東京圏の放射能汚染―チェルノブイリでは「避難の権利」が保障されるべきレベル 渡辺悦司

2017年4月


東京圏の放射能汚染――
チェルノブイリでは「避難の権利」が保障されるべきレベル

――1000万人について最大で年間約18万のがん発症と9万のがん・非がん死、
50年間で530万人のがん発症と260万人のがん・非がん死の増加が予測可能

市民と科学者の内部被曝問題研究会会員 渡辺悦司
2017年4月2日 



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東京圏の放射能汚染――チェルノブイリでは「避難の権利」が保障されるべきレベル(pdf,23ページ,1418KB)


 以下の論考は、東京や関東圏から関西や以西に避難しておられる人々のために執筆を依頼されたものである。
 本論に入る前に、福島原発事故の放出放射能による健康影響の評価をめぐる理論的状況をざっとまとめておこう。そこでは、主に3つの見地が、放射線による「病気と死」をめぐり、文字通り「生きるか死ぬか」の闘いを行っている。①政府と政府側専門家による「健康被害ゼロ論」、②ICRPリスクモデル、③放射線被曝についての最新の科学的立場、である。
 ①について、それが最初から科学的に成り立ち得ない暴論であることは明らかである。政府は、 福島原発事故が広島型原爆に換算して約168発分の「死の灰」を大気中に放出したことを認めている(実際には400発以上)。この規模は、アメリカがネバダ核実験場で行った大気圏核実験の全爆発出力に匹敵する。だが、このような巨大な規模の放射能によっても「何の健康影響も出ない」「健康影響が『ある』というのは風評被害を煽るものだ」というのが①の立場である。これに従うなら、仮に、北朝鮮が核ミサイルを使って日本直近の海上でメガトン級の大気圏核実験を実施したとしても、核爆発の「死の灰」によって「何の健康影響も出ない」と主張するに等しい。
 政府・行政は、この①の立場から、(2017年)4月1日に、福島の線量の高い地域(20mSv/年および20〜50mSv/年)への避難指示を全面解除し、10万人規模の避難住民の全員帰還に大きく踏み出した。避難者への住宅支援を打ち切るという経済的強制によって避難者の帰還を誘導しようと試みている。帰還政策は、②のICRPによっても(50年間で)1万人規模の犠牲者が出るリスクがある注1ことが明らかな、「放射線被曝による大量殺人」と言っても過言ではない残虐極まる政策である。「人道に反する犯罪」以外の何物でもない。
 さらに、政府は、除染で出た大量の放射能汚染残土を、全国の土木・建設工事で再使用しようとしている。また、現在進んでいる原発再稼働によって、今後福島級事故が再びくり返されるとしても、もちろん「何の健康影響もない」というわけなのである。
 これら国民への放射線被曝強要政策の正当化論こそが、政府・行政と政府側「専門家」たちによる「放射線被曝しても何の健康影響もない」とする虚偽の宣伝なのである。これは、「科学の仮面を着たデマゴギー」「大量殺人の正当化論」である。これを主張する御用学者たちは「専門家の仮面をかぶった詐欺師」「大量殺人の扇動者」と呼ばれて当然である。さらには、放射線被曝によって国民全体から多くの尊い生命を奪い、病気を大量につくり出して国民を苦しめ弱体化させようとする「亡国の学者」「国民の敵」と指弾されても仕方がない。
 ②は、「専門家」なら皆が知っている常識である。①がいかに放射線防護の常軌を逸し半ば意図的な殺人幇助であるかは、この②の立場からでさえ自明である。だが、今まで日本では、政府が①の立場を採っていることを「忖度」して、②の立場を強く一貫して主張してきた専門家はわずかしかいなかった。だが、状況は変化しつつあるのかもしれない。テレビ朝日「報道ステーション」とのインタビューで、日本政府が放射線政策の公式の基礎としているICRPの副委員長ジャック・ロシャール氏、住民被曝を「自発的に」受忍させようとする世界的「エートス運動」のトップの一人が、20mSv/年を帰還の数値基準とする日本政府の帰還政策を、はっきりと「残念だ」「理解できない」「安全ではない」と批判したからだ注2。もちろん、われわれが評価するのはICRPのリスクモデルであって、「エートス運動」においても明白なように、ICRPの中には、①的な要素が存在することもまた、知っておかなければならない。ただ重要なのは、被曝量に応じて健康影響が「ある」とする②の見地(LNT)からは、①は決して導かれないことである。
 ③は、現在までの最新の放射線関連諸科学の全ての研究が指し示しているところに従って、多くの真摯な科学者の協力によって確立するべき立場である。それは、①とは、健康影響が「ある」か「ない」かの問題でまさに絶対的な敵対的対立関係にあり、②とは、健康影響の程度と範囲と深刻度の点で決定的な論争的対立関係にある。③は、疫学・分子生物学・医学等の最新の知見に基づいて、②の立場もまた国際原子力複合体の中心的機関の1つとしての科学外の制約から自由ではなく、放射線の危険を、量的にも質的にも、大きく過小評価していることを明らかにする。
 政府の帰還政策にもかかわらず、避難者の多数は、とくに圧倒的多数の若い世代は、被曝の危険を直視し、健康被害の事実をいわば「実感」して、避難の道を選択しているし、また選択しようとしている。政府の帰還政策は決して成功していない。住民の多くは放射線の危険について実感的に正しい判断をしているのである。われわれは、この正しい実感に③の科学的基礎を与えなければならない。
 避難の問題は、福島だけではない。東京圏の汚染は、多くの地点で、チェルノブイリであれば「避難の権利」が保障されるべきレベルにある。福島からだけでなく東京・関東圏からも、避難は1つの正しい選択であり、このことは、過小評価され切り縮められたICRPの原則②に従ってさえも正当であるといわなければならない。しかし、最新の科学や医学に基づく科学的立場③は、ICRPの過小評価を、単に量的だけでなく、生みだす疾患・健康障害の恐るべき広さや深刻さを含めて質的にも、克服しなければならない。これらのことを念頭に入れて、以下に検討しよう。

    目 次
1.われわれの『放射線被曝の争点』での論点の再検証
   東京は放射性降下物量が全国4番目の規模であった
   今も続く放射性物質の再飛散と東京圏への降下・沈着
   高汚染地域を通行する車両・列車に付着した微粒子の東京圏への集積
   深刻な水源・水系の土壌汚染
   空間線量の測定値に過小表示の疑惑、数値が事故前と同じか低くなる不自然
   放射線測定器自体の表示が低く操作されている可能性
2.実測による空間線量では「要除染レベル」が多くある
   市民による東京の空間線量の実測データでも事故による上昇は明らか
3.線量上昇からどの程度の健康被害が予測されるか――ICRPのリスクモデル
   計算してみると――ICRPモデルでも50年間に13万人の発がんと3万人のがん死
4.ICRPリスクモデルの過小評価と基本的な欠陥
   ECRRによるICRPモデル過小評価率で補正してみると
   がん以外もさらに広範囲の健康被害が予測される
   放射線感受性の個人間の大きな差異と高感受性の人々の基本的人権
   高齢者は被曝してもよいのか
5.現に現れている健康被害――血液がん、白内障、流死産の増加など
   東京・関東圏からの避難の始まり


  1.われわれの『放射線被曝の争点』での論点の再検証

 福島原発事故で放出された放射能による汚染は、福島県やその周辺地域にとどまらない。日本の首都であり物流と経済活動の最大の集積地であり政治的経済的支配の中心地である東京圏が、極めて深刻で危険な汚染状況にある注3。私は、2016年5月に、京都大学名誉教授山田耕作氏・青森の健生病院内科医遠藤順子氏と共著で、『放射線被曝の争点――福島原発事故の健康被害は無いのか』(緑風出版)を刊行したが、そこでの重要な論点の一つは、この東京圏の深刻な放射能汚染とそれによる健康影響の恐るべき危険性を警告することであった。まずこの点を再検証しよう。

    東京は放射性降下物量が全国4番目の規模であった

 福島原発事故時の放射性降下物の量で、東京は福島・茨城・山形に次いで多かった(表1、宮城は震災により観測不能)。事故原発から放出された5度の放射性プルーム(放射能雲)のうちの一つが東京上空を通過し、その際に降雨があり放射性物質が「湿性沈着」したからである(図1)。



図1 主な放射性プルームの飛跡


 この東京への降下量の大きさは意外に思われるかもしれない。事故原発や周辺の放射能汚染地域から、北風・北東風によって、東京地域に放射性物質が運ばれやすい地理的気候的条件が存在すると推測される。
 この客観的条件によって、放出されたのち広範囲に平地や山に沈着した放射性物質は、風による二次的三次的な拡散、とりわけ土煙や土埃、さらには胞子・花粉など生物濃縮を介した微粒子として再飛散が進んでいると考えるべきであろう。

    今も続く放射性物質の再飛散と東京圏への降下・沈着

 事故原発からは、現在も、デブリ内で持続する核分裂だけでなく無謀で不用意な廃炉作業などに伴う放射性物質の放出が続いており、東京圏へも流れて沈着している可能性がある。『週刊 女性自身』2017年4月4日号は、昨年9月に行われた1号機の建屋カバーの撤去によって、福島だけでなく東京など関東各地の放射性物質の降下量が急上昇している可能性があると伝えている(付図)。
 福島にとどまらず関東圏においても、焼却場での汚染ゴミの大量焼却が行われている。それによる放射性微粒子もまた東京に飛来し沈着していると考えられる。
 都心に立ち並ぶ高層ビル群が衝立となって下降気流を生じさせ、北東風の場合も、北風の場合も、さらに西風の場合も、放射性微粒子の都心部への降下・沈着を促している可能性が高い。

    高汚染地域を通行する車両・列車に付着した微粒子の東京圏への集積

 福島の汚染地域で再開通した道路や鉄道路線を通行する車両・列車には放射性微粒子が付着する。その量は、原子力安全基盤機構の実測で約2Bq/cm2(2012年)とされる。これを基に計算すると、国道6号線だけで1年間にセシウム137換算で広島原爆の40分の1程度が運ばれでいることになる。現在は、短寿命核種の減衰によりこれよりは下がっているであろうが、それでも(例えば半分に減衰して1Bq/cm2と仮定しても)相当量の放射性微粒子が、車両への付着によって、結局のところ、物流や交通機関の中心地である東京圏に運ばれて、そこで集積していると考えるのが自然であろう注4

    深刻な水源・水系の土壌汚染

 最近、ジャーナリストの桐島瞬氏らは、東京・関東圏での湖沼、河川敷、公園、側溝などの土壌汚染に注目し、実測による放射能汚染を検証している注5。同氏らは、最大で放射線管理区域の基準を55倍以上上回る土壌汚染を発見した。また、水源や水系の汚染の現状から、東京圏の飲料水の汚染が懸念されると警告している。
 事実、原子力規制委員会が2016年11月に発表した環境放射線水準調査(上水(蛇口))2016年6月分」によれば、東京都の水道水に含まれるセシウム137濃度は、0.0073Bq/kgで、福島市の水道水の4.3倍もあった注6。事故直後のように1リットル中の水道水に数百ベクレル程の放射性物質が含まれるというような事態ではないが、検出されるという事実そのものが、決して「安全・安心」ではないことを示している。

    空間線量の測定値に過小表示の疑惑、数値が事故前と同じか低くなる不自然

 これらの警告に対して、政府も行政も完全に無視しており、東京は無防備な状態のまま被曝のリスクに曝されている。それどころではない。系統的に隠蔽する努力が行われていると疑われても仕方がない事実がある。一例を挙げよう。
 事故以来6年間が経過し、政府・行政の発表する空間線量の測定値は、事故原発周辺を除く多くの地点で顕著な低下を示している。もちろん、このような線量の低下には、地表に付着した放射性物質が雨によって洗い流されたり、汚染された森林の落葉により放射性物質が地表の土壌に吸収されたり、地表から土壌中のさらに深い層に浸透したり、半減期の短い核種とくにセシウム134などが崩壊によって減衰したことも、客観的な要因として考えられる。
 だが、この低下には明らかに不自然と考えるほかない説明不能な現象がある。原子力規制委員会のサイト注7で見ると、東京都各地の線量は、ほぼぴったりと福島原発事故以前の水準(0.036μSv/時、文科省調査)近傍かそれ以下になっている。これは、例えば大阪(中央区、地上高度1mに換算した値)の数値が、政府発表の事故以前の数値(0.051μSv/時、同)よりも、明らかに高い数値(0.075〜0.079μSv/時)を表示しているのと比較しても、明らかに不自然である。(付図2に、文部科学省発表の「はかるくん」による事故前の各都道府県の平均空間線量を掲げてある)。また、規制委のサイトには、事故時に降下量の多かった都区部の東部(新宿より東)の観測点が一つも表示されていないこともまた大いに不自然である。

    放射線測定器自体の表示が低く操作されている可能性

 市民と科学者の内部被曝問題研究会が指摘し、われわれが共著『放射線被曝の争点』で検討したように(194〜196ページ)、政府・行政の発表している空間線量の数値には、①政府・行政が、測定場所付近の環境整備(周囲をコンクリートで固めたり鉄板で覆う)や清掃・除染などによって、また②測定器そのものが線量を過小表示するように政府が業者に圧力をかけるなどによって、放射線量を系統的に過小表示するような政府権力による人為的操作が行われているのではないかという疑惑が提起されてきた。それにより測定器そのもののが、最初から、現実のおよそ5割から7割程度の線量しか表示しないように設定されているという疑惑は、今も続いている。
 現在、政府・行政が発表する空間線量公表値に生じている辻褄が合わない奇怪な事象は、このような人為的な過小表示操作により生じているとしか説明できない。

 
  2.実測による空間線量では「要除染レベル」が多くある

 ジャーナリストの桐島瞬氏らは、東京各地における放射線量を実測し、多くの地点で、政府が除染を実施すべき基準としている線量(0.23μSv/時、年換算で約2mSv/年)を上回っていることを明らかにした。東京の放射能汚染は、多くの地点において、チェルノブイリであれば十分「避難の権利」が与えられる水準(1〜5mSv/年)なのだ。同氏が引用している行政側(実測点近傍)の測定値でも高い数値が示されていることも重要である。表2に両方のデータを掲載しておく。

表2 首都圏の主要地点における放射線量の実測値と行政の観測値(単位:μSv/時)

出典:桐島瞬「放射能は減っていない!首都圏の(危)要除染スポット」『フライデー』(講談社)2015年3月20日号87ページより筆者作成。実測値は3回分の平均値である。政府の除染基準である毎時0.23μSv以上の数値は太字にしてある。行政側の数値は近傍の観測地点のもの。平均値は筆者が計算して追加。

    市民による東京の空間線量の実測データでも事故による上昇は明らか

 市民による東京の空間線量の実測データでも、東京圏での放射線量上昇は明らかである。例えば田中一郎氏ら「オリンピック候補会場の放射線を測る会」は、2013年4〜5月に、東京オリンピック予定会場36箇所付近の152地点で、空間線量と土壌の放射線量を測定した(表3)注8。このデータを基に筆者が空間線量の平均値を計算してみると、およそ0.089μSv/時であった。事故以前(同会は東京都健康安全研究センターの0.034μSv/時を採っている)に比較して、顕著に上昇していることは明らかである。
 この測定に使われた6種類の測定器が(1種類を除いて)日本製であり、これらが現実の線量のおよそ5〜7割しか表示していない可能性があることを考慮すると、約0.127〜0.178(中央値0.148)μSv/時と考えた方がよいかもしれない。

表3 田中一郎氏らによるオリンピック会場候補地付近の放射線量

これから計算すると線量は平均で約0.089μSv/時 となる。
出典:オリンピック候補会場の放射線を測る会
http://olympicsokuteikai.web.fc2.com/pwp0828.html#.WOElcf9MTIU

 
  3.線量上昇からどの程度の健康被害が予測されるか
     ――ICRPのリスクモデル


 桐島氏のデータから、日本政府が放射線政策のベースとして採用している国際放射線防護委員会ICRPのリスクモデルを使って、東京圏での放射線被曝の被害がどの程度の規模になる可能性があるかを、大まかにではあるが、推計することができる。
 概数でよいので、いま首都圏の人口を1000万人とし、この住民全員が、桐島氏らによる実測結果の放射線レベルで、毎年の追加被曝をする場合を仮定してみよう。また、桐島氏が人為的に「高い数値の出た場所だけを選択したのではないか」という批判も考えられることを考慮し、桐島氏が比較の対象としている行政側のデータでも同じ推計を試みよう。いまは、格段に高かったはずの事故直後の初期被曝も、チェルノブイリでは外部被曝の3分の2として算入されている内部被曝量も、家屋などの遮蔽効果の評価なども捨象しよう。政府・行政は、被曝による健康被害は「ない」と言っているのであるから、ここではICRPリスクモデルからは「ある」という結果しか出てこないという事実に集中しよう。
 福島事故以前の東京の空間線量は、文部科学省のデータによれば平均で0.036μSv/時だった。他方、2015年2〜3月の桐島氏の全実測値の平均は0.3075μSv/時である。すなわち、事故による放射線量の上昇分(0.2715μSv//時)は、1年間に換算して、約2.38mSv/年である。被曝量と被曝人数をかけた「集団線量」としては、およそ2.38万人・シーベルト/年に相当する。
 一方、行政側のデータでも、平均は0.103μSv/時、上昇分(0.067μSv/時)は、1年間にして、約0.587mSv/年、集団線量は0.587万人・Svである。したがって桐島氏のデータのおよそ4分の1である。これでも、事故前に比べての被曝線量の上昇は明らかである。
 付言すれば、前掲の「オリンピック候補会場の放射線を測る会」の測定通りのデータによっても、線量上昇分(0.053μSv/時=0.463mSv/年)は、1000万人に対する集団線量で約0.463万人・Svとなり、桐島氏データの5分の1程、行政側データと大きくは変わらない。
 ICRP2007年勧告の表A.4.2に掲げられているリスク係数によれば、1万人・シーベルト当たりの過剰ながん発症は約1830人、そのうちの「致死性リスク」すなわちがん死は約450人である(邦訳版139ページ)。掲載されている5つの数値の最大値と最小値の中央値をとり、「遺伝性」リスクは除いた。

   計算してみると――ICRPモデルでも50年間に13万人の発がんと3万人のがん死

 計算は簡単な四則計算である。福島事故放出放射能への1年間の追加の被曝により、生涯期間についてがん発症が約4400人増加し、がん死が約1100人程度追加的に生じる予測となる(表3)。
 50年間で計算すれば、セシウム137(半減期30年)など長寿命放射能の50年間の減衰を考慮して、リスクを約6割とすると、およそ13万2000人のがん発症と3万2000人程度のがん死が予測されることになる。
 一方、行政側の数値からでさえも、年間でがん発症がおよそ1100人、がん死が280人増加し、50年間でおよそ3万3000人のがん発症と8000人のがん死が追加的に生じることになる。行政側データでも、決して無視することのできない規模のリスクである点に注目いただきたい。
 ICRPの著しく過小評価されたモデルで計算した場合でさえも、この程度の健康被害が出る可能性は十分に予測可能なのだ。
 政府と政府側の「専門家」たちは、ICRPリスクモデルを知らないはずがない。知っていながら福島事故の放射能被害が「全くない」という露骨な嘘とデマで国民を欺そうとしている。
 

  4.ICRPリスクモデルの過小評価と基本的な欠陥

    ECRRによるICRPモデル過小評価率で補正してみると

 だが実際には、ICRPのリスク係数には大きな過小評価がある。ICRPのリスクモデルを批判的に検討してきた欧州放射線防護委員会ECRRは、ICRPによるリスクの過小評価率をいろいろなケースについて掲げている。ここでは、核実験の被害推定とチェルノブイリ小児甲状腺がんの発症予測および現実の発症数にもとづく数字、「約40分の1」を採ることにしよう注9。ICRPが低線量でのリスクを人為的に2分の1に引き下げている線量・線量率効果係数DDREF=2の操作を除くと、ICRPモデルのベースとなっている原爆被爆者寿命調査レベルで、約20分の1の過小評価があるという考え方である(詳細は付論参照)。
 この補正を行うと(表4)、東京圏の人口約1000万人について、1年間の追加的な被曝により生涯期間について過剰に生じるがん発症とがん死は、およそ18万人と4万人強、50年間では、およそ520万人と130万人程度となる。ヤブロコフ氏らの『チェルノブイリ被害の全貌』(岩波書店)に引用されているマルコ氏のように、非がん死をがん死と同程度と推計すると、東京圏の致死リスクは毎年でおよそ9万人、50年間では260万人となる。
 行政側のデータで計算しても、この4分の1の健康被害、すなわち年間でおよそ4.4万人のがん発症と1.1万人のがん死、非がん死と合わせて2.2万人が予測される。50年間ではおよそ130万人のがん発症と32.5万人のがん死、非がん死と合わせて65万人が予測される。つまり、行政側数値に依拠しても、相当程度の規模の被害が予測されるのである。
 これは東京圏約1000万人だけでの話である。人口約4500万人の関東圏全体をとればこの4.5倍である。しかも北関東地域には、東京都心部よりもさらに汚染度が高い地域が多くあるので、この数字よりさらに高くなる可能性がある。


表4 東京圏1000万人・関東圏4500万人が行政側データ(0.59mSv/年)〜 桐島氏の
実測値(2.4mSv/年)を追加的に被曝した場合のリスク  (すべて概数:千人)


注意:小さい方の数字が行政側データによるリスク、大きい方の数字が桐島氏の実測データによるリスク。
*1万人・Sv当たりのリスク。**ヤブロコフ他『チェルノブイリ被害の全貌』岩波書店178ページによれば、がん死と非がん死の比率はほぼ1対1である。3桁超の数字は四捨五入した。

    がん以外もさらに広範囲の健康被害が予測される

 だが、ICRPによる被害の過小評価は、上で見たような量的な側面だけにとどまらない。ICRPは、それ自身が大きな矛盾を抱えた組織であり、「放射線防護」という建前にもかかわらず、原発や核利用を推進するための機関であるが、この矛盾と二面性の中で、後者こそが基本的・本質的な性格であり、しかも国際的な原子力推進複合体の中核機関の一つであるからである。
 ICRPは、低線量影響について「がん」だけしか認めない。がんも遺伝子変異の「多段階的」な「蓄積」としてではなく、「確率的」にしか認めない。不整脈や心不全などの心臓疾患、動脈硬化、糖尿病、腎不全、広範なアレルギー疾患、流死産や先天性異常などの遺伝的影響、めまいや難聴・運動機能障害・ALS(筋萎縮性側索硬化症)・アルツハイマー病・パーキンソン病など各種の神経疾患にいたる広範囲の非がん疾患のリスクを認めていない。
 これは、放射性微粒子(ホットパーティクル)、放射線の生みだす活性酸素・フリーラジカルによる酸化ストレス、現在は無制限に捨てられているトリチウム(三重水素)によるDNA・細胞器官の損傷作用、放射線被曝による免疫低下・異常の影響、DNA以外の細胞器官(イオンチャンネル、ミトコンドリアなど)の標的及び非標的作用、遅発的晩発的影響をもたらす長期間の細胞炎症や炎症性サイトカインさらには有機ラジカルの影響、神経系への阻害作用など、(ここでは到底説明することのできない)放射線のもつ広範囲の作用機序と特殊な危険性を認めないことの必然的な結果である。
 これらの論点についての詳細は、われわれの『放射線被曝の争点』を参照いただきたい。

    放射線感受性の個人間の大きな差異と高感受性の人々の基本的人権

 ICRPリスクモデルにはもう一つの深刻な欠陥がある。それは、各個人の放射線影響に対する感受性に顕著な差異がある点を認めないことである。乳幼児や若年層、女性、がん関連遺伝子(DNA修復機能遺伝子など)に遺伝的に変異を持つ人々(人口の約1%といわれる)など、放射線感受性が著しく高い人口集団が存在する。だが、ICRPは、「平均化」の原則の下に、個人間の放射線感受性の差異を認めず、単一の被曝基準を当てはめる。これは、高感受性の人々の生存権・人格権の否定に等しい。低線量での「確率的影響」は、実際には、決して確率的ではなく、放射線感受性の相対的に高い人々の「選択的大量虐殺」である可能性がある。しかも、受精後の胚細胞の段階で被曝した場合、このようながん関連遺伝子の変異を生ずる可能性があり、家族性腫瘍の発端者となるリスクがある。放射線高感受性の人々が低い線量でも避難する権利の保障は、基本的人権の不可分の構成要素でなければならない。

    高齢者は被曝してもよいのか

 放射線感受性に関連して、高齢者の被曝に対して容認的風潮があるが、これは正しくない。ここでは問題提起しかできないが、がん生物学・がん分子生物学の最近の革命的発展は、遺伝子(DNA・エピゲノム・染色体などすべて)の変異の長期にわたる多段階的な「蓄積」こそが、がんを発症させ、悪性化(浸潤・転移)させる原因であることを明らかにしている注10。この変異の蓄積という要因には、有害化学物質など環境汚染源も放射線も喫煙・飲酒もストレスもすべて含まれる。この点から考えると、高齢者は、放射線感受性は低いかもしれないけれども、体内の遺伝子変異の蓄積は明らかに高いレベルにあり、がんの多段階発症の前がん病変を数多くかかえている可能性が高いと考えられる。そうすると、遺伝的に高感受性の高齢者を別としても、高齢者一般にとって、放射線被曝により遺伝子変異がさらに蓄積し、いわば「最後の一撃」となって、がんが発症したり悪性化するリスクは、決して小さいとは言えないと考えるべきであろう。
 

  5.現に現れている健康影響――血液がん、白内障、流死産の増加など

 最短潜伏期間が0.4年と短く放射線被曝との関連性の高いとされる血液がん(表5および6)や白内障注11、周産期(妊娠28週から生後7日までの期間における)死亡注12が増加するなど、東京圏での健康被害の顕在化を示す現象はすでに現れている。さらに、東京圏に住む多くの人々は、自分や周囲の人々の間で、現実に心臓疾患やいろいろな難病、喘息やアレルギー疾患、突然死などが福島原発事故後に顕著に増えているのではないかと実感している。東京圏における健康被害の分析は次の課題とする他ない。ここでは現に出ているいくつかの事実を指摘するだけにとどめたい。

表5 「院内がん登録」統計による東京都内17病院の血液がん患者数  (単位:人)

注記:* が付いているものは実数、それ以外は筆者の補正値である。
出典:国立がん研究センター がん対策情報センター がん統計研究部 院内がん登録室「がん診療連携拠点病院 院内がん登録 全国集計報告書 付表1〜6」2009〜2014年版より筆者作成。

表6 首都圏の病院の血液内科の診療(入院)実績    (単位:人)

出典:遠坂俊一氏提供 各病院の患者統計による
https://www.ntt-east.co.jp/kmc/
http://www.ho.chiba-u.ac.jp/
https://www.juntendo.ac.jp/hospital/clinic/ketsuekinaika/about/results/
http://www.musashino.jrc.or.jp/consult/clinic/3ketsueki.html
http://www.hospital.japanpost.jp/tokyo/shinryo/ketsunai/index.html#jisseki


    東京・関東圏からの避難の始まり

 すでに、東京・関東圏からの避難者は、私の暮らす関西においても、福島からの避難者と共に手を携えて活動してきた。今回、東京や関東圏から関西や以西への避難者の人々が、「関東からの避難者達」注13という組織を立ち上げ、避難のアドバイス、情報交換やその他の連帯活動を開始した。それは、避難者の運動のみならず被曝反対の運動における重要で大きな一歩前進となるであろう。
  
  
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 謝 辞

 本論考を書くきっかけを作っていただいた「関東からの避難者達」の園良太氏に深く感謝します。また、いつもながら、共著者であった山田耕作・遠藤順子両氏には、事前に検討いただき、大いにお世話になりました。市民と科学者の内部被曝問題研究会の多くの皆さま、とりわけ田中一郎氏には多くのアドバイスやご指摘をいただき、すどうゆりこ氏には論考の完成を励ましていただきました。遠坂俊一氏には重要なデータをご提供いただきました。小森己智子氏には手間のかかる文章のチェックをしていただき、貴重なコメントをいただきました。東京圏における状況をお伝えいただいた「脱被ばく実現ネット」の皆さまに、心より感謝いたします。本当にありがとうございました。もちろん、文責はすべて渡辺にあることはいうまでもありません。


   注 記

注1 帰還政策の内包する恐るべきリスクについては、渡辺悦司「政府の帰還政策の恐るべき危険性を警告する」を参照いただきたい。
http://tyobotyobosiminn.cocolog-nifty.com/blog/2016/06/post-edf1.html
http://jimmin.com/legacy/htmldoc/156904.htm

注2 テレビ朝日「報道ステーション」2017年3月9日放映。インタビューのやりとりは以下の通りである。
「帰還の基準、年間20ミリシーベルトをどう考えるか? すると意外な答えが返ってきた」というナレーション。
ロシャール氏の発言「20ミリという数字に固執しているのは残念だ。私には理解できない。年間20ミリシーベルトの被ばくは長期間続くと安全ではない。ICRPでは『事故後の落ち着いた状況では、放射線防護の目安は1〜20ミリの下方をとるべき』と勧告している」

注3 放射線量の実測によって、東京圏・関東圏の放射能汚染を実測によって警告した文献は少なくない。ここでは、とくに参照したものとして以下のものだけを挙げておく。
■ 桐島瞬氏ほか「放射能は減っていない!首都圏の(危)要除染スポット」『フライデー』(講談社)2015年3月20日号
http://financegreenwatch.org/jp/?p=50461
■ 桐島瞬氏ほか「福島より放射能汚染が深刻な首都圏のホットスポットが判明!飲料水が汚染される可能性も」週プレ・NEWS 2016年3月24日
http://wpb.shueisha.co.jp/2016/03/24/62840/
■ 同じく桐島瞬氏ほか「首都圏で線量が除染基準の10倍近い街も…福島よりも放射能汚染が深刻なホットスポットが判明」週プレ・NEWS 2016年3月25日
http://wpb.shueisha.co.jp/2016/03/25/62842/
■ 「東京 放射能汚染の状況|放射能検査地図」ホワイトフード社ホームページ
https://news.whitefood.co.jp/news/foodmap/7191/?utm_source=facebook&utm_medium=post&utm_term=%E6%B1%9A%E6%9F%93%E5%9C%B0%E5%9B%B3%E3%81%BE%E3%81%A8%E3%82%81&utm_content=link&utm_campaign=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%85%AC%E5%9C%92%E5%9C%9F%E5%A3%8C%E6%B1%9A%E6%9F%93
■ 東京公害患者と家族の会、東京あおぞら連絡会、放射能汚染から子どもの健康を守る会など「放射能汚染―32カ所が基準超え―東京東部で市民団体調査」『しんぶん赤旗』2016年1月29日付
http://www.jcp-tokyo.net/2016/0201/120002/
■ 山崎圭子氏『ひろがれひろがれ!気づきの輪! : 2011年東京電力福島第1原子力発電所の原発事故により関東にまでおよんだ放射能汚染のことを知ってほしい : 私が経験したこと、そして思い---同じく関東から避難した方々の手記とともに』自費出版。実測に基づく千葉県鎌ケ谷市周辺の放射能汚染状況を克明に知ることができる。

注4 放射性微粒子の通行車両への付着による遠距離運搬と都心への集積の危険性については、われわれの前掲『放射線被曝の争点』69〜76ページを参照のこと。

注5 前掲「福島より放射能汚染が深刻な首都圏のホットスポットが判明!飲料水が汚染される可能性も」



上の表には「首都圏で最も高い濃度を記録したのは(23)の松戸市の住宅街にある側溝。3万4548Bq/kgと、放射線管理区域の55倍以上という途方もない数値だった」との注意書きがある。

注6 原子力規制委員会「上水(蛇口水)のモニタリング (平成28年11月)」
http://radioactivity.nsr.go.jp/en/contents/12000/11570/24/194_20161228.pdf
過去のデータは、以下を参照。
http://radioactivity.nsr.go.jp/ja/list/194/list-1.html

注7 原子力規制委員会「放射線モニタリング情報 全国及び福島県の空間線量測定結果」
http://radioactivity.nsr.go.jp/map/ja/
全国の空間線量の状況については、ソースは同じであるが「新・全国の放射能情報一覧」のサイトも見やすいように思われる。
http://new.atmc.jp/

注8 「オリンピック候補会場の放射線を測る会」の市民報告集会スライド(12ページ目)にある。
http://olympicsokuteikai.web.fc2.com/pwp0828.html#.WOElcf9MTIU

注9 欧州放射線リスク委員会(ECRR)編・山内知也監訳『放射線被曝による健康影響とリスク評価』明石書店(2011年)の123、187、190、194、211ページを参照した。123ページを除き、被曝線量評価の過小評価をも含むリスクの過小評価率の数字である。詳しくは、付論および以下の論考を参照されたい。
http://www.torikaesu.net/data/20161106_watanabe.pdf

注10 2000年代の後半に全てのがんDNAの解析が可能になって以降、腫瘍学・がん生物学・がん分子生物学・がん免疫学・がん放射線学の最新の発展を総括しようとした文献として以下のものがある。
■ 渋谷正史・湯浅保仁監修『がん生物学イラストレイテッド』羊土社(2011年)
■ ヴィンセント・デヴィータほか著、宮園浩平ほか訳『がんの分子生物学』メディカル・サイエンス・インターナショナル(2012年)
■ 小林正伸『やさしい腫瘍学』南江堂(2014年)
■ 日本臨床腫瘍学会編『新臨床腫瘍学 がん薬物療法専門医のために 改訂第4版』南江堂(2015年)
■ 坂口志文・西川博嘉編『がんと免疫 がん免疫療法のメカニズム解明と臨床への展開』南山堂(2015年)
■ 玉田耕治『やさしく学べるがん免疫療法のしくみ』羊土社(2016年)
■ 松本義久編集『人体のメカニズムから学ぶ放射線生物学』メジカルビュー社(2017年)

注11 山田耕作・渡辺悦司・遠藤順子「福島原発事故により放出された放射性微粒子の危険性――その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性」の第3章を参照のこと。
http://blog.acsir.org/?eid=33
白内障については東京の専門病院である済安堂井上病院のサイトが、診療数・手術数を公開している。われわれの上記の論文で引用しているデータ以後の状況は下記サイトを参照のこと。
https://www.inouye-eye.or.jp/about/statistics.html

注12 医療問題研究会「福島原発事故と関連して周産期死亡が増加したとの論文が医学雑誌『Medicine』に掲載されました」 2016年10月3日
http://ebm-jp.com/2016/10/media2016002/

注13 「ゴーウエスト」(関東からの避難者たち)のウェブサイトは以下にある。
http://www.gowest-comewest.net/
http://www.gowest-comewest.net/20170319sos/files/sono.pdf

付図1 東京・関東各地の月間放射性降下物の推移

『週刊 女性自身』2017年4月4日号は、爆発事故を起こした1号機の建屋カバーの撤去(2016年9月)によって、東京など各地の放射性物質の降下量が急増している可能性があると伝えている。同誌より引用。


付図2 福島原発事故以前の日本各地の空間線量についての文科省のデータ

出典:内部被曝を考える市民研究会「『はかるくん』による測定値の都道府県別平均(屋外) マップとデータ 1990年〜1998年 文部科学省」より引用。文科省の原ページは現在では削除されているとのことである。
http://www.radiationexposuresociety.com/archives/4493

 
 
[付論]ICRPリスクモデルの過小評価率の推計について

 以下に私の論考「福島原発事故健康被害ゼロ論の虚構」から、ICRPによる過小評価の数的評価の部分を再録しておく。論者によるが、過小評価率はおよそ1000分の1〜8分の1の範囲にある可能性が高い。

   [原爆被爆者寿命調査によるリスクの過小評価の検証]

 沢田昭二氏は、「原爆被爆者に対する放射性降下物による被曝影響の真実」市民と科学者の内部被曝問題研究会での配付資料(2015年12月)において、爆心地から2.5km以内の被爆者を、2.5km以遠の被爆者と比較するという方法によって、「放影研の原爆被爆者のがん死亡の1Gy当たりの過剰相対リスクは、チェルノブイリ原発事故後のベラルーシの評価に比べて4分の1ないし11分の1の過小評価になっている」と書いている。これは、ICRP勧告がさらにDDREF=2として低線量でのリスク係数を半分に操作していることを考慮すると、ICRPでは1/8〜1/22の過小評価であるということを示している。

 松崎道幸氏は、「放射線被ばく問題Q&A 放射線被ばくの影響を一ケタ過小評価していませんか?――放影研原爆データ(LSSデータ)を検証する――」市民と科学者の内部被曝問題研究会での配付資料(2015年5月)において、LSSデータを、日本の原発従業員追跡調査(調査機関約11年間)に依拠して、がん死リスクで約1/6の過小評価であるとしている。この数字は、ICRPの採っている生涯期間50年間では1/27と予測され、さらにDDREF=2を考えると過小評価率は1/54ということになる。
 さらに松崎道幸氏は、2016年11月に発表されたグレッグ・ドロプキン氏の論文に注目している。ドロプキン氏によれば、被ばく量とがんリスクが線形でなく、低線量領域では、ICRPのベースとなっている原爆被爆者寿命調査(LSS)のモデルよりも10〜45倍のがんリスクがあることが論証されたという。ドロプキン氏は、「一般化加法モデル」という手法でLSSデータを再解析したところ、100mSv以下の線量域では、従来のLSSデータを2桁上回る発がんリスクとなることが明らかになったという(市民と科学者の内部被曝問題研究会会員へのメール)。
Greg Dropkin, "Low dose radiation risks for women surviving the a-bombs in Japan: generalized additive model," Environmental Health 2016 15:112 DOI: 10.1186/s12940-016-0191-3
https://ehjournal.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12940-016-0191-3
 この通りだとすると、DDREF=2を考慮して、ICRPのリスク係数は1/90〜1/20に過小評価されていることを意味する。

 ECRR2010年勧告には次の評価が引用されている。



 この場合もICRPモデルではDDREF=2とされていることを考慮すると過小評価率は1/40である。

  [チェルノブイリ被害による過小評価率の推計]

 この点に関しては、筆者自身の過小評価率の試算とECRRの行った推計を以下に指摘しておく。

 筆者(渡辺)によるICRPリスク係数の過小評価率の推計:UNSCEAR報告では、チェルノブイリ事故の集団線量は全世界で60万人・Sv(1988年報告付属書D表24)あるいは38万人・Sv(2008年報告付属書B表B-19)と推計されている。ICRPのリスク係数を、1万人・Sv当たり約500人の過剰がん死とすると、この結果全世界での生涯期間についての過剰がん死者数は約3万あるいは1.9万人と予測される。
 他方、チェルノブイリ事故の健康被害についての包括的な調査報告、アレクセイ・ヤブロコフほか著・星川淳監訳『調査報告 チェルノブイリ被害の全貌』岩波書店(2013年)によれば、被害者は事故後18年間に105万人である(180ページ)。これは50年間に換算すると293万人、半分ががん死として146万人となる。この数字は、ロザリー・バーテル氏のがん死の推計90〜179万人の中央値135万人にほぼ等しい(同178ページ)。
 これらから、ICRP・UNSCEARモデルの過小評価率は、約1/49(1988年報告)あるいは1/77(2008年報告)となる。

 ECRRによるICRPモデルの過小評価率の推計:ECRR2010年勧告には、ICRPモデルの過小評価率について、以下のデータが掲載されている。

  A.大気圏原爆実験に関して
 ECRR2010勧告は、核実験の放出した放射性核種による世界の集団線量をUNSCEARがおよそ3000万人・Svと推計していることを引用した後に、次のように書いている。



[出典:ECRR2010勧告第10章 http://www.jca.apc.org/mihama/ecrr/ecrr2010_chap10.pdf ]
 つまり[6000万人÷300万人]〜[1億3000万人÷160万人]、つまり20〜81分の1の過小評価がある、中央値では9500万人÷230万人=41.3分の1の過小評価があるわけである。なお、ここでECRRは集団線量から被害を計算するに当たって、1万人・Sv当たり1000人としているようで、DDREFを考慮していない。DDREF=2とした場合には、過小評価率は1/82.6である。

  B.その他の核施設からの放出の事例での過小評価率の検証
 核施設近傍での過剰ながん発症リスクについては、以下の表が掲載されている。ほぼ100〜1000分の1の過小評価があると考えてよさそうである。


(訳注1:COMARE: Committee on Medical Aspects of Radiation in the Environmet の略称
ホームページは http://www.comare.org.uk/ )
出典:ECRR2010勧告第11章 
http://www.jca.apc.org/mihama/ecrr/ecrr2010_chap11.pdf


  [ICRP体系の批判からの過小評価操作の推計]

 矢ヶ崎克馬氏は、「組織加重係数」と「実効線量」が「被爆被害の過小評価をもたらす仕組み」であると指摘している(長崎被爆体験者訴訟書証番号甲A158−1『放射線被曝の健康被害』)。すなわち、14の組織と「その他」を加えた身体の15の部分が各々1Svを被曝した場合を、身体全体の「実効線量」では1Svとすることによって、15分の1の過小評価となる操作をしている疑惑を提起している。筆者としては、これにDDREF=2を掛けて、この面からのICRPのリスク係数の過小評価率をおよそ30倍とするべきではないかと、考えている。
 
 以上から、ICRPのリスク過小評価率を概数でおよそ40分の1と規定することにしたいと考える。


 
 
 
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