河口水域におけるトリチウムの分配―有機物質の役割 アンドリュー・ターナーetc. 渡辺悦司訳

2018年11月


河口水域におけるトリチウムの分配――有機物質の役割


アンドリュー・ターナー、ジェフリー・E・ミルウォード、マーティン・ステンプ

Journal of Environmental Radioactivity
Volume 100, Issue 10, October 2009, Pages 890-895注1

2018年10月20日 渡辺悦司訳




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河口水域におけるトリチウムの分配――有機物質の役割(pdf,14ページ,373KB)



   概略(アブストラクト)

 トリチウムは、環境中にある重要な放射性核種であり、水系中のリガンド[有機物や錯体への結合部位(訳者)]や固形物との反応性は限定的であると考えられてきた。われわれは、(トリチウム水として添加した)トリチウムが河川水中および海水中でどのように分別され吸着されるかを研究した。その結果、トリチウムの分配が、有機物に対するトリチウムの親和性によって影響されていることを発見した。トリチウムは、逆相C18カラム[溶液や懸濁液に含まれる分析対象物とそれ以外とを分離する方法の1つ注2(訳者)]に保持された溶存有機物リガンドとの間で急速に平衡に達する。河口の堆積物中の微粒子を水に懸濁させた場合でも、微粒子との間で同じように急速に平衡に達する。重要なことは、吸着トリチウムのかなりの部分がタンパク質様物質と結合しており、堆積物を食用としている生物にとって食用とされる可能性があることであった。トリチウムのこれらの特質は、これまで報告されておらず、水素とトリチウムとの同位体交換によってだけでは説明することができない。トリチウムが主としてトリチウム水として放出されている河口水域および海岸水域におけるトリチウムについては、すでに利用可能な観測データが複数あるが、上記の特質はそれらの測定結果と本質的に合致する。河口部におけるトリチウムの生物地球化学的挙動についてのいっそうの研究が必要であり、この放射線核種(トリチウム)に対して現在想定されている放射線学的な分配係数および濃縮係数は、見直しが必要であろう。

   1.序論

 トリチウムは、宇宙線に起因するのみならず人間活動にも起因する水素の放射性核種である。半減期は12.3年である。人工的な源泉からの液体トリチウムの放出量は、英国において年間2.5×1015ベクレル(2.5ペタベクレルPBq)を超える(RIFE[英政府報告書Radioactivity In Food and the Environment『食品および環境中の放射能』]2007)。国際原子力機関(IAEA2007)が推奨する単位数量あたりの濃縮係数は、トリチウムが相対的に低い毒性の放射性同位元素であり、水性生物において濃縮されることはない(マーフィー1993)という前提に基づいてきた。最近のいくつかの研究では、河口域の有機物が豊富な潮間堆積物や、セヴァーン川河口域(英国)の食物連鎖において、トリチウムの相当程度の濃縮が立証され、それによってこれらの研究は大いに注目を集めた(ピアス1999、RIFE2002、モリス2006)。このような濃縮は、底生魚や貝については、濃縮係数が105倍(10万倍)を超える場合も含まれ、現地の核廃棄物中にすでにある、炭水化物・ビタミン・アミノ酸など、特定の生化学化合物の形態での有機結合トリチウム(以下有機トリチウム)の存在が原因であると考えられてきた(マッカビンほか2001)。しかしながら、さらに一般的に、トリチウムが[有機トリチウムとしてではなく(訳者)]トリチウム水HTOとして環境中に放出された場合でも、微粒子や生物体とトリチウムとの重要な相互作用が報告されてきた(ゴンティールほか1992、マッソンほか2005、RIFE2007、ジャン=バプチストほか2007)。たとえば、放射性廃棄物中のトリチウムの放射能は、堆積物を通して濾過した場合、1/4〜1/3に減少する。これは、粘土に含まれる無機化合物(ミネラル)とトリチウム水との間の同位体交換、および水素と結合していない無機化合物へのトリチウムの吸着に起因する効果である(ロペス・ガリンドほか2008)。さらに、イングランド南西部のタマール川河口への核施設からのトリチウム水の放出の結果、水中のトリチウムの放射能は10ベクレル(Bq)/リットル(L)に希釈されていたが、他方、堆積物では乾燥重量でおよそ300Bq/kgのトリチウムの放射能が観測された(英環境庁2003)。堆積物におけるトリチウムのこの大きさの放射能は、同位体交換からは想定されないものであった。というのは、水素の水中での濃度は約102g/L(100g/L)であり、タマール川河口の乾燥堆積物の水素濃度は約15g/kgと測定されたからであった[つまり乾燥堆積物中で15g/100g×10Bq/kg=1.5Bq/kgのはずだが、実際にはその200倍のトリチウムが堆積物中にあったことになる(訳注)]。
 トリチウムが水のある環境下において固相により蓄積されるもう一つ可能なメカニズムは、トリチウム水と自然環境中の有機物との間の交換性および非交換性の相互作用によるものである。[つまり元素交換が常に行われている部位における相互作用と元素交換部位以外における相互作用である(訳注)]。タンパク質や炭水化物など生体高分子にトリチウムが選択的に取り込まれることは、十分に立証されている(マシュー=デヴレとビネット1984、バウムガルトナーほか2001、チーとマーシュ2001)。トリチウムと水素の分別が生じるのは、重い同位体(トリチウム)が、水の分子間にある強力な水素架橋部よりも、生体高分子の特徴である弱い水素架橋部に、選択的に入り込むからである。自然環境中の錯体構造の有機分子の中に弱い水素架橋結合が存在する可能性が高いことを考慮すれば、トリチウムが水に溶けたおよび堆積物中にある有機物に蓄積し、トリチウムが有機物の吸収と摂取を介して生物濃縮されることは十分予想される。しかしながら、この所説を立証し、トリチウムの生物地球化学的挙動と生態学的影響の一般的理解を深めるために、いままで欠けてきたものしたがって現在必要なことは、水系におけるトリチウムの分別と反応性に関する体系的な研究なのである。したがって、われわれは、この目的で、既に確立された放射線化学的実験計画を使用し(ターナーほか1999、マルチノほか2004、ジャーほか2005)、トリチウム水として河川水と海水に付加されたトリチウムの分配を検証することとした。具体的には、われわれは、固相抽出注2によって、トリチウムと有機リガンドとの親和性を調べ、懸濁した堆積物微粒子へのトリチウムの取り込みの特質と程度を調べた。

   2.実験素材・用具と実験方法(省略)

  (この省略のため表1と表2の順序が逆転しておりますが、ご容赦願います)。

   3.実験結果

 表2に、今回の実験で使った自然環境中の水および堆積物、酸化された水および堆積物のサンプルの化学的性質を示す。トリチウムを吸着した各物質中の水素の推計値も、天然有機物中のCH2Oの化学量論数(化合物の構成要素間の量的関係)による推計を示す。

表2

表2の注記:本研究で用いられた水および堆積物のサンプルの地球化学的な特質。カッコ内の数値は、紫外線照射した水と焼却灰化した堆積物に対する数値である。naは分析しなかったことを表す。
a 所在箇所の伝導率
b 溶存した有機炭素
c CH2Oの化学量論的推測による溶存有機水素
d 微粒子内の有機炭素
e 微粒子内の有機窒素
f CH2Oの化学量論から推測した微粒子内有機水素
g BET(ブルナウアー・エメット・テラー)による窒素の比表面積[単位質量あたりの表面積、表面が多いと活性が高まる傾向がある]


   3.1.C18によるトリチウムの保持retention

 図1に、河川水および海水中の疎水性有機物質(溶存有機微粒子)と結合したトリチウムの割合を、経過時間の関数として示す。カラムへの保持により、自然環境中にある有機トリチウムの近似的な量が与えられる。その中には、腐敗質・アミノ酸・芳香族リガンドにおける同位体交換部位あるいは同位体交換部位以外に結合したトリチウム、さらには溶存した有機分子や砂利に吸着したトリチウム水が含まれている可能性が高い。これらすべての場合において、疎水性有機物質に結合したトリチウムの割合の経時的変化は二相的である。すなわち、まず疎水性トリチウム種の急速な形成期があり、その後ゆっくりと擬似的な均衡に接近する。

図1

図1の注記部分:ダート川河水(■で表示)、プリム川河水(▲)、海水(●)における、トリチウム水として付加され、疎水性有機物と結合したトリチウムの比率の時間依存性の変化。データ上の点は、それぞれのサンプルについての4つの分析の中央値を表す(相対順次データセットrsdsは概して5%未満である)。

 実験の最後の時点で、疎水性有機物と結合したトリチウム比率は、プリム川の河水で1%未満、ダート川の河水で5%超、海水で15%超であった。水に溶けた有機物の濃度と性質が、トリチウムの水性リガンドと結合する程度に対して決定的な重要性をもつことは明らかである。さらに、河水中と比較しての、海水中でのトリチウムの疎水性の増大[疎水性有機物との結合比率の上昇]は、疎水性有機物質とトリチウムとの結合が「塩析」(塩を加えることによる沈澱)であることを示唆している。塩析は、溶存した種々のイオンの存在下で電気的歪(ひずみ)が生じることによって(シュバルツェンバッハほか1993、ターナー2003)、あるいはトリチウム結合巨大分子が、各種のイオンに起因する立体配置の変化(らせん化および折りたたみ)を受けることによって、さらには小さな疎水性トリチウム種を捕捉する可能性によって、トリチウム結合化合物の溶解度を低下させているのかも知れない。

   3.2.トリチウムの吸着

 われわれの行った「吸着」実験において、微粒子トリチウムとは、微粒子に結合したこの同位元素(トリチウム)の総量を表す。したがって、この相(固相の微粒子)と同じ生物地球化学的な対照実験を必要とする。微粒子トリチウムは、水和水および構造水(水和され構造に吸収された水)に吸収されて、正確には吸収および閉塞されて、存在し、そのため同位元素の交換性および非交換性のあらゆる諸形態を(区別することなく)包括的に含んでいる。そのような微粒子トリチウムの量は、微粒子を付加する前と後のトリチウム放射能量の差から計算できる。放射能量の低下は、概して、3%から8%の間であった。これは、対照実験における実験期間中の蒸発や容器による吸収あるいはフィルターへのトリチウム水の吸着などによる放射能量の低下(表1)よりも有意に大きいものであった。したがって、われわれの結果は、微粒子と水との現実の相互作用を反映しており、実験による人為的な結果ではない、と考えるのが妥当であろう。

表1

表1の注記:超純水にトリチウム水を添加する対照実験中でのトリチウムの減少量。すべてのデータはBqで表示され、中央値±標準偏差(8あるいは16回の量定での)。ndは不検出。
a いくつかの場合にはサンプルの処理の前と後の数値の間で差異が有意ではなかった(2つのサンプルのt-testによれば、p >0.05)にもかかわらず、すべての実験に対して全減少量が計算されている。


 プリム川河口の微粒子で例示した吸着の等曲線は、図2に示されている。それは、加えられた放射能量125Bqと6×104Bq(6万Bq)の間で直線であり、等高線の傾きすなわち吸着度は、河川水よりも海水で高かった。異なった微粒子によるトリチウムの取り込みの時間依存性は図3に表されているが、これも二相的である。ここでは、結果は、バルクの(界面ではなく物質本体の)堆積物・水分配係数KD(mL/g)として示されている。この係数は、乾燥堆積物1グラムあたりに吸着された、交換性部位・非交換性部位を問わずあらゆる結合形態のトリチウムの放射能量を、フィルター濾過した水1mL(ミリリットル)中の放射能量で除したものとして定義されている。自然環境中の(未処理の)微粒子については、微粒子の化学的な性質(表2)や水中のトリチウム種の疎水度(図1)は異なっていたが、(微粒子へのトリチウムの)吸着度はこれらの実験の最後でほぼ同じであった。図3では、焼いて灰にしたダート川とプリム川の河口の微粒子による、紫外線光分解した河川水の中でのトリチウムの取り込みもまた示されている。「有機物のない」条件下で、バルクのKD値は、有機物が存在する下で得られた対応する数値と比較して、およそ70〜80%低かった(すなわち20〜30%であった)。このことは、堆積物中の有機物が、水相からのトリチウムの除去にとって決定的に重要であることを示している。

図2

図2の注記:等曲線は、プリム川河水(▲)および海水(●)中に浮遊していたプリム河口の微粒子へのトリチウムの吸着量(72時間の低温放置後)と定義。誤差の範囲を示す棒はそれぞれのサンプルの4つの分析の中央値の周囲の標準偏差を表している。最低のトリチウム放射能を示しているデータは、挿入されたグラフに拡大して示した。

図3

図3の注記:バルクの堆積物・水分配係数(KD)は、プリム川河水(▲)および海水(●)に浮遊していたプリム河口微粒子、ダート川河水(■)に浮遊していたダート河口微粒子、紫外線を照射して焼却灰化したプリム川河水に浮遊していたプリム川微粒子(△)、紫外線を照射して焼却灰化したダート川河水に浮遊していたダート川微粒子(□)による、トリチウムの時間依存的な吸着を示している。データ上の点は、それぞれのサンプルの4つの分析の中央値を表す(相対順次データセットrsdsは概して5%未満である)。

 自然環境中の河川水および海水に浮遊していた未処理の微粒子について、バルクのKDは、水中浮遊微粒子の濃度が10mg/Lの場合の方が、100mg/Lの場合よりも、明かに大きかった(表3)。いろいろな機会に採取されたプリム川の微粒子サンプルに、アマシャム[放射性化合物を中心に診断薬や生命科学研究用試薬を生産したイギリスの製薬企業(訳者)]のトリチウム水の在庫から得た(核施設の排水とは別の)トリチウムを加えて、独立した実験が行われた。その結果も、バルクのKDと微粒子濃度とが逆相関の関係にあるという所説を補強するものであった(これも表3を参照のこと)。このような「微粒子濃度効果」は、自然水やモデル・システムにおいて多くの有機・無機化合物にも共通して見られるが、この効果の詳細な原因は不明である(シュラップとオッペルーイゼン1992、ターナーほか1999)。

表3

表3の注記:バルクの堆積物・水分配係数(KD)とは、種々の微粒子濃度(SPMと表示、単位mg/L)における、プリム河口微粒子に対するトリチウムの吸着の度合いと定義されている。4回の繰り返された実験数値の中央値および標準偏差が掲げられている(4回の実験は10mp/Lと100mg/Lのみ)。ndは不検出を表す。

 河口の微粒子に吸着したトリチウムを、海水のフィルター濾過によって、およびプロテインキナーゼ・K(タンパク質を加水分解する酵素)によって、回収できた割合を、表4に示す。海水によって放出された、微粒子結合のトリチウム(およそ30%以下)は、おそらく、水和水および構造水に含まれており、微粒子表面の(−OH部位など)交換性をもつ部位で保持されていると考えられる。したがって、交換性部位のトリチウムに対して補正した分配係数は、上述したバルクの分配係数と同じ桁にある。プロテインキナーゼ・Kは、(微粒子に)吸着されたトリチウムを、海水よりも大きな比率で回収した。しかも、回収率は、窒素分の多く含まれる(したがっておそらくタンパク質分の豊かな)ダート川堆積物からの方が高かった。酵素によって回収されたトリチウムは、アミノ酸の=NH部位[=は二重結合を表す]において、またその他のタンパク質様有機物の構成部分に、交換性部位だけでなく非交換性部位にも保持されていた可能性が高い。

表4

表4の注記:1M(1モル/リットル)のNaOHによって分解分離したトリチウムの総量に対する、それとは別に海水およびプロテインキナーゼ・Kによって4時間抽出回収した吸着トリチウムの比率(パーセント)。4回の繰り返された実験数値の中央値および標準偏差が掲げられている。

   4.考察

 われわれの実験結果は、(水素とトリチウムの間の質的な)差異に由来する量に依存しており、ある程度の不確定性は避けられない。すべての誤差や実験上の人為性を注意深く考察しても、われわれの研究の最も注目すべき側面は、溶存する疎水性有機物や細かな河口部の微粒子と交換性部位および非交換性部位にトリチウムが結合する「程度」を調べたことである。水素との同位体交換に基づき、CH2Oの化学量論、溶存有機炭素の濃度4mg/L、水の水素濃度約102g/L(100g/L)と仮定すると、トリチウムの溶存有機物比率は、自然環境中の水において10−6(100万分の1)のオーダーであると予測できる。対照実験ではC18カラムマトリックスへの吸着や保持はありえないので、われわれの実験サンプルにおいてすべての溶存有機物がC18カラムに保持されたと仮定すると、トリチウムの同位体濃縮はおよそ105から106(10万〜100万倍)であると結論しなければならない。同じ推論により、さらに水素の微粒子濃度を約1.5%と仮定すると[つまり1.5g/Lと仮定すると]、われわれは河口域堆積物中のトリチウムのKD値が10−1mL/g(0.1mL/g)のオーダーにあると予測できる。したがって、われわれのサンプルにおける同位体濃縮は、およそ102から104超(100〜1万超倍)の範囲にあると認められる(サンプルのタイプや微粒子濃度にも、また海水の抽出したがって交換性のトリチウムを計算に入れるかどうかにも依存する)。
 海洋沈殿物への吸着については、重金属の同位体分配が立証されている(たとえばベアリングほか2001)。しかし、トリチウムについてここで報告された程度ではない。われわれのサンプルにおいて観察された同位体濃縮は、部分的には、弱い水素架橋結合部位へのトリチウムの選択的な占有(バウムガルトナーほか2001)によって説明されるかも知れない。水の分子間の水素架橋結合は、有機物分子における水素架橋結合よりもかなり強く、したがって、われわれは、有機相においてトリチウムの一般的な濃縮を予想することができる。生体内でつくられる有機化合物分子(炭水化物やタンパク質など)における同位体濃縮は、一般的には1桁程度少ないので、われわれの実験での観測結果は、極めて弱く水素架橋された自然環境中の有機分子の存在を必要とする。もう一つわれわれが提起したいのは、分子の本体と結合部において、同位体差によって生じる、まだ明確には規定されていない追加的な諸作用が存在する可能性である。いくつかの増殖性物質の理論的な研究(パディラ=キャンポス2003)に基づけば、一つの可能性は、堆積物微粒子の(有機物質ではなく)無機金属成分における置換部位をトリチウムが選択的に占有することである。
 これらの所説は、われわれの実験結果と合わせて、有機物の存在とその特質が、水のある環境中でトリチウムがもたらす必然的結果にとって決定的に重要であること、トリチウムと無機相との相互作用および無機相へのトリチウムの取り込みの可能性もまた存在することを示唆している。われわれの研究においては、未処理の河口域微粒子のトリチウムが塩基(1モル/リットルのNaOH、表4)によってほぼ完全に(95%超)回収されたことによって、さらには酸(1モル/リットルのHCl)によって不完全ではあるが(70%未満)回収されたことによって、堆積物中の有機物とトリチウムとの結合が確認された。また、われわれとは別の独立の諸研究においては、400℃超で汚染堆積物を燃焼するとトリチウムが放出されることによって、堆積物中の有機物とトリチウムとの結合が証明された(ゴンティエほか1992、マッカビンほか2001)。トリチウムの有機物に対する親和性のさらなる証拠としては、消化酵素を使って微粒子からトリチウムが抽出されること(表4)、水性のトリチウム種が一見したところの塩析のような作用をもたらすこと(図1)、「微粒子濃度効果」が明らかであること(表3)などが含まれる。この最後の「微粒子濃度効果」の最もよく知られた一般的な説明は、水に溶けた、あるいはコロイド状の、容易に錯体化する、ある種の化合物の存在や相互作用によるのではないかということである(シュバルツェンバッハほか1993)。われわれの推測では、トリチウム吸着の二相的な性格(図3)は、プリム川およびダート川の微粒子のバルクのKD値が、堆積物中の有機物中の炭素および窒素の濃度が異なるにもかかわらず、類似していることとともに考えると、トリチウムが微粒子表面の有機物と急速に相互作用して水中の微粒子上に均一に吸着され(ハンターとリス1982)、その後に、微粒子本体の基質(マトリックス)にある難溶性の有機物や無機質にゆっくりと拡散していく(ピニャテッロとシン1996、ロペス=ガリンドほか2008)という吸着メカニズムがその根拠になると考えられる。
 われわれの計測値の大きさ(すなわち同位体分配の程度)は容易に説明できるものではないが、その結果は、その同位体(トリチウム)の主な源泉がトリチウム水であるような水性環境における他の種々の研究におけるトリチウムの測定値とかなり合致している。(しかしながら、吸着されたトリチウムの、したがってKDの、定義と量定は、必ずしも常に明確に規定されてはいないことに注意すべきである)。たとえば、南西イングランドのタマール川河口では、トリチウムは原子力潜水艦の修理工場から放出されている。そこでは、河口底の堆積物中および水中の報告されたトリチウム放射能量(英環境庁2003)から示されるKD値は、10をかなり上回っている。排水をアイリッシュ海に放出している核再処理工場の近傍では、対応する測定値からは、KD値はおよそ単位数量(すなわち1)が示唆されている(英国核燃料会社BNFL 2003)。英国南部イギリス海峡にある再処理工場の近傍では、生物相にある有機トリチウムと自由水トリチウムとの比は1を超えている(マッソンほか2005)。核施設のある仏ローヌ川下流の河口では、ゴンティエールほか(1992)の報告で、トリチウムの堆積物中での濃縮は10から100の間であり、正確な効果は堆積物中の有機物の含有量と(堆積物粒子の)粒径の逆数に関係していたとされる。ローヌ川の堆積物、さらに最近の測定値では核施設の上流の堆積物で、高い濃縮が持続していることが示された(ジャン=バプチストほか2007)。同論文の著者たちは、暫定的に、このような数値を「ホットパーティクル」[放射性微粒子とくにアルファ線放出核種を含有するもの(訳者)]の線源によるもの、おそらくは腕時計の生産工場と関連があるのではないか、と考えている。しかし、われわれの観測結果に基づけば、もう一つの説明は、水中の線源からの有機物を豊富に含む粒子へのトリチウムの吸着であろう。
 本研究で観測された微粒子の濃度効果(表3、図4も参照のこと)を前提し、水底に集積した堆積物内の微粒子濃度が106mg/L(100万mg/Lすなわち1000g/L)のオーダーにあるとすれば、われわれは、それぞれの環境の水底の上の水柱で、トリチウムのかなり高いKD値を予測できる。重要なことは、一見したところのトリチウムの保存性と水文学的トレーサーとしてそれが使用されている事実は、微粒子濃度効果と合致することである。KDと微粒子濃度との間の逆関係は、水相における放射能の変化を安定化させる緩衝器のように作用するからである(ターナーほか1999、ジョアンソンほか2001)。具体的には、logKD対log[微粒子濃度]の傾きが−1であれば、(トリチウムの)水中放射能量は微粒子濃度とはまったく独立に予測することができる(われわれが蓄積したプリム川のデータは図4に示したが、それによって規定された傾きは−0.6であった)。

図4

図4への注記:河口および海岸水域でトリチウム水として付加あるいは放出されたトリチウムに対する堆積物・水分配係数(KD)と粒子濃度との関係。プリム川のデータ(バルクのKD値として)は、河川水中に浮遊していた河口堆積物を使った個別の2つの実験(▲と◆)、および海水中に浮遊していた河口堆積物を使った1つの実験(●)に関するものである。回帰線は、河川水を使った実験のプールした結果を表している(n=4)。薄く塗られた部分は、アイリッシュ海、ローヌ川河口、タマール川河口にあった水底堆積物(堆積物微粒子物質SPMが106mg/L以下)のKD値の範囲を囲むものである(BNFL2003、ゴンティエ―ルほか1992、英国環境庁2003)。

 われわれの実験での測定値の正確な原因が何であれ、その結果が示しているのは、環境中にトリチウム水として放出されたトリチウムが、水生生物の食物連鎖に入り、その中で濃縮されていく可能性があるということである。C18カラムにより分離されるような、疎水性でかつ水溶性の(すなわち微粒子上の)トリチウム種が十分に小さく(103ダルトンDa[ダルトンは分子量の単位]未満で)しかも中性であるならば、粘膜・えら・表皮を通じた浸透により水中生物内でそれらのトリチウム種が蓄積する余地がある。トリチウム水を添加した海水中での海生のイガイを使った対照実験の結果、このメカニズムが重要であることが示された(ジャーほか2005)。堆積物に吸着したトリチウムは、酵素によって利用される可能性があり、トリチウムに汚染された微粒子を食物として摂取することは、トリチウムが食物連鎖に侵入するもう一つの経路となる。このようなメカニズムは、環境モニタリングプログラムの結果、トリチウム水として放出されたトリチウムに汚染された数多くの場所において、堆積物を食する生物における生物濃縮の存在が指摘されていることからも立証されている(ゴンティエールほか1992、英環境庁2001)。また、種々の濾過摂食生物[二枚貝、フジツボ、カキなど]が、生物による析出を通じて、微粒子トリチウムの地域的な蓄積を強化しているという証拠もある(ゴンティエールほか1992)。

   5.結論

 トリチウムは、トリチウム水として河川水や海水に放出されると、水に溶存する有機リガンドや水中を浮遊する微粒子との間で相互作用する。しかも、その相互作用の程度や範囲は、同位体交換を考慮した場合に予測されるレベルよりもかなり大きい。このような相互作用の原因は不明である。これまでも、トリチウムの基本的な放出形態がトリチウム水であるような環境において調査が行われてきたが、われわれの研究結果は、これらの調査結果と本質的に合致する。「トリチウムはもっぱらトリチウム水としてのみ現れ、したがって無限に溶解していく」という見解は、明らかに注意深く検討されなければならない。トリチウムが自然環境中の水に分配される概念と特質について、いっそうの研究が求められている。現在IAEAが勧告している単位数量(下位単位数量)あたりの分配係数と濃縮係数は、明確な定義に基づいて行われた測定結果によって立証されていない。それを採用し続けていくことについては再検討が必要であろう。



注記

注1)原題
Distribution of tritium in estuarine waters: the role of organic matter.
Turner A, Millward GE, Stemp M.
Journal of Environmental Radioactivity, Volume 100, Issue 10, October 2009, Pages 890-895
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19608308

注2)固相抽出については、アジレント・テクノロジーのサイト「固相抽出の基礎と選び方」や日本分光の「固相抽出(SPE)の基礎知識」などを参照した。
https://www.chem-agilent.com/pdf/low_5991-5543JAJP.pdf
https://www.jasco.co.jp/jpn/technique/topics/solid1.html


 
 
 
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