海流に乗るトリチウム汚染水 ティム・ディア=ジョーンズ 渡辺悦司訳

2018年11月


海流に乗るトリチウム汚染水
東京近海の太平洋沿岸まで汚染の可能性

ティム・ディア=ジョーンズ
渡辺悦司訳
DAYS JAPAN 2018年11月号(10月20日発売)所収記事の原論文




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海流に乗るトリチウム汚染水 東京近海の太平洋沿岸まで汚染の可能性(pdf,6ページ,186KB)


 ティム・ディア=ジョーンズ氏は、英国の海洋放射能の研究者・コンサルタント。英国原子力産業によって海に放出された海洋放射能の挙動とその必然的結果を集中的に研究して30年以上のキャリアがあります。今回、福島原発敷地内に溜められている高濃度トリチウム水を本州近海に投棄するという日本政府の計画に関してDays Japan誌に寄稿。同誌編集部の特別のご好意により、以下に同記事のベースとなった同氏の原論文の翻訳を皆さまに送付いたします。私見では、本論文は非常に重要な内容であり、トリチウムの海洋放出の危険性について、本論文を読むことなしに議論することは事実上できないと確信します。本論文には省略されている、トリチウムによる健康被害については、同誌掲載の河田昌東氏の記事に指摘があり、こちらも合わせてぜひお読みいただければ幸いです。公開を許諾していただいた同誌編集部に深謝すると共に、本翻訳が皆さまにもぜひ11月号をお買い求めいただく契機になれば紹介者・翻訳者として非常な光栄です。(渡辺悦司)


   計画されている福島事故原発からのトリチウム水放出

 原発事故の初期から、放射能に汚染された地下水と事故時に使用された緊急冷却水の残留水は、福島原発の敷地内に集められ、貯留されてきた。現在、約92万トンの放射能汚染水が蓄積され、およそ900基のタンクに貯蔵されている。国際原子力機関(IAEA)、日本の原子力規制委員会および東京電力は、汚染水を海洋に放出することによって、このますます積み上がる悩みの種から逃れようと圧力を強めている。
 しかし、そのような行動をとれば、漁業関連産業に深刻な経済的損害をもたらすだけでなく、貯留水に含まれることが明らかになっている、健康にとって有害な高濃度のトリチウムやその他の放射性核種に、沿岸住民とくに本州太平洋沿岸の住民を、被曝させることになるであろう。このように主張できる強固な根拠がある。
 核施設からの液体放射性廃棄物の海への放出が最初に認可された1950年代初め以来、「液体トリチウムの(トリチウム水としての)生物学的な重要度は低い」というのが、原子力産業の一種の信仰表明であった。
 この仮説が登場したのは原子力産業の歴史の初期である。当時は、あらゆる分野で基礎研究が不足していたので、海洋環境における放射能の挙動やその必然的結果に関する知見も、海洋にある種々の諸要因がどのように放射能一般の拡散と挙動に影響を及ぼすかについての理解も、極めて限られていた。
 原子力産業とその支持者たちは、今日にいたるまで、海洋環境でのトリチウムの挙動に関する科学的研究をほとんど行なっていない。だから、トリチウムについての彼らの仮説もまた、何十年ものあいだ問題視されることもなかったのである。
 しかし、1990年代以降、原子力産業の影響下にない独立の研究者たちの研究により、科学的で実証的な証拠が新たに解明されてきた。それは、原子力産業が長い間固守してきた仮定と全く相反する。日本の原子力規制当局と原子力産業は、IAEAの方針に沿って、明らかに、1990年代以降のこれらの研究を無視するという方針を選択した。
 1993年に、英国の査読のある専門誌は、環境中に放出されたトリチウムが、放出の「後に」環境中の有機物質に取り込まれると報告した。それは、植物性生物による光合成(トリチウム水と二酸化炭素からの炭水化物の合成)と産生された有機結合型トリチウム(有機トリチウム)が植生物の食用部分に移行する結果であるとした。さらに同誌は「有機トリチウムが・・・生体内にとどまる期間はトリチウム水より長期となり、したがって被曝線量の評価が重大な影響を受けることになる」と評価した。この研究はまた、有機トリチウムが、二つの食物経路を介して、すなわち、①一次的に有機トリチウムを産生する植物から、②食物連鎖のより高次のレベル(動物性食品)から、人体内に侵入してくると報告した。
 1999年までには、海洋放出トリチウムをモニタリングしていた英国の政府機関でさえ、調査をさらに積極的に進める姿勢を打ちだし、予防的な方向への論調が現れ始めた。英国の原子力規制機関の報告では、周辺の海水において全トリチウムの濃度が9.2Bq/kgから10Bq/kgの範囲にあったにもかかわらず、有機物を豊富に含む潮間堆積物(干潮と満潮の間の海岸の沈殿物)においては全トリチウム濃度は2,500Bq/kgのピークを示したケースが記載されていた。これは全トリチウム(有機トリチウムとトリチウム水の合計として)の生物濃縮の程度が極めて高いことを表していた。海水が打ち寄せることのある牧場では、牧草の有機トリチウム濃度は最高2,000Bq/kgに上ったという実測結果も報告された。有機トリチウムが、海岸に現存する種々の諸過程に影響されて、海から陸に移動する可能性が高いことが明らかに立証された。
 そのほか英国の研究では、現地の魚貝類に高レベルの有機トリチウムが存在することが報告された。最高値はタラで33,000Bq/kg、イガイで26,000Bq/kgであった。水鳥(カモ、ガンなど)では、有機トリチウムの濃度は、最低で2,400Bq/kg、「最高の数値は、ツクシガモで見つかり、トリチウム全体でおよそ61,000Bq/kgであった」(すなわち生物濃縮係数はおよそ6,000倍)。
 2001年のトリチウムの挙動に関する追跡調査では、トリチウムの最高濃度は、核施設の液体排水地点の近傍だけでなく「遠く離れた下流地点」でも観測された。この2001年の調査が見出したのは、トリチウムがトリチウム水として細胞の有機物質に取り込まれて有機トリチウムに変化するだけでなく、トリチウムと結合した食物を餌とする生物が、トリチウム水だけに被曝している生物よりも、速い速度で有機トリチウムを蓄積し、生物濃縮によっていっそう高い濃度に達することであった。
 2002年の研究では、英国の全海域をカバーした環境モニタリングの結果、以下の二点が実証されたことが報告された。①トリチウムに高度に汚染された海域に生息する魚介類のトリチウム濃度は、英国の他の(つまり海水トリチウム濃度の高くない)海域におけるよりも有意に高い。②海底生物と底生魚におけるトリチウムの生物濃縮は、まず最初に、堆積物中に生息する微生物および海底に生息する小型動物が有機トリチウムを摂取し続けて生物内にトリチウムが移行することを介して生じている。
 これに関連して観測されたのは、草食の生物種や外洋性の魚類のトリチウム濃度が、肉食動物と底生魚(海底あるいは海底近くに住む魚)より低かったことであった。この事実によりトリチウムが(有機トリチウムとして)実際に海と沿岸の食物連鎖を通して生物濃縮されていることが立証された。
 2009年の研究は査読を経て専門誌に掲載され、原子力産業の主張とは真逆のことを実験的に証明した。すなわち、トリチウムは環境中の有機物質に対して親和性があり、海洋環境での有機トリチウムの存在はこの親和性の作用を受けている。放出されたトリチウムは、海洋に放出された「後に」、海洋環境中にすでに存在する有機タンパク物質に対するトリチウムの親和性の結果として、有機物と結合するようになるのである。
 この研究結果は、海岸線沿いおよび沿岸海域で、海に流れ込む有機物質のレベルを高めるような条件がある場合とりわけ重要となる。つまり、海岸線が侵食されていたり、核物質以外でも廃棄物放出パイプラインがあったり、河口部からの河川の流れ込みがある場合、それらの近傍で海の有機物質濃度が高まるからである。福島の海岸と海流の下流領域(すなわち福島よりも南の太平洋に面した沿岸)には、沿岸海域にこのような有機物の流入源が数多く存在する。
 この2009年の研究は、英国で行われてきたいろいろな研究において「これらの特質がこれまで報告されて来なかった」ことに留意し、以下のように結論している。「トリチウムがもっぱらトリチウム水としてのみ存在し、したがって無限に希釈されるという見解は、明らかに注意深く検討されなければならない。自然の水の中でトリチウムが分配される機構や性質をさらに研究することが求められている。現在IAEAによって推奨されている単位数量(またはサブ単位数量)あたりの分配係数や濃縮係数は、明確に定義された測定結果に裏付けられておらず、その採用は再考を要するであろう。」
 査読のある科学雑誌では抑制された言葉遣いが通例である。その文脈で見たとき、この表現は、海洋放出されたトリチウムとその影響に関するIAEAと原子力産業の基本姿勢への強い批判を表すものである。研究の要約からはっきり見えてくるのは、海産物の消費者が有機トリチウムとしてのトリチウムへの被曝があるような場合、魚介類からの食事被曝があったことが明確に示唆されるだけでなく、人体内での有機トリチウムの生物濃縮もかなりの程度あった可能性も想定されることである。
 前述した研究から明らかなことがある。トリチウム水の挙動は水とほとんど同一であるので、水としてはおよそ10日で人体から排出される。しかし、有機分子と結合して有機トリチウムとなれば、それは長期間体内に滞留する可能性がある。その場合、体内滞留が長期化すれば、その期間中に放射能の摂取が繰り返されることとなり、生物濃縮の過程が促進される。しかも、有機トリチウムが高レベルで存在する場合、すでにかなりのレベルの生物濃縮も存在している可能性が高いので、魚介類食品の消費者にとっては食事を介した経路によってさらに高い被曝量がもたらされるであろう。
 イアン・フェアリー博士は、独立の研究者で英国を拠点に活動し、トリチウム被曝の危険性に関して幅広く論考を発表している。同氏によれば、現在の原子力産業および政府の基準は、有機トリチウムの真の危険性を過小評価しているという。フェアリー博士は、有機トリチウムの危険性については長く続く論争があるが、危険性が政府基準が認めているレベルよりも高いと考えている研究者が多いという。一部の政府機関、フランスの放射線防護原子力安全研究所(IRSN)でさえ、今や、これらの基準が不確実だと警告する報告書を公表している。フェアリー氏の確信するところでは、最近の研究調査結果を踏まえれば、有機トリチウムの被曝の危険度はトリチウム水と比較して少なくとも5倍にするべきであるという。
 福島原発からトリチウム水を海洋放出する計画にある重大な問題の一つは、その重要性に比してトリチウムの(いかなる形態のトリチウムについても)海洋環境における挙動と必然的結果に関して、ほとんど研究調査が行われていないという点である。
 これは、トリチウムは環境中で無限に希釈されていくので放射線学上の重要度は低いという当初の仮説に支配されているからである。トリチウムに関して必要なデータが不足している結果、政府・原子力産業から独立した研究は、同じように海水に溶解して、海水と同じようにふるまう、セシウム137など他の「可溶性」核種についての利用可能なデータから推定しなければならない。
 セシウム137など他の可溶性核種と同様に、「海洋の」トリチウム(また放出後に海洋環境中で生成する有機トリチウム)もまた、海から陸への拡散の過程で、陸上環境と食料用農産物を汚染する高い可能性があると考えなければならないのである。
 紙枚の関係で省略するが、セシウム137に関するデータは、ここまで述べてきたトリチウムの生物濃縮に関する結論を支持している。

   人間がトリチウムに被曝する複数の経路

 海洋放射能の海から陸への拡散に関するすべての利用できる証拠が強く示唆するのは、海洋放射能が波の飛沫や海洋エアロゾルなど大気中を運ばれる形で、少なくとも10マイル(約16キロメートル)の内陸に浸透して、食物連鎖に入る物質に沈着する可能性である。また、沿岸地帯住民にとっては、肺からの呼吸による被曝経路も強く示唆される。しかし、これらの点を、原子力産業と政府規制機関は今に到るまで調査しないままに放置している。
 人間にとって安全あるいは危険な「環境中の」トリチウムおよび有機トリチウムの量について、今まで多くの論考が書かれてきた。しかし、そのような論考はすべて仮定的でモデル化されたシナリオに基づいており、人体への影響に関する基本的な実証データが提示されることはなかった。私が現在まで調べたところでは、有機トリチウムがトリチウム水よりもはるかに深刻な影響を及ぼす可能性か高いことについてコンセンサスが広がりつつあるが、その論拠となるような、海洋放出トリチウムあるいは有機トリチウムが人体の全体系に与える影響に関する具体的な研究は見出すことができなかった。しかし、本論考においてすでに引用した動物での研究が強く示唆するように、沿岸の住民もまた、動物と同じように有機トリチウムの食物連鎖による高度の生物濃縮を受け、相当長期の反復する吸入被曝を受けている可能性がある。
 原子力産業は、海洋放射能が無限に希釈されて沿岸の住民と海洋の利用者(漁業者・船員など)に何らの脅威を与えないとの仮説を、長年にわたって主張してきた。だが、最近現れている新しい証拠はそのような仮説を否定している。海に放出されたトリチウムの脅威についても同じである。海洋放出されたトリチウムは、最近の研究が示唆するところでは、放射線被曝量を計測する上で重大な意味をもち、少なくとも海岸から10マイル(約16km)以内の陸上環境に住んでいる人々の被曝量は、①エアロゾル・波しぶき・水蒸気・高潮による海から陸への拡散などの環境的な諸過程と諸経路、②海洋および陸上で採れる食材の摂取による食事の諸経路、③呼吸による吸入経路によって与えられる。
 福島沖の海流が向かう南方向の海岸線の諸条件は、放出されたトリチウムと有機トリチウムによる沿岸住民の被曝を強力に促すものとなっている。つまり、海流の動きは最大の人口密集地帯に向いており、本州の太平洋岸における有機沈殿物の堆積は相対的に高いレベルにあり、年間を通じて繰り返しもたらされる周辺の気象状況は、陸方向に吹く風、季節特有の暴風雨、それによる沿岸の氾濫・高潮によって、砕ける大波の海岸線での挙動による海水飛沫やエアロゾルの生成を促進し、海から陸への放射能拡散を促しているからである。
 親潮と黒潮という二つの海流が、海洋汚染を移送し東日本の太平洋岸の沖合いにおいて混ぜ合わせる上で重要な影響を及ぼしている。通常、福島沿岸地域ではこれら二つのうち親潮がより支配的なものである。親潮は、南方向に流れる強力な海流で、冷たく栄養豊富な極地の海水を運んでおり、北から、本州の東海岸沖の全線を通って、南は東京の近くまで流れ、そこで黒潮と出会う。親潮には有機物が豊富に含まれるので、トリチウム水が親潮に放出された場合、有機トリチウムの形成が促進されることになろう。
 黒潮は本州の南の海岸に沿って東および北に熱帯の温かい水を運び、その後親潮と衝突して合体する。合体した二つの海流は、その後、東および北東に向きを変え、日本の海岸から離れて、北太平洋海流として太平洋を流れる。福島原発事故以来、北太平洋海流は、放射性物質を日本から北アメリカに運ぶ可能性があるため、大いに注目されてきた。福島事故により海洋に放出されたセシウム137の研究の結果、放射能が北太平洋海流によって実際にカナダの大陸棚海域に運ばれたことが立証された。環境中のセシウム濃度は事故から約二年以内に事故前の二倍となるレベルに上昇した。
 事故を起こした福島原発からは、事故後もトリチウム水の放出が続いているが、定量的な測定はなされていない。このことと連動して、海洋と沿岸地帯のトリチウムについて詳細で広範囲にわたる調査も報告もまったく行われていない。太平洋沿岸の海水、野生生物と海産食品、潮間環境、沿岸地帯の陸上環境や住民などについても未調査である。今までに放出されたトリチウムによっては海岸地帯に住む住民の被曝は「なかった」とする主張には、すべて、重大なデータの欠落があり立証がなされていない。このような状況下で、非常に大量かつ高濃度の貯留トリチウム水を、極めて大量の放射能が含まれると推定されているにもかかわらず放出するという今回の計画は、まさしく禁忌(決して行ってはならない処方)である。このことは明確である。
 私は、海洋放射能の分野での30年以上の研究に基づき、強い確信を持って以下の結論に達しないわけにはいかない。すなわち、福島から海流の流れる下流の沿岸住民は、食事による摂取から、海産食品と陸上農産物から、トリチウム水および有機トリチウムとしてのトリチウムに被曝し、海洋および沿岸の「危機的住民集団」となる危険性が高い。海から陸への拡散により空気中を運ばれるトリチウムおよび有機トリチウムを吸入してその放射能に被曝する可能性のある住民もまた、福島事故による「危機的沿岸住民集団」となることがが強く示唆されている。
 トリチウムの危険性についての科学的な証拠が明らかになる中で、前述したように重要データが提示されないまま90万トンを超える高濃度のトリチウム水の放出が計画されている状況の中で、私は結論せざるを得ない。この計画には、科学的な厳密さも正当性もなく、本州海岸部(福島からの海流の下流側)および陸上部の沿岸地帯住民が被るであろう被曝の健康影響に対してあまりにも無責任である、と。


 
 
 
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