政府の帰還政策の恐るべき危険性を警告する 渡辺悦司 

2016年4月


政府の帰還政策の恐るべき危険性を警告する

市民と科学者の内部被曝問題研究会会員 渡辺悦司
2016年4月27日





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政府の帰還政策の恐るべき危険性を警告する(pdf,25ページ,3121KB)


 1.福島の20mSv以上の避難地域に10万人を帰還させると何が起こるか

 政府は、福島県内の20ミリシーベルト(mSv)以下の汚染地域に対する避難指示を次々に解除して住民の帰還を促してきたが、2015年6月12日、さらに現在年間20〜50mSv地域の避難指示を2017年3月までに解除し帰還を促す方針を閣議決定した。また福島県は、2015年7月9日、住宅支援などの避難者援助を2017年3月をもって打ち切る方針を公表した。
 これは、「帰還による被曝か避難による生活苦か」の選択を避難者個人に強要する残酷きわまりない政策である。現在11万人に上るとされる避難者は、政府と県当局による経済的・社会的圧力により、法律上の上限値である年間1mSvを大きく上回る被曝を、子供や妊婦までも含めて、半ば強制されようとしている。

  山下俊一氏ら政府側の見解からも決してゼロとは言えない

 だがこの20mSvとか50mSvとかいう数字は何を意味するだろうか?
 福島原発事故が広範な地域を放射能で汚染したとき、山下俊一氏らのいわゆる放射線「専門家」たちは、100mSvまでの放射線の健康影響は「分かっていない」のだから「安全である」と主張した。彼らはその宣伝のために汚染された地域を講演して回った。この場合の「100mSv」とは、「1回の」被曝量あるいは「累積の」被曝量のことであって、「年間」被曝量のことではない(もし年間100mSvを浴び続ければ、10年で放射線障害が出る1Sv、40年で半数致死量4Svに達してしまう)。このような「100mSvしきい値論」は、低線量被曝を無視する根本的に間違った見解であった。だが、この点はいまは置いておこう。
 日本政府が行っている帰還政策がどれほど危険であるかは、仮に、それが実現したら何が起こるかを、政府側専門家の理論をベースにして、考えれてみればよい。いま、避難をしていた住民約10万人が、年間20mSv汚染地域だけでなく政府が避難指定解除を目指している年間50mSv地域に、帰還して居住すると仮定してみよう。
 そこで2〜5年も経てば、帰還者の累積被曝量は、政府側の専門家たちが放射線の健康影響があると「分かっている」とするレベル、100mSvに達する。帰還した住民が「確率的に」がん死するという放射線の「確率的影響」は確実に現れるであろう。

  10万人を帰還させるとICRPのリスクモデルでも1万8000人〜4万5000人のがん死者が出る危険がある

 政府の放射線医学総合研究所が編集した教科書的著作にある表を見てみよう(付表1)。引用されている国際的に「権威ある」諸機関によれば、10万人が100mSvの被曝量(原表では0.1グレイであるが同じ量である)を浴びると、生涯で426〜1460人の「過剰な」(つまり追加的な)がん死者が出ると推計されている。中央値は約1000人である。計算上の係数操作を除いて平均しても、およそ1000人である。ここではこの値を採ろう。
 これらの追加的ながん死者数は、20mSvの場合5年間、50mSvの場合2年間に対応する。放射線量は半減期によって減少するが、いま残っている核種は半減期が長いので、経年の減衰は大きくない。ここでは生涯期間を50年とし、減衰を4割としてみよう。20mSvとして上記の数値の10倍、50mSvとして25倍し、0.6を掛ければよい。つまり50年間に6000人〜1万5000人のがん死者が出る計算になる。
 同書には、実際にはがん死リスクが従来の推計のおよそ3倍であるという最近の調査結果も引用されており(123ページ)、その場合には1万8000人〜4万5000人のがん死者が出る。50mSvの場合、帰還住民の半数が亡くなる可能性が示唆されている。
 現実には、放射線が一因となる心臓疾患、腎臓病、免疫不全、代謝異常など、がん以外の病気による追加の死者が付け加わる。放射線への感受性が数倍から数十倍高い小児や乳幼児への影響も考慮し、また放射性微粒子を吸い込んだり汚染された食品を食べたことによる内部被曝の影響も入れると、リスクはさらに増える。また、ECRRやその他多くの研究が示すようにICRPやUNSCEARの被爆リスクモデルは大きな過小評価である。しかしいま問題なのはこれらの過小評価ではない。つまり、これら過小評価となっているすべての要因を捨象して、しかも政府側の専門家の「100mSvしきい値論」に依拠しても、外部被曝とがんだけで、万人規模のがん死者数が予測されるという結果になるのである――隠された静かな放射線ジェノサイドというほかない。

表1 政府系研究機関による10万人が100ミリシーベルト被曝した場合のがん死数*1

注記:DDREF=2ということは、人為的に2分の1に計算されているということ。実際の数値はこの2倍であることを示す。なおBEIR:米国科学アカデミー・電離放射線の生物学的影響に関する委員会、ICRP:国際放射線防護委員会、EPA:アメリカ合衆国環境保護庁、UNSCEAR:原子放射線の影響に関する国連科学委員会、をそれぞれ表している。
出典:独立行政法人・放射線医学総合研究所編著『低線量放射線と健康影響』医療科学社(2011年)162ページ
 

 2.福島原発事故の人的被害想定について――健康影響は「予想されない」という政府見解を検証する

 福島原発事故の放出放射能の結果生じる人的被害の想定を考えよう。

  政府の健康被害「ゼロ」論

 政府の公式見解は、環境省の「東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議」の「中間取りまとめ」(2014年12月22日)とそれを踏まえた「環境省の当面の施策の方向性」(2014年12月27日)に表明されている。それによれば、「今般の事故による住民の被曝の線量に鑑みると」福島県及び福島近隣県において、①「がん罹患率に統計的有意差をもって変化が検出できる可能性は低い」、②「放射線被曝により遺伝性影響の増加が識別されるとは予想されない」、③「不妊、胎児への影響のほか、心血管疾患、白内障を含む確定的影響が今後増加することは予想されない」というのである。つまり、福島原発事故では人間の健康被害は「ゼロ」であるはずだという。被害は調査もする前から「ない」と断定されているのである。
 福島県における小児甲状腺がんの多発はすでにはっきりと現れているが、政府と福島県当局は多発の事実は認めても、放射線との影響は「考えにくい」として、事故との関連は否定し続けている。政府による漫画「美味しんぼ」に対する攻撃ついても同様である。鼻血さえも被爆の影響が「風評」なのだから、ましてや被曝による病気やがん死など考えられないという論理である。
 この意味では、政府の最初から「ゼロ」という事故被害想定は、実際に出て来ざるを得ない健康被害について、放射線被曝との関連はないと強弁するための、したがって何の責任も取らず賠償も補償もしないための論理なのである。
 だがこのようなゼロ被害論は本当であろうか? 政府や支配層の中枢は本当にゼロだと思っているのだろうか?

  財界首脳が示唆する被害想定――年間5000人の死者

 それを否定する有力な証言がある。それは、安倍首相の側近であり財界中枢の重要人物であるJR東海の葛西敬之会長(当時現職、現在は名誉会長)が、2012年9月10日に、読売新聞紙上で発表した論説である。そこで葛西氏は、日本では交通事故死亡者が「毎年5000人」も出ているが「自動車の利便性を人は捨てない」、「原発も本質は同じ」であり「リスクを制御・克服し」「覚悟を決めて(原発を)活用する」べきだとする発言をしている。交通事故程度の犠牲者が出ることを前提にして(すなわち「覚悟して」)、原発をあくまで推進するべきであるというのが、葛西氏の主張の眼目である。ということは、そのベースに、福島原発事故の結果としてこの程度の人的被害が生じる可能性があるとする被害想定が存在するはずである。
 この年間5000人程度すなわち10年間で5万人、50年間で25万人という数字は特異なものではない。被曝の危険性を警告する立場にたつ欧州放射線防護委員会(ECRR)のクリス・バズビー氏などの推計とほぼ同じレベルである。


葛西敬之氏論説「国策に背く『原発ゼロ』」読売新聞2012年9月10日掲載の該当箇所


  葛西想定の検証

 このような被害想定は、前に紹介した政府の放射線医学総合研究所による国際的な諸機関の集団線量データ――10万人が100mSvの放射線に被曝するとおよそ1000人のがん死者が追加的に生じる――から容易に推計することができる。同研究所が列挙しているデータは、広島・長崎の原爆被爆者、世界の核産業労働者、レントゲン撮影により被曝した患者などの多数の国際的な疫学調査から引き出された科学的・実証的数字である。つまり、過去の科学的知見からは、福島事故による住民の集団被曝によって健康被害が全く「予想されない」ということには絶対にならないのである。
 日本の人口は現在1億2730万人であるが、いま大ざっぱに、福島原発事故による放射能汚染度の高低にしたがって日本の人口全体が、それぞれ別表2の通り、追加の放射線量の照射を年間に受けるモデルを考えよう。これは、葛西氏の被害想定を検証するための概算モデルであり、線量の実測値を累計した数値ではないが、現実から大きくかけ離れてはいない。この年間の集団被曝量によって、およそ1万人の追加のがん死者が将来生じる計算になる。国際放射線防護委員会(ICRP)の見解では、低線量での被曝のリスクを係数操作(DDREF)で2分の1にしており、これでちょうど葛西氏の示唆する年間約5000人になる。
 安倍首相に最も近い財界人の1人である葛西氏の発言は、極端に露骨な原発推進の立場から、政府の「ゼロ被害」見解の虚偽を暴露したものといえる。それは、支配層の中枢部が、実際には福島原発事故の被害を極めて深刻に考えており、年間5000人・累計数十万人の犠牲者が出る可能性も十分に考慮していることを示唆している(実際には次回以降説明するがこの数字でさえ過小評価である)。葛西氏の「覚悟を決めて」発言は、支配層中枢が現在進行中の「放射線による静かな大量虐殺」を図らずも告白したものであると言えるかもしれない。

表2 集団線量による福島原発事故の人的被害想定の概算モデル
注記:この表は、事故直後の半減期の短い放射性物質による大量の初期被曝は捨象されており、その点で過小評価があることも付記しておきたい。なお、DDREFはICRPによる低線量での補正値である。
参考文献:放射線医学総合研究所『低線量放射線と健康影響』医療科学社


 3.モニタリングポストや放射線測定器の表示値の信頼度――つきまとう政府による操作疑惑

 深刻な問題は、日本政府や自治体当局が発表している空間線量(基本は設置高度が地上1メートルだが数十メートルという高い位置のものもある)や住民の被曝線量の計測値自身の信頼度が極めて疑わしいことである。以下に主要な事例をいくつか挙げておこう。

  半分の線量しか表示しないモニタリングポスト

 政府や自治体のモニタリングポストの表示が現実の線量の半分程度の数字しか示していない可能性が、実測により指摘されている。矢ヶ崎克馬氏と「市民と科学者の内部被曝問題研究会モニタリングポスト検証チーム」は、2012年、浜通り相馬・南相馬51ヶ所、郡山48ヶ所、飯舘18ヶ所等のモニタリングポストの測定を行った(検証には日立製測定器が使用された)。その結果、モニタリングポストが、その測定器に可能な限り接近させて測定した場合の65〜90%、除染されていない周辺地の実際の数値との比較ではおよそ50%ほどの数値しか示していないことが分かった(同研究会ホームページ)。測定器に最接近して測った場合の数値の差は、政府による人為的操作を疑わせるものだという。除染していない周辺地との比較では、バッテリーの位置が測定器の下にあること、土台に鉄板が敷かれていること、覆いの中の諸部品が放射線を遮蔽していること、周囲が金網で囲まれていることなどの設置条件がこの原因であろうと推測されている。

  ガラスバッチは6〜7割しか表示しない

 『週刊朝日』2015年2月6日号によると、福島で個人線量を測定するために広く使われているガラスバッチは、前方からの照射を前提としているため、福島におけるような全方向照射という条件下では、線量を3〜4割低めに検出するという。この事実は、同年1月15日、ガラスバッチの製造業者である(株)千代田テクノル執行役員線量計測事業本部副本部長佐藤典仁氏が、伊達市議会放射能対策研修会で公式に説明した(同じく会議で講演した「フクロウの会」のホームページによる)。この報道に対し同社は、ホームページで、この過小表示をICRPの「個人線量等量」と「周辺線量等量」との相違による当然の結果として認めている。製造業者自身が認めたという意味で、この3〜4割の過小評価という数字の意味は大きい。

  アメリカ製の5〜7割の数値しか表示しない日本製放射線測定器

 有名なアメリカの反原発活動家アーニー・ガンダーセン氏が組織している「フェアウィンズ・エナジー・エデュケーション」のインターネットニュースサイトは、アメリカの除染専門会社から福島事故直後に日本に派遣された専門家(ケヴィン・ワン氏とサム・エンゲルハート氏)に取材し、重要な証言を得ている。それによれば、同社員がアメリカから持参した測定器具を取り出して福島市内の放射線量を測定したところ、「その数値は公表されている放射線量よりも50パーセントも高いものだった」という。またアメリカ製の測定器と日本の測定器の測定結果を比較・検証したところ「なぜか日本の調査班が持参した機器の測定結果はアメリカ製に比べ、常に30%から50%低いことが解った」という。

  文科省が放射線量表示値を下げるように業者に圧力をかけた疑惑

 モニタリングポストの表示する数値を下げるように文部科学省が業者に圧力をかけているという明白な疑いがある。文科省は、2011年11月、アメリカ製モニタリンクポスト(地上1メートルで測定)の輸入納入業者「アルファ通信」との間の契約(600台設置)を一方的に解除したが、業者側によるとその理由は、文科省側が業者に対し「表示値が高すぎる」として補正するよう要求し、製造元の米社が「国際基準に準拠している」として文科省の要求を拒否したためであるとされている。毎日新聞(2011年11月18日)によると、文科省側も、契約破棄の理由として、「納期遅れ」だけでなく、「誤差が最大40%ある」(つまり1.4倍に表示される)ことも1つであることを認めたという。ちなみに同社は、2014年6月2日裁判所による破産手続きが開始された。

  公式測定値と一般の測定器の測定値の差を認めている福島県のホームページ

 このような、公的モニタリングポストと一般に発売されている放射線表示器との表示値の顕著な相違は、福島県の公式ホームページでも認められている(「モニタリングポストの測定値とサーベイメータなどの測定値の違いについて」)。そこでは、サーベイメーター(一般の放射線測定器)では「より安全側に余裕を持って管理が行われるよう、実効線量よりも高めの値」を表示していると説明している。ということは、公的なモニタリングポストは安全側に余裕を「持っていない」ということである。公式のモニタリングポストの測定値が「危険側に傾いている」ことを福島県は公然と認めているのである。

  疑わしい政府の被曝線量の算定式

 さらに決定的なのは、政府の住民被曝線量の算定方式である。復興庁のホームページ(「避難住民説明会でよく出る放射線リスクに関する質問・回答集」など)にも記されているとおり、政府は、住民の被曝線量を「1日の滞在時間を屋内16時間、屋外8時間と想定」、屋内については「木造家屋の低減効果(60%)」(すなわち室外の線量の4割しか室内に達しない)として計算している。政府は、「年間20mSv」とは時間当たりで計算すると「3.8?Sv」だとしているが、3.8?Sv/時はそのまま年間に換算すると33.3mSv/年であり、政府のいう値の1.67倍である。すなわち、室内の汚染がないという非現実的な仮定を前提としたこの算定式によって、政府は現実の被曝線量を40%過小に(6割に)評価できるわけである。

  実際の放射線量は公式の表示値の2倍以上である可能性

 以上をあわせて考えると、公式発表の被曝線量は、最低でも半分以下の数値に操作されているのではないかという疑惑が生じる。実際の線量の数値は、政府発表の2倍かそれ以上であると考えても不自然ではない。つまり、政府想定の年間1mSvは実際には年間2mSv以上であり、5mSvは10mSv以上、20mSvは40mSv以上、50mSvは100mSv以上が想定されていると疑われても仕方がないのである。


筆者が持つ表示器も、日本製(上)は、ベラルーシ製(下)に比べて約半分の数値を示す。
左は室内のマットの上、右は戸外の下水枡のプラスティック製フタの上である。室内もけっこう汚染されていることも分かる(大阪府南部の自宅にて2016年初に測定)。ベラルーシ製の日本語マニュアルには、政府の測定器とは方式が異なり高い値が表示されるので「公の値とは比較しないでください」と注意書きがある。


 4.チェルノブイリ事故での避難――福島への帰還政策との比較

 次々と高い線量の地域に住民を住まわせて行こうとする日本政府の帰還政策は、チェルノブイリでの経験とまったく正反対のものである。チェルノブイリでは、健康被害と避難の経験を総括する中から、避難基準を順次引き下げてきた。現在では、年間1mSvを超えると国の援助の下で避難する権利が認められ、年間5mSv以上の汚染地では、国が責任を持って住民を避難させる義務を負う(表3)。
 その際、前回検討した日本の線量計の過小表示疑惑を想起いただきたい。また、チェルノブイリの線量値には、身体の内部に侵入した放射性物質による「内部被曝」の部分が加算されている。従って数値は同じ5mSv/年でも、実際の空間線量ではチェルノブイリでは3mSv/年、日本では8.4mSv/年と2.8倍の開きがある。この点に注意が必要である。
 本来、日本政府は、最低でもチェルノブイリと同じ基準で、住民の避難を組織すべきであり、数十万から百万人規模の大規模な避難になろうと、避難の経済的保障を含めて生活の保障を行い住民を避難させるべきである。とくに子供と若い世代の集団的な避難を組織しなければならない。住民の健康と生命、基本的人権を守るためには、避難が絶対に必要である。

  除染が生み出した悲惨な結果――汚染袋の「黒いピラミッド」

 政府・行政側は「除染の進展」を帰還政策の根拠に持ち出している。だが、その議論は無意味である。たしかに除染によってモニタリングポストの数値が下がったことは、表示値の操作疑惑があったとしても、事実であろう。しかし「除染して20mSvかそれ以下に放射線量が下がったから」帰還せよというのは、除染では20mSvにしか下がらないということであり、除染の効果が極めて限定的であることの自己告白である。他方、汚染度の高い山林や山野の除染は事実上不可能で実施されておらず、そこからの放射性微粒子の再飛散や再流出によって除染地の再汚染は避けられない。またダムや貯水池や川などの底に堆積した放射性物質の処理も不可能に近く、水系や水源の除染はできていない。
 除染の結果は、作業によってはぎ取った汚染土や汚染物を入れたフレコンバッグの山を「黒いピラミッド」のように各地に積み上げたことである(写真)。耐用年数3〜5年といわれるバッグは、経年劣化によって破損が進み、水害によって流出するなど、再汚染・再飛散が進行中である。海岸沿いにあるバッグの集積所は、もし津波が再来すれば、汚染物が内陸へと運ばれて深刻な再汚染をもたらすであろう。さらに除染作業は、何万人という多数の除染作業員の新たな被曝とそれによる健康被害や「確率的な死」という別の犠牲を生み出そうとしている。

  子供たちや若者を帰還させようとする政府・マスコミ

 政府やマスコミはとくに子供たちと若い人々の帰還をキャンペーンしている。
 だが、前に引用したBEIR報告に基づけば、子供の発がんリスクは成人の2.5倍であり、乳幼児や児童生徒を年間20mSv地域に帰還させることは、1年間の被爆によっておよそ200人に1人の子供を追加的にがんに罹患させることを意味する。成人になるまでに1割もの子供たちががん発症する割合になる。
 2011年4月29日、20mSv基準を学校に適用することに抗議して内閣官房参与を辞任した小佐古敏荘東大教授(当時)が「声明」で述べていたことを忘れてはならない。「年間20mSv近い被ばくをする人は、約8万4千人の原子力発電所の放射線業務従事者でも、極めて少ない。この数値を乳児、幼児、小学生に求めることは、学問上の見地からのみならず、私のヒューマニズムからしても受け入れがたい」と。放射線の専門家がこの措置の非人道性を認めていたのだ。

  戦時下の学童疎開の経験にさえ学んでいない安倍政権

 放射能汚染が高い地域から乳幼児・学童を全員避難させるのは当然である。戦時下では都市爆撃被害を避けるため学童集団疎開が行われた。その数は、公的疎開が42万人、私的疎開も加えると約100万人とされる。現在の福島県の19歳以下人口は34万人ほどである。現在の生産力をもってすれば、将来を担う若い世代を被曝による健康被害から守るという全国民的目的のために、乳幼児・学童・両親の集団避難を政府・行政が組織できない客観的な理由はない。
 だが、安倍政権は、全く正反対の道を進み、子供たちを原発労働者同様あるいはそれ以上の被曝環境下に送ろうとしている。安倍首相は、放射線による「見えざる」虐殺者といわれても仕方がないが、学童疎開を決断した「公然たる」大量虐殺者との比較では、東条英樹以下というほかない。

表3 チェルノブイリと日本における避難基準の比較

参考:矢ヶ克馬「進行する放射線被曝とチェルノブイリ法・基本的人権」市民と科学者の内部被曝問題研究会ブログ
http://blog.acsir.org/?eid=23
中村隆市ブログ「『チェルノブイリ法』の避難基準と放射能汚染マップ」
http://www.windfarm.co.jp/blog/blog_kaze/post-13030
などを参考に筆者が作成。



いたるところにフレコンバッグの山が積み上がっている


国道6号線の清掃ボランティア活動には多くの中高生が参加した。
マスクも着用していない。(2015年10月10日)



 5.内部被曝の恐るべき危険――放射線は活性酸素を生みだし、活性酸素はあらゆる病気を増やす

 支配層側の専門家たちの多くが無視して認めようとしない放射線被害のさらに広いより深刻な側面に進もう。それは私の属する研究会がテーマとしている内部被曝の特別な危険性である。図1のように、外部被曝は体外にある放射線源からの照射であるが、内部被曝は身体の内部に侵入した放射性物質からの照射である。

  内部被曝には外部被曝とはレベルの違う特別な危険性がある

 前回、チェルノブイリでは住民の被曝量の算定の中に「内部被曝」の部分が四割含まれていることに触れた。これは内部被曝部分を無視している日本政府よりは大きな前進であるが、実際には内部被曝の危険性の過小評価である。内部被曝には、外部被曝に還元することのできない深刻な危険性があるからだ。
 内部被曝は、主として、事故によって放出された放射性微粒子を吸入したり、放射性物質を含む食品・飲料を摂取したりして、体内に侵入した放射性物質によって起こる。図2に見るように、内部被曝の大きな特徴は、細胞の近傍から放射線が照射される点である。したって内部被曝では放射線量自体はごく微量であっても近傍の組織にとっては極めて高い線量となる。とくに、図2のように放射性物質が原子レベルではなく微粒子形態を取っている場合、集中的な被曝となる。

  放射線の直接的作用と間接的作用

 放射線被曝のもう一つ重要な特徴は、放射線には「直接的作用」と「間接的作用」があることである。つまり、放射線の作用は、照射によって直接に、遺伝子のDNAが切断されたり、エネルギー代謝を司るミトコンドリアが傷つけられたり、細胞膜やいろいろな細胞組織が損傷・破壊される等々にはとどまらない。
 放射線はまた、不安定で酸化力の極めて強い酸素(活性酸素)や対となる電子を失った原子や分子(フリーラジカル)を体内で生み出す。放射線は、この活性酸素種によってもまた、DNA・ミトコンドリア・細胞膜やいろいろな細胞組織を「間接的に」傷つけるのである。この効果は圧倒的に内部被曝に関連する。
 発見者の名を取って「ペトカウ効果」と呼ばれているこの放射線の間接的作用は、直接的作用と比べて損傷力が三倍あるいは四倍も強力であると考えられている。

  活性酸素種とそれによる酸化ストレス

 活性酸素種が健康に悪影響を及ぼすことについては、すでに1960年代から知られている。当初、活性酸素種は一方的に「悪玉」で、分解する酵素や抗酸化物は「善玉」であると考えられてきた。だが最近の研究では、活性酸素種の複雑な生体機能が明らかになりつつある。ここでは、京都府立医大の前学長、吉川敏一氏が監修した『酸化ストレスの医学第二版』診断と治療社(2014年)を参照しよう。
 生体は、活性酸素種を自ら作り出して、免疫機構の一部として異物を分解し細菌などを殺すために利用している。他方では、活性酸素種によって生じる酸化ストレスは、体内の各種の分解酵素や食物の抗酸化作用などによって打ち消している。つまり、体内では、酸化ストレスとそれに対抗する抗酸化作用とは、微妙なバランス状態にあるのである。

  病気の九割と関連

 有害化学薬品、金属、喫煙、大気汚染、太陽光線、ショック、血行不良などは、体内の酸化ストレスと抗酸化作用とのバランスを覆し、酸化ストレスの側に傾ける。これに放射線が加わる。放射線とくに体内から発する放射線は、たとえ微量であっても、常に活性酸素種を生成して強い酸化ストレスとなり、酸化・抗酸化バランスを崩してしまう。医学研究によれば、活性酸素種が関与する病気は、付表のように極めて広範囲の多種多様であり、病気のおよそ9割が関連するとさえいわれる。
 つまり、①活性酸素種はほとんどあらゆる病気や健康障害を促すこと、②放射線は活性酸素種を生み出すことは証明されている。両者を結びつけて考えなければならない。

  心臓疾患の例

 一つ例を挙げよう。この間、福島原発事故後、放射能汚染の高い地域で、心臓疾患による死者が増加している事実が指摘されている。これは、心臓にたまりやすい性質を持つ放射性セシウムが、脈拍や心筋収縮を司る細胞の情報伝達回路(イオンチャンネル)を障害することによって生じると考えられている(井手禎昭著『放射線と発がん』本の泉社など)。
 吉川氏らの新著によれば、酸化ストレスは、平滑筋・血管内皮から「サイクロフィリンA」という特殊なタンパク質の分泌、血管内皮の酸化ストレスをさらなる増幅、サイクロフィリンAの冠動脈内への固着と不安定プラーク(かたまり)の形成を導き、これがはがれて心筋梗塞を引き起こすというメカニズムが「重要な促進因子として証明されている」という。
 放射能汚染の高い地域における心臓疾患の増加についても、放射性物質による直接の障害だけでなく、さらに放射線が生み出す活性酸素が関与している可能性もまた十分に考えられるわけだ。

  放射線による有機ラジカルの生成と晩発影響

 同書は、放射線と活性酸素種の関係についても新しい観点を提起しており、大いに注目される。とくに、活性酸素種が有機物と化合すると「有機ラジカル」となり、極めて長期の寿命をもつことになるという。いったん酸化ストレスと抗酸化作用とのバランスが崩れた場合、その影響もまた極めて長期にわたって持続し蓄積する。しかもその影響は、細胞分裂後の娘細胞へと受け継がれていくという。何年何十年も経ってから現れる放射線被曝による「晩発影響」も、このような長期的な酸化ストレスの蓄積によるものとして説明できるという。
 つまり放射線は、直接の作用によってだけでなく、その生み出す活性酸素種という間接の作用によって、がんだけでなく広範囲の障害や疾患を、事実上ほとんどあらゆる病気を長期にわたって増加させると考えなければならないのである。
 ヤブロコフらは『チェルノブイリ被害の全貌』岩波書店(2013年)において、がん死はチェルノブイリ事故による犠牲者全体の約半数を占めるという研究を引用している(178ページ)。これに基づくなら、

表4 活性酸素・フリーラジカルの関与する変性と病気

出典:吉川敏一ほか著『活性酸素・フリーラジカルのすべて』丸善(2000年)59ページ

図1 外部被曝と内部被曝

<出典:二つの図とも落合栄一郎著『放射能と人体』講談社(2014年)より。ちなみに、本書はこのテーマを取り扱った最も優れた書籍の1つであり、関心をお持ちの方はぜひお読みいただくようお勧めしたい。

図2 放射性微粒子による内部被曝の模式図

放射線が水(H2O)に当たると電子(e)をはじき出して活性酸素が生じる。αβγはそれぞれ放射線の種類を表している。


肺の中のプルトニウム微粒子からの放射線(α線)の照射を捉えた写真
http://nagiwinds.blogspot.jp/p/blog-page.html



 6.福島原発事故の規模――チェルノブイリ、広島原爆、ネバダ核実験との比較

 ここでは、福島原発事故の規模を、チェルノブイリ原発事故(さらには広島原爆、米ネバダ核実験場での大気圏核爆発総計)との比較で検討しよう。その基礎になるのは、放射能の放出量である。
 政府は、福島原発事故後の早い時期に(約1ヶ月後)、事故による放射能の放出量を暫定的に推計し、チェルノブイリ事故の「1割程度」とした(2011年4月12日、当時の原子力安全・保安院の発表)。その後マスコミ報道や政界の議論などでは、この数字がいわば一人歩きしてきた。それにより福島事故はチェルノブイリ事故よりも「桁違い」に小さい事故というイメージが作られてきた。
 だが、これは本当であろうか?

  チェルノブイリとの比較

 福島原発事故では、放射性物質の環境中への放出は、三つの形態で生じた――①大気中への放出、②直接の海水中への放出、③汚染水中への(その一部はさらに地下水中への)放出である。政府推計は、①については、原発敷地およびその周辺と主として日本国内のモニタリングポストのデータから推計されており、太平洋にあるいはそれを越えて飛散したものは考慮されていない。②③については抜け落ちており、全体として大きく過小評価されている。前回に検討したモニタリングポストの表示値の信頼性も問題となる。
 ここでは今までに発表されている国際的な研究成果を基礎にして、放出量を再推計してみよう。単位は「ベクレルBq」が使われるが、1秒間に1回放射線を照射する放射能量のことである。ここではその10の15乗倍ペタベクレルPBqを使う。ベースとなる放射性核種はセシウム137がよく使われる。
 いま、①の大気中放出量には、ノルウェー気象研究所のストール氏らの推計を採用しよう。これは、包括的核実験禁止条約機構CTBTOが全世界に保有する観測網による放射性降下物測定データを使っており、信頼度が高いとされている。②の直接海水中に漏れた放射能量には、米カリフォルニア州政府資源局の調査委員会が引用しているフランスのベイリー・デュ・ボア氏らの推計をとろう。③の汚染水中放出量については、ALPSなどにより汚染水から吸着処理されたセシウム137の回収量によって、その最低値をかなり正確に示すことができる(ここでは東電の資料を解析した海老澤・澤井両氏の推計による)。
 チェルノブイリについては、最もよく参照される国連科学委員会の1996年の推計をとろう。ただ、この数字は、最大値(上限値)であって、比較のためには福島の方も最大値としなければならないという点、またそれは大気中放出量①であり、②③については放出はなかったと考えられている点に注意が必要である。計算すると表5の通りとなる。
 すなわち福島原発事故は、チェルノブイリに比較して、大気中放出量で比較するとおよそ三分の二、福島について大気中・海水中を合計するとほぼ同等、3つの放出形態を合計すると4倍以上となる。政府やマスコミのいう福島原発事故は桁違いに小さい事故であるという評価は全く当たらないのである。

  広島原爆、ネバダ実験場での地上核実験爆発出力との比較

 セシウム137をベースとして広島原爆および米ネバダ実験場での地上核実験爆発出力と比較しても福島事故の規模がよく分かる(表6)。
 広島原爆との比較では、日本政府自身が、福島からの放出量がセシウム137換算で「168発分」となることを認めている。しかし上の推計からは、それは実際には「約4158発分」ということになる。
 原爆との比較では、さらに進んでアメリカ国内のネバダなど核実験場での地上核爆発との比較を行わなければならない。Wikipedia 日本語版には、「核実験の一覧」の項があり(米国エネルギー省の資料に基づいていると思われる)、ネバダ実験場では合計171回の地上核実験が記載されている(地下核実験への移行後も地上への漏洩はあったであろうが、さしあたりここでは無視する)。地上での核爆発の出力を全部合計してみると、2.5メガトン程度である。広島原爆の爆発出力を16キロトンと仮定すれば、日本政府発表の数字である広島原爆168発分で2.7メガトンとなり、ネバダ実験場で行われた全ての地上核実験の総出力を上回る。放射能放出量は、ほぼ爆発出力に比例すると考えられるので、これは過小評価が明らかな日本政府の放出量推計値に基づいても、福島の放出量はネバダ実験場での大気中への総放出量を上回る可能性が高いということを意味する。
 福島について現実に近いと考えられるストールらの推計の広島原爆597発分を採ると、約9.6メガトンとなり、福島はネバダ実験場での地上総爆発出力の約3.9倍になる。ネバダ実験場の広さは鳥取県ほどあるといわれ、周囲のほとんどは人の住まない砂漠である。しかも、Wikipediaの記録では、メガトン級の核実験はネバダでは一度も実施されていない。
 それに対して福島では、メガトン級の放出(大気中放出量で9.6メガトン、総放出量では42メガトン)があったにもかかわらず、近くまで人々が住み続けており、政府はさらに近隣に住民を帰還させようとしている。政府が行っている、住民を避難させず反対に帰還させる方針は、いわばネバダ核実験場の近傍に住民を住ませ続け、さらに補償などで差別や期限を設け、帰還を半強制的に進めるという措置であり、「人道に対する犯罪」に等しいと言える。


資料 福島原発事故による放射性物質の大気中への放出量についての原子力安全・保安院(当時)の発表[2011年4月12日付ニュースリリースの冒頭部分のコピー]


(出典)「東北地方太平洋沖地震による福島第一原子力発電所の事故・トラブルに対するINES(国際原子力・放射線事象尺度)の適用について」経済産業省のホームページより
http://www.meti.go.jp/press/2011/04/20110412001/20110412001-1.pdf


表5 福島とチェルノブイリの事故時残存量および放出量の比較(単位ペタベクレルPBq)

出典:山田耕作・渡辺悦司「福島事故における放射能放出量はチェルノブイリの2倍以上――福島事故による放射性物質の放出量に関する最近の研究結果が示すもの」および同補論、市民と科学者の内部被曝研究会(ACSIR)のホームページを参照のこと。(http://blog.acsir.org/?eid=29)。ペタベクレルPBqは10の15乗ベクレルである。


表6 福島事故放出量の広島原爆、ネバダ実験場地上核実験総出力との比較

           セシウム137についての推計 単位ペタベクレルPBq)
出典:表5と同じ


表7 ヨウ素131とセシウム137の放出量に関する各種推計 (単位ペタベクレルPBq)

チェルノブイリは国連科学委員会の1996年報告の数字を取った。われわれの推計はストールを基礎としてNatureと東電のI131/Cs137比率を掛けたものである。INESは国際原子力事象評価尺度である。
Kittisak Chaisan et al; Worldwide isotope ratios of the Fukushima release and early-phase external dose reconstruction; Nature 2013年9月10日付
http://www.nature.com/srep/2013/130910/srep02520/full/srep02520.html


 7.結論――政府の帰還政策・原発再稼働政策は住民と国民全体への放射線被曝の強要、
  放射線による確率的な大量殺戮に等しい国家的犯罪


 結論は明らかである。文字通り恐るべき危機、恐怖すべき異常事態が生じているということだ。帰還政策では、過小評価が明らかな国際諸機関のモデルを使っても、10万人の帰還者に対して、数千人から数万人規模の追加の生涯がん死者が予測されるような条件下に、政府・自治体・マスコミがそろって、乳幼児や子供から、妊婦や若者を含めて数多くの人々を帰還させようとしているという事態である。福島事故の放出放射能による人的被害では、財界首脳の発言によっても、福島原発事故による健康被害は交通事故死・年間約5000人に匹敵する。実際にはその数倍あるいは桁違いになる可能性が高いということである。さらに原発再稼働では、電力会社の安全意識・安全規律はたるみきっており、事故が起こるほかない状況にあるのに、政府と原発推進勢力は、再稼働を強行することによって、今後予想される事故による住民被曝の危険性を福島周辺から全国に広げようとしていると言っても過言ではない。そして、これらすべての恐るべき危険性を、政府やその下にいる専門家たちは、人々の意識からいっさい消し去ろうと必死の努力を積み重ねている。

   低線量被曝の「確率的影響」とは「確率的大量殺人」の婉曲表現

 低線量放射線の影響はよく「確率的」といわれる。だがこれはユーフェミズム、婉曲表現にすぎない。実際には確率的な「死」である。そうなることが分かったうえで意図的に放射線被曝の下に人々を押しやれば、これは「確率的な殺人」といわれても当然である。放射線による目に見えない大量虐殺こそ、現に政府がやっていることである。
 上に見てきたように専門家たちは、すでに事態の深刻さを実際に分かっているか、容易に理解できるはずなのである。意識ある専門家たち・科学者たちはいまこそ声を上げるべきである。だが、多くの専門家たちは、事態のあまりの深刻さに縮み上がって沈黙しているか、政府・原発推進勢力に恫喝されて動揺している。少数の、無知で無恥の、多かれ少なかれ金と権力で買収された専門家たちが、福島事故程度の線量では「放射線の影響は考えにくい」「予測されない」「目に見える影響はない」などと、この見えざる大量虐殺を容認したり、言い訳をしたりして、客観的には確率的大量殺人の積極的な扇動者になっている。
 小泉元首相は、今となって「原発の安全」について「専門家に欺された」と回顧しているが、もしそうなら、彼はいまこそ「放射線の危険性」について「専門家に欺されるな」と人々に広く訴えなければならないはずである。小泉氏の「弟子」である安倍首相は、放射線による「見えざる」虐殺者といわれて当然だが、小泉氏はなぜかこの点の批判を行っていないし、息子の進次郎氏が政府の帰還政策の宣伝塔の一翼を担っていることを容認しているように見える。

   原発再稼働は自殺的な原発特攻・玉砕政策

 問題は福島だけではない。政府は、福島クラスの事故が再発し繰り返されることをいわば前提にして、全国で原発の再稼働を進めている。老朽原発を耐用年数とされる40年を超えて60年、さらは80年まで使い続けようとしている。福島原発のように事故が起こって使えなくなるまで残存する原発を動かそうとしている。つまり、これまた10年から数10年で「確率的に」繰り返される原発事故によって、日本全土が放射能で汚染されるまで、使い続けようとしている。もはやこれは自滅的な原発特攻・玉砕政策である。そして事故が起これば、福島で実施されている住民被曝強要政策、したがってその結果としての確率的大量殺戮もまた各地で繰り返され蓄積されることになる。核収容所列島における自国民に対する隠された静かな放射線ジェノサイド以外の何ものでもない。
 現に進んでいる事態は、政府と地方行政機関、さらには電力会社や原発関連企業だけの責任ではない。それは、国際的な原発推進複合体、さらにはアメリカを先頭とする核武装した列強までも包含する「原子力マフィア」による組織化された「人道に対する犯罪」以外の何物でもない。

   帰還政策と原発再稼働――生存か死かの問題

 日本の国民は文字通り「生きるか死ぬか」の選択を迫られている。帰還政策を止めさせ、再稼働を止め、全原発を止め、全原発を廃炉にして、再生可能エネルギーによる「原発ゼロ」を目指していかなければならない。それ以外に生き残る道はない。


 
 
 
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