福島第一原子力発電所事故による健康被害 落合栄一郎

2016年3月
 
福島第一原子力発電所事故による健康被害

The Human Consequences of the Fukushima Dai-ichi Nuclear Power Plant Accidents
『アジア太平洋ジャーナル』第13巻、第38号、No.2、2015年9月28日

落合栄一郎 著
渡辺悦司 訳(本文・参考文献・注記部分の日本語訳 謝辞、関連記事はネットのサイトをご覧ください)

原著:Eiichiro Ochiai
The Human Consequences of the Fukushima Dai-ichi Nuclear Power Plant Accidents
The Asia-Pacific Journal, Vol. 13, Issue. 38, No. 2, September 28, 2015


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 非常に強い地震(マグニチュード9.0)が、2011年3月11日、本州北東部の太平洋岸を襲った。地震によって引き起こされた巨大な津波は、海岸に沿った数多くの地域社会に壊滅的被害を与えた。主に津波により、2万人近くの人命が失われた。家と生活の糧を奪われた多くの人々は、暮らしを取り戻そうと今も苦闘し続けている。
 地震・津波がもたらした最も惨憺たる結果の1つは、東京電力(以下東電)福島第一原子力発電所で起こった破局的事故であった。この発電所は日本では「フクイチ」として知られている。同原発からは莫大な量の放射性物質が放出された。事故からまだ4年半しか経っていないにもかかわらず、放出された放射能が生物に及ぼす影響は、いろいろな形で明らかになり始めている。しかし、この破局がどれほど深刻であるかを判断するのは、1986年のチェルノブイリ事故の影響でさえ今なお進行中であるという事実を考慮に入れれば、時期尚早ではあろう。
 本稿は、福島原発事故の影響をめぐる現在(2015年8月現在)の状況下での、いくつかの顕著な事象を論じるものである。

    福島原子力発電所事故

 福島第一原発に6基あった原子炉のうち4基(1号機〜4号機)は、爆発を含む深刻な事故に見舞われた。他方、その他の2基の原子炉(5号機と6号機)は稼働しておらず、事故機から多少場所が離れていたこともあって、重大な損傷を逃れた。
 1〜3号機は当時稼働していたが、地震が到来したとき自動的に運転を停止した。運転を停止した原子炉は引き続き冷却されなければならない。核分裂反応を止めたとしても、核分裂物質の核崩壊は続くため、燃料棒は大量の熱を放出するためである。地震津波は原子炉に相当な損害を引き起こし、1〜3号機の冷却システムは物理的損害と人為ミスのため適切に機能しなかった。その結果、1〜3号機の燃料棒は「メルトダウン」した。
 冷却のために外部から加えられた水は、高熱の燃料棒と反応し、水素ガスを生成した。結果として生じた1号機における水素爆発は、3月12日、建屋最上部を吹き飛ばした。2号機は外見では損傷がないように見えたが、主に3月15日とそれ以降、地震によって生じたいくつかの穴から、また人為的なベントを通じて、莫大な量の放射性物質を放出した。3月14日の3号機の爆発は最大の損傷をもたらした。東電は爆発が水素爆発であった主張しているが、多くの専門家は小規模の核分裂爆発が起こったという見解も含めて異なる見解を提出してきた。4号機の炉内には核燃料棒が装填されていなかったが、多数の使用済み燃料棒と新燃料棒が貯蔵用プールに入っていた。4号機もまた爆発した。東電は水素ガスが隣接した3号機から入ってきて爆発したと推測しているが、爆発原因は不明のままである。

    福島原発からの放射性物質の放出

 福島事故の結果として大量の放射性物質が放出された。放出はどのように生じたのだろうか? 漏出は、地震によって原子炉に生じた亀裂と穴を通して、爆発によって、圧力を軽減するための人為的なベントとして生じた。それはまた、溶融した燃料棒デブリと接触したことによる汚染冷却水の漏出によっても生じた。
 放射性物質の放出量は正確に量定することはできない。いろいろな手段で推定できるだけである。東電は、原発敷地に設置されたいくつかのモニタリング・ポストの測定値に基づいて数十の放射性核種の放出量を推計した1。政府の当初のデータ2はこれらの推計値に基づいていた。公式データのいくつかを表1に示す。福島からの放出の規模について政府の評価は、これらの東電のデータに基づいて、放射性物質の放出量がチェルノブイリ事故(1986年4月にウクライナで起こった)と比較して相対的に小さく、そのおよそ10分の1から多くても3分の1であるというものであった。
 しかし、これらのデータは大気中への放出量しか考慮していない。放射性物質はまた、設備周囲の水系にも、さらには直接海洋にも放出された。汚染水中および海洋中への放出量を推計し3、放出された総量を再計算した4。その数値は公式データと並べて表1に示している。福島の放出量をチェルノブイリの放出量と対比すると、その比率は、主要な核種について1.2倍から3.1倍の範囲に及んでいる。このことは、福島からの放射能放出量がチェルノブイリからの放出量よりも大きかった可能性が高いことを示唆する。おそらく全核種を考慮すると2倍を越えるであろう。

表1 チェルノブイリ事故(1986年)と比較しての福島原発事故(2011年)の放射性核種の放出量

E+18は、1018を意味する; a.参照3、b.参照4、c.参照5

 放射性物質の放出は現在も続いているが、表に示したデータでは考慮されていない。たとえば、図1は、原発内のドレイン(排水)系の1つで観測されたセシウム134、セシウム137、ストロンチウム90、トリチウムとすべてのベータ線源の放射線レベル(Bq/L)を表している。それらは、2014年4月と2015年2月の間に、海に排出された6。ドレイン系を通って漏出した総計は表2に示されている6。相当な量が漏れ続けているのだ。その主な理由は、燃料棒デブリを冷却するために日量300トンの冷却水が加えられているからである。この冷却水はすぐに汚染されてしまい、地震によって多くの亀裂や穴があるため漏出している。汚染冷却水の発生を抑え、タンクに貯蔵するという努力にもかかわらず、漏出は続いている。結果として東電は、蓄積した水を除染し自然に戻す(海洋放出する)ことを望んでいる。除染工程がどの程度効果的に実施されているかは不明である。これ以外の汚染水源もある。1つは、敷地内とくに汚染された建屋の下を通って流れる地下水である。これはまだ止めることができていない。


図1 福島原発建屋のKドレイン系の放射能

表2 福島原発敷地内のドレイン系によって漏出する放射性物質の量


 放射性物質は今でも空気中にもまた漏出しているのだろうか? たしかに、2011年3月以降、原子炉の温度の急上昇が時折は起こってきたとはいえ、爆発のような明確な現象は観察されていない。しかし、プルーム(放射能雲)の発生を示すいくつかの徴候はしばしば観察されている。視覚的には濃霧として、また福島県と日本の至る所に置かれたモニタリング・ポストでも観測されている。モニタリング・ポストのデータは、インターネットに毎日掲示されている7。時折、突然のピーク(スパイク)が、原発の近傍あるいは遠く離れたいくつかのモニタリング・ポストに現れている。時間経過を慎重に考慮するならば、それらピークのデータはプルームの流れを示している可能性があると思われる。そのようなプルームの流れは、2015年4月14日に日本中で見られた。同様に、スパイク現象が、4月8日と9日と2015年5月16日にも起った。図2は、福島第一原発の30kmの北西にある飯舘村において4月9日に観測されたスパイク現象の例を表している。これは完全な記録ではなく、時折チェックして観察したものである。


図2 福島県飯舘村のモニタリング・ポストで観察されたスパイク

 スパイクがモニタリング・ポストに現れるたびに、政府はこのような現象を「モニタリング・ポストの故障」の結果と解釈し、正常な(通常の)レベルに戻るまでそのようなモニタリング・ポストの運用を停止する。いくつかのモニタリング・ポストが(日本中のいろいろな場所で)同時にあるいは順番に故障するというのはまったく奇妙なことである。この現象は、現在でも放射性物質の突然の放出が時折起こっていることを示している。しかしその頻度、規模、原因は不明のままである。
 すべてのこれらの事象は福島事故が「アンダー・コントロール」とはほど遠い状態にあることを示している。放射性物質はまだ漏れ続けている。つまり、福島原発事故による放出放射性物質の総量は、すでにチェルノブイリの放出量を上回っているだけでなく、これらの漏出を止めるための措置がとられなければ、さらに増加しようとしている。

    放射線レベルの分布

 放射性物質がどの程度の距離を、どの程度広範囲に飛散したか、すなわち、いろいろな場所の放射線レベルは、上記のように、政府当局によってだけでなく、民間の市民活動家によっても、絶えずモニターされている。残念なことに、公式データは信頼できない場合があり、多くの関係者がそのことに気づいている。市民活動家は、政府のモニタリングの数値を彼ら自身の測定値と比較し、多くの場所でモニタリングの数値が50%も低いことを発見した。多くの場合、モニタリング・ポスト自体の構造によって、真実の放射線量の測定が妨たげられている。たとえば、測定装置の真下に金属板が設置されており、下から来る放射線をシールドしている場合があると指摘されてきた8
 政府が設置したモニターは、いわゆる空間線量を測定するもので、地面より1メートル上の仮想の外部被曝線量を測るものだ。放射能はBq(ベクレル)の単位で測定される。さらにもし機器に機能があれば、放射線測定値のエネルギー値を組み合わせて、μSv/h(時間当たりマイクロ・シーベルト)の単位で測られる空間線量(率)値が表示される。ほとんどのモニターが測定できるのはガンマ放射線だけである。また多くのモニターやガイガーカウンター・タイプ機器はcpm(1分間のカウント数)だけを測定してそれをBqに変換し、この値を放射線がセシウム(Cs-137)によると仮定してSv値に変換する。Cs-137は30年という比較的長い半減期を持っており、核分裂反応のなかでかなりの量で生み出される。空間線量は、ストロンチウム(Sr)89/90、トリチウム(H-3)とヨウ素(I)129/131のような多くの他の核種によっても決まる。しかし、これらの核種や他の核種からの寄与は考慮されない。というよりはCs-137として計算される。それは放射線レベルの測定の一種ではあるが、正確な被曝線量を表わすものではない。しかし、放射線による危険レベルを評価する際に一般的に用いられているのは、この値なのだ。
 ここで、いくつかの測定値を引用し、政府による一般的な放射線レベルを示してみよう。2015年3月31日のモニタリング・ポストのいくつかの測定値は、以下の通りだった。福島第一原発のある双葉町で6〜10.5μSv/h、そのすぐ南で原発から数km離れた大熊町で4〜17μSv/h、大熊町の南で原発から10km離れた富岡町で1.7〜3.6μSv/hであった。これらは非常に汚染された地域での測定値である。
 放射能雲が放出されたように思われる2015年4月14日、いくつかの測定値は(2倍あるいはより高いレベルへの急上昇であるスパイクを除けば)以下の通りであった。北海道で0.03〜0.04μSv/h、青森で0.02〜0.05μSv/h、岩手で0.02〜0.05μSv/h、福島県の真北にある宮城で0.04〜0.12μSv/h、相馬市(福島県)で0.14〜0.30μSv/h、栃木で0.05〜0.12μSv/h、東京で0.08〜0.09μSv/h、京都で0.03〜0.06μSv/h、広島で0.05〜0.08μSv/h、福岡で0.04〜0.06μSv/hであった。
 これらはモニタリング・ポストで記録されたものである。しかし、それより高い放射線レベルが記録された多くの場所、いわゆる「ホットスポット」は、モニタリングポストによってはカバーされていない。最近報告された例では、2015年7月23日に東京の西部で1.23μSv/h、7月25日の埼玉で2.92μSv/h、福島第一原発の30km南のいわきで4.8μSv/hがある 9
 モニタリング・ポストがまる1年を通して0.1μSv/hを示した場所の上に立っていると仮定しよう。そうすると、0.9mSv/年(0.1μSv/h×24時間×365日=876 μSv/年=約0.9 mSv/年)の被曝をする。日本政府は、人が1日に8時間戸外で過ごし残りの時間を建物の中にとどまると仮定して1年間の線量を計算しているが、屋内では放射線レベルは屋外のおよそ40%であるとしている。このような計算をすると、被曝線量は実際の数値よりかなり低く表示される。上の例においては0.54mSv/年となる。このような仮定は恣意的なものである。実際には、建物の内部の放射線レベルは隣接した戸外と同じ水準にある場合が多いことが分かっている。
 公式に許容される被曝線量は現在1mSv/年とされている(本論文末の注記を参照)。これは、政府の計算方法に従えば、0.18μSv/hの線量率に対応する。それは、他のいくつかの恣意的な仮定で0.23μSv/hに引き上げられ、この数値が線量率の許容レベルと考えられている。それで、この値以下の線量率は「問題ない」とされる。もし1年間直接このレベルにさらされるならば、蓄積された線量は2mSv/年になるわけである。言い換えると、政府の1mSv/年の上限値は実際には2mSv/年なのである。政府は、現在1mSv/年の上限を20mSv/年に引き上げようと試みている。20mSv/年が承認され、住民がこの条件下で帰還することを強制されるならば、危険なまでに高い放射線レベルに被曝させられることになる。しかし、指摘しなければならないのは、被曝に関して安全なレベルというものは存在しないということである。
 放射性ヨウ素は甲状腺に直接影響を及ぼす。ヨウ素131は8日の半減期で短命であるが、他方ヨウ素129は1570万年という非常に長い半減期をもっている。ヨウ素は各種の甲状腺ホルモンを作るのに用いられるので、両方の放射性ヨウ素とも甲状腺に容易に吸収される。原子炉内で両者とも相当量が産出されるが、ヨウ素131は甲状腺により深刻な影響を及ぼす。半減期がより短い物質は、半減期がより長い同じ化学量の物質よりも、高い頻度で放射線を発するからである。ヨウ素131の環境中での拡散は、それが短命であるので、正確に確定するのが困難である。
 2014年12月に、日本政府の原子力規制委員会は、報告書を公表し、福島第一原発がヨウ素131およびその他の放射性ヨウ素同位元素をいまだに放出していることを認めた10。その報告書によると、トランス・ウランであるキュリウム242その他の核種が運転中に燃料棒の内部で形成されており、それらが自発的に分裂して、その結果としてヨウ素131を含む放射性核種を生じているという。このソースから放出される放射性ヨウ素同位元素の量は最大で、福島原発の敷地境界において、小児甲状腺の等価線量として28mSv/週(=170μSv/h)である可能性があると推定されている10
 汚染を測定するもう一つの方法は土壌の放射能である。それは一般的には土壌1kgについてのBq値で表される。多くの場合それはBq/m2に変換される。土壌の比重を1.3g/cm3とし、放射性物質が土地の上部5cmの中に存在すると仮定すると、Bq/m2値は65×Bq/kg値で求められる。この値(Bq/kg)は現実の数値であって、土壌試料を直接機器により測定できる。それゆえに、これは汚染のレベルを表す場合に空間被曝線量より信頼できる。また、放射線源は(土壌サンプルから)容易に見つけ出すことができる。もちろん、この方式もまた十分ではない。放射性微粒子が土壌よりも上を浮遊している場合がありうるからだ。それは空間放射線としては測ることができるが、土壌サンプルでは測定できない。
 これらの方式ではすべて基本的な不確実性がある。それは放射線レベルが時間とともに一定でない場合がありうるということである。放射性物質は、時間とともに壊変したり、水の流れまたは風により移動することがありうる。したがって、放射線レベルは連続してモニターされなければならない。外部被曝線量レベルは、この種類(すなわち空間線量および土壌汚染)の測定値から得られる場合でも、内部被曝線量よりも重要度が低いということを指摘しなければならない。しかも内部被曝線量は、外部被曝線量に必ずしも比例しないのである。内部被曝の重要性は下で概説する。ここで指摘できるのは、以下の点だけである。他よりも空間線量レベルが高いあるいは土壌汚染が高いもしくは両者が高い場所に住んでいる人々は、内部被曝のより高い危険性があるとは言えるが、そこに立証された直接的な相関関係はないしありえない、ということである。
 より深刻な要因である内部被曝は、ホールボディカウンターを使って測定できると思われている。しかし、それはガンマ線だけしか測ることができず、より深刻な影響を及ぼすアルファ線やベータ線を測ることができない。さらに、それは検査時に身体から放出されている放射線だけを測定し、より重要な意味のある累積被曝線量を測定することはできない。それゆえに、ホールボディカウンタの結果は、測定値が低いかあるいは非検出の場合に、検査を受けた人に精神的な安心を与えるのに用いられることができるだけだ。しかし、内部の放射線源がアルファ線あるいはベータ線、もしくは両方を放出している場合には、測定値が低くても非検出でも危険であるかもしれない。

    内部被曝の現実性

 原子力発電所の事故および核爆弾の爆発による放射性降下物の影響の大部分は「内部被曝」に起因するが、政府当局と関連する科学者はこの面に十分な注意を払って来なかった。内部被曝の原因物質は、空気中を浮遊し呼吸によって吸い込まれる放射性微粒子であり、消費される汚染食品・飲料である。たしかに、汚染された地域で生産される食品と飲料の放射能はモニターされ、法的には基準値より高い放射能を含むものは販売することができない。
 人はすべての飲食物の放射能を測定しない限り、まったく放射性物質を摂取しないように自己防衛することはできないが、それは不可能である。「内部被曝」の問題は複雑であり、別な論文を書く必要があろう。ここでは、3つの写真を下に掲げることによって、内部被曝が現実に生じていることを示すにとどめよう。
 図3および4は、広島・長崎の原爆投下による犠牲者の保存されている体組織内でのアルファ線(粒子)の飛跡である。この種の写真を撮ることは技術的に容易ではなく、科学者たちは最近になって初めてそれに成功した11 12。第1の飛跡の線源は長崎原爆由来のプルトニウムであり、第2のは広島原爆由来のウランである。被爆者の体組織の中に埋め込まれたプルトニウムとウランは、70年後にもアルファ線をまだ発し続けているのである。この画像は、原子爆弾(広島ではウラン、長崎ではプルトニウムを主成分とした)の爆発による放射性降下物が、何らかの形で、犠牲者の身体に侵入し、その体組織内に付着し、70年間周囲の組織を照射し破壊してきたことを証言している。プルトニウムもウランも、何百万年以上もの長い半減期をもっている。



 図5は、チェルノブイリ事故の犠牲者の心筋線維を示している13。心筋線維は多くの場所で引き裂かれ破壊されている。おそらくセシウム137その他からのベータ線とガンマ線が、化学接合を切断することによって、線維に損害を与えたものと考えられる。ベータ線とガンマ線の飛跡は、このようなサンプルでは視覚化することができない。

    福島における小児甲状腺がん

 ICRPやIAEAなどの機関は、小児甲状腺がんが放射線被曝に起因している可能性があり、なかでもヨウ素131により引き起こされる可能性が高いことを認めてきた。それらの機関は白血病と放射線被曝の因果関係もまた認めてきた。しかし、それらの機関は、多くの研究・報告によってがんを含む各種の病気が放射線被曝に起因する可能性があることが示されてきたという事実にもかかわらず、上記以外のがんやそれ以外の疾病の場合についてはすべて放射線被曝との因果関係を認めていない。
 小児(18歳以下)における甲状腺がんは通常の状況下では非常にまれであり、年間100万人の小児につき1人または2人である。福島県は2011年から子供たち(18歳以下)の甲状腺異常を調査し始めた。すぐに、結節、嚢胞、腫瘍(ほとんどは悪性であった)など甲状腺の異常が高率で発見された。2015年の春までには、福島の37万人の子供たちの間で見つかった甲状腺がんの事例は126例(大部分は乳頭がん)となった14。この率は4年間で100万人中340人、すなわち年間100万人中85人に相当する。これは通常の率のおよそ60倍であり、異常に高い。チェルノブイリにおいて報告された数字よりもさらに高い。
 それにもかかわらず政府・県当局および同調査委員会は、福島原発事故に由来する放射線被曝との因果関係を否定してきた。当局が因果関係を否定する論拠は以下の通りである。
  (a) スクリーニング効果、すなわち、調査には高度な技術が使われているので、通常は見からないがんが発見されているというもの。しかし、担当者は最近、スクリーニング効果ではそのような高い発見率を説明できないと認めた15
  (b) チェルノブイリの場合、子供たちの甲状腺がんは、事故の4年後になって初めて現れたというもの。福島子供たちが甲状腺がんになるには早過ぎるというのだ。すでにこの主張は「アジア太平洋ジャーナル ジャパン・フォーカス」に発表された記事によって反駁されている16
  (c) 当局が福島以外の数地点で実施した検査では、青森、長崎、山梨での発見率も福島の甲状腺がん発見率と似たレベルにあるというもの17。そこから当局は、福島が異常でないという見解を示している。だがこの研究は、がんが1例だけ見つかった非常に小規模のサンプルに基づいており、したがってこの結果は統計学的に有意ではない。
  (d) 甲状腺がんが発現するのは、通常4〜5年かかるので、あまりに早すぎるというもの。この主張が上記のチェルノブイリとの比較論(b)に付け加えられる。それゆえ、福島で見られるがんは事故以前に始まっていなければならないはずだというのだ。
  (e) 放出された放射性物質の量がチェルノブイリよりはるかに小さく、したがってチェルノブイリで見つかったような影響はないというもの。
 最近の報告18では、甲状腺がんの潜伏期間は、小児の場合、1年という短い期間であることが示されている。福島原発事故で放出された放射性物質の量[上記(e)]は、すでに検討したとおり、チェルノブイリの放出量と比較して、少なくとも同等であるか、さらに大きいことが示されている。政府・県当局によるこれらの議論はすべて根拠の薄弱な、あるいは誤った情報に基づいている。
 甲状腺がんに罹患した子供たちが住んでいる場所と放射線量分布の関連についての入念な研究によって、両者の相関関係が完全にではないにしろ明らかになってきた。分析によって得られた相関関係は図6の通りである19。たしかに、この分析で使われた被曝線量は、ヨウ素131の正確な数値ではなく、一般的な放射線レベルを表す数値であるとしても、この図は両者の因果関係を高い確率で示しており、すなわち放射線被曝が甲状腺がんの原因である可能性が高いことを示している。また、甲状腺がんは成人の間でもまた増加している。表4に見るように、2010年〜2013年の増加は福島県だけでなく茨城、群馬、栃木など隣接した県においても200%以上であった。

図6 福島県のさまざまな地域における小児甲状腺がん発見率と空間線量率

描かれている直線は線形回帰線である。
R2値は相関係数の2乗で相関関係の強さの度合いを表している。


    事故以降福島で他の病気もまた増加している

 福島事故の結果としての放射線被曝による健康影響に関する系統的な調査は、公式のものとしては公表されていない。しかし、いくつかの統計データは統計的に有意な傾向を示していると考えられる。すべての徴候は、多くの病気の発病率が福島でだけでなく日本全体で増加しているということを示している。
 表3は福島県立医科大学付属病院で登録された診断症例数を示す(最新の公表データ、注20参照)。通常あまり見られない小腸がんは、2年で400%も増加した。眼疾患(白内障)、脳、心臓病(狭心症)およびあらゆる種類のがんが増加した。表にリストされているもの以外の多くの病気もまた、福島原発事故以降、増加してきた。

表3 事故以降の病気の増加――福島県立医科大学附属病院の記録



    問題は福島に限定されていない――病気は日本中で増加している

 放射性物質は、福島県境で止まったりはしない。すでに指摘したとおり、放射性物質は福島を越えてさらに飛散した。したがって、健康影響は他の諸県でもまた観察することができるはずであるということになる。実際にこれが真実であることがわかった。残念なことに、市または県に関する系統的な研究はいまだに公表されていない。しかし各病院は、その診察実績を、種々の病気の患者数、手術数などのリストとして公表している。これらのデータは日本全体で生じているより大きな状況を示している可能性がある。
 以下の表はこのような報告に基づき、データを報告したすべての病院データを集計したものである。それらデータにはすべての県の発表データが含まれている21。ここに掲げる表では、福島県および近接する県(栃木、群馬、茨城、山形、宮城)、それらに続く近隣の県(埼玉、千葉、東京、神奈川)、さらに離れたいくつかの主要な県(愛知、大阪、福岡、北海道と沖縄)のデータがリストアップされている。
 表4〜6で示されるように、事故以降3年で多くの病気が40-50%増加した。これらの表は、日本中の病院からのデータを集積することに基づいて作成されている21。甲状腺がんの発病率は、最も人々の関心が集まっている指標であるが、福島県でだけでなくその南に位置する近隣の群馬県、栃木県、茨城県でも、2010年〜2013年の3年間に2倍以上になった。同様に甲状腺がんの発症数は、下記の他の全ての県で26から61%の範囲で上昇した。全国平均では42%上昇した。

表4 2011年3月11日の事故以降全国各地で増加する甲状腺がん21


 セシウム137(ならびにセシウム134)は、心筋筋肉に影響を及ぼし、いろいろな心臓病、心筋梗塞やその他の病気を引き起こすことが知られている。表5は、心筋梗塞の増加を示している。福島の近隣諸県だけでなく、東京でも、また沖縄のような遠く離れた県でも、増加が示されている。

表5 心筋梗塞の増加21


 放射線被曝の影響を具体的に示すもう一つの指標は白血病である。表6で示されるデータは、2010年〜2013年に、福島近隣の群馬県では3倍にも増加したことを示している。他方、日本全国の合計は42%増加した。

表6 急性白血病の増加21


 これらは、ほんの氷山の一角である。それ自身は放射線に起因しない可能性がある病気もまた、間接的に放射線の影響に原因があることもありえる。放射線は、リンパ系に影響を及ぼし、さらには造血系に影響を及ぼし、免疫系を弱める。これによって被曝した人々を伝染病に罹患しやすくする。この点に関連して注目に値するのは、肺炎による死者数が福島事故以降有意に増加したことであろう。これは、ほんの1例である。
 これは、今後生じるさらに重大な情勢の始まりであるだけかもしれない。放射線被曝の影響はおそらく時間とともに増加するであろう。特に、各種の固形がんは比較的長い潜伏期間がある。広島・長崎の被爆者に見られたように、固形がんは10年を経過して以降に増加する22

    結語

 民主党政権の下、日本政府は2011年末に福島事故が「終結した」と宣言した。さらに次期オリンピック開催地を選ぶIOCの総会で、自由民主党政権下の2013年9月、安倍首相は福島事故が「アンダー・コントロール」にあり、東京はオリンピックの開催にふさわしい準備ができていると述べた。
 現実の状況は、このような発言とは全く異なっている。いろいろなルートを通しての放射性物質の漏出は続いている。福島原発の原子炉でメルトダウンした燃料棒がどこにあり、どのような状況にあるのかは、まだ突き止められていない。最近になって初めて(μ中間子放射線・吸収を計測する技術によって)1・2号機の原子炉には実際に炉心には燃料棒が存在しないことが判明した23。しかし、その技術は不十分でメルトダウした燃料棒のデブリ(残骸)を見つけることはできなかった。
 放射線被曝の深刻な健康影響一般はすでに広く観察されるようになって来ている。チェルノブイリ24とネバダ核実験の風下住民25という、過去のよりよく研究された事例に言及するのが最善であろう。26で詳述されて、27に要約されている爆発事故からの放射性降下物によるチェルノブイリの健康影響の現実は、福島と日本の将来を示すものかもしれない。
 がん発症率が、上で論じたように、すでに福島や各地で増加し始めたけれども、放射線被曝の健康影響は、とくにがんの場合、発現には時間がかかることが多い。したがって、福島でだけでなく日本の全域でも、より多くの人々が放射線被曝の影響を受けるのは今後のことである。
 上記のように、日本政府と地方自治体は健康影響を福島の子供たちの甲状腺の異常に関してだけ調査してきた。福島県立医大は、伝えられるところでは、日本のすべての病院からデータを集めているが、データを今まで発表していない。同医大は、小児甲状腺がんと放射線被曝の因果関係をいまだに否定しているが、最近では、がん発見率が現実に異常な高さにあることはようやく認めた15
 放射線被曝の影響は、人間の健康に関してだけでなく、多くの生物に対しても見られている。1つの種類の蝶の観察によって、蝶類が放射線被曝の影響を受けていることが明らかになった。その影響は世代から世代へと受け継がれていくと考えられている27。オオタカの生殖の成功率は、放射線の濃度が高くなるにつれて減少した28。多くの鳥類は、数が急速に減少している29。放置された牛はセシウム137やその他の核種で高度に汚染されていることが分かっている30。奇形の野菜や果物は多くの場所で観察されてきた。これらは、動植物に対する放射線被曝の影響を示すわずかの事例にすぎない。政府は、データを集めても負の影響は隠蔽しようとしているのかもしれない。もしも、政府が放射線被曝と重大な健康影響との因果関係を認めるならば、原発を廃棄するか、少なくとも再稼働を延期しなければならなくなるであろう。「(高エネルギーを持つ)放射線は生命と相容れない」という真理31が、直接人類の前に立ちはだかっている。それにもかかわらず、多くの人々はこれを認めることを拒否している。それはなぜか。日本とその他多くの国々の政府と原子力産業と核関連科学者たちがデータを隠し続けているからである。この2年間、たった1基の原子力発電所も日本で稼働しなかった。それでも電力不足は生じなかった。日本政府は、原子力産業の線に沿って、50基ある原発のうち1基を再稼働させた。だがこの再稼働は、大多数の日本国民が強く反対しているにもかかわらず、また日本における火山・地震の双方で今後いっそうの地質学的活動が高まるという高い危険性があるにもかかわらず、行われたのである。

注:1mSv/年の上限値は、「放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律」とICRP(国際放射線防護委員会)による勧告に基づき、日本政府文部科学省によって設定された。

注記
1 東京電力「福島第一原子力発電所事故における放射性物質の大気中への放出量の推定について」2012年5月
http://www.tepco.co.jp/cc/press/betu12_j/images/120524j0105.pdf
2 原子力安全・保安院「東京電力福島第一原子力発電所の事故に係わる1号機、2号機および3号機の炉心の状態に関する評価について」2011年6月6日
http://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/pdf/20110606-1nisa.pdf
3 Pavel P. Povinec, Katsumi Hirose, Michio Aoyama, "Fukushima Accident ― Radioactivity Impact on the Environment," pp. 125~127, (Elsevier (2013))
4 山田耕作、渡辺悦司「福島事故による放射能放出量はチェルノブイリの2倍以上」2014年5月16日
http://acsir.org/data/20140714_acsir_yamada_watanabe_003.pdf
5 チェルノブイリのデータは注3に基づいている。さらに一連のデータはUNSCEAR; ANNEX J Exposures and effects of Chernobyl accidentに拠った。
http://www.unscear.org/docs/reports/2000/Volume%20II_Effects/AnnexJ_pages%20451-566.pdf
6 東電「福島第一原子力発電所K排水路排水口放射能分析結果」2015年7月16日
http://www.tepco.co.jp/nu/fukushima-np/f1/smp/2015/images/k_drainage_15071601-j.pdf
7 http://ma-04x.net/all.html
8 矢ヶ崎克馬「進行する放射性被曝とチェルノブイリ法・基本的人権」
http://acsir.org/data/20121102_yagasaki_n.pdf
9 この種のデータは、活動家や運動団体によって報告されているが、その正確性を確認することはできない。そのような高い線量の場所が存在する可能性が高いということはできる。
10 原子力規制庁「東京電力福島第一原子力発電所における放射性ヨウ素の残存量等について」2014年12月22日
https://www.nsr.go.jp/data/000085735.pdf
11 Shichijo, K., Nagasaki University
http://ihope.jp/2009/03122206.html
12「広島 初の内部被曝痕 爆心地4.1キロ がん組織で発見 広島・長崎大」中国新聞平和メディアセンター 2015年6月9日
http://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=45379
13 ユーリー・I・バンダジェフスキー著久保田護訳『放射性セシウムが与える人口学的病理学的影響 チェルノブイリ25年目の真実』合同出版(2015年)67ページ。
14 福島県「県民健康調査『甲状腺検査(先行検査)』結果概要(暫定版)」
http://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/115321.pdf
15 オシドリマコ・ケン「甲状腺がん『数十倍のオーダーで多い』(甲状腺評価部会中間とりまとめ)」2015年5月21日
http://oshidori-makoken.com/?p=1094l
またPiers Williamson, Demystifying the Official Discourse on Childhood Thyroid Cancer in Fukushima, The Asia-Pacific Journal, Vol. 12, Issue. 49, No. 2, December 8, 2014
http://www.japanfocus.org/-Piers-_Williamson/4232/article.html
16 Piers Williamson前掲
http://www.japanfocus.org/-Piers-_Williamson/4232/article.html
17 環境省「甲状腺結節性疾患追跡調査事業結果(速報)について(お知らせ)」
https://www.env.go.jp/press/press.php?serial=17965
18 John Howard, Minimum latency & types or categories of cancer. 2013年5月1日
http://www.cdc.gov/wtc/pdfs/wtchpminlatcancer2013-05-01.pdf
19 「放射能と健康被害 第18回福島県『県民健康調査』分析」
https://www.facebook.com/pages/放射能と健康被害/499769473505463
20 「福島県立医大で治療数が増えている病気」
http://matome.naver.jp/odai/2141784470400989501?&page=1
21 「<急性白血病>原発事故前年から4年間の全国医療機関診療実績結果(2010年度?2013年度)」Kiikochanブログ
http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-4254.html
http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-4253.html
http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-4261.html
22 Ozasa, K., Shimizu, Y., Suyama, A., Kasagi, F., Soda, M., Grant, E. J., Sakata, R., Sugiyama, H., Kodama, K., Studies of the mortality of atomic bomb survivors, Report 14, 1950-2003: An overview of cancer and noncancer Diseases (LSS-14), Rad. Res., 177 (2012), pp. 229-243
23 Press release of Nagoya University, March 19, 2015*; Kyodo Press, March 19, 2015*
24 Yablokov, A. V., Nestrenko, V. B, Nestrenko, A. V., "Chernobyl: Consequences of the Catastrophe for People and the Environment" (Ann. New York Acad. Sci., Vol 1181, 2009)
25 Johnson, C. J., Cancer Incidence in an Area of Radioactive Fallout Downwind From the Nevada Test Site, J. Am. Med. Assoc., 251 (1984), pp. 230-236
26 Pflugbeil, S., Claussen, A., Schimitz-Feuerhake, I., "Health Effects of Chernobyl: 25 years after the reactor catastrophe", (IPPNW Germany (IPPNW=International Physicians for Prevention of Nuclear War), 2011)
27 Hiyama, A., Nohara, C., Kinjo, S., Taira, W., Gima, S., Tanahara, A., Otaki, M., Biological impacts of the Fukushima nuclear accident on the pale grass blue butterfly, Scientific Rept., 2 (2012), article #570
http://www.nature.com/articles/srep00570
28 K. Murase, J. Murase, R. Horie & K. Endo, Effects of the Fukushima Daiichi nuclear accident on goshawk reproduction, Sci. Rep. 5:9405
29 Bonisoll-Alquati, A., Koyama, K., Tedeshci, D. J., Kitamuara, W., Suzuki, H., Ostermiller, S., Arai, E., Moeller, A. P., Mousseau, T. A., Abundance and genetic damage of barn swallows from Fukushima, Scientific Rept, 5 (2015), article # 9432.
http://www.nature.com/articles/srep09432
30 東北大学・被災動物の包括的線量評価事業「福島第一原子力発電所事故に伴う警戒区域内に残された牛における人工放射性物質の体内分布を明らかに」
http://www2.idac.tohoku.ac.jp/hisaidoubutsu/seika.html
31 Ochiai, E., "Hiroshima to Fukushima: Biohazards of Radiation" (Springer Verlag (Heidelberg), 2013)


 
 
 
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