きいことに置き換えている。

因果関係とは「対象に対して作用:刺激(入力)があり、作用された対象の中で刺激に応じて反応が生じ、反応に応じた現象(出力)が生じるという関係である。ICRP体系は「作用された対象の中で刺激に応じて反応が生じる」という対象内での躍動的変化を科学として探求せず、ブラックボックスに閉じ込める。反応関係をブラックボックスに閉じ込めることは、出力の多寡を形而上学的形式論理で「出力が大きいことは入力が大きいこと」に置き換え、被害が大きいことを入力放射線のエネルギーが大きいこととして扱う。
この様に取り扱うことにより、出力として健康被害を彼らの認めるがんと少数の組織的被害だけに閉じ込めることが可能となった。権力支配の「戒律」による被害の矮小化である。健康被害の多様性と量の多さを封じ込める「戒律」が、残念ながら、世界を支配しているのである。



ICRP体系は「因果関係」の記述を放棄し完全に科学から逸脱しているのである。
因果関係を破壊しているICRPの恣意的物理量が以下のものである。
       1.線質加重係数・生物学的等価線量
       2.組織加重係数・実効線量 単位シーベルト
これらは放射線の作用を解明せず生命体の反応をブラックボックスに閉じ込めることが前提となっている。ブラックボックス故に放射線被害を極めて狭い疾病範囲に閉じ込めることが可能となったのである。

(2)哲学が功利主義であり、その主張するところは「人権と民主主義」を否定している。
 ICRPの防護3原則(①正当化 ②最適化 ③線量限度)は人権と見主主義を否定する功利主義である。リスクすなわち命に係わる「人格権」と産業の『営業活動』を比較し、公益が上回るならばその放射能被害をもたらす活動が正当化できる(正当化)、社会的経済的基準で防護活動をほどほどにすればよい(最適化)、産業活動がし難くなるような厳しい基準は作らない(線量基準)というものだ。それを世界各国が受け入れているのである。特に第1原則「正当化」はまさに「核産業の民主主義への挑戦状」となっている。
 政治的には「核拡散防止条約」に基づく核支配の実践的ポリシーである。「核拡散防止条約」は核抑止力による核兵器独占体制とそれを補完する原発推進の強制装置である。

(3)「知られざる核戦争」ICRP体系の上記の特徴は核被害を「科学的に」また「哲学的に」過小評価するところを目的とするところから派生しており、矢ヶ克馬はこれを「知られざる核戦争」と呼んできた。それは調査・測定の放棄であり、測定値の節操無き「低線量に見せかける操作」である。また、放射線の健康被害を極めて狭い範囲に閉じ込めてきた操作でもある。
それは例えば以下のところに象徴的に現れている。  
①環境量を生活量に(線量制限の法律は環境量。ICRP支配は被曝強制策として生活量に変えている)

「実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則」の規定に基づく線量限度等を定める告示 によれば、住民の居住する「周辺監視区域」とは、「管理区域の周辺の区域であって、当該区域の外側のいかなる場所においてもその場所における線量が経済産業大臣の定める線量限度を超えるおそれのないものをいう(規則第1条)。」その線量限度は(実効線量として)「一年間につき一ミリシーベルト(1mSv)」と定められている(告示第3条)。

 ここで重大なことは線量限度が設定されているその線量は地域についての環境量としての線量である。また「環境放射線モニタリング指針」によれば、「汚染環境の基礎データとして諸方面に情報を提供するもの」としてガンマ線の空気吸収線量率(グレイ毎時[Gy/h])をもちいることが規定されている。
これに明らかに違反しているのは、年間1mSv に対応する吸収線量率である。環境量として(環境の汚染として捉えるならば)単純に1時間を1年に換算せればよく、それは 0.114μSv/h という値が対応する物理量である。しかるに政府は環境量を 示すことは一切せず、屋内に16時間、屋外に8時間という仮定上の生活量に変えて環境量の60%にあたる 0.19μSv/h (自然線量率込で表示すれば0.23μSv/h) を年間1mSvに対応させているのである。

②モニタリングポスト
  矢ヶらの測定によると実際量の半分しか表示しないシステムが配置させられている。
③国の責任において調査すべきを「調査しない・データを取らない」という文明国としてあるまじき棄民を行っている。すなわちデータが無いことは被害を裏付ける証拠が無いとして「被害は無い」ことにされるのである。安倍首相のオリンピック誘致の際の「健康被害は一切ない」はこの政策の見事な適用である。

 ICRPを客観的に批判するには以上の観点からの詳述が必要であるが、ここでは科学的問題点のみに限定する。


§2「物理量を定義通り使用しない」
<吸収線量の定義>まず吸収線量の定義から確認しよう。
     D=dE/dm 
  (Dは吸収線量、Eは質量mに吸収されたエネルギー、式の意味は微小質量dm当たりの放射線が与えた微小吸収線量dEの割合が吸収線量Dです、と説く。)
吸収線量は微小質量で受け取る吸収エネルギーと定義される(1990年ICRP勧告)

 ①計測単位を「臓器ごと」とする―内部被曝の切り捨て
 同時に同勧告は運用上「臓器ごと」を計測単位とすることを宣言している。
 *広範囲に電離作用が分散する外部被ばくやカリウム40の被曝は全身にわたって被曝領域が展開する。これらは臓器ごとの計測で現実の被曝状況が近似できる。
 *内部被曝では、特に放射性微粒子による被曝状況は放射性微粒子周囲に「電離」が集中しアルファ線とベータ線は短い飛程のために局所集中的な被曝を与え、大部分の細胞は電離を受けない。内部被曝の電離の展開に基づく定義通りの導出を避けていることをまず指摘する。
 臓器単位にすることは膨大な非被曝(電離を受けない)細胞を計算分母に加えて微粒子周辺細胞の高線量被ばくを極端に過小評価することとなる。ICRPは「がんの発生は単一の異常DNAを持つ細胞の細胞分裂から始まる」としており、自ら定義するがん発症の条件が自らの定義で見えなくさせられている。内部被曝の危険を見えなくする目くらましである。
 「内部被曝は外部被ばくと同じ」とするICRPは自らの定義を踏みにじっている。
 *内部被曝の場合、水溶性(原子1個1個に分解)の被曝は全身に及ぶ(血液やリンパ液に乗り全身循環⇒生物学的半減期に従う) + 化学的生理学的に臓器に親和(生物学的半減期に従わない)場合と、不溶性(微粒子のままで体内の一か所に留まる)の被曝は水溶の場合と異なり臓器に偏る。水溶性の場合でも血液が集中する臓器の継続的多量被曝が全く見えなくさせられている。

§3 吸収線量を照射線量で置き換える
 *照射線量の単位を吸収線量に合わせる

 ファントムにおける実効線量測定概念は全て照射(表面線量)で置き換えられている。ICRP体系自体が吸収線量を定義しながら全て表面線量で置き換えられている。
 人間、マウス、培養細胞等で厚さの異なる被射体は同一照射線量でも吸収線量は極端に異なる(薄いほど吸収線量は低く、漏えい線量が多くなる)。
 ICRPでは、漏えい線量をも吸収線量に加えているのである。
結果として、培養実験、動物実験等の吸収線量見積りに巨大過大評価を与え、DNAが修復されずに残る閾値などが数ケタもつり上げられる。その結果、低線量被ばくの無視 (ICRPやUNSCEARは重大な科学的到達点をネグレクト)

 図1に示すように、吸収線量は照射線量マイナスの透過線量(背後に通り抜けた漏えい線量)である。実験的に吸収線量を計測するには青色物体の前後に計測器を置いて測定し、その両者の差を吸収線量とすべきである。しかし現行では、1兩量当量をはじめとして、実効線量は臓器あたりの線量を求めるためにモデルファントムの表面から臓器までの深さに相当する場所に測定器を置いたとして、その測定器の線量を臓器の実効線量とする。まさに臓器に対する照射線量(表面線量)である。照射線量を測らせて「実効線量(吸収線量)」としているのだ。臓器の厚さなどは問題にされずすべて照射線量を持って吸収線量とするのである。ここでモデルファントムとは放射線の人体影響を見積もるための人体模型である。


図1 照射線量・吸収線量・透過線量。青色部分が今注目する生命体を表す。透過線量(漏えい線量)は生命体に何の電離も与えない。吸収線量を計測するには青色物体の前後に計測器を置いて測定し、その両者の差を吸収線量とすべきである。

 正確な吸収線量は照射線量の何%かに過ぎない。しかし、原爆被爆者の線量評価についても、核分裂連鎖が生じた場所からの初期被ばくは一切が、爆心地からの距離により到達線量が計算され、到達線量がそのまま吸収線量とされた。
 建物などの影にいた人は遮蔽が考慮されたが、すべて、外部被ばくについては照射線量が吸収線量として用いられた。
 そこでは、外部被ばく(ガンマ線と中性子線)と内部被ばく(アルファ線、ベータ線、ガンマ線)の放射線による効果の違いがまったく無視され、外部被ばくと同じ尺度で計算対象とされた。内部被曝の元となる放射性降下物は測定の名において(大洪水に洗われたことを無視して)「健康被害を与えるに値しない少量である」とされた。
 動物実験や細胞実験・培養実験等においてもすべて照射線量で結果が論じられている。

 照射線量と吸収線量無分別の典型的な例として、山下俊一氏グループによる研究:
 鈴木正敏ら:『低線量放射線被ばくによるDNA損傷の誘導と排除』(長崎医学会雑誌87239(2012))がある。
 実験方法は滅菌カバーガラス上に細胞を播種し、X線200mGy/分線量率照射などと記述している。
 彼らは考察で、

「放射線被ばくによるDNA損傷の誘発を調べると、100mGyという低線量放射線でも明らかにDNA損傷の誘発があることが確認できた。」「100mGyでは照射6時間後までに大半のDNA損傷が除去され。 さらに、照射24時間後までには照射前の状態にまで戻ることが確認できた。 もちろん、 照射前からフォーカスが存在していることから、 放射線被ばくによって誘発されたDNA損傷が全て排除されたかどうか判断するのは困難であるが、フォーカス陽性細胞の割合や細胞核あたりのフォーカス数も照射前の状態に戻っていることから、 単に数的な解析だけでなく、 質的な解析の結果も、 放射線により誘発されたDNA損傷が全て修復され排除されたと考えることが妥当であることを示している。
以上の結果から、 lOOmGyの低線量放射線被ばくによってできるDNA損傷は、細胞が対応できるレベルの範囲内であると結論づけた。
それでは、 細胞が対応できないレベルの放射線線量はどの程度なのであろうか。 今回の結果では、 250mGy以上の放射線照射では、照射24時間後でも残存するDNA損傷が存在することが明らかになった。
DNA損傷修復の動態を見ると、 照射24時間後以降でも若干のDNA損傷数の減少が見られるが、 それを考慮しでも、250mGyによって誘発されたDNA損傷は全て修復できないことが明らかである
 したがって、 細胞が対応できる放射線のレベルの下限は、 100mGyよりも大きく、 250mGyよりも小(である)

 と述べている。ここの考察で「照射線量」との明記はなく、「100mGyという低線量放射線」という表現しかない。この表現はICRPの線量評価の実態をよく反映している。半価層が100个箸掲殕椡佞慮さを1个伐渉蠅靴毒殕椡佞傍杣される線量を求める。その結果はほぼ完全に「DNA損傷修復」がなされた「吸収線量」は100mGyではなく0.69mGy、損傷の全ては修復できないとする線量は250mGyではなく1.73mGyということになる。
 ちなみに半価層とは入力した放射線の強度が半分になる距離である。
 単一物質中を距離l進んだ時の放射線強度は次式で与えられる。
N(l)=N0 e-(log2/L)l
N(l):距離 l を通過するときの放射線強度
N0:物質層に突入するときの放射線強度

 吸収線量に焦点を絞って表記すると「100mGyではすべて修復し」ではなく「0.69mGyではすべて修復し」、「250mGyでは損傷は修復できない」のではなく、「1.73mGyでは損傷が修復できない」とすべきなのである。

 問題はDNAの損傷を実験したとする「カバーグラス上の播種された細胞」に照射した線量を「吸収線量」としていることである。極めて薄い層である細胞に照射した放射線は大部分が突き抜けて背後に出る。細胞組織を電離して細胞にエネルギーを与える量(吸収線量に数えられるエネルギー)は極めて小さいのであるが、彼らが用いているICRP的方法の誤りは、背後に通り抜けた放射線の持つエネルギーをも「吸収された」仲間に入れられてしまっているのである。
 彼らは100mGYの照射では24時間後にはすべての細胞に与えられた損傷が修復されたが、250mGyでは損傷の修復が完璧ではなく、修復されない細胞が残ったと実験結果を整理している。しかし彼らが100mGyおよび250mGyと言っている実効線量は大変な過大評価をしている。実効線量として位置付けるのは飛んでもない過誤であるが、この過誤がICRPの「約束ごと」でありICRP体系から強制される必然的な過誤なのである。
 きちんと計算してみると0、69mGyおよび1.73mGyの吸収線量となる。彼らが言う「100mGy以下ではすべての損傷は修復された」のではなく、実は。「0.69mGyの吸収線量ではすべて修復された」とすべきである。「250mGyではDNA損傷が修復しきれなかった」のではなく、「1.73mGyの吸収線量では修復されないDNAが残存した」というのが彼らの実験の真相なのだ。

 スイスにおける200万人以上の16歳未満の小児を対象とした自然放射線と小児がんの関連研究では全がんのハザード比は外部被ばく蓄積線量について1mSvあたり1.04と報告(Spycher BD et al.Environ. Health Perspectives、 123、 622-628 (2015))されているが、鈴木正敏らの研究はこの研究結果の必然性をよく裏付けるものだ。

 正しい科学的処理の結果は1.7mGyですでに修復されない異常遺伝子が残留して発がんに結びつくということの科学的証拠になっているのである。
 彼らはこのように自ら定義した「吸収線量」の物理的適用を系統的に一貫して誤って使用し、ために上記の例では2mGyに満たない吸収線量でDNA損傷が残存する事実を、「100mGyまでは安全(DNAの損傷は残らない)」と大きな虚偽を導いている。
「100mSv 以下は安全」など全く科学的根拠は無く、とんでもないことである。
 山下グループだけでなく、およそあらゆる動物実験、培養実験で同様の手法が行われており、「有害な組織反応」の誘発及び「確率的影響」が現れ始める被ばく線量や「閾値」のレベルが過大に結論される。上記培養試験で閾値などはおよそ150倍も極端に高く評価され、結果、低線量被ばくが安全、無害とキャンペーンが張られているのである。
 この操作により現実に被害として生じてきた低線量におけるどれほどの「有害な組織反応」の誘発及び「確率的影響」が無視され、過小評価され、被害者が切り捨てられてきたか計り知れない。
https://www.sting-wl.com/category/%e6%95%99%e3%81%88%e3%81%a6%ef%bc%81%e7%9f%a2%e3%83%b6%e5%b4%8e%e5%85%8b%e9%a6%ac%e6%95%99%e6%8e%88もはや科学の体を成さない!ICRP体系の反科学 をご覧ください。


§4 科学の背骨を抜いた因果律の破壊
 (射線加重係数(1990〜)生物学的等価線量


 物体に刺激が加わり、物体は刺激に応じた反応をし、反応の結果(刺激を受けた結果)ある現象となって現れる。
 ここで刺激とは、結果として生じる現象の原因をなす作用である。
情報処理プロセスの用語でいえば入力である。 また、刺激の結果としての現象は、刺激(作用)を受けて生じる結果であり、情報プロセスに例えるならば出力である。
 反応および結果を刺激とのかかわりで論ずるのが科学であり、科学は因果律を表す。ICRP体系はこの肝心な論理が適用されない。
 生物学的等価線量:健康被害の多い放射線に対して被害の多い分だけ入力としての放射線エネルギーが大きいことにしようと約束して真の吸収エネルギーを放射線加重係数倍する。
 因果律の法則的記述を破壊しているのである。この表現は医療現場などでは便宜を与えるところとなっているかもしれないが、放射線加重係数は物体(生体)内部の反応などのメカニズムを無視して、たった一個の数値でエネルギーが多かったとする仮想的対応をし、科学をぶち壊しているのである。
 「放射線加重係数」はアルファ線の健康被害が大きいことを理由に、放射線加重係数を20として放射線塩るぎーを20倍して「生物学的等価線量」とする。「生物学的等価線量」は仮想的物理量である。
 出力が大きいことを入力が大きいことにしましょうと約束すること自体が生命体の中での反応過程をブラックボックスに閉じ込め、そうすることにより出力が「がんに限定される」という被害を極端に過小評価する体系の科学的目くらましとして、因果関係記述の破壊をしているのである。
 科学的目くらましは組織加重係数などへと次々と継続する。これがICRPの帝国主義的支配体系なのである。
 医療現場の被曝防護の目安としての現場的意味はあるかもしれないが科学のぶち壊し、すべての具体的関わりを分析総合する道を閉ざす入口となっている。

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 基本的にがんの発生率に従って組織加重係数なるものを設定し、実効線量を組織加重係数に応じて各組織に分配するという考えで構成されている。
 吸収線量を組織加重係数により臓器に分割するという考えはまさにICRPの恣意的に合成した奇怪な物理量であり、都道府県の人口と面積と人口密度を引き合いに出せば、「人口密度を足し合わせて全国の人口密度する」と同等の誤りをなす。科学的にも実態的にも決して合理性のある物理量ではない。
 吸収線量は放射線により与えられたエネルギーをそのエネルギーが吸収された質量で割ることにより基準化した量として定義・導出される。各組織の吸収したエネルギーと質量は足し合わせて全身に対する吸収エネルギーと質量になる(示量変数)。しかし、「吸収線量」は全くこの足し算に馴染まないものである(示強変数)。上記人口密度の例えのとおりである。
 さらに現実の吸収線量に対して組織加重係数を掛けて「実効線量」を算出するために見かけ上の著しい過小評価をもたらす。ICRPのからくりの第2の目くらましとなっている。
 この奇怪な恣意的合成で成し遂げた「実効線量」なるものは、放射線の影響をがんだけに閉じ込め、被害を極小にする過小評価のための帝国主義的ごまかし概念の結晶である。帝国主義的ごまかし概念とは、ICRPが帝国主義的支配力があるがゆえに全く合理的根拠を欠く概念を世界の住民に押し付けることである。

 シーベルトという単位:科学の基本精神の合理性を破壊したICRPの反科学の結節点
 吸収線量を何重にも恣意的に修飾した架空の物理量である。
 その第一は線質加重係数を放射線エネルギーの強さに練り込んだ生物学的等価線量である。
 その第2は組織加重係数により吸収線量を臓器に分割する実効線量。

 ICRPは科学以前の体系となる。これにより健康被害を事実上がんだけに限定するという被害の過小評価を体系化する。


§5 補足的に
 (1)ICRPの防護3原則はまさに人権に基づく民主主義を破壊する原理を核産業が正当化している体系である。
 例えば、防護原則の第1「正当化」はまさに放射線で命を奪うことを「公益」が優れば許されるとする。率直に言えば、原発の放射線による殺人を「正当化」として社会的認可を与えるものであり、核産業の社会的居直りなのである。これが各国で認知されていることは原発産業が如何に権力構造の中に組み込まれているかを示すもので、原発が特殊産業であることを際立たせている。
 (2)吸収線量と照射線量の単位を統一したことにより、国や原発会社の都合のいいように諸概念が使いまわされていることである。ガラスバッジの表示が低いことが「実効線量」として合理化されていることが第一に挙げられる。
 放射能汚染とモニタリングポストが地域の汚染を表す量、空気吸収線量として法律で定義されているにもかかわらず、生活量(屋内に16時間、屋外に8時間云々)と過小評価計算が導入されている。また福島県内外に設置されているモニタリングポストの表示は現実の市民が受けている吸収線量の半分の表示しかしていない。それらのこととあいまって、ICRP体系が住民を守る(放射線を防護する)ものではなく放射線被害の全面的目くらましに使われているのが実情といえる。