国連科学委員会報告書から原発の通常運転の生みだす健康被害を推計する 渡辺悦司

2017年7月


国連科学委員会(UNSCEAR)報告書から
原発の通常運転(事故のない状態での稼働)の生みだす健康被害を推計する

――100万kW級原発1基の再稼働により年間で最大で発がんが約1000人・がん死が250人、現在の5基年間稼働により最大で発がんが約4000人・がん死が1000人増加する可能性(すべて生涯期間)が明らかになる

市民と科学者の内部被曝問題研究会会員 渡辺悦司
2017年7月8日




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国連科学委員会報告書から原発の通常運転の生みだす健康被害を推計する(pdf,28ページ,3714KB)

 九州電力の川内1・2号機、四国電力の伊方3号機に続いて、関西電力は高浜3・4号機の再稼働を行った。裁判所もまた、住民の安全やリスクを全く無視する福島事故以前の「原発安全神話」の無批判な追認姿勢に戻ってしまった。情勢は、あたかも、第二第三の福島原発事故を引き起こす事態に向かって自殺的に突き進んでいるかのようである。
 だがここで問題が生じる。事故を起こさなければ、原発は健康被害をもたらさないのだろうか?――それに答えるのにさほど困難はない。作業員の被曝労働による健康被害リスク、通常運転によって放出される放射性物質による周辺住民の健康被害のリスクは、①国連科学委員会(UNSCEAR)の放射性物質の放出量とそれによる集団線量の推計注1、②国際放射線防護委員会(ICRP)の放射線被曝リスクモデル注2によって、すでに数量的に明らかにされている。これらを基礎に、③欧州放射線リスク委員会(ECRR)によるICRPモデルの過小評価の比率注3で補正するという方法で、不確実性の大きい概数ではあるが、原発の通常運転(事故を起こさない状態での稼働)による大まかな健康被害は容易に推計することができる。以下、その結果を示すが、出力1ギガワット(GW)すなわち100万キロワット(kW)級原発1基の年間稼働による健康被害リスクは、最大で、過剰な発がん1000人・がん死250人(いずれも生涯期間)という驚くべき規模になる。現在の5基運転(総出力425万kW)で、過剰な発がん4000人・がん死1000人程度となる。なお、文中の数字は、桁にかかわらず、すべて非常に大まかな概数である(T[テラ]は10の12乗で日本語の兆に等しく、P[ペタ]は10の15乗を表す)。



  目 次

1.総量規制なしに捨てられている放射性トリチウム・炭素14・希ガスなど ・・・・・・・ 2ページ
2.トリチウムの放出量の推計から大まかな被害推計を試みる  ・・・・・・・・・・・・・ 6ページ
3.UNSCEAR2008年報告による明らかなリスクの過小評価 ・・・・・・・・・・・・・・ 7ページ
4.「スパイク」放出仮説を採用してUNSCEARの放出量過小評価を補正する ・・・・・・ 10ページ
5.トリチウムと炭素14の特別の分子生化学的危険性からのリスクの補正 ・・・・・・・・ 12ページ
6.原発周辺地域での白血病死亡率の急上昇:玄海原発の事例 ・・・・・・・・・・・・・ 15ページ
7.トリチウムと炭素14の特別な危険性を考慮したモデル ・・・・・・・・・・・・・・・ 17ページ
8.総括   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 20ページ
9.結論   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22ページ
謝辞   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22ページ
注記   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 23ページ
付論 当初想起したトリチウム放出量からの通常運転リスクの推計方法 ・・・・・・・・・ 26ページ




  1.総量規制なしに捨てられている放射性トリチウム・炭素14・希ガスなど

 原発の通常運転によって放出されている放射性物質の主な核種は、トリチウム(放射性三重水素)、放射性希ガス、放射性炭素(C14)などである注1。これらは、放射性物質であるにもかかわらず、自然界にも存在するので危険性が少ないなどとして、総量規制なしに無際限に環境中に廃棄されている。
 問題なのは、原発の定期検査と燃料棒の交換の際に、原子炉を減圧し上蓋を開けるのだが、それと同時に莫大な量の放射性の気体放出物、トリチウム(水蒸気および気体)や希ガスや炭素14(ほとんどは放射性二酸化炭素)などが、一挙に、「スパイク」として、通常時の500倍以上も環境中に放出されていることである(図1参照)。しかも、この放出は、運転中ではないので、放出量統計に十分に反映されていないのではないかという疑惑が、イアン・フェアリー氏により指摘されている(「スパイク放出仮説」)注4。日本政府は、大気中への元素気体および水蒸気でのトリチウムの放出量を公表しておらず、国連にも報告していない。さらに、1次冷却水が交換される際にも、トリチウム水が大量に排出される注5

図1 定期検査・燃料交換時の大気中へのスパイク的放射能放出

 UNSCEAR2008年報告の付属書Bの表18注1には、通常運転による放射性物質の放出による「局地的・地域的」な集団線量が掲載されている(下の表1)。UNSCEARのモデル原発サイトは、原発周辺50kmの人口密度が1平方kmあたり400人、周辺2000kmが20人である注1。つまり集団の人口は、周辺50km圏で314万人、2000km圏で2億5120万人程度である。したがって、大まかに、日本全国についての集団線量と考えて差し支えないであろう(もちろん韓国・中国の一部の人口に対する日本の原発による集団線量も入るが、韓国・中国の原発による日本人の集団線量と相殺されると考えて、慮外に置くこととする)。



 さらに、これを基に、ICRPのリスクモデル(集団線量1万人・Svあたり1800人の発がんと450人のがん死)を使って、通常運転による健康被害想定を大まかに計算することが可能である(表2-1のB、C)。



 もちろん、これは、UNSCEARによる集団線量とICRPによるリスク係数という二重に過小評価された数値である。だが、今は、概数の予測が「可能である」という点が重要なのである。つまり、政府や推進側専門家たちは、一定の被害が出るのを「知っている」ことが十分想定されるわけだ。
 過小評価されたものとしても、出力100万kW(1GW)の原発を1年間運転すれば、約0.4人の過剰な発がんと、およそ0.1人の過剰ながん死が国際的に公式に認められているのである(生涯期間について)。
 2017年6月21日現在、日本では総出力425万kWの5基の原発が稼働中である。それによる1年間の過剰発がんと過剰がん死のリスクは、UNSCEARとICRPから計算しても、およそ1.6人と0.4人となり、決して無視できない数である。2年間におよそ3人の人を重大な病気に罹患させ、およそ1人の人を殺めるなら、しかもその犯行がその後も続き、その犯行の可能性が公的に認められるなら、そのような人は「連続殺人犯」と断定されるであろう。では、原発再稼働を行う電力会社は、なぜ「殺人企業」と断定されないのであろうか?



 ECRRは、ドイツの環境省と連邦放射線防護庁が行った「運転されている原子力発電所周辺5km圏内で小児白血病、小児がんがそれぞれ2.2倍、1.6倍の高率で発症している」という内容の調査研究(KiKK研究)をベースに(×1000)、他の4原発での調査を含めて、原発の稼働に対し、核実験の被害などより大きな過小評価補正係数を採っている(×200〜×1000)注6。ここでは、ECRR2010年勧告の表にある幅のある数字として考えるが、同勧告は本文では×1000の方を採るべきことを示唆している。
 さらに、周知のようにICRPはがん以外のリスクをほとんど認めていないが、ECRRは、がん以外の健康影響として、心臓病死のリスクを認めて、がん死の2分の1としている注6。これもここで計算しておこう。
 ECRRの過小評価補正後では、5基稼働により約350〜1800人の発がんと約90〜340人程度のがん死、およそ45人〜170人の心臓病死が引き起こされている可能性が指摘できる(表2-2のF、G)。


  2.トリチウムの放出量の推計から大まかな被害推計を試みる

 いま、トリチウム以外の核種の放出量はトリチウムの放出量に比例すると仮定すると、トリチウムの放出量から、概数ではあるが、原発通常運転による健康被害の推計が可能である。つまり、PWR100万kW級原発の液体トリチウム放出量1TBqに対して0.1144人・Svと計算すればよい。
 関西電力が福島原発事故以前の10年間に運転した原発によって放出された液体トリチウム総量によるリスクは、以下のように計算できる。



 少し先回りになるが、後で検討する、九州電力玄海原子力発電所が、事故前11年間に放出した液体トリチウム826TBqに対する発がん・がん死リスクも以下の通り計算できる。



 これらの数字は、原発通常運転によって極めて多数の健康障害と犠牲者がでた可能性を示している。すでに、福島原発事故の以前に、日本の発がん率、がん死亡率は顕著に上昇した。その重要な要因の一つが原発の通常運転であった可能性がきわめて高いことは、この数字からも明らかである。


  3.UNSCEAR2008年報告による1993年報告に比してのリスクの明確な過小評価

 しかし、上記のUNSCEAR/ICRPベースの通常運転リスクの評価は、相当なレベルではあるが、ほとんどが作業員の被ばくによるもの(9割以上)であり、明らかに住民のリスクを過小評価したものであることは明らかである。
 しかも、UNSCEAR2008年報告は、同1993年報告に比較して、原子炉運転で放出される各放射性核種について、単位放出量あたりの集団線量推計値を大幅に引き下げている。とくに、近年その危険性が強調されてきている大気中放出のトリチウム、炭素14、微粒子の単位放出量あたりの集団線量をとくに大きく引き下げている(それぞれ5.2分の1、6.7分の1、2.8分の1に)。その理由の説明は見当たらないが、UNSCEARがすでに福島原発事故以前から、悪名高き2013年報告書で採用したような、原発事故の放出放射能によっては健康被害が全く出ないという放射線健康被害「ゼロ論」に向かって準備を進めていたのではないかという、深刻な疑念を生じさせる引き下げと言わざるを得ない。



 そこで、UNSCEAR1993年報告をベースにして、別の方法で原発通常運転によるリスクの推計を試みてみよう。放出量には、原子力安全委員会(当時)「発電用軽水型原子炉施設の安全審査における一般公衆の線量当量評価について」(1989年)より引用しよう。同文書は出力110万kW級のモデル原発についてのデータであるので、100万kWに換算した。PWRの液体トリチウム放出量は67TBq/100万kWであるが、これは『原子力施設運転管理年報』の実績値やUNSCEARのデータの3倍以上となる。これがほぼ政府が想定しているリスクの最大値と考えるべきであろう。
 大気中への炭素14とトリチウムの放出量は、原子力安全委員会の文書には言及がないので、UNSCEAR1993年報告AnnexB表38にあるPWRの1GW(すなわち100万kW)あたりの単位放出量データ1970〜89年の合計の比より、筆者が推計した。すなわち、PWRのトリチウム液体放出量の合計101(TBq/100万kW、ただし5年分の数字)に対して、大気中へのトリチウム放出量合計21.9(同)、C14放出量合計0.91(同)である。ここから、大気中へのトリチウムおよび炭素14の放出量は、それぞれトリチウム液体放出量の4.61分の1および111分の1と推計した。



 このデータによれば、住民と作業員の健康被害リスクの比は、1対1.5となり、2008年報告書のデータよりは現実に近いものと思われるが、それでもまだ住民健康影響について大きな過小評価があると考えるべきであろう。
 各項目についていえば、「放射性ヨウ素」の危険性についてはいうまでもないが、「希ガス」についても、小さいものの決してゼロとはしていないことに注意すべきである。「放射性微粒子」について、UNSCEARは具体的に核種を特定していないが、原子力委員会(当時)のデータは、以下の核種が挙っている。クロム51、マンガン54、鉄59、コバルト58と60、亜鉛65、ジルコニウム95、ニオブ95、ストロンチウム89と90、アンチモン124、セシウム134と136と137、バリウム140、ランタン140、セリウム141など。「トリチウム以外の液体廃棄物」には、クロム51、マンガン54、鉄59、コバルト58と60、ストロンチウム89と90、ヨウ素131、セシウム134と137が挙がっている。注目すべなのは、「トリチウム以外の液体廃棄物」の集団線量については2008年報告で大きく引き上げられており、ここでは引き上げられた方の推計を採った。
 UNSCEAR2008年報告によれば、長期的傾向として、フィルターの改良や燃料棒のピンホールを防止し封止性を高める技術改良などにより、①微粒子放出量がPWRで減少したが、BWRでは減少しなかった、②希ガス、ヨウ素およびトリチウム以外の液体放出量はPWR、BWRともに減少した、③トリチウムと炭素14の放出量はPWR、BWRともに減少していない、とされている注7。もちろん、減少した場合にも使用済み燃料棒の中に残っている量が増えているだけなので、使用後の貯蔵・保管・輸送、再処理工程での放出量を増加させるだけである。
 表6のデータに基づいてリスクを計算すると以下の通りとなる。




  4.「スパイク」放出仮説を採用してUNSCEARの放出量過小評価を補正する

 イアン・フェアリー氏は前掲論文注4において、原発の定期検査および燃料棒交換時に、通常運転時の500倍に上るスパイク的放出があり、その放出量は年間推計放出量の約半分になると指摘している。そのようなスパイク的放出による被曝の放出単位あたり集団線量は、通常運転時より遙かに高く、20〜100倍に上ると書いている。また、このようなスパイク放出が原子炉運転による放出量の中に十分に含まれていないのではないかという疑念も提出している。これらの点、的を射た指摘であると考える。
 そこで、いまトリチウム放出量の半分が、通常時の100倍の単位放出量あたりの集団線量を与えると仮定しよう(つまり放出量全体については約50倍の集団線量)。つまり、原子炉運転による大気中放出量については、前に計算した日本政府原子力安全委員会のモデル放出量とUNSCEAR1993年報告の放出量データを採り、同報告の単位放出量あたり集団線量を用い、大気放出による集団線量分を50倍して、住民の集団線量の計算を試みてみよう(作業員被曝量は同じと仮定する)。



 これにより、被害想定を計算すると、以下の表9の通りとなる。ECRRの補正以前でもすなわちUNSCEAR/ ICRPの段階ですでに被害予測が、1年間で100万kW稼働時で発がん13人・がん死3人と、かなり大きな数字になることが分かる。住民の被曝量(集団線量)は作業員の約36倍となる。



 ただし、この「50倍」という数字は、仮説的な性格のもので、実態を反映していないのではないかという批判があるかもしれない。そこで、現実の分子生物学的過程と数少ないが存在するトリチウム大気中放出量の実測値を反映しうる別な推計法を試みよう。


  5.トリチウムと炭素14の特別の分子生化学的危険性からのリスクの補正

 トリチウムは、放射性の水素の同位体であり、化学的には水素と同じ働きをし、ベータ線(電子)を出して、化学的に不活性なヘリウムに変わる。

図2 トリチウムとは何か


 現在政府が再稼働を進めようとしている加圧水型(PWR)原発は、核反応の制御にホウ素(ボロン)とリチウムを使用するので、トリチウムの発生量が沸騰水型(BWR)原発に比較して、桁違いに大きい。核燃料の「三体核分裂」によるトリチウムの生成は、BWR、PWRともに共通であるが、この反応により生成されたトリチウムの大部分は、燃料棒内にとどまり、炉内・冷却水中への漏洩は少ないと言われている(燃料棒の損傷率は1%程度とされている)。再処理工場では、この燃料棒を細断するので、トリチウム放出量は極端に多くなる。



 水素と同じ性質をもつトリチウムは、水(トリチウム水)として、また有機化合物と結合して、生体のどこにでも入り込む。とくに、細胞分裂時のDNA複製の際に、その材料となる有機物質に組み込まれると、DNAの中心構造である水素結合にまで侵入し、DNAを中枢から破壊することになる。その際、水素として機能してきたトリチウムは不活性なヘリウムに壊変するので、そこで水素結合が切断され、その箇所でDNA2本鎖が共有結合により架橋したり、メチル基やアルキル基、アミノ基など他の化合物とランダムに結合して非常に複雑な、修復の難度の高いDNA損傷が起きる。つまり、トリチウムの崩壊は、ベータ線照射による直接の破壊とそれにより生成される活性酸素種による間接的な破壊に加えて、水素結合の切断というさらに追加的な破壊を伴う。つまりトリチウムは何倍にも倍加された危険性をもつ。

図3


 森永徹氏は、トリチウムの特別な危険性は、住民が直接に吸入や摂取するだけでなく、環境中で、トリチウム水から植物の光合成によって有機結合トリチウムが生成され、さらにはその植物や植物性プランクトンを食べる動物や魚貝類が有機トリチウムに汚染され、さらに生物濃縮され、それらを住民が食べるなどにより、その地域の生態系全体がトリチウム汚染されてしまうことだと警告している注9
 炭素の放射性核種である炭素14も、化学的には炭素として振る舞うので、トリチウムと同じように倍加された危険性を持つと考えるべきであるが、自然界にも広く存在するとして無視されている。炭素14は、窒素と中性子の反応から生じ、ベータ線(電子)を出して崩壊し、窒素に変わる。半減期は5730年。炭素14も多くは放射性二酸化炭素として放出され、光合成により固定化され、生態系全体を汚染する。トリチウムと同じく生体を構成する基本的な元素であるので、身体のどこにでも、DNAの内部にも深く侵入して、放射線を照射する。
 ECRRは、トリチウムと炭素14の危険性の度合い(「生化学的強調係数」)を、それぞれ10〜30、5〜20としている注6。核実験の放射能被害の評価の際は、ECRRは「荷重係数」としてこれらの下限値の方を採っている注8ので、われわれもそれに習い、ここでは、トリチウムの加重係数を10、C14を加重係数を5として推計しよう。


  6.原発周辺地域での白血病死亡率の急上昇:玄海原発の事例

 このようなトリチウムの特別な危険性は、森永徹氏の玄海原発に関する分析により明らかにされている。それによれば、1975年後半に営業運転を開始した玄海原発(佐賀県玄海町)の稼働前と稼働後で、周辺自治体における白血病による死亡率が急上昇したことが、人口動態調査からはっきり読み取れる。

図4 玄海原発稼働前(上)・稼働後(下)における周辺市町村における白血病死亡率の変化


注記:上図が稼働前(1969〜1976年)、下図が稼働後(2001〜2011年)の白血病による死亡率。グラフから原発稼働から四半世紀後に、玄海町で約4倍、唐津市で約2.6倍、伊万里市で約3倍、多久市で約2.5倍、武雄市で3.5倍程度などに急上昇しているのが読み取れる。
出典:森永徹「玄海原発と白血病」第32回日本科学者会議九州沖縄シンポジウムでの発表(2015年12月5日)。原資料は佐賀県人口動態調査。

 森永氏は、もう一つ興味深い比較を行っている。沸騰水型BWRと加圧水型PWRの原発所在地の自治体における白血病や循環器系疾患の死亡率の比較である。これによっても、とくに白血病において、トリチウムとの連関がはっきり現れている。このように、原発の通常運転と定期検査・燃料交換時のトリチウムなどの放射性物質の大量放出によって、周辺住民の健康被害がはっきり現れていることが見て取れる。

表10 主なPWRとBWRのトリチウム放出量(2002〜2012年)と原発立地自治体住民の死因別死亡率(対10万人)

注記:同じ原発立地自治体でもトリチウム放出量の多い加圧水型の原発がある自治体は、白血病などの死亡率が明らかに高率であることが分かる。
出典:森永徹「玄海原発と白血病」第32回日本科学者会議九州沖縄シンポジウムでの発表(2015年12月5日)。原資料は原子力施設運転管理年報、人口動態調査。

 すでに引用したように、玄海原発から2002〜2012年の11年間に放出された826TBq(0.826PBq)のトリチウム放出量からの被害想定は、UNSCEAR/ICRPによる推計をベースにして可能である(表4)。前述の液体トリチウム1TBqあたり0.1144人・Svを使って、発がん約17人とがん死約4人(うち白血病は約1割として約0.4人)となる。これでも大変重大な数字であるが、これが過小評価であることはあきらかである。ECRR補正を行うと発がん3400〜1万100人とがん死850〜4300人(うち白血病85〜430人)、心臓病死425〜2150人程度と予想される。これは、上記の森永氏のデータから見て、蓋然性のある数字と思われる。


  7.トリチウムと炭素14の特別な危険性を考慮したモデル

 カナダでの1原発サイト(ダーリントン原発)については元素気体放出量のデータがある。さらにカナダの他の4原発サイトについては水蒸気放出量が公表されている。前者で計算すると大気中トリチウム放出量は液体放出量の4.5倍であり、後者も入れて計算すると2.5倍である。これにあわせて、大気中トリチウム放出量を液体トリチウム放出量の約2.5〜4.2倍と仮定することができる。つまり、スパイク放出を考慮した大気中放出量は、原子力安全委員会の液体放出量67TBqから167.5〜281.4TBqとなり、UNSCEAR1993ベースで計算された(67÷4.61)トリチウム気体放出量14.5TBqの約12〜19倍ということになる注10
さらに、これに加えて、ECRRの生物学的強調(荷重)係数(トリチウムで10倍・炭素14で5倍)を考慮に入れたモデルを考えてみよう。
さらに、まずICRPのリスク係数を採って後でECRR過小評価補正係数を掛けるのではなく、ICRPのリスクモデルの基礎にあるLSSでの20分の1の過小評価とDDREF=2による人為的な2分の1への過小評価を補正したわれわれのリスク係数(1万人・Svあたり発がん7.2万人、がん死1.8万人、非がん死1.8万人、うち心臓病死9000人)により計算しよう。なお非がん死をがん死とほぼ同数とする推計は、ヤブロコフ『チェルノブイリ被害の全貌』に引用されているマルコの推計を踏襲した注11


 


 これにより、PWRの1年間の稼働により、およそ発がん1000人・がん死250人・非がん死1000人(その約半分が心臓病死)、現在の5基稼働により、発がん4000人・がん死1000人(その半分が心臓病死)という推計が明らかになる。


  8.総括

 ここまで、種々の方法で、原発の通常運転による放出放射能の健康被害について推計する方法について論じてきた。以下の表に総括している。



 もちろん、このような推計には、放射線による健康被害の量的な側面だけを取り上げており、その質的な側面を全く捨象しており、本質的な限界があることは、指摘しておかなければならない。ここでは、詳しく触れることはできないが、本予測を議論する際に留保すべき点の概略を以下に列挙しておこう。
 ――平均化原則により個人間の放射線感受性の相違を無視している点である。とりわけ、胎児や胎芽、乳幼児、子供、妊婦、遺伝子変異(損傷を受けたDNAの修復機能やアポトーシスに関連する遺伝子、ATM、TP53、BRCA1、NBS1などに変異)をもつ人々(ECRR2010第4章4.5節では人口の約6%)の著しく高い放射線による傷つきやすさを無視している。放射線の「確率的」影響というのは、悪質なユーフェミズム(婉曲表現)であって、実際には、「放射線感受性の高い人たちの集中的な健康破壊と大量殺人」なのである。
 ――放射線影響はがん以外(さらには心臓疾患以外)の極めて広範囲の疾患や健康障害と関連があることを無視している点である。放射線の間接的作用、活性酸素・フリーラジカルによる酸化ストレスの重要性を軽視している。とりわけ、神経系・代謝系・免疫系やミトコンドリア病などの難病等の疾患を捨象している。
 ――遺伝的な障害、とりわけ遺伝子変異の個体および世代間での蓄積(がんおよび非がん疾患について)の重要性を見ていない点である。
 ――放射線は、スターングラス氏やグールド氏の指摘するように、子供の発育や知能の発展、さらには成人の精神活動にまで影響する点である。
 だが、これらの留保すべき諸点にもかかわらず、UNSCEAR・ICRPをベースとする被害想定によって、原発通常運転が、決して軽視すべきではないどころか、極めで重大な健康被害をもたらすリスク、その可能性は、十分に確認することができる。この点こそが重要であると考える。


  9.結論

 国連科学委員会の推計モデルは、モデル原発サイト周辺の人口密度が50km圏と2000km圏しか公表されていないようであるが、日本の現状と大きくはかけ離れていない。しかし、水源の状況などは考慮していないと思われる。とくに若狭湾など、原発が集中立地し、関西圏から名古屋圏まで周辺の人口密度が極めて高く(双方が150km圏内に入る)、しかも原発に近い琵琶湖水系や原発近傍を源流とする河川を広範な住民の上水道として使用しているなどの条件を考慮すれば、被害想定はさらに大きくなる可能性が高い。
 ここでの議論すべてから判断して、原発の通常運転は、事故がなくても、住民と国民全体の大量発がんと大量死を生みだしている可能性が示される。福島の汚染地域への帰還政策に加えて、原発再稼働に走る電力会社や政府は、重大事故が再び起こるリスクだけでなく通常運転がもたらす放出放射能による健康被害リスクの点からも、「放射線高感受性の人たちの大量殺人を行っている」と断罪されるべきなのである。

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  謝辞

 いつもながら市民と科学者の内部被曝問題研究会の皆さま、とりわけ山田耕作氏、遠藤順子氏、田中一郎氏、小柴信子氏にお世話になった。森永徹氏には学会で関西に来られた折、直接お目にかかって議論することができ、重要な資料もいただいた。島安治氏には、トリチウムに関して詳しいコメントをいただいた。論考の作成にご協力いただいた皆さまに深く感謝したい。もちろん、文責はすべて筆者にあることはいうまでもない。


  注記

注1 国連科学委員会(UNSCEAR)2008年報告付属書B「種々の線源からの公衆と作業者の被ばく」『放射線の線源と影響 UNSCEAR2008年報告書[日本語版]』放射線医学総合研究所監訳(2011年刊)
インターネットでは、英語版が以下のサイトからダウンロードできる。
http://www.unscear.org/docs/publications/2008/UNSCEAR_2008_Annex-B-CORR.pdf
UNSCEARが通常運転の際の集団線量推計の際に使ったモデル原発サイトについては、1993ReportAnnexBの109ページに簡単な説明がある。
http://www.unscear.org/docs/publications/1993/UNSCEAR_1993_Annex-B.pdf

注2 国際放射線防護委員会(ICRP)『国際放射線防護委員会の2007年勧告』日本アイソトープ協会(2009年刊)。リスクモデルの表は138〜139ページにある。

注3 欧州放射線リスク委員会(ECRR)編・山内知也監訳『放射線被ばくによる健康影響とリスク評価 欧州放射線リスク委員会(ECRR)2010年勧告』明石書店(2011年刊)
インターネットでは以下のサイトで読むことができる。
http://www.jca.apc.org/mihama/ecrr/ecrr2010_dl.htm

注4 イアン・フェアリー「原子力発電所近辺での小児がんを説明する仮説」日本語訳は以下のサイトで読むことができる。
http://fukushimavoice2.blogspot.jp/2014/12/blog-post.html

注5 原子力安全委員会(当時)「発電用軽水型原子炉施設の安全審査における一般公衆の線量当量評価について」(1989年)では、110万kW級原発について年間の液体トリチウムの放出量を次のとおり想定している:
 加圧水型PWR:7.4×10の13乗Bq=74テラ(兆)Bq/年
 沸騰水型BWR:3.7×10の12乗Bq=3.7テラBq/年
http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/t19890327001/t19890327001.html
 この文書は、最近も政府文書が再確認して引用されており、現在も有効と見なされていると考えられる(経済産業省トリチウム水タスクフォース「トリチウムに係わる規制基準」2014年)。
http://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/pdf/140115/140115_01h.pdf
 この日本政府の想定は、UNSCEAR2008での推計(PWRで20TBq/100万kW年)を4倍近く上回るレベルである。ここでは、原子力施設運転管理年報の数値に近いUNSCEAR2008の推計と両方を採ることにするが、もし、この日本政府推計に依拠すれば、通常運転による住民のリスクは2008年報告による推計のおよそ3.7倍になる。

注6 ICRPモデルによる通常運転リスクの過小評価については、前掲『ECRR2010年勧告』194ページ、表11.1。心臓病死のリスクについては、同書123ページ。

注7 日本におけるこれらの放出量の長期的変化については、原子力安全研究協会実務テキスト編集委員会『軽水炉発電所のあらまし』原子力安全研究協会(2008年)においても検討されており(第6章第8節)、UNSCEARと同様の傾向が確認されている。

注8 前掲『ECRR2010年勧告』96ページ、表6.3。同267ページ、表14.1。

注9 森永徹「玄海原発と白血病」第32回日本科学者会議九州沖縄シンポジウムでの発表スライド(2015年12月5日)

注10 UNSCEAR2008は、元素気体および水蒸気でのトリチウム放出量と液体トリチウムの放出量との比をおよそ1対10と推計しているが、イアン・フェアリー「トリチウム危険報告:カナダの核施設からの環境汚染と放射線リスク 2007年6月」によれば、少なくともカナダの原発(トリチウム生成量の多い重水炉であるが)でのこの比率は、反対に、大気中放出量の方が液体放出量よりも2.5〜5対1の割合で大きいという。同論文は、以下のサイトで紹介されている。
http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/genpatsu/what_is_tritium_01.html
http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/genpatsu/what_is_tritium_02.html
 原題は、Ian Fairlie, "Tritium Hazard Report: Pollution and Radiation Risk from Canadian Nuclear Facilities"
http://www.greenpeace.org/canada/en/campaigns/Energy/end-the-nuclear-threat/Resources/Reports/tritium-hazard-report-pollu/
 われわれは、この液体放出量と大気中放出量との比率は、他の、例えば日本の原発でも大きくは変わらないと考える。
 上記日本語の紹介サイトから、カナダの原発からのトリチウム放出量を以下に引用しておく。カナダでも、トリチウムガス(エレメンタル・トリチウム)のデータは、ダーリントン原発1箇所についてしか公表されていないようである。







注11 ヤブロコフ編・星川淳監訳『チェルノブイリ被害の全貌』岩波書店(2013年)178ページ、7-10表。





付論 当初想起したトリチウム放出量からの通常運転リスクの推計方法


 筆者が原発の通常運転による放出放射能からの健康被害の計算方法を最初に思いついたのは、国連科学委員会UNSCEAR1993年報告が掲げていた表を見たときであった。そこには、通常運転によって放出されている放射性物質の主な核種が列挙され、それらによる集団線量が記載されていた。下表に、該当の部分だけを切り取って引用してある。
 原子炉運転による放射性物質の放出量はトリチウムで140PBq、放出放射能による局地的・地域的な集団線量は0.37万人・Svである。これはPWR、BWR、HWR(重水炉)などを合わせた平均の数字であるが、世界の原発の半数以上(発電量の約6割)はPWRであり、大まかな平均値としてこの比率を使うことができる。つまり、各核種がほぼ同じ割合で平均的に放出されたと仮定すると、トリチウム放出量から集団線量を概算することができる。さらに、ICRPのリスクモデル(1万人・Svあたり1800人の発がんと450人のがん死)を使って、通常運転による健康被害想定を大まかにではあるが計算することが可能であると考えた。



 詳しい説明は省略するが、計算過程は下表の通りである。日本ではトリチウムの気体および水蒸気の放出量の統計が公表されておらず、大気中放出量を含めた総放出量は、イアン・フェアリー氏の論文にあるカナダのデータから、液体放出量の2.5〜5倍とした。本文では5.2倍としたが、当初は、四捨五入して5倍としたので、そのまま5倍とする。



 ECRR補正以前でも、つまり政府の認めているデータだけでも、通常運転による健康被害は決してゼロとはならない(G)。5基稼働している現在、UNSCEAR・ICRPだけからでも、毎年の稼働で生涯期間で3〜7人程度の発がんと1〜2人程度の追加的ながん死が予測される。
 ECRRの過小評価補正係数(H)×200〜×1000を採ると、過小評価補正後では、100万kW級原発1基の運転により、約160人〜1600人の発がんと約40〜400人のがん死、5基稼働により約680〜6800人の発がんと約170〜1700人のがん死が引き起こされている可能性が指摘できる(I、J)。
 関西電力の3原発サイトが、福島原発事故以前の10年間に放出したトリチウム量から計算すると(K)、およそ3500〜3万5000人の発がんと約870〜8700人のがん死がこの10年の被曝により生じる可能性が明らかになる。
 本文で示したとおり、この当初の方法での推計は、その後改良した推計方法による補正後の数値と、それほど大きな違いはないことが分かる。

  謝辞

 上記の方法に基づいた原発通常運転時の放出放射能による健康被害の推計を『人民新聞』に掲載していただいた(2017年6月25日号)。そちらの方もぜひご参照いただきたい。協力いただいた同紙編集部の園良太氏に感謝申し上げる。私の論考は以下のサイトにアップロードされている。

「国連科学委員会のデータから5基の年間稼働で最大7000件の発がん・1700人のがん死の可能性――原発の通常運転が生み出す健康被害を推計する〜放出される放射性トリチウムの危険性」
http://jimmin.com/2017/06/27/post-3511/



 
 
 
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