放射線防護哲学の逆転に反対する ―「防護する」から「高汚染地に住み続けさせる」核推進体制― 矢ヶ克馬

2019年11月



放射線防護哲学の逆転に反対する

―「防護する」から「高汚染地に住み続けさせる」核推進体制―

(ICRP PUBLICATION 1XXに対するパブリックコメント)

沖縄県 矢ヶ克馬



 
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放射線防護哲学の逆転に反対する―「防護する」から「高汚染地に住み続けさせる」核推進体制―(pdf,6ページ,230KB)

 
ICRPに対する提案
ICRP2007年勧告の体制は、世界の放射線防護の哲学を、被曝を防護する体系から被曝を強制する体系へ変化させるものである。すなわち、被曝防護の基本を「住民の被曝軽減」から「長く続く放射能汚染地域に住民を住み続けさせる」ことに変換させるものである。
今回のDraft Documentもまた、「防護の最適化の目標は年 1mSv 程度 のレベルに なるように徐々に低減することである。」としているが1mSv/年以上の地域に期限も明確にせず住み続けさせることを基準化しようとしている。しかも「the order of 1 mSv per year」としており、参考レベルという線量概念(④参照)の基に1mSv台(1〜<10mSv/y)で住み続けさせようというものである。
ICRP2007年勧告体制とそれを継承する「汚染地域に住民を住み続けさせる」ICRP体系を全面的に撤回すべきである。それを補強する今回の新勧告は全面的に改めるべきである。
ICRP防護3原則のうち、「正当化」、「最適化」は、人命より産業利益を優先する「功利主義」であり、民主主義に反する。民主主義の原則を維持するために廃止すべきである。
③「線量限度の適用」は2007年勧告体制は、計画被曝状況だけに適用し、緊急被曝状況及び現存被曝状況には適用しないことになっている。これを廃止し従前どおり全ての被曝状況に適用すべきである。すなわち従来通り、年間1mSv以上の人工放射能からの被曝を避けるべき体制を維持すべきである。
線量基準を「線量限度」に対する基準に1本化し、「参考レベル(Reference Level)」を廃止すべきである。「参考レベル(Reference Level)」は住民を高汚染地域に住み続けさせるための「防護」ではなく「被曝強制」のための欺瞞的線量体系である。さらに物理的に環境放射能を過小評価することが判明している測定具である「個人線量計」を基準測定具として扱うことは避けるべきである。科学の名において住民の被曝過小評価体系を作るべきではない。
福島原発事故の後たった7年間で28万人近くの死亡者の異常増加が有り、小児甲状腺がんの異常増加をはじめとする全面的な健康被害が事実としてある。ICRPはそれらの事実を認め、人類を被曝から守る哲学に復帰すべきであり、住民を被曝から守る根本的使命に復帰すべきである。もしそれができないならば、「国際放射線防護委員会」は即刻解散すべきである。

(論述)
 ICRP PUBLICATION 1XX の冒頭(1.1.背景)では本勧告がICRP2007年勧告に基づいていることと、「事故後の10年間に得られた教訓」(「チェルノブイリ後10年」1996年、ウィーン)とともにこれらの問題のいくつかに対処する、と述べている。

まず、私は本ICRPdraft の基礎となったICRP「事故後10年」とICRP2007年勧告の防護の哲学の変更に反対します。

(1)被曝「防護から強制」への防護哲学の天地逆転に反対する
「チェルノブイリ後10年」の特徴はその総まとめ(CONCLUSIONS AND RECOMMENDATIONS OF THE TECHNICAL SYMPOSIUM)の項で述べられている次の言葉で代表される。
「通常、住民は毎日の放射線リスクを受け入れる用意がある」。
また、「介入という範疇で規制される古典的放射線防護は複雑な社会的問題を解決するためには不十分である。住民が永久に汚染された地域に住み続けることを前提に心理学的な状況にも責任を持つために、新しい枠組みを作り上げねばならない」(CONSEQUENCES OF THE ACCIDENT FOR THE FIELD OF RADIATION PROTECTION)と述べている。
このセンテンスは、住民の被曝量を低減することを目標にしている「古典的な介入」すなわち被曝軽減措置を防護基本から外し、「住民を長く続く放射能汚染地域に住み続けさせる」ことを措置の基本とすることを宣言したものである。被曝防護から被曝強制へ防護哲学の転換宣言である。核産業の居直り宣言と捉えるべきである。
この「防護から強制へ」の具体化方針はICRP2007年になされた。被曝状況の概念を拡大することにより「被曝防護から被曝強制へ」の具体方針を展開した。それまで「計画被曝状況」だけであったのに加え、「緊急被曝状況」、「現存被曝状況」が加わった。人類は原発放射能事故と共存せよ、というものである。
被爆3原則の3番目:「線量限度の適用」の原則は、犒弉菷鑁状況の結果として確実に受けると予想される線量に対してのみ適用される瓩箸掘⊃靴燭防佞渦辰┐2つの被曝状況に対しては適用しないことを宣言したのだ。
今迄線量限度に対して用いられてきた閾値論、限度値を1%程度凌駕すると閾値を超えたと判断する概念を、「計画被曝状況」だけに適用し、「長期にわたって汚染される地域に住み続けさせる」概念で表される疑似非「規制」線量を「参考レベル(Reference Level)」と称して別体系とした。
「参考レベル(Reference Level)」は対数正規分布的に展開する市民の被曝線量分布の中央値に近い値を設定して、住民を高線量地域に住み続けさせながら、線量の軽減を計るという戦略として新線量概念をさりげなく提出している(ICRP2007年勧告、p.76, 図4、ICRP draft 図2.3)。
「緊急被曝状況」および「現存被曝状況」では住民は線量を区切って防護するという古典的防護はもはや適用されないのである。

放射線防護の基本概念の逆転、すなわち「放射線防護を止めて汚染地に定住させる」基準化に反対致します。
住民を放射線被曝から防護する、という古典的介入を排除する防護の基本を 除外した「緊急被曝状況」、「現存被曝状況」の設定を廃止し、元の年間1mSv以上の人工放射線から防護する原則を貫くことを強くコメントいたします。
地域に放射線を拡散することも住民に被曝させることも全て原発産業の責任でなされたことです。住民を原則的に保護することができないのならば、原発産業に廃業していただくしか他に方法はありません。
ICRPは利益相反を改めて、「放射線防護」を文字どおり民衆を守ることとすべきです。民衆の防護を基本に置くならば、原発産業の廃止を主張すべきです。


(2)従来からか掲げてきたICRP防護の3原則の第一原則「正当化」と第2原則「最適化」は功利主義であるが故に廃止すべきである。第3原則は全ての場合に適用するよう2007年以前の体系に復帰すべきである。
①行為の正当化
ICRP2007勧告「用語解説」によると以下のとおりである。

(1)放射線に関係する計画された活動が、総合的に見て有益であるかどうか、すなわち、その活動の導入又は継続が、活動の結果生じる害(放射線による損害を含む)よりも大きな便益を個人と社会にもたらすかどうか;
 あるいは(2)緊急時被ばく状況又は現存被ばく状況において提案されている救済措置が総合的に見て有益でありそうかどうか、すなわち、その救済措置の導入や継続によって個人及び社会にもたらさせる便益が、その費用及びその措置に起因する何らかの害又は損傷を上回るかどうかを決定するプロセス。」

 人が放射線に被曝する行為は、それにより、個人あるいは社会全体に利益がもたらされる場合でないと行うことはできないとするものである。行為の正当を判断するには、被曝させる行為が健康被害(死亡も含む)などの害に比べて利益(公益)が大きいか、また経済的に適性であるかなどについて検討される。

この表現の現実の意味は、害すなわち発がんによる死亡などが生じることを認知しながら、「害に比べて公益が大きい」あるいは「経済的に適正である」等と称して、一産業に過ぎない原発産業等の営業行為による経済的利益を優先することである。原発産業の営業利益をその行為による人の死亡等「人格権の基本」を対等物として天秤にかけるという、哲学上の問題を量的比較に貶めて、論じるものである。
 これが医療行為などに適用される場合は、医療的メリットと被曝のリスクは同一の個人に生じ、被曝のリスクと医療のメリットのどちらを選択するかは個人の権利に属する。この場合モラルとして常識化されている原則は、被曝を与える場合は必ずその個人の承諾を得なければならないことである。
 受益者とリスク者が同一の場合はこの「正当化」の原則は未だ納得が得られる。
 しかしいったん原発という経済利益と結合した営業行為についてこれを当てはめると途端に人命より営業利益を重視する「功利主義」そのものに豹変する。誰が発電という「公益」を受けるのか、だれが被曝という「リスク」を受けるのかたちまち具体性が無くなり、被曝を受ける住民の誰一人として「本人の承諾」を与えたためしは無い。「発電による放射能放出で、場合によっては命を失うリスクが有りますが、あなたはその放射能被曝を承諾しますか?」と問われて「はい、そのリスクを受け入れます」と回答した住民は皆無である。東電福島原発事故は都民のために電気を供給し犠牲は集中して福島県民なのである(被害の実態は全日本住民)。
 結果として民主主義の最重要な基盤である命が軽視され、その被害が隠ぺいされ、産業の営業利益を優先する事態が現実となる。
 人格権の背骨である命と営業利益とを同じ天秤の両腕にかけ比較することこそ、民主主義の破壊原理である。
 「個の尊厳」として位置づけられる人格権の否定、基本的人権を否定する暴論である。民主主義が基本となる近代的社会において民主主義の基本理念を真っ向から否定する考え方であり、民主主義社会としては受け入れてはならない倫理違反である。ICRPは功利主義哲学を廃止すべきである。
 ましてや、事故を起こすこと自体を「正当化」することは金輪際許し難い。何百万人もの命を奪い、健康を脅かし、故郷を奪うそのもとになった原発産業を「正当化」して「再稼働」を図ることなど、民主主義社会ではあってはならないことである。
 正当化は受益者とリスク者が一致し本人の了解が得られる場場合にのみ当てはめ、それが明確でないあらゆる場合には事業を許さないことにすべきです。

②防護の最適化

同じくICRP2007勧告「用語解説」によると以下のとおりである。

いかなるレベルの防護と安全が、被ばく及び潜在被ばくの確率と大きさを、経済的・社会的要因を考慮の上、合理的に達成可能な限り低くできるかを決めるプロセス。


放射線防護においては、集団の被曝線量を経済的及び社会的な要因を考慮して、合理的に達成可能な限り低く(ALARA:As Low As Reasonably Achievable)保つようにすることをいう。「最大限住民を保護するために力を尽くせ」というのではなく、国の予算や企業の営業活動に支障が来ない範囲で無理しないで防護したらよい。というものである。

 これは企業や国家の政治的経済的都合を考えて、その都合のつく範囲で人々の防護を考えるべし、というものである。例えば、東電の爆発があった直後政府が防護量を、今まで年間1mSvだった公衆の被ばく限度を20倍に引き上げた。これはICRPの勧告に従って政府が従前のプロセスを一切無視し、学問的検討など何もせずに決めたものである。法律的に「防護」という以上、20倍まで被曝許容限度を上げることなど民主主義国家にとっては許されるものではない。極めて乱暴な横暴な方法である。事故により日本在住者の放射線防護力が20倍になるはずがない以上住民防護である法律を変更するのは住民切り捨てそのものである。この国家による暴力行為がICRP2007年勧告により許されたのである。ICRPの罪は大きい。
 ICRPの功利主義は民主主義社会では受け入れるべきではない。ICRPは防護第一原則「正当化」を廃止し、民衆を防護する基本に戻るべきである。
 
 ICRPはAs Low As Reasonably Achievable ではなく、発足当初掲げた As Low As Possible に変更すべきです。

③線量限度
同じくICRP2007勧告「用語解説」によると以下のとおりである。

「計画被ばく状況から個人が受ける、超えてはならない実効線量又は等価線量の値。

 放射線被ばくの制限値としての個人に対する線量の限度で、ICRPの線量制限体系の一つの要件である。線量限度は、確定的影響に対する線量に対してはしきい値以下で、癌などの確率的影響に対しては、しきい値がなく、そのリスクが線量に比例するという仮定の下に、容認可能な上限値として設定されている。線量限度には、自然放射線と医療による被ばくは含まない。実効線量と等価線量の限度が、職業人と一般公衆の当初は線量当量限度と表記されていたが、2013年に国際放射線防護委員会(ICRP Pub.60)勧告の取り入れにより、「線量限度」に改正された。組織線量当量も同様に「等価線量」に改正された。
 福一爆発時に設定された年間20mSv等の限度引き上げは典型的に住民の健康切り捨てである。
 ICRP2007年勧告では、線量限度は「計画被曝状況」のみに適用され、「緊急被曝状況」および「残存被曝状況」には適用されないことになっている。この線量限度の適用の制限化は「永久(長期的)に汚染された汚染地域に住み続けさせる」ための新体制に入るものであり、「放射線防護」哲学に根本的に反する。断固として反対である。ICRPはあくまで住民の被曝を直接軽減すべき基準に復帰すべきである。
 したがって、参考レベルは使うべきでない。参考レベルは、長期に続く汚染地に住民を住み続けさせるために導入された「住民の被曝線量を制限させない線量の概念」である。防護学としては使うべきでない。
 ICRPはあくまで「超えてはならない」線量の概念により住民を保護すべきである。
 特に福島原発事故後の死亡者の異常増加は2017年までの統計で28万人になんなんとする(矢ヶ克馬;「福島原発事故後に猛威を振るう『知られざる核戦争』」、ヒバクと健康特別号、2019年7月1日)。 数十万人の故郷を奪い、広く健康不良を蔓延し命を奪う原発事故を、「原発産業はそのまま継続させ」、「社会は被曝被害を容認せよ」というICRPの新体系は人道的に許されるべきものではない。民主主義を破壊する哲学、実践指針として即刻廃止すべきである。

(3)個人線量計は線量測定の基準として用いるべきではない。個人線量計はテクニカルな被曝量測定器具である。平行な放射線が前方から襲来する場合についてのみ測定値が相当であり、周囲から全方向的に襲来する環境放射線を測定するには過小評価することが明確に判明している。ICRPはこのような目的限定で使用できる個人線量計を空間線量の代用として用いようとすることは、見かけ上の吸収線量の切り下げ(個人線量計の指示値)を事実上の被曝線量として取り扱おうとするもので、実施すべきではない。上記したが、参考レベル(Reference Level)は住民の人格権を保護する立場からの保護基準としては受けれるべき線量概念ではなく、使用すべきではない。