「中学生・高校生のための放射線副読本」の問題点 山田耕作・渡辺悦司

2018年12月


「中学生・高校生のための放射線副読本」の問題点

2018年12月1日
山田耕作、渡辺悦司




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「中学生・高校生のための放射線副読本」の問題点(pdf,35ページ,1525KB)


 文部科学省は小学生用と中学生・高校生用の2種類の「放射線副読本」を出版し、毎年新入生に配布し、その内容を教育する予定である。これまでから批判があるたびに少しずつ書きかえられてきたものであるが、私たちは依然としてその基本的な内容に誤りや不備があり、教材として重大な問題点があると考える。
 文部科学省は、新学習指導要領において、「放射線に関する科学的な理解や、科学的に思考し、情報を正しく理解する力を、教科等横断的に育成する」ことを目的としている。この総合的な理解力を養成する観点からしても、私たちは「放射線副読本」は一面的で被曝に関する科学としては重大な欠陥があると考える。
 私たちは具体的には少なくとも次の4点が問題点であると考える。第1に福島原発事故による被曝被害の現実が無視されていることである。存在する被害が正しく記述されていない。第2にチェルノブイリ原発事故も含めて明らかになった放射線被曝の科学、とりわけ内部被曝の危険性とその科学が欠落していることである。 第3に放射性微粒子の危険性、とりわけ不溶性の微粒子の危険性が無視されていることである。第4にこれまでほとんど無害のごとく扱われてきたトリチウムが多くの被害をもたらしており、その危険性を警告すべきである。
 以下、上記の4点を4章に分けて議論する。まず、現実を正しく認識することが教育の基礎である。はじめに福島原発事故による健康被害の実態を見ておこう。以下枠内の太字は「放射線副読本」からの引用である。「放射線副読本」は以下で読むことができる
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/other/__icsFiles/afieldfile/2018/10/04/1409771_2_1_1.pdf

 1章 被曝被害の現実
「放射線副読本」はいう。
はじめに
特に風に乗って飛んできた放射性物質が多量に降った地域では、多くの住民が自宅からの避難を強いられました。避難した人たちは、慣れない環境の中での生活を余儀なくされました。それにも関わらず、東日本大震災により被災したり、原子力発電所事故により避難したりしている児童生徒がいわれのないいじめを受けるといった問題も起きてしまいました。(p2)
 避難といじめの話は記述されているが、それらの原因である肝心の小児甲状腺がんなど子どもや住民の健康破壊についての記述が一切ない。ここで健康破壊と言うのは、体がだるくなったり、思考力が低下したり、免疫力が低下したりから始まり、がんや心疾患やその他いろいろな病気によりして死亡してしまうことまでを含む、放射線被曝との関連が考えられる極めて広範囲の健康影響や遺伝的影響のことである(付表を参照のこと)。放射線被曝による健康破壊こそ被害の最重要事項である。現在の子供たちの健康や未来世代の健康は避難や復興の基礎・根拠となる問題である。放射線被曝の科学こそ放射線教育の基礎である。現実の被曝被害の実態と科学的評価が正しく記述されなければならない。1−5放射線による健康への影響で一般論が議論されているが、後述のように内部被曝が軽視されるなど極めて不十分である。まず、福島原発事故の健康被害の実態を見ておこう。

1.「放射線副読本」は現実に存在する被曝被害を無視して、健康被害がないとしている
 福島原発事故で放出された放射性物質はチェルノブイリ原発事故の放出量に匹敵し、「放射線副読本」のいうように1/7の比率とされるほど少ないわけではない。総放出量については、基本的に政府側に立っていると考えられる中島映至氏ほか編『原発事故環境汚染―福島原発事故の地球科学的側面』東京大学出版会(2014年)が、チェルノブイリと福島についてほとんど変わらないというデータを引用していることをまず指摘しておきたい(チェルノブイリ1万3200ペタベクレル、福島1万1300ペタベクレル[ペタベクレルPBqは10の15乗ベクレル]、表1.3、29ページ)
 総放出量については、基本的に政府側に立っていると考えられる中島映至氏ほか編『原発事故環境汚染―福島原発事故の地球科学的側面』東京大学出版会(2014年)が、チェルノブイリと福島についてほとんど変わらないというデータを引用していることをまず指摘しておきたい(チェルノブイリ1万3200ペタベクレル、福島1万1300ペタベクレル[ペタベクレルPBqは10の15乗ベクレル]、表1.3、29ページ)
 セシウム137の大気中放出量は日本政府によると15PBqだが、放出量の評価に関しては国際的に信頼性の高いノルウェー気象研究所のストール氏らは、福島からのセシウム137の大氣放出量は20.1〜53.1PBq(中央値として約37PBq)としている。
 ヨウ素131の放出量は、通常はセシウムの10倍とされていたが、最近のNHKの放送(サイエンスゼロ2018年10月28日)では、10倍ではなく、30倍だったと報道している。さらに、当事者東電からは、50倍という数値があげられている。東電からの数値50倍を採用するとヨウ素131は日本政府で750PBq、ストール氏で1850PBqとなる。これはチェルノブイリのヨウ素放出量1800PBqにほぼ等しい。あるいはストールの上限をとって(比較の対象とされる国連科学委員会UNSCEARのチェルノブイリの値が上限をとっているから)2655PBqとすると、福島のヨウ素131の放出量がチェルノブイリの1.5倍と推計できる。それ故、INES(国際原子力事象評価尺度)で計算しても大気中放出量でほぼ同等であり、チェルノブイリではなかったとされる海中への直接放出量と汚染水中への放出量を加えると福島原発事故の放射能放出量はチェルノブイリの約4倍と考えるべきで、「放射線副読本」の言うチェルノブイリの1/7というのは明らかに過小評価と考えられる。
 たとえもしこの「放射線副読本」の通りの比率と仮定しても、政府は、チェルノブイリの7分の1の健康被害が出ることは当然予測されると認めなければならないことになる。学術会議報告書は、チェルノブイリでの子どもの甲状腺がんの発症による手術数を6000人、うち死亡数を15と明記している。それなら、福島や周辺諸県でも、大まかに言って、その7分の1の860人の手術を要する甲状腺がん患者、うち2人程度の死者が、十分に予測されると言わなければならない。
 現実に子どもの甲状腺がんなど被害が出ている。米軍兵士の「トモダチ作戦」による死者は9人になり、400人が被曝の被害を訴えている。また、厚労省の人口動態調査を解析すれば、事故発生以前に比較して事故後の各種死因による死亡率が増大している。「風評」という説明は根拠がない。
 福島事故の間に放出された放射能の量については、広島原爆との比較で考えれば、被害が「ない」あるいは被害は「風評」であるという主張がまったくの嘘でありデマであることは明らかである。よく知られている通り、事故による放射能放出量と人間への長期的な健康影響の程度を評価するのに用いられる基準の1つは、環境中に放出されたセシウム137(Cs137、半減期30年)の放射能量である。
 日本政府は、福島事故で、広島原爆のおよそ168発分のCs137が放出されたことを認めている(原子力安全・保安院の2011年8月26日の発表)。もちろんこれは過小評価で、実際には400〜600発分だがこの点は今は議論しないでおこう。事故で放出されたCs137のおよそ27%(UNSCEAR2013年報告)、すなわちおよそ広島原爆45発分が、日本の国土に降下・沈着した。そのうち、除染作業により回収できたのは、政府発表データで計算すると、広島原爆のおよそ5発分である。除染作業の結果、大きなフレコンバッグの山のような堆積物が福島県中のほとんどの地区に残されて、あたかも福島の「典型的な風景」のようになっている。言い換えれば、広島原爆およそ40発分に相当するCs137は、まだ福島と周辺諸県に、さらには日本全国に、拡散して残っていることを意味する。
 広島原爆40発分の「死の灰」が何の健康被害も及ぼさ「ない」という政府見解は、広島・長崎の被爆者の健康調査からだけ見てもありえない。そのような見解は、広島・長崎の原爆被爆者の悲劇を、被爆者調査の結果を全否定するものであり、被爆者とその悲劇を愚弄するものであるというほかない。以上、政府の言う、「チェルノブイリの7分の1」と「広島の原爆の168発分」にもとづいて、それによる健康被害を考察してきた。
 実際の放出量は政府の言う量をはるかに上回るものになり、それによる被害もこれまでのべたものをうわまわるものになる恐れがおおきい。しかし、現実には東北・関東に被曝被害が広範囲に存在するにもかかわらず、政府・東電は被曝被害がないとしている。小児甲状腺がんを含めて、放射線量、被曝線量、被曝被害等について必要な科学調査と分析が積極的に組織されず、それが故に存在する被害が隠されていることこそが問題である。明らかに放射線被曝によって生じたと考えるほかない子供の甲状腺がんでさえ、政府・東電はかたくなに被曝による発症を認めていない。事故直後政府から大学長や学会長を通じて「データ発表は国が行う。個々の研究者は控えるように」と伝達がなされた。まさに科学的調査の封じ込めである。ストロンチウム、ウラニウム、プルトニウム等のアクチナイド、甲状腺被曝量を科学的に測定せず、明らかにしていない。「データがない」、「関係ない」が「虚構の安全な世界」を作り出している手段の一つとなっている。とりわけ弘前大学の研究者グループが甲状腺被曝量をちゃんとした測定調査により明らかにしようとしたとき、福島県が「住民の不安を増長する」という理由で調査を終結させた。科学的検討を感情・精神的事由で阻止したのである。もちろんサーベイメーターで甲状腺被曝線量を計測したとされる測定は、感度の面と高い空間線量を遮蔽せずに行われた等の理由で科学的測定には該当しない。このような科学的データを積極的に取得しないことが被害の隠蔽に深く関与している。そこでまず、明確になっている被曝被害の実態を挙げよう。
 福島第一原発事故後、福島県が実施している「県民健康調査」のあり方を議論している検討委員会の第32回目会合が2018年9月5日、福島市内で開催された。甲状腺検査は、穿刺細胞診を行って悪性あるいは悪性疑いがあると診断された患者は3人増えて202人(うち一人は良性結節)。手術を受けて、甲状腺がんと確定した患者は2人増えて164人となった。また7月の甲状腺評価部会で公表された、検討委員会で報告されていない患者を含めると、事故当時18才以下だった子どもで、2011年秋以降に甲状腺がんと診断された患者は211人、手術をして甲状腺がんと確定した患者は175人となった。


1-1 小児甲状腺がんの被ばくによる発症
 ①福島県の調査で2018年3月5日の発表で196人ががん及びその疑いとされている。地域分布を見ると福島第一原発に近いほど甲状腺がんの罹患率(発症率)が高い。このことは原発が甲状腺がんの原因であることを示している(図1参照)。

図1 原発に近づくほど罹患率が上がる


 ②福島県内の罹患率の地域分布を見ると放射性物質による土壌の汚染度の高い地域ほど罹患率が高い。このことは放射線被曝が甲状腺がん発症の原因であることを示している。図2は山本英彦医師たちによる土壌のセシウム汚染度と罹患率比である。汚染度が高いと罹患率も高く、子どもの甲状腺がんが放射性物質によって発症していることを示している。

図2 子供の甲状腺がん罹患率比と土壌の汚染度との関連 汚染度が高いと多く発症


 ③汚染度の高い地域の罹患率が高いことは宗川吉汪氏や2017年末の福島県立医大の発表にも見られる。子どもの甲状腺がんの罹患率の地域差は最初に津田敏秀氏達によって示されている(Tsuda T. et al. ;Thyroid Cancer Detection by Ultrasound Among Residents Ages 18 Years and Younger in Fukushima Japan 2011 to 2014,Epidemiology 2016 May, 27(3)316-22.)。
 2017年宗川吉汪氏は平均発症期間の精密な解析を行い、「3地域の罹患率の比較」を行った(表1参照。宗川吉汪;『福島甲状腺がんの被ばく発症』文理閣 2017年)。「この本格検査における3地域の罹患率の急激な上昇は、甲状腺がんの発症に原発事故が影響していることを明瞭に示して」いると結論している。

表1 3地域の罹患率 10万人・年当たり ( )内は95%信頼区間の下限値と上限値 


 ④放射線被曝による大人の甲状腺がんの急増
 明石昇二郎氏によって全年齢の甲状腺がんの罹患数が日本のがん統計を用いて分析された。残念ながら、2013年までのデータまでしか発表されていないのであるが、2013年には福島県の女性で2010年に比べ90%(100人から190人)の増加である。同県の男性では60%(43人から69人)増加した。大人の場合は超音波検査を行っていないのでスクリーニング効果による増加は考えられないので文字通り罹患率が増加したことを示している。
 
1−2 周産期死亡率が福島原発事故後10ケ月後から急増したことが証明されている。
 「「被曝安全論」者は信頼性の高い周産期死亡率(妊娠後22週から生後1週までの死亡)や自然死産率(妊娠後満12週以降の1000出産当たりの人工死産を除く死産数)のデータを無視して、不十分な調査で、人的被害がないとしている。しかし、すでに、周産期死亡率の増加は疫学を用いてハーゲン・シェアブ氏達によって証明されている。周産期死亡率が、放射線被曝量が高い福島とその近隣5県(岩手・宮城・茨城・栃木・群馬)で2011年3月の事故から10か月後より、急に15.6%(3年間で165人)も増加し、被曝が中間的な高さの千葉・東京・埼玉でも6.8%(153人)増加、これらの地域を除く全国では増加していなかった。Hagen Heinrich Scherb, Kuniyoshi Mori, Keiji Hayashi.
"Increases in perinatal mortality in prefectures contaminated by the Fukushima nuclear power plant accident in Japan - A spatially stratified longitudinal study."
(Medicine 2016; 95: e4958)
 福島原発事故から10か月後に生じた周産期死亡率の急上昇は、事故による母親の卵胞・卵子や父親の精巣・精子、胚細胞・胎児の被曝による損傷の結果と考えられ、胎児の発育にとって重大な危険があったことを示している。この周産期死亡率の増加は、東北・関東に被曝被害が広がっていることを示すものである。同様に自然死産率が事故後9か月後から増加したことが統計学を用いて証明されている。さらに山田國廣氏は外部被曝積算線量等を評価し、それらの線量と周産期死亡率及び自然死産率との間に明確な関係があることを示している。(山田國廣著『初期被曝の衝撃』風媒社、2017年、146ページ)。

図3 周産期死亡率


1-3 心筋梗塞による急死

図4 急性心筋梗塞による地域別死亡率(10万人当たり)


避難の有効性
 体内に取り込まれたセシウム137や134など人工の放射性元素は心臓や肝臓、腎臓に蓄積する。蓄積した放射性元素が放出する放射線によって、活性酸素(強い酸化作用を持つ酸素)やフリーラジカル(対をなしていない電子を持つ反応性に富む分子や原子)が発生する。これらが血管壁内への脂肪の取り込みを促進して冠状動脈の硬化、狭窄をまねく。同時に活性酸素は心臓や血管の細胞に慢性炎症を引き起こし、狭心症や心筋梗塞をおこす。心筋梗塞による死亡は全国に比べ福島県で増加しているが、避難した7町村では全国と同様2012,2013年に減少を示している。避難は心筋梗塞による死亡を減少させ、人命を救ったことが分かる。

1-4 全身に見られる被曝による健康破壊
 安倍首相をはじめとする政治家や野口邦和氏などの専門家は漫画『美味しんぼ』を取り上げ、鼻血などの健康被害は被曝線量が少なく起こりえないとして批判する。
 しかし、このような議論は、放射性微粒子による微小環境での局所的・集中的被曝(アルファ線、ベータ線、ガンマ線による被曝。アルファ線、ベータ線は短い飛程により、ガンマ線に比較にならないほど密度の高い被曝を呈する)の場合の確定的影響を、全身への外部被曝の場合(ガンマ線による被曝)と意図的に混同させるものである。放射線医学総合研究所『低線量放射線と健康影響』医療科学社(2012年)によれば(110ページ)、前者は後者の1000倍とされており、放射線感受性の個人差を考慮すれば、鼻血を確定的影響として生じうるような被曝量(政府や野口氏らの言う2Sv)を局所的に受けた(ICRPの吸収線量の計測単位は「臓器ごと」とされる。この方法は被曝を受けない多量の細胞により平均化されるので低線量の計算値となる。0.2〜2mSvの被曝)可能性は否定できない。また、鼻血出血以前の外部被曝・内部被曝両方による活性酸素・フリーラジカルの産生、その結果としての酸化ストレスが、全身の血管壁を傷害し、鼻の毛細血管自体を脆弱化させていた可能性も考えられる。放射線起因の鼻血である放射線医学的機序も十分に考えられるのである。
 現実に、「グーグルトレンド」を見ても東京では事故後、鼻血の検索が急増している。これは多数の関東の人に鼻血が出たことを示している。
 例えば、放射線による健康被害に関しては2012年11月に3市町村の実態調査が実施された。滋賀県木之本町を対照として福島県双葉町と宮城県丸森町の罹患率を比較したものである。その調査結果によれば、双葉町や丸森町の住民は鼻血をはじめとして様々な病状を訴えている。注目すべきはこれらの病気はヤブロコフ氏たちによってまとめられた『チェルノブイリの被害の全貌』に記された病気に共通することである。
 以下の津田敏秀氏ら岡山大、熊本学園大、広島大による調査報告を参照していただきたい。図5〜7はその例である。

『低レベル放射線曝露と自覚症状・疾病罹患の関連に関する疫学調査』
―調査対象地域3町での比較と双葉町住民内での比較―

http://www.saflan.jp/wp-content/uploads/47617c7eef782d8bf8b74f48f6c53acb.pdf

図5.滋賀県の木之本町と比較した宮城県丸森町、福島県双葉町の有病者率の比
病名は左から表題の順、図は児玉順一氏作成



図6



図7


 野口氏ら専門家は「放射線に対する不安に起因する健康への悪影響」と根拠のない不安のように言うが、逆に「放射線被曝の健康への悪影響」が現実に存在し、体験を通じて住民が健康に対する不安におびえているのである。例えば、被曝は脳にも影響し、福島原発事故後アルツハイマー病や認知症による死亡が急増している。さらに抵抗力、免疫力がもろくて弱くなっているお年寄りの「老衰」による死亡率が急上昇している。他に胃がんの増加、白血病の増加、悪性リンパ腫の増加等が報告されている。
 このような被曝被害の現状を調査・公開し、予防医学的に被害の防止、即ち一人一人を大切にすること、人格権の保護が教育の中心でなければならない。真実を明らかにしないで正しい教育はできない。

事故後、建物や地面などの表面に付着した放射性物質をできる限り取り除いて、放射線の影響を減らすための「除染」という作業が進められたことなどによって、立ち入りが制限されていた場所にも人が住めるようになるなど、復興に向けた取組は着実に進展していますが、私たちみんなで二度とこのようないじめが起こらないようにしていくことが大切です。(p2.はじめに)
 必ずしも除染によって被曝の心配なしに住めるわけではない。周囲の山林・森林は除染されておらず、風雨に依って山間の放射性物質が拡散される。また除染によって生じてフレコンバッグに詰められた放射性廃棄物も多くは放置されたままである。また、除染作業そのものが最悪の被曝労働の一形態である。とくに放射性微粒子を吸い込むことによって、極めて多数の作業員の深刻な二次的被曝被害を引き起こそうとしている。さらにメルトダウンした炉心は環境から隔離することができず、今なお毎日600万ベクレルほどが空中へ、相当量が水中に放出されている。住民の被曝を加重し地球の環境汚染をし続けている。福島原発事故は完全には収束しておらず、依然として炉心の冷却が必要である。溶融燃料デブリや廃炉処理を含め様々な問題が残っており、見通しを立てることさえ困難な状態である。放射能汚染と健康被害が長期的なスパンを持つことに逆らって早すぎる復興を強調することは逆に人々を命の危険にさらすことにつながる。二度と原発事故を起こさないためにも、原発事故処理の困難な現実こそ伝えるべきではないのか。

2章 内部被曝の科学
1−5 放射線による健康への影響
(1)内部被ばくと外部被ばく
 放射線を体に受けることを「放射線被ばく」といいます。放射性物質が体の外部にあり、体外から放射線を受けることを「外部被ばく」、放射性物質が体の内部にあり、体内から放射線を受けることを「内部被ばく」といいます。放射線を受けると人体を形作っている細胞に影響を与えますが、どのような影響が現れるかは、外部被ばく、内部被ばくといった被ばくの態様の違いや放射線の種類の違い等によって異なります。放射線による人の健康への影響の大きさは、人体が受けた放射線による影響の度合いを表す単位であるシーベルトで表すことで比較ができるようになります。例えば、1ミリシーベルトの外部被ばくと1ミリシーベルトの内部被ばくでは、人の健康への影響の大きさは、同等と見なせます。(p10)
 この「内部被曝と外部被曝」ではもっとも重要な体内に取りこまれた元素の臓器への取り込み(親和性)と蓄積の問題が一切無視されている。シーベルトが同じなら「健康への影響も同じ」というのがICRPや日本政府の主張である。この考えによれば古くから存在したカリウム40と原発事故で生じたセシウム137のシーベルトが同じなら健康への影響は同じとみなされている。現実に食品基準の説明においてセシウム137とカリウム40とをシーベルトに換算して比較している。しかし、これは正しくない。カリウム40は細胞膜にあるカリウムチャンネルを通じて自由に体内を移動するが人工のセシウムなどの放射性元素は血液やリンパ液に乗って体中を回り(水溶性と不溶性の微小粒子)、被曝を与え、さらに特定の臓器に取り込まれ、蓄積し、継続的に集中的・局所的な被曝を与えるのである。吸収した放射線のエネルギーを臓器全体の質量で平均したシーベルトはカリウムの場合やガンマ線の場合を除き、放射線の影響を正しく反映しない。アルファ(α)線やベータ(β)線はそれぞれ40ミクロンや数ミリの短い射程距離を持ち、狭い領域を集中的に被曝させるからである。さらに、次の3章で述べるように、人工の放射性原子の多くは不溶性の微粒子となっていることが報告されている。これはいっそう集中的・局所的な被曝を与えることになる。
 前述したように、政府の放医研文書でさえ、細胞レベルでの局所的微視的な被曝線量(マイクロドシメトリ)では「低線量」の境界を0.2mSvとしている。これは、一般的な巨視的な環境での100〜200mSvのおよそ1000分の1である。つまり、放射性微粒子による細胞レベルでの内部被曝の線量は、ベータ線・ガンマ線の場合、全身への外部被曝を問題としている場合のおよそ1000倍と評価しなければならないことを、政府の研究機関自体が認めているのである。
 それ故、「放射線副読本」にある以下の表にあるICRPが評価した換算係数は放射線の影響を著しく過小に評価していることになる。さらにこの表によるとトリチウムはほとんど無害に見えるが、後に4章で見るように、この過小評価が世界のトリチウムによる被曝被害を拡大させたともいえる重大な誤りである。

食品中の放射性物質から受ける放射線の量の計算の例
係数(飲食物からの摂取 18歳以上の場合)[mSv/Bq]


内部被ばくと活性酸素の脅威
 「放射線副読本」は内部被曝も外部被曝もシーベルトが同じなら同等としている。しかし、これはICRPが自ら定義した吸収線量を照射線量で置き換えるという物理量を取り違えていることを基礎として、本来異なる被曝応答をシーベルトという非科学的な量で表すというICRPの間違った手法の結果なのである。被曝実態を空間的・時間的に具体的に見ていくと、何事も質と量の「両方」が問題なのである。質的な違いを無視し、「量だけ」を比較することは科学に反しており、この記述は教育の根本を歪めるものである。つまり、内部被曝と外部被曝の被曝実態の質的な違いを無視しているため、「放射線副読本」は外部被曝に比べて内部被曝が桁違いに危険であることが理解できないのである。
 質的な違いを無視した結果の一つとして、「放射線副読本」はがんのみを被曝による病気としている。しかし、これはチェルノブイリ原発事故で明らかにされた「長寿命放射性核種体内取り込み症候群」という全身に及ぶ多様な疾患を考慮していないことになる。それらの疾患は、放射性微粒子からの内部被曝によって発生した、反応性の高い活性酸素やフリーラジカルによって、脂肪膜である細胞膜や核膜、さらに、ミトコンドリアの膜などが破壊されることを通じて発生する(付表参照)。活性酸素による細胞膜の障害をはじめて明らかにした実験は、ペトカウ効果と呼ばれている。そのような病気が世代を超えて継続することがわかってきたのである。

放射線感受性
 また、「放射線副読本」は、個人個人の放射線に対する影響の受けやすさ(放射線感受性)の大きな違いを無視している。同じ線量で被曝しても、胎児や乳幼児、子どもや青年、女性、がん年齢に達した中高年、DNA修復に関連する遺伝子変異をもつ人々(ICRPでは1%未満、ECRRでは人口のおよそ6%)などは、平均値に対して被曝リスクが何倍何十倍も高いことがわかっている。また、これらの性質が諸個人で重複する場合(たとえば遺伝子変異を持つ女児など)、さらに感受性の相違の幅は大きくなる。「放射線副読本」は、これらの人々を同じ被曝「量」によって扱うことによって、このような放射線高感受性の人々の生きる権利、基本的人権を奪おうとしている。




3章 低線量被曝と放射性微粒子の危険性
 人工の放射性物質はカリウム40などの自然に存在する放射性物質に比べ、一層危険である。放射性微粒子を含む内部被曝はとりわけ危険である。しかも福島原発事故が放出した放射性微粒子には、水や酸や脂肪に溶けないガラス状の「不溶性放射性微粒子」が多く含まれ、このような特殊な性質の放射性微粒子が大量に環境中に放出されたのは歴史的に初めての事態である。欧州放射線リスク委員会(ECRR)の2010年勧告によれば、このような形態のセシウム137が体内に取り込まれた場合、外部被曝やカリウム40による内部被曝に比較して400倍〜5万倍も危険であると推定されている。この点で人工の放射性物質による内部被曝を特に回避しなければならない。
 以上のように、国際放射線防護委員会(ICRP)や国連科学委員会(UNSCEAR)などは内部被曝の人体影響を、一様分布を仮定して臓器全体で平均し、体重1kg当たりの吸収エネルギーとしているが、現実の内部被曝は局所的・集中的であり、著しい過小評価をもたらしていることが理解される。

100 ミリシーベルト以上の放射線を人体が受けた場合には、がんになるリスクが上昇するということが科学的に明らかになっています。しかし、その程度について、国立がん研究センターの公表している資料 によれば、100 〜 200 ミリシーベルトの放射線を受けたときのがん(固形がん)のリスクは1.08 倍であり、これは1日に110g しか野菜を食べなかったときのリスク(1. 06 倍) や高塩分の食品を食べ続けたときのリスク(1. 11 〜1.15 倍) と同じ程度となっています。(p10)
 「「放射線副読本」は発がんのリスクを広島・長崎の原爆の被曝調査に基づき、1.08(被曝による発がんリスクが8%増)にしているが、次の問題点がある。
(1)被曝リスクは広島・長崎の調査よりもっと高いことが明らかになってきた。例えば、医療被曝で被曝リスクは、10mSvごとにがんが3%増えた。100mSvだと30%、200mSvで60%の増加となる。間をとって45%増としても、8%の増加分が5.6倍になる。オーストラリアのCTによる小児がんでは4.5 mSvの被曝でリスクが24%増えた。
(2)対照とするリスクの期間が相違している。リスクの比較で「野菜不足や塩分の取り過ぎ」は10年間継続した場合であるが、被曝の影響は生涯にわたるとして、50年や70年間のがんの発生やがん死をとっており、観察期間が異なる。それ故、それらの比較は本来信頼できない。そもそも野菜不足や塩分の取り過ぎの定量的な定義を厳密に指定しなければ科学ではない。それもせずに比較することは教育用の教材として不適切である。
(3)「野菜不足や塩分の取り過ぎ」のリスクを放射線被曝リスクと同じ50年に換算した場合、その比較リスクは1度の被曝での放射線「致死量」に到達する(1Svで数ヵ月以内での10%未満致死量の下限値、3Svで60日以内での半数致死量の下限値)。つまり、「野菜不足や塩分の取り過ぎ」で数ヶ月以内に死んでしまうことになる。このように質的に異なるものの間での比較そのものが無意味でありナンセンスなのである。
(4)そもそもこのような発がん要因を個々に切り離すことは複合的に起こるがんの発生と死を正しく解析していない。子どもたちに誤った理解をさせる。ネオニコチノイドなどの農薬との複合汚染も危険である。

原爆被爆生存者や小児がん治療生存者から生まれた子供たちを対象とした調査においては、人が放射線を受けた影響が、その人の子供に伝わるという遺伝性影響を示す根拠はこれまで報告されていません。(p10)
 「遺伝し、後の世代に継承されることが多い」が正しい。「放射線副読本」は科学的真実に反する宣言である。国連科学委員会は、2001年報告書において、「被ばく後第1世代」の「全遺伝リスク」を1万人・Svあたり30〜47例としている。つまり、被曝すれば遺伝的影響が「ある」ことを公式に認めているのである。国際放射線防護委員会(ICRP)の2007年勧告も同じく遺伝的影響をリスクとして認めている(1万人・Svあたり4例)。これらは、もちろん著しい過小評価であるが、国連科学委員会もICRPもはっきり遺伝的影響は「ある」と判断しているわけである。
 さらに言えば、遺伝的影響のような、数世代を経なければ明らかにならない事項を、最初から「ない」と断言することはデマに等しい。事故後32年を経たチェルノブイリでは被曝した親から生まれた子供に著しい健康被害が確認され、また先天異常も大量に確認され、慢性的な病気が幾世代にもわたって継続することが重大な社会問題となっている。



 この点で Inge Schmitz-Feuerhake 氏らの論文が注目される。彼らは低線量放射線被曝の遺伝的影響の文献をしらべた。広島・長崎の原爆被爆者を調べた ABCC の遺伝的影響の調査は信頼性がないと結論している。その理由は線量応答が線形であるという仮定の間違いや、内部被曝の取り扱いの誤りなど 4 点を指摘している。そしてチェルノブイリの被曝データから新しい先天性奇形に対する相対過剰リスク ERR はギリシャなど積算1mSv の低被曝地においては 1mSv あ たり 0.5 で、10mSv の高い被曝地では 1mSv あたり ERR が 0.1 に下がるという 結果である。おおまかには全ての先天異常を含めて積算線量 10mSv につき相対過剰リスクが 1 という結論である。積算 10mSv で先天異常が 2 倍になるという のは大変なことである。
Inge Schmitz-Feuerhake, Christopher Busby, Sebastian Pflugbeil,
Genetic radiation risks:a neglected topic in the low dose debate. Environmental Health and Toxiology,vol.31,Article ID e2016001
http://dx.doi.org/10.5620/eht.e2016001

この事故で放出された放射性物質の量は、昭和61年(1986年)にソビエト連邦(現在のウクライナ)で起きたチェルノブイリ原子力発電所事故の約7分の1であり、福島県が平成30 年4月までに県民等に対して実施した内部被ばくによる放射線の量を測定する検査の結果によれば、検査を受けた全員が健康に影響が及ぶ数値ではなかったとされています。(p12)
 政府の公式推計によっても福島原発事故の大気中への放出放射能量はセシウム137ベースで広島原爆の168発分である。これは大きな過小評価である(実際にはこの3倍以上)、そのうち、日本の陸土に沈着したのは、これまた公式推計でおよそ27%、45発分である。このような大量の放射能が「全く健康影響をもたらさない」という主張は、最初から嘘でありデマであるというほかない。
 「100mSv以下は影響がない」という論議も同じである。もし政府がそれを真剣に主張するのであれば、政府が現在住民を帰還させようとしている年間20mSv/yの地域には、5年以上居住すると「影響がある」と主張しなければならないであろう。だが政府も政府側専門家もそれについては何も言わない。つまり、不誠実なのである。
 健康に影響が出ていないことを証明することは、時間的・空間的に膨大な調査を要することである。調査が不十分な段階で、このような教育を政府が行うことは、結論を誤る可能性が高い。また事実、誤っている。しかも、国際的な合意である予防原則「ある行為が人間の健康あるいは環境への脅威を引き起こす恐れがある時には、たとえ原因と結果の因果関係が科学的に十分に立証されていなくても、予防的措置(precautionary measures)がとられなくてはならない」(予防原則に関するウィングスプレッド合意声明より引用、同原則は、環境と開発に関する国連会議、EUマーストリヒト条約、オゾン層に関するモントリオール議定書などにおいて何度も確認されている)に反することである。この原則が一言も触れられないのは被災者の人権を無視するものである。
 しかも、現実に健康に影響が出ているのである。住民・市民の健康を守る立場からは被曝被害を警告し、チェルノブイリのように1mSv/yから避難の権利を認めなければならない。被害が出てからでは遅いのである。
 現実には被害が出ていること、被曝調査の検出精度は悪く信頼性に乏しいことは証明済みのことである。
 実際には、東電事故の大気中放出量はチェルノブイリ事故と比較して、少なくとも同等程度である。また、早野龍五氏などのホールボディカウンターを用いた内部被曝の測定も検出限界が300Bqであり、精度が悪い。しかもチェルノブイリでは汚染されている着衣ごと計測されたにもかかわらず、福島では汚染されていないガウンを着せて測定し、両者を比較して「福島が低い」としている。福島の子どもの70%に検出されているという報告のある精度の高い尿中のセシウム137を測定すべきである。

福島県内の空間線量率は事故後7 年で大幅に低下しており、今では福島第一原子力発電所の直近以外は国内や海外の主要都市とほぼ同水準になっています。(p13)
 福島市の公式発表値0.15マイクロシーベルト/hは依然として高いことを示している。事故前は0.04マイクロシーベルト/hであった。しかも、モニタリングポストの数値が周辺の線量の約5割と低い値であることが報告されている。都市から離れた山間部は除染されていない。通過道路から1m以内しか除染していない。山林から風や雨で拡散する。人々は主要都市のみで過ごすわけではない。山間部や農地でも過ごす。県北農民連の皆さんが2016年に測定した果樹園の放射能測定は10万ベクレル/m2以下が3%しかなく、最高は80万ベクレル/m2であった。
 国際環境団体グリーンピースは、2018年2月に調査結果を発表し、「避難解除地域の放射能は深刻、住民の帰還誘導は人権侵害」と批判した。国連人権理事会も「20mSv/年は高すぎる」として日本政府に低減を勧告している。福島原発から西北西方向に20キロメートル離れた浪江地域の大堀村では、時間当たり11.6マイクロシーベルトに達する放射線量率が測定されもした。これは年間被曝量101ミリシーベルトに該当する。

その後、セシウム134 やセシウム137 などの放射性物質を取り除く作業(除染)などにより、放射線量が下がってきた地域では、避難指示の解除が進められました。現在では、医療機関や商業施設などの日常生活を送るための環境整備や学校の再開等復興に向けた取組が着実に進められています。(p14)
 しかし、住民は安全性に不安があり、特に若い世代や子どもたちが帰還しない。チェルノブイリ事故に比較してあまりにも早い避難指示区域解消などの措置は上記のごとく国際的に批判されている。

福島県が行った平成30 年3 月までの調査の結果によれば、県民等に、今回の事故後4か月間において体の外から受けた放射線による健康影響があるとは考えにくいとされています。また、12 ページで紹介したとおり、福島県が実施した内部被ばく検査の結果によれば、検査を受けた全員が健康に影響が及ぶ数値ではなかったとされています。さらに、福島県が実施した妊産婦に関する調査によれば、震災後、福島県内における先天異常の発生率等は、全国的な統計や一般的に報告されているデータと差がないことが確認されています。(p14)
 これらは測定の正確さが疑問視されている。現実に影響があり、被害が報告されていることは最初に述べた通りである。1章で述べたような被曝被害がすでに、周産期死亡率や自然死産率の増加や小児甲状腺がんの増加が統計的に確認されている。老衰、アルツハイマー病、急性心不全等の死亡率増加が報告されている。それ故、この健康に影響する被曝はなかったという記述は事実でもって否定されているのである。被害がないという証明は大量の人数の調査を長年に渉って行わないと証明できないのである。少数のデータで「放射線副読本」のいう「差がない」ことは証明できない。それ故、上の記述は科学の教育としても問題のある誤りである。

日本の基準値は、 他国に比べ厳しい条件の下設定されており、世界で最も厳しいレベルです。そして、厚生労働省は、基準値を超える放射性物質を含む食品が市場に出回ることのないように厳しく見守っています。(p17)
 これも安全性を示す根拠ではない。最も厳しいというがコメは100ベクレル/kgであるがウクライナのパンは20ベクレル/kgである。基準を超えなくても安全でないのは基準が緩すぎるのである。放射性微粒子を考慮すると、少なくとも検出限界の1ベクレル/kg以下でなければならない。日本は飲料水が10ベクレル/kgであるが、ウクライナは2ベクレル/kg、WHOは1ベクレル/kg、アメリカの法令基準は0.111ベクレル/kg、ドイツガス水道協会は0.5ベクレル/kgである。

  本表に示した数値は、食品から受ける線量を一定レベル以下に管理するためのものであり、安全と危険の境目ではありません。また、各国で食品の摂取量や放射性物質を含む食品の割合の仮定値等の影響を考慮してありますので、単に数値だけを比べることはできません。(p17)
 この注記の通りであり、日本は福島原発事故の当事国であり、その食品を主に食するのであるから他国に比べ基準が厳しくて当然である。にもかかわらず、飲料水、米等においては規制が緩すぎる。ウクライナでは飲料水は2Bq/kgであるが日本は10Bq/kgである。

4章 トリチウムの危険性

トリチウムの危険性
 この「放射線副読本」の係数の表(「放射線副読本」では10ページ、本論考では12ページ)では、トリチウムはセシウムに比べ3ケタ係数が小さく、危険でないように評価している。このICRPによる評価が間違っているのである。トリチウムの危険性を軽視した結果、世界各地でトリチウムによる被曝被害がみられる。
 日常の定常運転で日本で最も大量にトリチウムを放出した玄海原発周辺では原発稼働後に白血病などが多発している。森永徹氏の研究を紹介する。
http://nukecheck.namaste.jp/ronbun/180513morinaga.html


玄海原発の稼働前(1969〜76年)の白血病による死亡率



玄海原発の稼働後(2001〜11年)の白血病による死亡率


 以下の表も玄海原発に近づくと白血病死亡率が高くなることをしめしている。

表 1998年〜2007年までの10年間の人口10万人あたりの白血病による死者数

出典:厚生労働省人口動態統計より
(参照「広島市民の生存権を守るために伊方原発再稼動に反対する1万人委員会」
http://hiroshima-net.org/yui/1man/

 危険なトリチウムを含む福島原発の汚染水の海洋放出
 福島原発事故によるトリチウム総量は約3400兆ベクレル、2014年3月でタンク貯留水中に830兆ベクレルのトリチウムがあると発表されている。この膨大な放射性廃液はその後も増加する一方である。そのため、漁連などの反対運動の隙があれば、政府・東電はトリチウムを含む福島原発事故廃液の処理・処分として、それを希釈して海洋に投棄しようとしてきた。現在、ここに至っていよいよ政府は海洋投棄の実施に踏み切ろうとしている。原子力規制委員会の更田豊志委員長は規制するどころか海洋投棄を提唱し、先導している。
 私たちは以下の理由で放射性廃液を海洋に投棄すべきでないと考える。
 1. トリチウムは生命・健康への危険性が少ないと誤解されているが非常に危険な放射性物質である。なぜなら、人体の大部分を占める通常の水と化学的に区別がつかず、生体のあらゆる場所に取り込まれ、内部から被曝させ、活性酸素等を介して間接的に細胞膜やミトコンドリアを破壊する。また、直接的に遺伝子、DNAの化学結合を切断する。トリチウム特有の危険性として遺伝子の水素原子とトリチウムが入れ替わるとベータ(β)崩壊でトリチウムがヘリウムに変わることによって遺伝子の化学結合が切断される。
 植物は炭酸同化作用によって水と炭酸ガスからでんぷんを作る。このでんぷんの水素原子がトリチウムに変わることによって有機トリチウムが形成され、動植物や人間が体の一部としてその有機トリチウムを長期間取り込み、内部被曝する。
 2. このようにして、原発から放出されたトリチウムによって玄海原発周辺の住民の白血病の増加、世界各国の再処理工場周辺の小児白血病の増加、原発周辺の小児がんの増加等が報告されている。現実に被害が発生しているのである。
 3. たとえ、希釈して海洋投棄されたとしても食物連鎖などの生態系を通じて濃縮される。さらに気化してトリチウムを含む水蒸気や水素ガスなどとなって陸地に戻り、環境中を循環する可能性がある。希釈すれば安全というのは過去に多くの公害問題でくりかえされた誤りであり、環境に放出される総量こそ問題である。それ故、放射性物質や有害物質は徹底的に閉じ込め生態系から隔離することが公害問題では唯一正しい原則的な対応である。このような内容が教育されなければならない。
 トリチウムの海洋投棄の危険性に関してはイギリスのTim Deere-Jones ティム・ディアジョーンズ(Marine Radioactivity Research & Consultancy: Wales: UK)が詳しく次の警告は重要である。
 ①トリチウム水HTOのみを考え危険性を軽視してきたが、生物学的半減期の長い有機結合型トリチウムOBTとしてトリチウムが生体の有機化合物に取り込まれ、長期の内部被曝をあたえる。光合成でHTOとCO2から生成したでんぷんにトリチウムが取り込まれ、食物連鎖で濃縮される。
 2000年以降の研究は、海洋食物連鎖のなかで、極めて高いレベルでの有機結合型トリチウムの生物濃縮が起きていることを示している(ムラサキイガイで26,000Bq/kg、タラで33,000Bq/kg、海ガモで61,000Bq/kg以上)。潮間帯堆積物や潮を浴びる牧草でも、周辺海水の濃度が極めて低いにもかかわらず、高レベルの有機結合型トリチウムが見られる。
 トリチウムの生態系での濃縮について次の点が重要である。電子軌道のみを考えると通常の陽子(プロトン)一個の水素とトリチウム原子は化学的に区別ができないように見えるが、原子核の質量の違いが化学的結合力の違いを生じる。また、プロトン移動を伴うような反応ではプロトンとトリチウムの重さの違いによりトリチウム移動反応が遅くなる(C-H結合切断の場合水素の場合のおよそ20分の1の反応速度になる)。同位体効果と呼ばれる。
 このようにして原子核の重さの違いによって有機化合物(とトリチウムの結合が強くなり、トリチウムがプロトンに置き換わり元素として濃縮される。有機結合型トリチウムが増加してゆく。

まとめ
 「放射線副読本」は次の4つの致命的な欠陥を持つ.
1.福島原発事故の存在する被曝被害を無視し、真実を記述していない。
2.被曝として本質的に重要な内部被曝を無視している。
3.とりわけ被曝の危険性が高い放射性微粒子について警告していない。
4.国際的に危険性が明らかになったトリチウムを依然として軽視するという誤りを続けており、時代遅れである。
 私たちは以上の理由から「放射線副読本」は教材として不適切であり、配布されるべきではないと結論する。

謝辞
 この論考を仕上げる上で矢ヶ崎克馬氏、児玉順一氏に大変お世話になりました。適切で丁寧なコメントに深く感謝します。


河口水域におけるトリチウムの分配―有機物質の役割 アンドリュー・ターナーetc. 渡辺悦司訳

2018年11月


河口水域におけるトリチウムの分配――有機物質の役割


アンドリュー・ターナー、ジェフリー・E・ミルウォード、マーティン・ステンプ

Journal of Environmental Radioactivity
Volume 100, Issue 10, October 2009, Pages 890-895注1

2018年10月20日 渡辺悦司訳




〖ここからダウンロードできます〗
河口水域におけるトリチウムの分配――有機物質の役割(pdf,14ページ,373KB)



   概略(アブストラクト)

 トリチウムは、環境中にある重要な放射性核種であり、水系中のリガンド[有機物や錯体への結合部位(訳者)]や固形物との反応性は限定的であると考えられてきた。われわれは、(トリチウム水として添加した)トリチウムが河川水中および海水中でどのように分別され吸着されるかを研究した。その結果、トリチウムの分配が、有機物に対するトリチウムの親和性によって影響されていることを発見した。トリチウムは、逆相C18カラム[溶液や懸濁液に含まれる分析対象物とそれ以外とを分離する方法の1つ注2(訳者)]に保持された溶存有機物リガンドとの間で急速に平衡に達する。河口の堆積物中の微粒子を水に懸濁させた場合でも、微粒子との間で同じように急速に平衡に達する。重要なことは、吸着トリチウムのかなりの部分がタンパク質様物質と結合しており、堆積物を食用としている生物にとって食用とされる可能性があることであった。トリチウムのこれらの特質は、これまで報告されておらず、水素とトリチウムとの同位体交換によってだけでは説明することができない。トリチウムが主としてトリチウム水として放出されている河口水域および海岸水域におけるトリチウムについては、すでに利用可能な観測データが複数あるが、上記の特質はそれらの測定結果と本質的に合致する。河口部におけるトリチウムの生物地球化学的挙動についてのいっそうの研究が必要であり、この放射線核種(トリチウム)に対して現在想定されている放射線学的な分配係数および濃縮係数は、見直しが必要であろう。

   1.序論

 トリチウムは、宇宙線に起因するのみならず人間活動にも起因する水素の放射性核種である。半減期は12.3年である。人工的な源泉からの液体トリチウムの放出量は、英国において年間2.5×1015ベクレル(2.5ペタベクレルPBq)を超える(RIFE[英政府報告書Radioactivity In Food and the Environment『食品および環境中の放射能』]2007)。国際原子力機関(IAEA2007)が推奨する単位数量あたりの濃縮係数は、トリチウムが相対的に低い毒性の放射性同位元素であり、水性生物において濃縮されることはない(マーフィー1993)という前提に基づいてきた。最近のいくつかの研究では、河口域の有機物が豊富な潮間堆積物や、セヴァーン川河口域(英国)の食物連鎖において、トリチウムの相当程度の濃縮が立証され、それによってこれらの研究は大いに注目を集めた(ピアス1999、RIFE2002、モリス2006)。このような濃縮は、底生魚や貝については、濃縮係数が105倍(10万倍)を超える場合も含まれ、現地の核廃棄物中にすでにある、炭水化物・ビタミン・アミノ酸など、特定の生化学化合物の形態での有機結合トリチウム(以下有機トリチウム)の存在が原因であると考えられてきた(マッカビンほか2001)。しかしながら、さらに一般的に、トリチウムが[有機トリチウムとしてではなく(訳者)]トリチウム水HTOとして環境中に放出された場合でも、微粒子や生物体とトリチウムとの重要な相互作用が報告されてきた(ゴンティールほか1992、マッソンほか2005、RIFE2007、ジャン=バプチストほか2007)。たとえば、放射性廃棄物中のトリチウムの放射能は、堆積物を通して濾過した場合、1/4〜1/3に減少する。これは、粘土に含まれる無機化合物(ミネラル)とトリチウム水との間の同位体交換、および水素と結合していない無機化合物へのトリチウムの吸着に起因する効果である(ロペス・ガリンドほか2008)。さらに、イングランド南西部のタマール川河口への核施設からのトリチウム水の放出の結果、水中のトリチウムの放射能は10ベクレル(Bq)/リットル(L)に希釈されていたが、他方、堆積物では乾燥重量でおよそ300Bq/kgのトリチウムの放射能が観測された(英環境庁2003)。堆積物におけるトリチウムのこの大きさの放射能は、同位体交換からは想定されないものであった。というのは、水素の水中での濃度は約102g/L(100g/L)であり、タマール川河口の乾燥堆積物の水素濃度は約15g/kgと測定されたからであった[つまり乾燥堆積物中で15g/100g×10Bq/kg=1.5Bq/kgのはずだが、実際にはその200倍のトリチウムが堆積物中にあったことになる(訳注)]。
 トリチウムが水のある環境下において固相により蓄積されるもう一つ可能なメカニズムは、トリチウム水と自然環境中の有機物との間の交換性および非交換性の相互作用によるものである。[つまり元素交換が常に行われている部位における相互作用と元素交換部位以外における相互作用である(訳注)]。タンパク質や炭水化物など生体高分子にトリチウムが選択的に取り込まれることは、十分に立証されている(マシュー=デヴレとビネット1984、バウムガルトナーほか2001、チーとマーシュ2001)。トリチウムと水素の分別が生じるのは、重い同位体(トリチウム)が、水の分子間にある強力な水素架橋部よりも、生体高分子の特徴である弱い水素架橋部に、選択的に入り込むからである。自然環境中の錯体構造の有機分子の中に弱い水素架橋結合が存在する可能性が高いことを考慮すれば、トリチウムが水に溶けたおよび堆積物中にある有機物に蓄積し、トリチウムが有機物の吸収と摂取を介して生物濃縮されることは十分予想される。しかしながら、この所説を立証し、トリチウムの生物地球化学的挙動と生態学的影響の一般的理解を深めるために、いままで欠けてきたものしたがって現在必要なことは、水系におけるトリチウムの分別と反応性に関する体系的な研究なのである。したがって、われわれは、この目的で、既に確立された放射線化学的実験計画を使用し(ターナーほか1999、マルチノほか2004、ジャーほか2005)、トリチウム水として河川水と海水に付加されたトリチウムの分配を検証することとした。具体的には、われわれは、固相抽出注2によって、トリチウムと有機リガンドとの親和性を調べ、懸濁した堆積物微粒子へのトリチウムの取り込みの特質と程度を調べた。

   2.実験素材・用具と実験方法(省略)

  (この省略のため表1と表2の順序が逆転しておりますが、ご容赦願います)。

   3.実験結果

 表2に、今回の実験で使った自然環境中の水および堆積物、酸化された水および堆積物のサンプルの化学的性質を示す。トリチウムを吸着した各物質中の水素の推計値も、天然有機物中のCH2Oの化学量論数(化合物の構成要素間の量的関係)による推計を示す。

表2

表2の注記:本研究で用いられた水および堆積物のサンプルの地球化学的な特質。カッコ内の数値は、紫外線照射した水と焼却灰化した堆積物に対する数値である。naは分析しなかったことを表す。
a 所在箇所の伝導率
b 溶存した有機炭素
c CH2Oの化学量論的推測による溶存有機水素
d 微粒子内の有機炭素
e 微粒子内の有機窒素
f CH2Oの化学量論から推測した微粒子内有機水素
g BET(ブルナウアー・エメット・テラー)による窒素の比表面積[単位質量あたりの表面積、表面が多いと活性が高まる傾向がある]


   3.1.C18によるトリチウムの保持retention

 図1に、河川水および海水中の疎水性有機物質(溶存有機微粒子)と結合したトリチウムの割合を、経過時間の関数として示す。カラムへの保持により、自然環境中にある有機トリチウムの近似的な量が与えられる。その中には、腐敗質・アミノ酸・芳香族リガンドにおける同位体交換部位あるいは同位体交換部位以外に結合したトリチウム、さらには溶存した有機分子や砂利に吸着したトリチウム水が含まれている可能性が高い。これらすべての場合において、疎水性有機物質に結合したトリチウムの割合の経時的変化は二相的である。すなわち、まず疎水性トリチウム種の急速な形成期があり、その後ゆっくりと擬似的な均衡に接近する。

図1

図1の注記部分:ダート川河水(■で表示)、プリム川河水(▲)、海水(●)における、トリチウム水として付加され、疎水性有機物と結合したトリチウムの比率の時間依存性の変化。データ上の点は、それぞれのサンプルについての4つの分析の中央値を表す(相対順次データセットrsdsは概して5%未満である)。

 実験の最後の時点で、疎水性有機物と結合したトリチウム比率は、プリム川の河水で1%未満、ダート川の河水で5%超、海水で15%超であった。水に溶けた有機物の濃度と性質が、トリチウムの水性リガンドと結合する程度に対して決定的な重要性をもつことは明らかである。さらに、河水中と比較しての、海水中でのトリチウムの疎水性の増大[疎水性有機物との結合比率の上昇]は、疎水性有機物質とトリチウムとの結合が「塩析」(塩を加えることによる沈澱)であることを示唆している。塩析は、溶存した種々のイオンの存在下で電気的歪(ひずみ)が生じることによって(シュバルツェンバッハほか1993、ターナー2003)、あるいはトリチウム結合巨大分子が、各種のイオンに起因する立体配置の変化(らせん化および折りたたみ)を受けることによって、さらには小さな疎水性トリチウム種を捕捉する可能性によって、トリチウム結合化合物の溶解度を低下させているのかも知れない。

   3.2.トリチウムの吸着

 われわれの行った「吸着」実験において、微粒子トリチウムとは、微粒子に結合したこの同位元素(トリチウム)の総量を表す。したがって、この相(固相の微粒子)と同じ生物地球化学的な対照実験を必要とする。微粒子トリチウムは、水和水および構造水(水和され構造に吸収された水)に吸収されて、正確には吸収および閉塞されて、存在し、そのため同位元素の交換性および非交換性のあらゆる諸形態を(区別することなく)包括的に含んでいる。そのような微粒子トリチウムの量は、微粒子を付加する前と後のトリチウム放射能量の差から計算できる。放射能量の低下は、概して、3%から8%の間であった。これは、対照実験における実験期間中の蒸発や容器による吸収あるいはフィルターへのトリチウム水の吸着などによる放射能量の低下(表1)よりも有意に大きいものであった。したがって、われわれの結果は、微粒子と水との現実の相互作用を反映しており、実験による人為的な結果ではない、と考えるのが妥当であろう。

表1

表1の注記:超純水にトリチウム水を添加する対照実験中でのトリチウムの減少量。すべてのデータはBqで表示され、中央値±標準偏差(8あるいは16回の量定での)。ndは不検出。
a いくつかの場合にはサンプルの処理の前と後の数値の間で差異が有意ではなかった(2つのサンプルのt-testによれば、p >0.05)にもかかわらず、すべての実験に対して全減少量が計算されている。


 プリム川河口の微粒子で例示した吸着の等曲線は、図2に示されている。それは、加えられた放射能量125Bqと6×104Bq(6万Bq)の間で直線であり、等高線の傾きすなわち吸着度は、河川水よりも海水で高かった。異なった微粒子によるトリチウムの取り込みの時間依存性は図3に表されているが、これも二相的である。ここでは、結果は、バルクの(界面ではなく物質本体の)堆積物・水分配係数KD(mL/g)として示されている。この係数は、乾燥堆積物1グラムあたりに吸着された、交換性部位・非交換性部位を問わずあらゆる結合形態のトリチウムの放射能量を、フィルター濾過した水1mL(ミリリットル)中の放射能量で除したものとして定義されている。自然環境中の(未処理の)微粒子については、微粒子の化学的な性質(表2)や水中のトリチウム種の疎水度(図1)は異なっていたが、(微粒子へのトリチウムの)吸着度はこれらの実験の最後でほぼ同じであった。図3では、焼いて灰にしたダート川とプリム川の河口の微粒子による、紫外線光分解した河川水の中でのトリチウムの取り込みもまた示されている。「有機物のない」条件下で、バルクのKD値は、有機物が存在する下で得られた対応する数値と比較して、およそ70〜80%低かった(すなわち20〜30%であった)。このことは、堆積物中の有機物が、水相からのトリチウムの除去にとって決定的に重要であることを示している。

図2

図2の注記:等曲線は、プリム川河水(▲)および海水(●)中に浮遊していたプリム河口の微粒子へのトリチウムの吸着量(72時間の低温放置後)と定義。誤差の範囲を示す棒はそれぞれのサンプルの4つの分析の中央値の周囲の標準偏差を表している。最低のトリチウム放射能を示しているデータは、挿入されたグラフに拡大して示した。

図3

図3の注記:バルクの堆積物・水分配係数(KD)は、プリム川河水(▲)および海水(●)に浮遊していたプリム河口微粒子、ダート川河水(■)に浮遊していたダート河口微粒子、紫外線を照射して焼却灰化したプリム川河水に浮遊していたプリム川微粒子(△)、紫外線を照射して焼却灰化したダート川河水に浮遊していたダート川微粒子(□)による、トリチウムの時間依存的な吸着を示している。データ上の点は、それぞれのサンプルの4つの分析の中央値を表す(相対順次データセットrsdsは概して5%未満である)。

 自然環境中の河川水および海水に浮遊していた未処理の微粒子について、バルクのKDは、水中浮遊微粒子の濃度が10mg/Lの場合の方が、100mg/Lの場合よりも、明かに大きかった(表3)。いろいろな機会に採取されたプリム川の微粒子サンプルに、アマシャム[放射性化合物を中心に診断薬や生命科学研究用試薬を生産したイギリスの製薬企業(訳者)]のトリチウム水の在庫から得た(核施設の排水とは別の)トリチウムを加えて、独立した実験が行われた。その結果も、バルクのKDと微粒子濃度とが逆相関の関係にあるという所説を補強するものであった(これも表3を参照のこと)。このような「微粒子濃度効果」は、自然水やモデル・システムにおいて多くの有機・無機化合物にも共通して見られるが、この効果の詳細な原因は不明である(シュラップとオッペルーイゼン1992、ターナーほか1999)。

表3

表3の注記:バルクの堆積物・水分配係数(KD)とは、種々の微粒子濃度(SPMと表示、単位mg/L)における、プリム河口微粒子に対するトリチウムの吸着の度合いと定義されている。4回の繰り返された実験数値の中央値および標準偏差が掲げられている(4回の実験は10mp/Lと100mg/Lのみ)。ndは不検出を表す。

 河口の微粒子に吸着したトリチウムを、海水のフィルター濾過によって、およびプロテインキナーゼ・K(タンパク質を加水分解する酵素)によって、回収できた割合を、表4に示す。海水によって放出された、微粒子結合のトリチウム(およそ30%以下)は、おそらく、水和水および構造水に含まれており、微粒子表面の(−OH部位など)交換性をもつ部位で保持されていると考えられる。したがって、交換性部位のトリチウムに対して補正した分配係数は、上述したバルクの分配係数と同じ桁にある。プロテインキナーゼ・Kは、(微粒子に)吸着されたトリチウムを、海水よりも大きな比率で回収した。しかも、回収率は、窒素分の多く含まれる(したがっておそらくタンパク質分の豊かな)ダート川堆積物からの方が高かった。酵素によって回収されたトリチウムは、アミノ酸の=NH部位[=は二重結合を表す]において、またその他のタンパク質様有機物の構成部分に、交換性部位だけでなく非交換性部位にも保持されていた可能性が高い。

表4

表4の注記:1M(1モル/リットル)のNaOHによって分解分離したトリチウムの総量に対する、それとは別に海水およびプロテインキナーゼ・Kによって4時間抽出回収した吸着トリチウムの比率(パーセント)。4回の繰り返された実験数値の中央値および標準偏差が掲げられている。

   4.考察

 われわれの実験結果は、(水素とトリチウムの間の質的な)差異に由来する量に依存しており、ある程度の不確定性は避けられない。すべての誤差や実験上の人為性を注意深く考察しても、われわれの研究の最も注目すべき側面は、溶存する疎水性有機物や細かな河口部の微粒子と交換性部位および非交換性部位にトリチウムが結合する「程度」を調べたことである。水素との同位体交換に基づき、CH2Oの化学量論、溶存有機炭素の濃度4mg/L、水の水素濃度約102g/L(100g/L)と仮定すると、トリチウムの溶存有機物比率は、自然環境中の水において10−6(100万分の1)のオーダーであると予測できる。対照実験ではC18カラムマトリックスへの吸着や保持はありえないので、われわれの実験サンプルにおいてすべての溶存有機物がC18カラムに保持されたと仮定すると、トリチウムの同位体濃縮はおよそ105から106(10万〜100万倍)であると結論しなければならない。同じ推論により、さらに水素の微粒子濃度を約1.5%と仮定すると[つまり1.5g/Lと仮定すると]、われわれは河口域堆積物中のトリチウムのKD値が10−1mL/g(0.1mL/g)のオーダーにあると予測できる。したがって、われわれのサンプルにおける同位体濃縮は、およそ102から104超(100〜1万超倍)の範囲にあると認められる(サンプルのタイプや微粒子濃度にも、また海水の抽出したがって交換性のトリチウムを計算に入れるかどうかにも依存する)。
 海洋沈殿物への吸着については、重金属の同位体分配が立証されている(たとえばベアリングほか2001)。しかし、トリチウムについてここで報告された程度ではない。われわれのサンプルにおいて観察された同位体濃縮は、部分的には、弱い水素架橋結合部位へのトリチウムの選択的な占有(バウムガルトナーほか2001)によって説明されるかも知れない。水の分子間の水素架橋結合は、有機物分子における水素架橋結合よりもかなり強く、したがって、われわれは、有機相においてトリチウムの一般的な濃縮を予想することができる。生体内でつくられる有機化合物分子(炭水化物やタンパク質など)における同位体濃縮は、一般的には1桁程度少ないので、われわれの実験での観測結果は、極めて弱く水素架橋された自然環境中の有機分子の存在を必要とする。もう一つわれわれが提起したいのは、分子の本体と結合部において、同位体差によって生じる、まだ明確には規定されていない追加的な諸作用が存在する可能性である。いくつかの増殖性物質の理論的な研究(パディラ=キャンポス2003)に基づけば、一つの可能性は、堆積物微粒子の(有機物質ではなく)無機金属成分における置換部位をトリチウムが選択的に占有することである。
 これらの所説は、われわれの実験結果と合わせて、有機物の存在とその特質が、水のある環境中でトリチウムがもたらす必然的結果にとって決定的に重要であること、トリチウムと無機相との相互作用および無機相へのトリチウムの取り込みの可能性もまた存在することを示唆している。われわれの研究においては、未処理の河口域微粒子のトリチウムが塩基(1モル/リットルのNaOH、表4)によってほぼ完全に(95%超)回収されたことによって、さらには酸(1モル/リットルのHCl)によって不完全ではあるが(70%未満)回収されたことによって、堆積物中の有機物とトリチウムとの結合が確認された。また、われわれとは別の独立の諸研究においては、400℃超で汚染堆積物を燃焼するとトリチウムが放出されることによって、堆積物中の有機物とトリチウムとの結合が証明された(ゴンティエほか1992、マッカビンほか2001)。トリチウムの有機物に対する親和性のさらなる証拠としては、消化酵素を使って微粒子からトリチウムが抽出されること(表4)、水性のトリチウム種が一見したところの塩析のような作用をもたらすこと(図1)、「微粒子濃度効果」が明らかであること(表3)などが含まれる。この最後の「微粒子濃度効果」の最もよく知られた一般的な説明は、水に溶けた、あるいはコロイド状の、容易に錯体化する、ある種の化合物の存在や相互作用によるのではないかということである(シュバルツェンバッハほか1993)。われわれの推測では、トリチウム吸着の二相的な性格(図3)は、プリム川およびダート川の微粒子のバルクのKD値が、堆積物中の有機物中の炭素および窒素の濃度が異なるにもかかわらず、類似していることとともに考えると、トリチウムが微粒子表面の有機物と急速に相互作用して水中の微粒子上に均一に吸着され(ハンターとリス1982)、その後に、微粒子本体の基質(マトリックス)にある難溶性の有機物や無機質にゆっくりと拡散していく(ピニャテッロとシン1996、ロペス=ガリンドほか2008)という吸着メカニズムがその根拠になると考えられる。
 われわれの計測値の大きさ(すなわち同位体分配の程度)は容易に説明できるものではないが、その結果は、その同位体(トリチウム)の主な源泉がトリチウム水であるような水性環境における他の種々の研究におけるトリチウムの測定値とかなり合致している。(しかしながら、吸着されたトリチウムの、したがってKDの、定義と量定は、必ずしも常に明確に規定されてはいないことに注意すべきである)。たとえば、南西イングランドのタマール川河口では、トリチウムは原子力潜水艦の修理工場から放出されている。そこでは、河口底の堆積物中および水中の報告されたトリチウム放射能量(英環境庁2003)から示されるKD値は、10をかなり上回っている。排水をアイリッシュ海に放出している核再処理工場の近傍では、対応する測定値からは、KD値はおよそ単位数量(すなわち1)が示唆されている(英国核燃料会社BNFL 2003)。英国南部イギリス海峡にある再処理工場の近傍では、生物相にある有機トリチウムと自由水トリチウムとの比は1を超えている(マッソンほか2005)。核施設のある仏ローヌ川下流の河口では、ゴンティエールほか(1992)の報告で、トリチウムの堆積物中での濃縮は10から100の間であり、正確な効果は堆積物中の有機物の含有量と(堆積物粒子の)粒径の逆数に関係していたとされる。ローヌ川の堆積物、さらに最近の測定値では核施設の上流の堆積物で、高い濃縮が持続していることが示された(ジャン=バプチストほか2007)。同論文の著者たちは、暫定的に、このような数値を「ホットパーティクル」[放射性微粒子とくにアルファ線放出核種を含有するもの(訳者)]の線源によるもの、おそらくは腕時計の生産工場と関連があるのではないか、と考えている。しかし、われわれの観測結果に基づけば、もう一つの説明は、水中の線源からの有機物を豊富に含む粒子へのトリチウムの吸着であろう。
 本研究で観測された微粒子の濃度効果(表3、図4も参照のこと)を前提し、水底に集積した堆積物内の微粒子濃度が106mg/L(100万mg/Lすなわち1000g/L)のオーダーにあるとすれば、われわれは、それぞれの環境の水底の上の水柱で、トリチウムのかなり高いKD値を予測できる。重要なことは、一見したところのトリチウムの保存性と水文学的トレーサーとしてそれが使用されている事実は、微粒子濃度効果と合致することである。KDと微粒子濃度との間の逆関係は、水相における放射能の変化を安定化させる緩衝器のように作用するからである(ターナーほか1999、ジョアンソンほか2001)。具体的には、logKD対log[微粒子濃度]の傾きが−1であれば、(トリチウムの)水中放射能量は微粒子濃度とはまったく独立に予測することができる(われわれが蓄積したプリム川のデータは図4に示したが、それによって規定された傾きは−0.6であった)。

図4

図4への注記:河口および海岸水域でトリチウム水として付加あるいは放出されたトリチウムに対する堆積物・水分配係数(KD)と粒子濃度との関係。プリム川のデータ(バルクのKD値として)は、河川水中に浮遊していた河口堆積物を使った個別の2つの実験(▲と◆)、および海水中に浮遊していた河口堆積物を使った1つの実験(●)に関するものである。回帰線は、河川水を使った実験のプールした結果を表している(n=4)。薄く塗られた部分は、アイリッシュ海、ローヌ川河口、タマール川河口にあった水底堆積物(堆積物微粒子物質SPMが106mg/L以下)のKD値の範囲を囲むものである(BNFL2003、ゴンティエ―ルほか1992、英国環境庁2003)。

 われわれの実験での測定値の正確な原因が何であれ、その結果が示しているのは、環境中にトリチウム水として放出されたトリチウムが、水生生物の食物連鎖に入り、その中で濃縮されていく可能性があるということである。C18カラムにより分離されるような、疎水性でかつ水溶性の(すなわち微粒子上の)トリチウム種が十分に小さく(103ダルトンDa[ダルトンは分子量の単位]未満で)しかも中性であるならば、粘膜・えら・表皮を通じた浸透により水中生物内でそれらのトリチウム種が蓄積する余地がある。トリチウム水を添加した海水中での海生のイガイを使った対照実験の結果、このメカニズムが重要であることが示された(ジャーほか2005)。堆積物に吸着したトリチウムは、酵素によって利用される可能性があり、トリチウムに汚染された微粒子を食物として摂取することは、トリチウムが食物連鎖に侵入するもう一つの経路となる。このようなメカニズムは、環境モニタリングプログラムの結果、トリチウム水として放出されたトリチウムに汚染された数多くの場所において、堆積物を食する生物における生物濃縮の存在が指摘されていることからも立証されている(ゴンティエールほか1992、英環境庁2001)。また、種々の濾過摂食生物[二枚貝、フジツボ、カキなど]が、生物による析出を通じて、微粒子トリチウムの地域的な蓄積を強化しているという証拠もある(ゴンティエールほか1992)。

   5.結論

 トリチウムは、トリチウム水として河川水や海水に放出されると、水に溶存する有機リガンドや水中を浮遊する微粒子との間で相互作用する。しかも、その相互作用の程度や範囲は、同位体交換を考慮した場合に予測されるレベルよりもかなり大きい。このような相互作用の原因は不明である。これまでも、トリチウムの基本的な放出形態がトリチウム水であるような環境において調査が行われてきたが、われわれの研究結果は、これらの調査結果と本質的に合致する。「トリチウムはもっぱらトリチウム水としてのみ現れ、したがって無限に溶解していく」という見解は、明らかに注意深く検討されなければならない。トリチウムが自然環境中の水に分配される概念と特質について、いっそうの研究が求められている。現在IAEAが勧告している単位数量(下位単位数量)あたりの分配係数と濃縮係数は、明確な定義に基づいて行われた測定結果によって立証されていない。それを採用し続けていくことについては再検討が必要であろう。



注記

注1)原題
Distribution of tritium in estuarine waters: the role of organic matter.
Turner A, Millward GE, Stemp M.
Journal of Environmental Radioactivity, Volume 100, Issue 10, October 2009, Pages 890-895
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19608308

注2)固相抽出については、アジレント・テクノロジーのサイト「固相抽出の基礎と選び方」や日本分光の「固相抽出(SPE)の基礎知識」などを参照した。
https://www.chem-agilent.com/pdf/low_5991-5543JAJP.pdf
https://www.jasco.co.jp/jpn/technique/topics/solid1.html

海流に乗るトリチウム汚染水 ティム・ディア=ジョーンズ 渡辺悦司訳

2018年11月


海流に乗るトリチウム汚染水
東京近海の太平洋沿岸まで汚染の可能性

ティム・ディア=ジョーンズ
渡辺悦司訳
DAYS JAPAN 2018年11月号(10月20日発売)所収記事の原論文




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海流に乗るトリチウム汚染水 東京近海の太平洋沿岸まで汚染の可能性(pdf,6ページ,186KB)


 ティム・ディア=ジョーンズ氏は、英国の海洋放射能の研究者・コンサルタント。英国原子力産業によって海に放出された海洋放射能の挙動とその必然的結果を集中的に研究して30年以上のキャリアがあります。今回、福島原発敷地内に溜められている高濃度トリチウム水を本州近海に投棄するという日本政府の計画に関してDays Japan誌に寄稿。同誌編集部の特別のご好意により、以下に同記事のベースとなった同氏の原論文の翻訳を皆さまに送付いたします。私見では、本論文は非常に重要な内容であり、トリチウムの海洋放出の危険性について、本論文を読むことなしに議論することは事実上できないと確信します。本論文には省略されている、トリチウムによる健康被害については、同誌掲載の河田昌東氏の記事に指摘があり、こちらも合わせてぜひお読みいただければ幸いです。公開を許諾していただいた同誌編集部に深謝すると共に、本翻訳が皆さまにもぜひ11月号をお買い求めいただく契機になれば紹介者・翻訳者として非常な光栄です。(渡辺悦司)


   計画されている福島事故原発からのトリチウム水放出

 原発事故の初期から、放射能に汚染された地下水と事故時に使用された緊急冷却水の残留水は、福島原発の敷地内に集められ、貯留されてきた。現在、約92万トンの放射能汚染水が蓄積され、およそ900基のタンクに貯蔵されている。国際原子力機関(IAEA)、日本の原子力規制委員会および東京電力は、汚染水を海洋に放出することによって、このますます積み上がる悩みの種から逃れようと圧力を強めている。
 しかし、そのような行動をとれば、漁業関連産業に深刻な経済的損害をもたらすだけでなく、貯留水に含まれることが明らかになっている、健康にとって有害な高濃度のトリチウムやその他の放射性核種に、沿岸住民とくに本州太平洋沿岸の住民を、被曝させることになるであろう。このように主張できる強固な根拠がある。
 核施設からの液体放射性廃棄物の海への放出が最初に認可された1950年代初め以来、「液体トリチウムの(トリチウム水としての)生物学的な重要度は低い」というのが、原子力産業の一種の信仰表明であった。
 この仮説が登場したのは原子力産業の歴史の初期である。当時は、あらゆる分野で基礎研究が不足していたので、海洋環境における放射能の挙動やその必然的結果に関する知見も、海洋にある種々の諸要因がどのように放射能一般の拡散と挙動に影響を及ぼすかについての理解も、極めて限られていた。
 原子力産業とその支持者たちは、今日にいたるまで、海洋環境でのトリチウムの挙動に関する科学的研究をほとんど行なっていない。だから、トリチウムについての彼らの仮説もまた、何十年ものあいだ問題視されることもなかったのである。
 しかし、1990年代以降、原子力産業の影響下にない独立の研究者たちの研究により、科学的で実証的な証拠が新たに解明されてきた。それは、原子力産業が長い間固守してきた仮定と全く相反する。日本の原子力規制当局と原子力産業は、IAEAの方針に沿って、明らかに、1990年代以降のこれらの研究を無視するという方針を選択した。
 1993年に、英国の査読のある専門誌は、環境中に放出されたトリチウムが、放出の「後に」環境中の有機物質に取り込まれると報告した。それは、植物性生物による光合成(トリチウム水と二酸化炭素からの炭水化物の合成)と産生された有機結合型トリチウム(有機トリチウム)が植生物の食用部分に移行する結果であるとした。さらに同誌は「有機トリチウムが・・・生体内にとどまる期間はトリチウム水より長期となり、したがって被曝線量の評価が重大な影響を受けることになる」と評価した。この研究はまた、有機トリチウムが、二つの食物経路を介して、すなわち、①一次的に有機トリチウムを産生する植物から、②食物連鎖のより高次のレベル(動物性食品)から、人体内に侵入してくると報告した。
 1999年までには、海洋放出トリチウムをモニタリングしていた英国の政府機関でさえ、調査をさらに積極的に進める姿勢を打ちだし、予防的な方向への論調が現れ始めた。英国の原子力規制機関の報告では、周辺の海水において全トリチウムの濃度が9.2Bq/kgから10Bq/kgの範囲にあったにもかかわらず、有機物を豊富に含む潮間堆積物(干潮と満潮の間の海岸の沈殿物)においては全トリチウム濃度は2,500Bq/kgのピークを示したケースが記載されていた。これは全トリチウム(有機トリチウムとトリチウム水の合計として)の生物濃縮の程度が極めて高いことを表していた。海水が打ち寄せることのある牧場では、牧草の有機トリチウム濃度は最高2,000Bq/kgに上ったという実測結果も報告された。有機トリチウムが、海岸に現存する種々の諸過程に影響されて、海から陸に移動する可能性が高いことが明らかに立証された。
 そのほか英国の研究では、現地の魚貝類に高レベルの有機トリチウムが存在することが報告された。最高値はタラで33,000Bq/kg、イガイで26,000Bq/kgであった。水鳥(カモ、ガンなど)では、有機トリチウムの濃度は、最低で2,400Bq/kg、「最高の数値は、ツクシガモで見つかり、トリチウム全体でおよそ61,000Bq/kgであった」(すなわち生物濃縮係数はおよそ6,000倍)。
 2001年のトリチウムの挙動に関する追跡調査では、トリチウムの最高濃度は、核施設の液体排水地点の近傍だけでなく「遠く離れた下流地点」でも観測された。この2001年の調査が見出したのは、トリチウムがトリチウム水として細胞の有機物質に取り込まれて有機トリチウムに変化するだけでなく、トリチウムと結合した食物を餌とする生物が、トリチウム水だけに被曝している生物よりも、速い速度で有機トリチウムを蓄積し、生物濃縮によっていっそう高い濃度に達することであった。
 2002年の研究では、英国の全海域をカバーした環境モニタリングの結果、以下の二点が実証されたことが報告された。①トリチウムに高度に汚染された海域に生息する魚介類のトリチウム濃度は、英国の他の(つまり海水トリチウム濃度の高くない)海域におけるよりも有意に高い。②海底生物と底生魚におけるトリチウムの生物濃縮は、まず最初に、堆積物中に生息する微生物および海底に生息する小型動物が有機トリチウムを摂取し続けて生物内にトリチウムが移行することを介して生じている。
 これに関連して観測されたのは、草食の生物種や外洋性の魚類のトリチウム濃度が、肉食動物と底生魚(海底あるいは海底近くに住む魚)より低かったことであった。この事実によりトリチウムが(有機トリチウムとして)実際に海と沿岸の食物連鎖を通して生物濃縮されていることが立証された。
 2009年の研究は査読を経て専門誌に掲載され、原子力産業の主張とは真逆のことを実験的に証明した。すなわち、トリチウムは環境中の有機物質に対して親和性があり、海洋環境での有機トリチウムの存在はこの親和性の作用を受けている。放出されたトリチウムは、海洋に放出された「後に」、海洋環境中にすでに存在する有機タンパク物質に対するトリチウムの親和性の結果として、有機物と結合するようになるのである。
 この研究結果は、海岸線沿いおよび沿岸海域で、海に流れ込む有機物質のレベルを高めるような条件がある場合とりわけ重要となる。つまり、海岸線が侵食されていたり、核物質以外でも廃棄物放出パイプラインがあったり、河口部からの河川の流れ込みがある場合、それらの近傍で海の有機物質濃度が高まるからである。福島の海岸と海流の下流領域(すなわち福島よりも南の太平洋に面した沿岸)には、沿岸海域にこのような有機物の流入源が数多く存在する。
 この2009年の研究は、英国で行われてきたいろいろな研究において「これらの特質がこれまで報告されて来なかった」ことに留意し、以下のように結論している。「トリチウムがもっぱらトリチウム水としてのみ存在し、したがって無限に希釈されるという見解は、明らかに注意深く検討されなければならない。自然の水の中でトリチウムが分配される機構や性質をさらに研究することが求められている。現在IAEAによって推奨されている単位数量(またはサブ単位数量)あたりの分配係数や濃縮係数は、明確に定義された測定結果に裏付けられておらず、その採用は再考を要するであろう。」
 査読のある科学雑誌では抑制された言葉遣いが通例である。その文脈で見たとき、この表現は、海洋放出されたトリチウムとその影響に関するIAEAと原子力産業の基本姿勢への強い批判を表すものである。研究の要約からはっきり見えてくるのは、海産物の消費者が有機トリチウムとしてのトリチウムへの被曝があるような場合、魚介類からの食事被曝があったことが明確に示唆されるだけでなく、人体内での有機トリチウムの生物濃縮もかなりの程度あった可能性も想定されることである。
 前述した研究から明らかなことがある。トリチウム水の挙動は水とほとんど同一であるので、水としてはおよそ10日で人体から排出される。しかし、有機分子と結合して有機トリチウムとなれば、それは長期間体内に滞留する可能性がある。その場合、体内滞留が長期化すれば、その期間中に放射能の摂取が繰り返されることとなり、生物濃縮の過程が促進される。しかも、有機トリチウムが高レベルで存在する場合、すでにかなりのレベルの生物濃縮も存在している可能性が高いので、魚介類食品の消費者にとっては食事を介した経路によってさらに高い被曝量がもたらされるであろう。
 イアン・フェアリー博士は、独立の研究者で英国を拠点に活動し、トリチウム被曝の危険性に関して幅広く論考を発表している。同氏によれば、現在の原子力産業および政府の基準は、有機トリチウムの真の危険性を過小評価しているという。フェアリー博士は、有機トリチウムの危険性については長く続く論争があるが、危険性が政府基準が認めているレベルよりも高いと考えている研究者が多いという。一部の政府機関、フランスの放射線防護原子力安全研究所(IRSN)でさえ、今や、これらの基準が不確実だと警告する報告書を公表している。フェアリー氏の確信するところでは、最近の研究調査結果を踏まえれば、有機トリチウムの被曝の危険度はトリチウム水と比較して少なくとも5倍にするべきであるという。
 福島原発からトリチウム水を海洋放出する計画にある重大な問題の一つは、その重要性に比してトリチウムの(いかなる形態のトリチウムについても)海洋環境における挙動と必然的結果に関して、ほとんど研究調査が行われていないという点である。
 これは、トリチウムは環境中で無限に希釈されていくので放射線学上の重要度は低いという当初の仮説に支配されているからである。トリチウムに関して必要なデータが不足している結果、政府・原子力産業から独立した研究は、同じように海水に溶解して、海水と同じようにふるまう、セシウム137など他の「可溶性」核種についての利用可能なデータから推定しなければならない。
 セシウム137など他の可溶性核種と同様に、「海洋の」トリチウム(また放出後に海洋環境中で生成する有機トリチウム)もまた、海から陸への拡散の過程で、陸上環境と食料用農産物を汚染する高い可能性があると考えなければならないのである。
 紙枚の関係で省略するが、セシウム137に関するデータは、ここまで述べてきたトリチウムの生物濃縮に関する結論を支持している。

   人間がトリチウムに被曝する複数の経路

 海洋放射能の海から陸への拡散に関するすべての利用できる証拠が強く示唆するのは、海洋放射能が波の飛沫や海洋エアロゾルなど大気中を運ばれる形で、少なくとも10マイル(約16キロメートル)の内陸に浸透して、食物連鎖に入る物質に沈着する可能性である。また、沿岸地帯住民にとっては、肺からの呼吸による被曝経路も強く示唆される。しかし、これらの点を、原子力産業と政府規制機関は今に到るまで調査しないままに放置している。
 人間にとって安全あるいは危険な「環境中の」トリチウムおよび有機トリチウムの量について、今まで多くの論考が書かれてきた。しかし、そのような論考はすべて仮定的でモデル化されたシナリオに基づいており、人体への影響に関する基本的な実証データが提示されることはなかった。私が現在まで調べたところでは、有機トリチウムがトリチウム水よりもはるかに深刻な影響を及ぼす可能性か高いことについてコンセンサスが広がりつつあるが、その論拠となるような、海洋放出トリチウムあるいは有機トリチウムが人体の全体系に与える影響に関する具体的な研究は見出すことができなかった。しかし、本論考においてすでに引用した動物での研究が強く示唆するように、沿岸の住民もまた、動物と同じように有機トリチウムの食物連鎖による高度の生物濃縮を受け、相当長期の反復する吸入被曝を受けている可能性がある。
 原子力産業は、海洋放射能が無限に希釈されて沿岸の住民と海洋の利用者(漁業者・船員など)に何らの脅威を与えないとの仮説を、長年にわたって主張してきた。だが、最近現れている新しい証拠はそのような仮説を否定している。海に放出されたトリチウムの脅威についても同じである。海洋放出されたトリチウムは、最近の研究が示唆するところでは、放射線被曝量を計測する上で重大な意味をもち、少なくとも海岸から10マイル(約16km)以内の陸上環境に住んでいる人々の被曝量は、①エアロゾル・波しぶき・水蒸気・高潮による海から陸への拡散などの環境的な諸過程と諸経路、②海洋および陸上で採れる食材の摂取による食事の諸経路、③呼吸による吸入経路によって与えられる。
 福島沖の海流が向かう南方向の海岸線の諸条件は、放出されたトリチウムと有機トリチウムによる沿岸住民の被曝を強力に促すものとなっている。つまり、海流の動きは最大の人口密集地帯に向いており、本州の太平洋岸における有機沈殿物の堆積は相対的に高いレベルにあり、年間を通じて繰り返しもたらされる周辺の気象状況は、陸方向に吹く風、季節特有の暴風雨、それによる沿岸の氾濫・高潮によって、砕ける大波の海岸線での挙動による海水飛沫やエアロゾルの生成を促進し、海から陸への放射能拡散を促しているからである。
 親潮と黒潮という二つの海流が、海洋汚染を移送し東日本の太平洋岸の沖合いにおいて混ぜ合わせる上で重要な影響を及ぼしている。通常、福島沿岸地域ではこれら二つのうち親潮がより支配的なものである。親潮は、南方向に流れる強力な海流で、冷たく栄養豊富な極地の海水を運んでおり、北から、本州の東海岸沖の全線を通って、南は東京の近くまで流れ、そこで黒潮と出会う。親潮には有機物が豊富に含まれるので、トリチウム水が親潮に放出された場合、有機トリチウムの形成が促進されることになろう。
 黒潮は本州の南の海岸に沿って東および北に熱帯の温かい水を運び、その後親潮と衝突して合体する。合体した二つの海流は、その後、東および北東に向きを変え、日本の海岸から離れて、北太平洋海流として太平洋を流れる。福島原発事故以来、北太平洋海流は、放射性物質を日本から北アメリカに運ぶ可能性があるため、大いに注目されてきた。福島事故により海洋に放出されたセシウム137の研究の結果、放射能が北太平洋海流によって実際にカナダの大陸棚海域に運ばれたことが立証された。環境中のセシウム濃度は事故から約二年以内に事故前の二倍となるレベルに上昇した。
 事故を起こした福島原発からは、事故後もトリチウム水の放出が続いているが、定量的な測定はなされていない。このことと連動して、海洋と沿岸地帯のトリチウムについて詳細で広範囲にわたる調査も報告もまったく行われていない。太平洋沿岸の海水、野生生物と海産食品、潮間環境、沿岸地帯の陸上環境や住民などについても未調査である。今までに放出されたトリチウムによっては海岸地帯に住む住民の被曝は「なかった」とする主張には、すべて、重大なデータの欠落があり立証がなされていない。このような状況下で、非常に大量かつ高濃度の貯留トリチウム水を、極めて大量の放射能が含まれると推定されているにもかかわらず放出するという今回の計画は、まさしく禁忌(決して行ってはならない処方)である。このことは明確である。
 私は、海洋放射能の分野での30年以上の研究に基づき、強い確信を持って以下の結論に達しないわけにはいかない。すなわち、福島から海流の流れる下流の沿岸住民は、食事による摂取から、海産食品と陸上農産物から、トリチウム水および有機トリチウムとしてのトリチウムに被曝し、海洋および沿岸の「危機的住民集団」となる危険性が高い。海から陸への拡散により空気中を運ばれるトリチウムおよび有機トリチウムを吸入してその放射能に被曝する可能性のある住民もまた、福島事故による「危機的沿岸住民集団」となることがが強く示唆されている。
 トリチウムの危険性についての科学的な証拠が明らかになる中で、前述したように重要データが提示されないまま90万トンを超える高濃度のトリチウム水の放出が計画されている状況の中で、私は結論せざるを得ない。この計画には、科学的な厳密さも正当性もなく、本州海岸部(福島からの海流の下流側)および陸上部の沿岸地帯住民が被るであろう被曝の健康影響に対してあまりにも無責任である、と。

トリチウムを含む福島原発放射性廃液の海洋投棄に反対する決議

2018年07月

トリチウムを含む福島原発放射性廃液の海洋投棄に反対する決議

市民と科学者の内部被曝問題研究会有志及び内部被曝を憂慮する市民と科学者


2018年7月20日


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トリチウムを含む福島原発放射性廃液の海洋投棄に反対する決議(pdf,4ページ,231KB)


福島原発事故によるトリチウム総量は約3400兆ベクレル、2014年3月でタンク貯留水中に830兆ベクレルのトリチウムがあると発表されている。この膨大な放射性廃液はその後も増加する一方である。そのため、漁連などの反対運動の隙があれば、政府・東電はトリチウムを含む福島原発事故廃液の処理・処分として、それを希釈して海洋に投棄しようとしてきた。現在、ここに至っていよいよ政府は海洋投棄の実施に踏み切ろうとしている。原子力規制委員会の更田豊志委員長は規制するどころか海洋投棄を提唱し、先導している。
我々は以下の理由で放射性廃液を海洋に投棄することは決してすべきでないと考える。

1.トリチウムは生命・健康への危険性が少ないと誤解されているが非常に危険な放射性物質である。なぜなら、人体の大部分を占める通常の水と化学的に区別がつかず、生体のあらゆる場所に取り込まれ、内部から被曝させ、活性酸素等を介して間接的に細胞膜やミトコンドリアを破壊する。また、直接的に遺伝子、DNAの化学結合を切断する。トリチウム特有の危険性として遺伝子の水素原子とトリチウムが入れ替わるとベータ(β)崩壊でトリチウムがヘリウムに変わることによって遺伝子の化学結合が切断される。
植物は炭酸同化作用によって水と炭酸ガスからでんぷんを作る。このでんぷんの水素原子がトリチウムに変わることによって有機トリチウムが形成され、動植物や人間が体の一部としてその有機トリチウムを長期間取り込み、内部被曝する。

2.このようにして、原発から放出されたトリチウムによって玄海原発周辺の住民の白血病の増加、世界各国の再処理工場周辺の小児白血病の増加、原発周辺の小児がんの増加等が報告されている。現実に被害が発生しているのである。

3.たとえ、希釈して海洋投棄されたとしても食物連鎖などの生態系を通じて濃縮される。さらに気化してトリチウムを含む水蒸気や水素ガスなどとなって陸地に戻り、環境中を循環する可能性がある。希釈すれば安全というのは過去に多くの公害問題でくりかえされた誤りであり、環境に放出される総量こそ問題である。それ故、放射性物質や有害物質は徹底的に閉じ込め生態系から隔離することが公害問題では唯一正しい原則的な対応である。

以上のようにトリチウムは半減期が12年と長く、長期にわたって環境を破壊する。生体の大部分を、さらに遺伝子をも構成する水素の同位体であるから、希釈して投棄して安全とは言えない。それ故、トリチウムの海洋投棄を決して行わないよう政府・原子力規制委員会に強く要請する。


決議賛同者氏名 

市民と科学者の内部被曝問題研究会有志及び内部被曝を憂慮する市民と科学者
10月29日現在

個人
淡川典子、青木幸雄、青柳行信、荒井康裕、上里恵子、吾郷健二、吾郷成子、
阿部毅、阿部 健太郎、阿部めぐみ、有田武生、アントニオ弓削、池田 慈、池村奈津子、
石野はるみ、石岡敬三、石川隆之、石下直子、石田悟、石田紀郎、石田祐三、
石堂太郎、伊集院真知子、泉 和代、市川澄夫、伊藤和子、伊藤廣昭、稲垣博美、
稲垣睿、稲村 守、乾喜美子、入江紀夫、印南敏夫、今田裕作、岩田深雪、
上野益徳、上野祥子、魚住 公成、魚住 優子、内田千可史、内海洋一、宇野朗子、
浦谷 利江、衛藤 英二、遠藤順子、エンリー・マギー、及川洋子、大倉純子、大倉弘之、岡田俊子、小笠原信、小木曽茂子、大島建男、大竹進、大沼淳一、大見哲巨、
大和田幸嗣、大湾宗則、岡山邦子、岡山伸一、岡山文人、奥村 榮、奥森祥陽、
尾崎一彦、尾崎憲正、尾崎宗璋、長田満江、小張佐恵子、落合栄一郎、落合祥堯、
小田切 豊、小野寺晶、小野英喜、折原利男、葛西敦子、柏木幸雄、柏木美千代、
片岡光男、勝部明、加藤 能子、兼平 薫、川崎陽子、川添 務、河原よしみ、
木次昭宏、北上雅能、北野庄次、木原和子、木村千亜紀、許照美、日下部信雄、
くじゅうのりこ、熊谷まき、熊崎実佳、黒河内繁美、黒田節子、黒田レオン、黒田ローザ、桑門宏行、鍬野保雄、權 龍夫、小泉眞理子、国分 天、小柴信子、児玉順一、
小橋かおる、後藤五月、小林立雄、小林久公、小林 和彦、小林初恵、小針修子、
小東ゆかり、小宮市郎、古村一雄、小山潔、コリン・コバヤシ、今 正則、近藤 務、
近藤宣子、今野 寿美雄、斉藤さちこ、齊藤智子、佐久間む津美、佐田 徹、佐藤和利、
佐藤京子、佐藤大介、佐藤文雄、佐原若子、澤田昭二、茂田初江、茂田敏夫、
志田弘子、しばた圭子、嶋田美子、島安治、清水美智子、下澤陽子、下館洋子、
下山久美子、庄司善哉、白井 健雄 、白鳥紀一、菅原佐喜雄、杉田くるみ、杉野恵一、
鈴木則雄、鈴木紀雄、鈴木伸幸、砂川正弘、清木和義、高石 昭、睫斛柁、
高木 伸、高階喜代恵、高瀬光代、高橋精巧、高橋武三、高崎 洋子、眈祥昌、
谷崎嘉治、滝本 健、田口弘子、竹内育子、竹添みち子、竹浪純、田代真人、
橘 優子、舘澤みゆき、田中章子、田中一郎、田中和恵、田中清、田中慶子、
田平正子、玉城 豊、辻 陽子、辻本 誠、土屋 直宏、哲野イサク、寺尾光身、
友田シズエ、外谷悦夫、冨田孝正、中川悦子、中川慶子、中川洋子、中沢浩二、
長尾高弘、長澤民衣、中須賀 徳行、永田文夫、名出真一、中西 綾子、中村由紀男、
那須圭子、奈良本英佑、難波希美子、西尾正道、西川生子、西川隆善、西里扶甬子、
西山龍之、二瓶一夫、根岸貴通、根本 勘、野口幹夫、野村修身、萩原正子、
萩原ゆきみ、波嵯栄総子、橋爪亮子、橋本恵美、長谷川昭一、馬場利子、林敬次、
原田二三子、平佐公敏、平野良一、廣田 恭子、福島敦子、藤井隼人、藤井弘子、藤原寿和、舩冨和枝、フォーク者イサジ式、星川まり、堀江みゆき、松井英介、松井和子、
松岡由香子、松尾美絵、松沢哲成、松久寛、松本理花、三浦翠、見形プララットかおり,
三上幸子,三澤泰幸、水鳥方義、水野千春、水野康子,水戸喜世子、宮尾 素子、
宮口高枝、宮嵜やゆみ、宮下京子、宮永崇史、向平恵子、向平真、三ツ林安治、
三室勇、武笠紀子、望月逸子、森下育代、森田眞理、守田敏也、森野潤、
矢ケ崎克馬、八木和美、梁取洋夫、矢野勝敏、山岡あきこ、山岸康男、山口サエ子、
山崎清、山崎知行、山崎正彦、山下優子、山田五十鈴、山田清彦、山田耕作、
山田勝暉、山田信太郎、山田敏正、山田 誠、山本清子、山本英彦、横山恵子、
横山義弘、横山由美子、吉田明生、吉田恵子、吉田素直、吉田千佳子、吉田若子、
米澤鐡志、わしおとよ、渡辺悦司、渡辺典子、渡辺眞知子、和田千重、
293名

Dorothy Anderson、Ellen Atkinson、Kim Atkinson、Frank Belcastro, Richard Booth,
クリス・バズビー/Cristopher Busby, Patrick Bosold, ノーマ・フィールド/Norma Field、チェイス洋子/Yoko Chase, Adam Broinowski、Thomas Cannon, Anneke Corbett、Cara Campbell, John Dunn, Kathy Durrum,  Matt Eager,  Nancy Lee Farrell、 Jane Feldman,  Tom Ferguson、Jeff French、 Roxanne Friedenfels, Deb Fritzler、Rachel Fulcher、Subrata Ghoshroy、Mark M Giese、Stephen Gliva 、Steven Goldman 、 Norda Gromoll, Maureen K. Headington、Elaine Holder, Carol Jagiello, 
Annette Jacobson、Marylia Kelley、Ellen Koivisto, Cheryl Kozanitas, Don Light, Victor Lau, Sandra Malasky Victor Lau, Don L. John Liss, Andy Lupenko、
Martha E. Martin, Meg Mazzeo、Susann McCarthy、Gary Michael、Susan Monaster、Bernardo Alayza Mujica、Nancy Neumann、Tom Nieland、Sharon Nolting、
Patricia Orlinski , Allison Ostrer, Carol Joan Patterson、Judi Poulson,
Oscar Revilla, Mary Rojeski, Mark D. Stansbery、Sister Gladys Schmitz,
Forest Shomer、Gerritt and Elizabeth Baker-Smith, Jaune Smith, Edh Stanley、
Bob Stuart, James Talbot, Nick Thabit、 Sharon Torrisi, Dennis Trembly,
Mary A. Vorachek, Jody Weisenfeld 、 Carolyn Whiting、 Woofwow、
73 293+73=366
366 Individuals:

団体
明日は我が身のフクシマ実行委員会、我孫子の子どもたちを放射能汚染から守る会
エナガの会(戦争しないさせない市民の会・柏)、太田川ダム研究会、
オールターナティブズ、核燃から郷土を守る上十三地方住民連絡会議、
核燃を考える住民の会、京都脱原発原告団、
クライストチャーチの風 、原発いらない牛久の会、
原発いらん!山口ネットワーク、原発止めよう! 東葛の会、
原発の危険性を考える宝塚の会、さよなら原発神戸アクション、
三陸の海を放射能から守る岩手の会、静岡放射能汚染測定室、  
常総生活協同組合、常総生協・脱原発とくらし見直し委員会、
白井子どもの放射線問題を考える会、全国金属機械労働組合港合同アート・アド分会、
脱原発はりまアクション、脱被ばく実現ネット、
ティナラク織の会「カフティ」、とりで生活者ネットワーク, 
日伊の架橋−朋・アミーチ、東日本大震災被災者支援千葉西部ネット、
常陸24条の会、福島応援プロジェクト茨城、
放射線量測定室・多摩、 放射能NO!ネットワーク取手、
放射能からこどもを守ろう関東ネット、放射線から子どもたちを守る三郷連絡会、
民間福島事故収束委員会(57名)、よそものネット・フランス、
Nuclear Energy Information Service, JAN (Japanese Against Nuclear) UK、
Nukewatch、 Sayonara Nukes Berlin、
Stand Up/Save Lives Campaign、Nuclear Watch South、 
Beyond Nuclear、
41団体


賛同していただける方は山田 kosakuyamadaアットマークyahoo.co.jp まで<アットマークを@に変えて>メールください。

A Resolution Against the Ocean Dumping of Radioactive Tritium-contaminated Waste Water From the Fukushima Nuclear Power Plant

July,2018


A Resolution Against the Ocean Dumping of Radioactive Tritium-contaminated Waste Water From the Fukushima Nuclear Power Plant




Members of the Association for Citizens and Scientists Concerned about Internal Radiation Exposures (ACSIR) and citizens and scientists who are concerned about internal radiation exposure

July 20, 2018


〖You can download this resolution from here.〗
A Resolution Against the Ocean Dumping of Radioactive Tritium-contaminated Waste Water From the Fukushima Nuclear Power Plant(pdf,5pages,213KB)


It was announced in March, 2014, that in the defunct Fukushima Nuclear Power Plant there was a total of approximately 3,400 trillion becquerels of tritium, with 830 trillion becquerels stored in tanks. This enormous amount of radioactive waste water has still continued to increase since then. In these circumstances, the Japanese government and Tokyo Electric Power Company Ltd. (TEPCO), in their efforts to find an easy way to dispose of the tritium-contaminated waste water created by the Fukushima nuclear disaster, have been trying to dilute and dump it into the ocean. They have been watching for an unguarded moment among the opposition movements, such as fishery cooperatives. Now they are about to finally decide to implement the ocean dumping plan. Far from regulating such activities, Toyoshi Fuketa, the chairman of the Nuclear Regulatory Authority has been championing this plan.
We are determined that the Japanese government and TEPCO shall never dump the radioactive waste water into the ocean for the following reasons:

1. Generally misunderstood as posing little risk to life and health, tritium is an extremely hazardous radioactive material. This is because organisms are not able to chemically distinguish tritium water from the normal water which composes most of the human body. This means that tritium can invade any part of the human body, irradiating it from inside; therefore, tritium can damage cell membranes and mitochondria in cells, indirectly through reactive oxygen species (ROS) and other radicals generated in irradiation. Tritium decay can directly cut chemical bonds of genomes or DNA strands. The risk peculiar to tritium is that if some hydrogen atoms which make up the genomes are replaced with tritium, the beta decay of the tritium into helium will cut off the chemical bonds of the genome.
Plants produce starch from water and carbon dioxide gas by using photosynthesis. Some of hydrogen atoms in this starch can be replaced with tritium, forming organic tritium, which animals, plants and human beings absorb into their bodies over the long term, causing internal radiation.

2. With reference to the tritium released by various nuclear facilities, reports indicate a number of findings including: an increased incidence of leukemia among those living around the Genkai Nuclear Power Plant; an increased incidence of infant leukemia around nuclear reprocessing plants all over the world; and an increased incidence of child cancers around nuclear power plants. Real damage has already occurred.

3. Tritium, even if diluted and dumped into the ocean, will become concentrated again through aspects of the ecosystem such as food chains. Furthermore, tritium will vaporize into tritium-containing moisture or hydrogen gas only to return to the land and eventually circulate within the environment. The idea that dilution ensures safety has caused fatal blunders to be repeated in many environmental pollution cases in the past, the vital factor being the total quantity released into the environment. Therefore, as far as environmental pollution problems are concerned, the only righteous and principled policy is to thoroughly confine and isolate radioactive materials or toxic substances from the ecosystem.
As tritium has a long half-life of 12 years, it destroys the environment over the long term. Tritium is an isotope of hydrogen which constitutes not only most of the living body but also its genes, so tritium disposal via dilution cannot be safe. Thus, we strongly urge the Japanese government and the Nuclear Regulatory Authority never to dump tritium into the ocean.



The resolution assenters:
As of October 29

Individuals:

淡川典子、青木幸雄、青柳行信、荒井康裕、上里恵子、吾郷健二、吾郷成子、
阿部毅、阿部 健太郎、阿部めぐみ、有田武生、アントニオ弓削、池田 慈、池村奈津子、
石野はるみ、石岡敬三、石川隆之、石下直子、石田悟、石田紀郎、石田祐三、
石堂太郎、伊集院真知子、泉 和代、市川澄夫、伊藤和子、伊藤廣昭、稲垣博美、
稲垣睿、稲村 守、乾喜美子、入江紀夫、印南敏夫、今田裕作、岩田深雪、
上野益徳、上野祥子、魚住 公成、魚住 優子、内田千可史、内海洋一、宇野朗子、
浦谷 利江、衛藤 英二、遠藤順子、エンリー・マギー、及川洋子、大倉純子、大倉弘之、岡田俊子、小笠原信、小木曽茂子、大島建男、大竹進、大沼淳一、大見哲巨、
大和田幸嗣、大湾宗則、岡山邦子、岡山伸一、岡山文人、奥村 榮、奥森祥陽、
尾崎一彦、尾崎憲正、尾崎宗璋、長田満江、小張佐恵子、落合栄一郎、落合祥堯、
小田切 豊、小野寺晶、小野英喜、折原利男、葛西敦子、柏木幸雄、柏木美千代、
片岡光男、勝部明、加藤 能子、兼平 薫、川崎陽子、川添 務、河原よしみ、
木次昭宏、北上雅能、北野庄次、木原和子、木村千亜紀、許照美、日下部信雄、
くじゅうのりこ、熊谷まき、熊崎実佳、黒河内繁美、黒田節子、黒田レオン、黒田ローザ、桑門宏行、鍬野保雄、權 龍夫、小泉眞理子、国分 天、小柴信子、児玉順一、
小橋かおる、後藤五月、小林立雄、小林久公、小林 和彦、小林初恵、小針修子、
小東ゆかり、小宮市郎、古村一雄、小山潔、コリン・コバヤシ、今 正則、近藤 務、
近藤宣子、今野 寿美雄、斉藤さちこ、齊藤智子、佐久間む津美、佐田 徹、佐藤和利、
佐藤京子、佐藤大介、佐藤文雄、佐原若子、澤田昭二、茂田初江、茂田敏夫、
志田弘子、しばた圭子、嶋田美子、島安治、清水美智子、下澤陽子、下館洋子、
下山久美子、庄司善哉、白井 健雄 、白鳥紀一、菅原佐喜雄、杉田くるみ、杉野恵一、
鈴木則雄、鈴木紀雄、鈴木伸幸、砂川正弘、清木和義、高石 昭、睫斛柁、
高木 伸、高階喜代恵、高瀬光代、高橋精巧、高橋武三、高崎 洋子、眈祥昌、
谷崎嘉治、滝本 健、田口弘子、竹内育子、竹添みち子、竹浪純、田代真人、
橘 優子、舘澤みゆき、田中章子、田中一郎、田中和恵、田中清、田中慶子、
田平正子、玉城 豊、辻 陽子、辻本 誠、土屋 直宏、哲野イサク、寺尾光身、
友田シズエ、外谷悦夫、冨田孝正、中川悦子、中川慶子、中川洋子、中沢浩二、
長尾高弘、長澤民衣、中須賀 徳行、永田文夫、名出真一、中西 綾子、中村由紀男、
那須圭子、奈良本英佑、難波希美子、西尾正道、西川生子、西川隆善、西里扶甬子、
西山龍之、二瓶一夫、根岸貴通、根本 勘、野口幹夫、野村修身、萩原正子、
萩原ゆきみ、波嵯栄総子、橋爪亮子、橋本恵美、長谷川昭一、馬場利子、林敬次、
原田二三子、平佐公敏、平野良一、廣田 恭子、福島敦子、藤井隼人、藤井弘子、藤原寿和、舩冨和枝、フォーク者イサジ式、星川まり、堀江みゆき、松井英介、松井和子、
松岡由香子、松尾美絵、松沢哲成、松久寛、松本理花、三浦翠、見形プララットかおり,
三上幸子,三澤泰幸、水鳥方義、水野千春、水野康子,水戸喜世子、宮尾 素子、
宮口高枝、宮嵜やゆみ、宮下京子、宮永崇史、向平恵子、向平真、三ツ林安治、
三室勇、武笠紀子、望月逸子、森下育代、森田眞理、守田敏也、森野潤、
矢ケ崎克馬、八木和美、梁取洋夫、矢野勝敏、山岡あきこ、山岸康男、山口サエ子、
山崎清、山崎知行、山崎正彦、山下優子、山田五十鈴、山田清彦、山田耕作、
山田勝暉、山田信太郎、山田敏正、山田 誠、山本清子、山本英彦、横山恵子、
横山義弘、横山由美子、吉田明生、吉田恵子、吉田素直、吉田千佳子、吉田若子、
米澤鐡志、わしおとよ、渡辺悦司、渡辺典子、渡辺眞知子、和田千重、
293

Dorothy Anderson、Ellen Atkinson、Kim Atkinson、Frank Belcastro, Richard Booth,
クリス・バズビー/Cristopher Busby, Patrick Bosold, ノーマ・フィールド/Norma Field、チェイス洋子/Yoko Chase, Adam Broinowski、Thomas Cannon, Anneke Corbett、Cara Campbell, John Dunn, Kathy Durrum,  Matt Eager,  Nancy Lee Farrell、 Jane Feldman,  Tom Ferguson、Jeff French、 Roxanne Friedenfels, Deb Fritzler、Rachel Fulcher、Subrata Ghoshroy、Mark M Giese、Stephen Gliva 、Steven Goldman 、 Norda Gromoll, Maureen K. Headington、Elaine Holder, Carol Jagiello, 
Annette Jacobson、Marylia Kelley、Ellen Koivisto, Cheryl Kozanitas, Don Light, Victor Lau, Sandra Malasky Victor Lau, Don L. John Liss, Andy Lupenko、
Martha E. Martin, Meg Mazzeo、Susann McCarthy、Gary Michael、Susan Monaster、Bernardo Alayza Mujica、Nancy Neumann、Tom Nieland、Sharon Nolting、
Patricia Orlinski , Allison Ostrer, Carol Joan Patterson、Judi Poulson,
Oscar Revilla, Mary Rojeski, Mark D. Stansbery、Sister Gladys Schmitz,
Forest Shomer、Gerritt and Elizabeth Baker-Smith, Jaune Smith, Edh Stanley、
Bob Stuart, James Talbot, Nick Thabit、 Sharon Torrisi, Dennis Trembly,
Mary A. Vorachek, Jody Weisenfeld 、 Carolyn Whiting、 Woofwow、
73 293+73=366

366 Individuals:


Organizations:
明日は我が身のフクシマ実行委員会、我孫子の子どもたちを放射能汚染から守る会
エナガの会(戦争しないさせない市民の会・柏)、太田川ダム研究会、
オールターナティブズ、核燃から郷土を守る上十三地方住民連絡会議、
核燃を考える住民の会、京都脱原発原告団、
クライストチャーチの風 、原発いらない牛久の会、
原発いらん!山口ネットワーク、原発止めよう! 東葛の会、
原発の危険性を考える宝塚の会、さよなら原発神戸アクション、
三陸の海を放射能から守る岩手の会、静岡放射能汚染測定室、  
常総生活協同組合、常総生協・脱原発とくらし見直し委員会、
白井子どもの放射線問題を考える会、全国金属機械労働組合港合同アート・アド分会、
脱原発はりまアクション、脱被ばく実現ネット、
ティナラク織の会「カフティ」、とりで生活者ネットワーク, 
日伊の架橋−朋・アミーチ、東日本大震災被災者支援千葉西部ネット、
常陸24条の会、福島応援プロジェクト茨城、
放射線量測定室・多摩、 放射能NO!ネットワーク取手、
放射能からこどもを守ろう関東ネット、放射線から子どもたちを守る三郷連絡会、
民間福島事故収束委員会(57名)、よそものネット・フランス、
Nuclear Energy Information Service, JAN (Japanese Against Nuclear) UK、
Nukewatch、 Sayonara Nukes Berlin、
Stand Up/Save Lives Campaign、Nuclear Watch South、 
Beyond Nuclear、
41Organizations:

 
If you agree with this resolution, please e-mail to Kosaku Yamada.
Address: kosakuyamada@yahoo.co.jp.



ウソに塗り固められた 復興庁パンフ『放射線のホント』ミニパンフ版 渡辺悦司

2018年06月


ウソに塗り固められた

復興庁パンフ『放射線のホント』

ミニパンフ版



市民と科学者の内部被曝問題研究会会員 渡辺悦司
2018年6月20日



〖ここからダウンロードできます〗
ウソに塗り固められた復興庁パンフ『放射線のホント』ミニパンフ版(pdf,9ページ,1308KB)


 政府は、放射線被曝についての子供・生徒向けのパンフレットを公表している。復興庁パンフ『放射線のホント』だ。マンガも交えて主張されているのは次の10項目。全て偽りである。


パンフレットの表紙


   「子供だまし」の10項目、嘘は子供にもにもわかるはず

 1.「放射線はふだんから身の回りにあり、ゼロにはできない」(復興庁)――だからといって追加して被曝しても「安全」という結論にはならない。
 2.「放射線は移らない」(復興庁)――放射性物質、放射性微粒子は、見えない細菌やウイルスと同じように、呼吸や皮膚から、食べた食品から「移ってくる」。
 3.「放射線の影響は遺伝しない」(復興庁)――嘘。政府が依拠している国連科学委員会の報告や国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告でさえ、遺伝的影響が「ある」あるいは「ある可能性が高い」ことを認めている。
 4.「放射線の健康への影響はある・なしでなく量が問題」(復興庁)――問題のすり替え。被曝すれば影響や被害は「ある」のが国際的コンセンサス。
 5.「100〜200ミリシーベルトの被曝での発がんリスクの増加は、野菜不足や塩分の取り過ぎと同じくらい」(復興庁)――詐欺的なトリックである。以下に検討する。
 6.「福島原発事故の放射線で健康に影響が出たとは証明されていない」(復興庁)――本来健康影響の「証明」は数十年間・数世代観察したデータに基づいてのみ可能である。今から「証明されていない」と断定することははっきりデマである。
 7.「国連科学委員会の報告書では東電の福島原発事故で亡くなったり、重い症状となったり、髪の毛が抜けたりした人はおらず、今後のがんの増加も予想されず、また多数の甲状腺がんの発生を福島では考える必要はないと評価されている」(復興庁)――国連の権威を持ち出そうと嘘は嘘である。事故当時の吉田昌郎所長はがんにより「亡くなった」。「脱毛」は現実に多くの子どもに現れた。体験済みのことだ。福島における子どもの「甲状腺がん」の多発は疫学的に証明されている。
 8.「福島原発事故で空気中に放出された放射性物質の量はチェルノブイリの1/7。また、避難指示や出荷制限など事故後の速やかな対応によって、体の中に取り込まれた量もずっと少なかった」(復興庁)――嘘。放出量は国際基準INESによればほとんど変わらない。また、もし1/7としても、1/7の被害は当然想定される。1/7からは被害が「ゼロ」は出てこない。
 9.「福島県内の主要都市の放射線量は事故後7年で大幅に低下し、国内外の主要都市と変わらないくらいになった」(復興庁)――嘘。モニタリングポストの表示値は人為的に半分程度に操作されている可能性があるが、それでも福島県各都市の線量が今だに高いことは明らかである。また低下したとしても、過去に被曝した人体影響は消すことができない。

復興庁パンフに掲載された福島の空間線量




文部科学省による福島原発事故前の全国各地の空間線量(現在ネットから削除されている)


 10.「日本は世界で最も厳しいレベルの基準を設定して食品や飲料水の検査をしており、基準を超えた場合は売り場に出ないようになっている」(復興庁)――嘘。日本では主食のコメは100ベクレル/kgだがウクライナのパンは20ベクレル/kg。日本は飲料水が10ベクレル/kgだが、ウクライナは2ベクレル/kg。日本の基準は高すぎるのである。


  100〜200mSvの被曝は野菜不足程度ってホント?

 この比較にはトリックがある。比較するリスクの期間が5倍も違うのである。元となった国立がん研究センターの表では、野菜不足や塩分の取り過ぎは「10年間」継続した場合のリスクと明記されている。放射線は1回の被曝量による生涯期間「50年間」のがん発生・致死リスクである。




[元の表:生活習慣因子は10年間に対するリスクと下の注で明記されている]


 野菜不足のリスクを放射線被曝リスクと同じ50年に換算(5倍)した場合、そのリスクは最大で1Sv(=Gy)相当となり「致死量」に達する(表参照)。数ヵ月以内の10%未満致死量の下限値だ。喫煙や大量飲酒では、2ヵ月以内の半数致死量に達し、両方する人は2週間以内の全員致死量になってしまう。つまり、比較の枠組み自体、辻褄が合わない。反対に放射線リスクの恐るべき深刻さが示されているのだ。




  復興庁パンフの主張が実現したら何が起こるか?

 復興庁パンフの意味は、その意図するところが実現し、日本の生徒たちも大人たちも皆この復興庁パンフを信じ、放射線に被曝しても「安全安心」と考え、被曝を恐れなくなったとしたら、いったい何が起こるかを考えれば明らかだ。 
 この問題には重要な意味がある。復興庁パンフは、①大規模再稼働などにより起こることが想定されている「次の」原発重大事故に向けての準備であり、②放射能で汚染された除染残土や廃炉廃棄物の再利用を全国で進めるための宣伝であり、①アメリカと一体となった「使える核兵器」による核戦争に向けての準備だからだ。
 原子力規制委員会の更田豊志委員長は、一般住民の年間1mSv基準を、現行の空間線量に換算して毎時0.23?Svから、毎時1?Svに解釈改訂し、4倍に引き上げようとしている。年間被曝量で8.32mSvである。
 この線量なら日本の全人口約1億2600万人が被曝しても容認されるという主張だ。政府・放医研のリスク係数(1万人・Svあたり426〜1460件のがん死)によれば、およそ5万〜15万人の過剰な死者が1年間の被曝に対して生じる想定になる。生涯期間50年間では230万人〜770万人。つまり、日中・太平洋戦争での公式戦没者数240万人に匹敵するか大きく越える想定だ。



 これはがんだけであり、大きな過小評価だが、それでも、自国の住民の見えざる大量殺戮、全般的健康状態の悪化、人口の再生産の破壊という破滅的な結果を十分示唆している。

  避難とチェルノブイリ法日本版の制定へ

 国連科学委員会は、米ロ中英仏など核大国グループの下請組織であり、元来核実験の被害を過小評価するために設立された核開発・原発推進のための機関である。チェルノブイリ事故の際も「被害は全くない」と勧告し、当時のソ連政府に住民防護対策を取らないよてうに促し、被曝被害の拡大を促した。社会主義の崩壊を健康・人口面から促進した。いま、同じ工作を競争相手としての日本に対して行っている。チェルノブイリ事故の当事国はそれに気づき、住民運動の圧力の下、住民を防護するための「チェルノブイリ法」を制定した。事故から5年後だ。日本政府は、愚かにも国連科学委員会に追従し、住民の汚染地域への帰還や全国への被曝被害の拡散を意図的に推進している。避難とチェルノブイリ法日本版の制定以外に生き残る道はない。


注記:これは山田耕作氏との共著「ウソで塗り固めた復興庁パンフ『放射線のホント』」をベースとして、渡辺悦司が要約したものである。原論文について、ぜひ以下も参照されたい。
http://blog.torikaesu.net/?eid=74
http://nukecheck.namaste.jp/pdf/180524yamada&watanabe.pdf

ウソで塗り固めた復興庁パンフ『放射線のホント』 山田耕作、渡辺悦司

2018年05月

ウソで塗り固めた復興庁パンフ『放射線のホント』

山田耕作、渡辺悦司
2018年5月24日



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ウソで塗り固めた復興庁パンフ『放射線のホント』(pdf,11ページ,561KB)


  はじめに

 安倍政権は最近、放射線被曝に関連して以下の子ども向け・一般向けのパンフレットを公表している。

  A.復興庁パンフ『放射線のホント』
  http://www.fukko-pr.reconstruction.go.jp/2017/senryaku/pdf/0313houshasen_no_honto.pdf
  B.特集『マンガで学ぶ放射線のホントの話』
  https://www.gov-online.go.jp/tokusyu/fukko_tohoku/index.html

 これらにおいては、ほぼ同じ内容がマンガも交えて提示されている。以下、上の両文書を「復興庁パンフ」と呼び、問題点を順に明らかにする。

 政府の主張は次の10項目であるという。これらの主張は、われわれがすでに批判した3つの文献(日本学術会議「子ども被ばく」報告書、野口邦和ら『しあわせになるための「福島差別論」』、復興庁「風評払拭強化戦略」)の要点を整理し単純化し一面化したものである。偽りに基づき、子供にも「被曝の安全性」を信じこませようとする危険なものである。


  政府の言う「放射線10のポイントと大切なこと」

1.放射線はふだんから身の回りにあり、ゼロにはできません。
2.放射線は移りません。
3.放射線の影響は遺伝しません
4.放射線の健康への影響はある・なしでなく量が問題です。
5.100〜200ミリシーベルトの被曝での発がんリスクの増加は、野菜不足や塩分の取り過ぎと同じくらいです。
6.東京電力福島第一原子力発電所の事故の放射線で健康に影響が出たとは証明されていません。
7.原子放射線の影響に関する国連科学委員会の報告書では東電の福島原発事故で亡くなったり、重い症状となったり、髪の毛が抜けたりした人はおらず、今後のがんの増加も予想されず、また多数の甲状腺がんの発生を福島では考える必要はないと評価されています。
8.福島原発事故で空気中に放出された放射性物質の量はチェルノブイリの1/7でした。また、避難指示や出荷制限など事故後の速やかな対応によって、体の中に取り込まれた量もずっと少なかったのです。
9.福島県内の主要都市の放射線量は事故後7年で大幅に低下し、国内外の主要都市と変わらないくらいになりました。
10.日本は世界で最も厳しいレベルの基準を設定して食品や飲料水の検査をしており、基準を超えた場合は売り場に出ないようになっています。


 以下、これらを検討する。
1.放射線はふだんから身の回りにあり、ゼロにはできません
 全ての放射線は危険である。だから被曝をできるだけ避けるというのが正しい態度である。医療のための放射線は、より危険な病気を治療したり、予防するためにやむを得ず使用されている。決して安全でなく、できるだけ被曝量を少なくし、過剰被ばくを避けるべきである。特に医療被曝のCTなどの平均被曝量(政府パンフは3.9mSvという)は危険である。オーストラリアの68万人の調査で平均4.5mSvのCTによる被曝で小児がんが24%増加した。この比率を適用するとCTによる3.9mSvの被曝は小児がんを21%増加させることになる。
 さらに重要で、注意すべきことは「復興庁パンフ」が無視している放射性物質の危険性の質的・量的な違いである。一般的に放射線について述べながら、もっとも危険な内部被曝を無視することは誠実な広報と言えない。
 人工の放射性物質は一層危険である。放射性微粒子を含む内部被曝はとりわけ危険である。しかも福島原発事故が放出した放射性微粒子には、水や酸や脂肪に溶けないガラス状の「不溶性放射性微粒子」が多く含まれ、このような特殊な性質の放射性微粒子が大量に環境中に放出されたのは歴史的に初めての事態である。欧州放射線リスク委員会(ECRR)の2010年勧告によれば、このような形態のセシウム137が体内に取り込まれた場合、外部被曝やカリウム40による内部被曝に比較して400倍〜5万倍も危険であると推定されている。この点で人工の放射性物質による内部被曝を特に回避しなければならない。
2.放射線は移りません
 病気と同じように「移る」ことは「ない」のは当然のことである。ただし、放射性微粒子の拡散による被曝やホット・スポットの存在は注意すべきである。十分に注意し対策をとらなければ、放射性微粒子とくに不溶性微粒子は、靴や履き物、衣服や帽子、頭髪や皮膚から自動車やトラック・バス・鉄道車両に到るまでの様々な移動手段に付着して「移ってくる」。それにより、居住スペースや職場、駅や空港や交通機関、人や車の集まる場所、ビルや公共施設などが再汚染され、家族や同僚、勤労者やドライバー、旅客や通勤通学客、観客や観光客など広範な住民・市民に放射能汚染を「移す」危険がある。
 また、汚染地域を旅行して、外部被曝したり、放射性微粒子とくに水に溶けない不溶性放射性微粒子を肺に吸い込んだりした場合、被爆の影響は、何十年の長期にわたり身体の中に残り、体内で蓄積していく。その意味では、放射能汚染は、見えない菌やウイルスと同じように「見えない敵」として外から「移ってくる」と言える。
3.放射線の影響は遺伝しません
 「遺伝し、後の世代に継承されることが多い」が正しい。「復興庁パンフ」は科学的真実に反する宣言である。国連科学委員会は、2001年報告書において、「被ばく後第1世代」の「全遺伝リスク」を1万人・Svあたり30〜47例としている。つまり、被曝すれば遺伝的影響が「ある」ことを公式に認めているのである。国際放射線防護委員会(ICRP)の2007年勧告も同じく遺伝的影響をリスクとして認めている(1万人・Svあたり4例)。これらは、もちろん著しい過小評価であるが、国連科学委員会もICRPもはっきり遺伝的影響は「ある」と判断しているわけである。
 さらに言えば、遺伝的影響のような、数世代を経なければ明らかにならない事項を、最初から「ない」と断言することはデマに等しい。事故後32年を経たチェルノブイリでは慢性的な病気が幾世代にもわたって継続することが重大な社会問題となっている。



4.放射線の健康への影響はある・なしでなく量が問題です
 何事も質と量の「両方」が問題である。「量だけ」は科学に反し、この記述は教育の根本を歪めるものである。質的な違いを無視しているため、「復興庁パンフ」は外部被曝に比べて内部被曝が桁違いに危険であることが理解できないのである。
 「復興庁パンフ」はがんのみを被曝による病気としている、しかし、これはチェルノブイリ事故で明らかにされた、「長寿命放射性核種取り込み症候群」という全身に及ぶ多様な病気を考慮していないことになる。それらの病気は内部に取り込まれた微粒子の放射線によって発生した反応性の高い、活性酸素やフリーラジカルによって脂肪膜である細胞膜や細胞内の小器官、ミトコンドリアなどが破壊されることを通じて発生する。そのような病気が世代を超えて継続することがわかってきたのである。
 また、復興庁パンフは、個人個人の放射線に対する影響の受けやすさ(放射線感受性)の大きな違いを無視している。同じ線量で被曝しても、胎児や乳幼児、子どもや青年、女性、がん年齢に達した中高年、DNA修復に関連する遺伝子変異をもつ人々(ECRRでは人口のおよそ6%)などは、平均値に対して被曝リスクが何倍何十倍も高いことがわかっている。またこれらの性質が諸個人で重複する場合(たとえば遺伝子変異を持つ女児など)、さらに感受性の相違の幅は大きくなる。復興庁パンフは、これらの人々を同じ被曝「量」によって扱うことによって、このような放射線高感受性の人々の生きる権利、基本的人権を奪おうとしている。
5.100〜200ミリシーベルトの被曝での発がんリスクの増加は、野菜不足や塩分の取り過ぎと同じくらいです
 「政府パンフ」は発がんのリスクを広島・長崎の原爆の被曝調査に基づき、1.08(被曝による発がんリスクが8%増)にしているが、次の問題点がある。
 (1)被曝リスクは広島・長崎の調査よりもっと高いことが明らかになってきた。例えば、医療被曝で10mSvごとにがんが3%増えた。100mSvだと30%、200mSvで60%の増加となる。間をとって45%増としても、8%の増加分が5.6倍になる。オーストラリアのCTによる小児がんでは4.5 mSvの被曝でリスクが24%増えた。
 (2)対照とするリスクの期間が相違している。リスクの比較で「野菜不足や塩分の取り過ぎ」は10年間継続した場合であるが、被曝の影響は生涯にわたるとして、50年や70年間のがんの発生やがん死をとっており、観察期間が異なる。それ故、それらの比較は本来信頼できない。そもそも野菜不足や塩分の取り過ぎの定量的な定義を指定しなければ科学ではない。それもせずに比較することは意図的に誤解を与えるものであり、教育用の教材として不適切である。
 (3)「野菜不足や塩分の取り過ぎ」のリスクを放射線被曝リスクと同じ50年に換算した場合、その比較リスクは1度の被曝での放射線「致死量」に到達する(1Svで数ヵ月以内での10%未満致死量の下限値、3Svで60日以内での半数致死量の下限値)。つまり、「野菜不足や塩分の取り過ぎ」で数ヶ月以内に死んでしまうことになる。このような比較そのものが無意味でありナンセンスなのである。
 (4)そもそもこのような発がん要因を個々に切り離すことは複合的に起こるがんの発生と死を正しく解析していない。子どもたちに誤った理解をさせる。ネオニコチノイドなどの農薬との複合汚染も危険である。
6.東京電力福島第一原子力発電所の事故の放射線で健康に影響が出たとは証明されていません
 本来、事故を起こした加害者である政府や東電は、このような偉そうなことは言えないのである。政府の公式推計によっても福島原発事故の大気中への放出放射能量はセシウム137ベースで広島原爆の168.5発分である。これは大きな過小評価である(実際にはこの3倍以上)が今は置いておこう。うち、日本の陸土に沈着したのは、これまた公式推計でおよそ27%、45発分である。このような大量の放射能が「全く健康影響をもたらさない」という主張は、最初から嘘でありデマであるというほかない。
 チェルノブイリとの比較でも同じである。政府の言う10分の1の放出量であろうが7分の1の放出量であろうが(これもまた著しい過小評価であるが、もしそうだと仮定しても)そこからは10分の1や7分の1の被害が当然想定される。最初から決して影響が「全くない」という論拠にはならない。こんなことは子どもにも明らかであろう。実際には、国際原子力事象尺度(INES)でほぼ同等であり、海水中・汚染水中への放出量を入れれば、最低でも3倍以上である。
 「100mSv以下は影響がない」という論議も同じである。もし政府がそれを真剣に主張するのであれば、政府が現在住民を帰還させようとしている年間20mSv/yの地域には、5年以上居住すると「影響がある」と主張しなければならないであろう。だが政府も政府側専門家もそれについては何も言わない。つまり、不誠実なのである。信義誠実の原則に反しているのである。
 健康に影響が出ていないことを証明することは、時間的・空間的に膨大な調査を要することである。調査が不十分な段階で、このような広報を政府が行うことは、結論を誤る可能性が高い。また事実、誤っている。しかも、国際的な合意である予防原則「ある行為が人間の健康あるいは環境への脅威を引き起こす恐れがある時には、たとえ原因と結果の因果関係が科学的に十分に立証されていなくても、予防的措置(precautionary measures)がとられなくてはならない」(予防原則に関するウィングスプレッド合意声明より引用、同原則は、環境と開発に関する国連会議、EUマーストリヒト条約、オゾン層に関するモントリオール議定書などにおいて何度も確認されている)に反することである。この原則が一言も触れられないのは被災者の人権を無視するものである。
 しかも、現実に健康に影響が出ているのである。住民・市民の健康を守る立場からは被曝被害を警告し、チェルノブイリのように1mSv/yから避難の権利を認めなければならない。被害が出てからでは遅いのである。
 現実には害が出ていること、被曝調査の検出精度は悪く信頼性に乏しいことは証明済みのことである。
7.原子放射線の影響に関する国連科学委員会の報告書では東電の福島原発事故で亡くなったり、重い症状となったり、髪の毛が抜けたりした人はおらず、今後のがんの増加も予想されず、また多数の甲状腺がんの発生を福島では考える必要はないと評価されています
 事実に反する評価に基づく記述である。これはすでに発生している福島原発事故での甲状腺がんの報告に反している。放出放射線量による地域差も証明されている。双葉町や丸森町の調査で鼻血をはじめ様々な症状が報告されている。
 子どもの脱毛については、関東からの避難者の証言からも、現実に起こっていたことが証明されている。
 「原発事故で亡くなった人はいない」というが、事故当時の発電所長であった吉田昌郎氏の58歳でのがん死(食道がん)のことは隠しているか忘れているだけである。
 国連科学委員会の予想が外れていたのである。安全宣言をした政府や科学者は被害者に対して責任を取らなければならない。
 本来、国連科学委員会は、世界平和と各国国民を放射線被害から防護するための機関ではない。米国・ロシア・中国など核保有国の強い影響力の下、核兵器保有を正当化し、核実験の被害を過小評価し、核兵器製造・原発・核燃料サイクルの運転や事故による被害を認めないための、核兵器開発・原発推進・原子力利用推進のための世界の核大国(われわれはそれを国際核帝国主義と呼んでいる)の機関である。そのような機関が、福島原発事故被害を公正に科学的に判断することはありえない。日本国民の健康と発展の利益を考えることなどありえない。
 国連科学委員会は、チェルノブイリ事故に対する対応において明らかなように、原発事故被曝の影響は全く「ない」とすることによって、特定の目的、科学「外」の利益を追求していると評価せざるを得ない。それは、原発推進上の利害にとどまらない。〇故を起こした政府が被曝防護策をとることを可能なかぎり妨害し遅らせ、可能なかぎり多くの当該国の国民を、事故を起こした政府自身の手によって被曝させ、事故を起こした国の被曝被害をできるだけ大きくし、それによって、ソ連の場合は社会主義の崩壊を促し、日本の場合は競争相手としての日本の経済力・国力・人口・社会的基盤を可能なかぎり大きく長期的に破壊し毀損し損耗させることである。
 日本の歴史上最も愚かな指導者の一人である安倍首相は、自らこのアメリカを先頭とする国際核帝国主義の手先となり、汚染地域からの住民の・特に子どもや妊婦の避難を組織すべきところ、反対に子どもや妊婦も含めて汚染地域に住民を帰還させ、自国民を可能なかぎり被曝させ、可能なかぎり大量に病気にさせて被曝死させ、さらには危険な原発再稼働により次の原発苛酷事故を引き起こすリスクを自ら追求し、あたかも自ら進んで「自国の」帝国主義的基盤を弱体化させることによって、日本帝国主義に敵対する、核武装した外国帝国主義諸国家の「手先」として振る舞っているかの行動をとっている。おそらく誰もが認めるであろう日本史上最悪の首相の1人である東条英樹でさえ、米軍の都市爆撃による子どもの予想される被害を避けるために数十万人規模の児童生徒と妊婦の疎開を決断した事実を想起しよう。子どもと妊婦への配慮という点で見れば、安倍首相は「東条英機以下」である。安倍首相の下では、自国民に対する「知られざる核戦争」(矢ケ崎克馬氏)が行われているのである。
 日本国内の最も保守的で右翼的なグループに支えられている安倍政権は、被曝と原発の分野において、国連科学委員会の名の下に、右翼が本来主張すべき「愛国主義的」「民族主義的」(すなわち帝国主義的)主張から見てさえも、最も「反民族的」で「売国的」な政策を進めているのである。
8.福島原発事故で空気中に放出された放射性物質の量はチェルノブイリの1/7でした。また、避難指示や出荷制限など事故後の速やかな対応によって、体の中に取り込まれた量もずっと少なかったのです
 これも間違いであることが示されている。体内に取り込まれた放射能量がチェルノブイリより「ずっと少なかった」ということをいくら主張しても、福島原発事故の放出放射能による健康被害が「全くない」「ゼロだ」という証明にはならないのは、子どもの判断力で十分明らかであろう。くり返すが、仮にこのとおり7分の1と仮定しても、被害はゼロではない。ゼロというのは嘘でありデマである。当然7分の1程度の被害を想定しなければならない。
 実際には、大気中放出量は少なくとも同等程度である。また、早野龍五氏などのホールボディカウンターを用いた内部被曝の測定も検出限界が300Bq/kgであり、精度が悪い。福島の子どもの70%に検出されているという報告のある精度の高い尿中のセシウム137を測定すべきである。
9.福島県内の主要都市の放射線量は事故後7年で大幅に低下し、国内外の主要都市と変わらないくらいになりました
 福島市の公式発表値0.15マイクロシーベルト/hは、原発事故以前の0.04マイクロシーベルト/hより依然として高いことを示している。しかも、モニタリングポストの数値が周辺の線量より5から6割の低い値であることが矢ケ崎名誉教授などの「市民と科学者の内部被曝問題研究会」の調査で報告されている。数値は操作されている可能性が高い。都市から離れた山間部は除染されていない。山林から風や雨で拡散する。人々は主要都市のみで過ごすわけではない。山間部や農地でも過ごすのである。
 また仮に、事故後7年を経て、短寿命の放射性核種が崩壊して、全体としては放射線量が低下した事実があるとしても、すでに今までに被曝した放射線による影響は「レガシー」として人々の体内に残り続け、5年後・10年後・数10年後に影響を現す危険性があるのである。これが放射線被曝影響の本質的特徴である。「線量が下がったら安心安全」ということには決してならない。それも嘘である。
 国際環境団体グリーンピースは、2018年2月に調査結果を発表し、「避難解除地域の放射能は深刻、住民の帰還誘導は人権侵害」と批判した。福島原発から西北西方向に20キロメートル離れた浪江地域の大堀村では、時間当たり11.6マイクロシーベルトに達する放射線量率が測定されもした。これは年間被曝量101ミリシーベルトに該当する。
10.日本は世界で最も厳しいレベルの基準を設定して食品や飲料水の検査をしており、基準を超えた場合は売り場に出ないようになっています
 これも安全性を示す根拠ではない。「最も厳しい」というのは嘘である。日本ではコメは100ベクレル/kgであるがウクライナのパンは20ベクレル/kgである。基準を超えなくても安全でないのは基準が緩すぎるのである。しかも加工食品は基準が緩く200ベクレル/kgである。最近のNHKの放送で飯館村の測定器はkgあたり50ベクレルに設定してあるとのことであるが、この基準は高すぎ危険である。日本は飲料水が10ベクレル/kgであるが、ウクライナは2ベクレル/kgである。

  では、子どもたちが皆このパンフを信じ、「安全安心」と思って放射線に被曝をしたら、いったい何が起こるか?

 復興庁パンフの意味は、その意図するところが実現し、日本の子どもたちも大人たちも皆この復興庁パンフを信じ、政府の基準通りの放射線に被曝しても「安全安心」と考え、自ら進んで放射線に被曝する事態が起こったと仮定したら、いったい何が起こるだろうか?を考えてみれば明らかである。 
 この問題には重要な意味がある。復興庁パンフが、‖腟模再稼働などにより起こることが想定されている次の原発重大事故に向けての準備であり、∧射能で汚染された除染残土や廃炉廃棄物の再利用をさらに進めるための宣伝手段であり、さらにはアメリカと一体となった「使える核兵器」による核戦争に向けての準備であることは明らかであるからである。
 原子力規制委員会の更田豊志委員長は、一般住民の1mSv/y基準を、現行の空間線量に換算して0.23μSv/hから、1μSv/hに解釈改訂し、係数操作によって、大幅に(4倍に)引き上げようとしている。これは、バックグラウンドとして0.05μSv/hをとれば、年間被曝量に換算すると8.32mSv/yである。
 このレベルの線量を、日本の全人口約1億2600万人が被曝しても容認されるというわけである。だから、その仮定の下で何が起こるか考えてみよう。その場合の集団線量はおよそ105万人・Svということになる。被曝のリスクは既知の内容であり、放射線医学の教科書に明記されている。日本政府の放射線医学総合研究所の文書によれば、いろいろな国際機関による10万人が0.1Gyの被曝をした場合の(すなわち1万人・Svあたりの)被曝リスクは426〜1460人程度の致死である(以下の表参照。放射線医学総合研究所編著『低線量放射線と健康影響 改訂版』医療科学社[2012年]109〜110ページにある)。


出典:放射線医学総合研究所編著『低線量放射線と健康影響 改訂版』医療科学社(2012年)。
注記:赤線は引用者(渡辺)が付けたもの

 つまり、もしも更田委員長の主張が実現した場合、基準通りの被曝によって、およそ4.5万〜15.3万人の過剰な死者が1年間の被曝に対して生じる可能性があることになる。これは10年間で45万〜153万人、一般に考えられる生涯期間50年間では225万人〜765万人となる。
 子どもで考えてみよう。日本の子ども(15歳以下)の人口は、現在、およそ1556万人である。子どもの放射線感受性がICRPの評価通り平均の3倍として計算してみると(実際には10倍程度だがこの点も置いておこう)、政府の意図する住民被曝基準で被曝した場合、子どもの集団線量は年間でおよそ38.8万人・Sv相当となる。上記の政府の研究機関発表のリスク係数で計算すると、およそ1.7万〜5.7万人の過剰な致死が1年間の被曝に対して想定される。すなわち、10年間で17万〜57万人、その後子どもでなくなって感受性が1に戻ると仮定しても、生涯期間(子どもの場合70年間)では51万〜171万人の過剰死となる。
 政府の実質的な住民の被曝基準は、現在の避難措置解除・帰還基準である20mSv/yである。だが、この20mSv/yは、規制委の新解釈による空間線量では20μSv/hである。年間に換算すると174.8mSv/yである。10万人をこのような汚染地域に帰還させれば、年間の被曝により745〜2252人の生涯期間の過剰死が予想される。50年間では最大値の場合、全員が過剰死となってしまう危険性があることになる。子どもについては、リスク係数が最大値の場合、子どもである20年間に、過剰死のリスクが全員に達して、文字通りの「ジェノサイド」が予想される。
 つまり、政府・復興庁の意図が実現した場合、大きく過小評価された(おそらくゴフマン氏の8分の1からECRRの40分の1まで)政府関係文書記載のリスク係数によっても、日本国民の大量死、全般的健康状態の悪化、労働力の再生産の破壊という結果が十分予想されるのである。それには支配階級も被支配階級もない。社会階級や社会層の違い、社会的経済的格差を超えた国民的危機なのである。「美しい日本の再建と誇りある国づくり」を掲げる「日本会議」の権力とも言える安倍政権が実施しようとしているのは、実際には、日本国土の限りない放射能汚染と国民への放射線被曝の強要による自国民の健康破壊と大量殺戮なのである。

  結論

 以上のように「復興庁パンフ」単なる間違いどころではなく、意識的に真実や科学的真理に反する「被ばく安全論」を展開していることになる。

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参考文献:

(1)学術会議報告(2017年9月1日)「子どもの放射線被ばくの影響と今後の課題」の問題点
http://blog.torikaesu.net/?eid=67

(2)復興庁の「風評払拭・リスクコミュニケーション強化戦略」批判
――こんな安全宣伝を政府がやって生命の危険にさらしてよいのか
http://blog.torikaesu.net/?eid=71

(3)「しあわせになるための『福島差別』論」批判
http://blog.torikaesu.net/?eid=73 (1/2)
http://blog.torikaesu.net/?eid=72 (2/2)

「しあわせになるための『福島差別』論」批判 1/2 山田耕作、渡辺悦司

2018年03月


「しあわせになるための『福島差別』論」批判

1/2

2018年3月21日 山田耕作、渡辺悦司



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本論考は2記事に分割して掲載
「しあわせになるための『福島差別』論」批判 1/2 本記事
「しあわせになるための『福島差別』論」批判 2/2

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   1.序論

 2018年1月初めにかもがわ出版から『しあわせになるための「福島差別」論』が出版された1)。本書は、以前の『放射線被曝の理科・社会』の著者に原発容認派も加えて、その続編を著したものである2)。一見、表現は柔らかであるが恐ろしい内容の本である。

  本書の主な内容

 主な内容は以下の通りである。
 (1)「福島原発事故は、こと放射線被曝についての事実に関しては、健康影響の出ない程度であった」というのが「事実」である(39ページ、以下P39と表記)。――驚くべきことに、放射能放出量、大気中・直接海水中・汚染水中への各放出量、気体・液体・微粒子など放出形態、環境中沈着量、住民被曝量の分析も含めて、何の論拠も挙げられていない。
 (2)「被曝による健康影響はあるのかないのか」という問題に対して「これを判断する基準は『どちらが人々とりわけ被害者のしあわせにつながるか』ということであるべきだ」(P158)。「科学の問題」ではなく「社会的合意の問題」である(同)。「『放射線被曝による健康の影響はこれまでも、またこれからも考えられない』という結論が出るのが、(福島)県民にとって、一番望ましい」(P150)。「被曝の健康影響が限りなくゼロに近かった…と明言すること」に「人々がどれほど安堵するか」こそ「重視」するべきである(P64)。――こうして彼らは、放射線影響の科学から、人々を欺き慰める信仰の領域に後退する。被曝影響が「ない」と信じれば「しあわせになれる」、すなわち放射線によって「しあわせに」病気になり「しあわせに」死んでいけるというのである。
 (3)「放射線の危険性を強調」する見解は「多くの人々の不幸を固定」するものである。そのような人々は「道徳的な意味で」「自己批判」を求められるにとどまらず「本来なら刑法的に」責任を問われるべきである(P44)。――彼らには放射線科学の「専門家」を自称する人が含まれており、当然、被曝被害のリスク、その確率的な「致死」の危険性について十分認識する立場にあった。被曝の影響は一切「ない」として、政府の帰還政策に協力し、国民への被曝の強要政策に協力してきた彼らこそ、生じておりまた今後生じる被曝の健康被害やそれによる致死に対して、政府・行政・東電と共に、共犯として「殺人の罪」に問われなければならない。
 (4)現在の、公衆の被曝量1mSv/yの基準を空間線量(正確には空間線量率であるが一般的に使われているこの用語を使用する)で0.23μSv/hと計算するのは「換算係数」が「4倍程度過大評価」であって、「0.8μSv/h」(つまり約7mSv/y)とすべきである(P135)。さらに、ICRPの空気カーマの係数(約0.6)および平時(事故のない状態)の換算係数(約0.8)を用いて、実際にはこの2倍の1.67μSv/hに設定することが示唆されている。――これだと一般公衆に対する基準である被曝量1mSv/yは、空間線量では最大15mSv/y程度、住民帰還基準の被曝量20mSv/yは、空間線量で最大300mSv/y程度となる。幼児も子どもも妊婦もそこに帰還させようというのである。これは、4年間居住すれば10%未満致死量の下限(1Gy)に、10年間で半数致死量の下限(3Gy)に達し、危険な致死レベルとなる。
 (5)「遺伝子変異」を持つ人々が放射線への「高い感受性」を持つのは認めるが、そのような「個人差」は「わずか」である(P208)。――あたかも無視してよいかのように示唆しているが、しかしそのような人々のリスクは教科書的にさえ平均の2〜3倍とされている。これを「わずか」と決めつけることによって、このような人々の基本的人権を公然と無視し踏みにじっている。また、子どもや妊産婦を含め放射線感受性の個人差の問題全体を無視している。
 (6)「福島の線量は遺伝的影響にはまるで問題にならない」「広島長崎でさえ遺伝の影響はいまだ確認されない」(P63)。「遺伝的な影響」について「『統計的に影響は確認されなかった』というのが広島長崎の被爆者調査の結論になっている」(P158)――これらは放射線医学の教科書的記述にさえ反する虚偽主張である。
 (7)今までに福島において観察されている子どもの甲状腺がんは「過剰診断」によるものであって、放射線との関連はない(P175〜179)。甲状腺がん発症の新しい「高野モデル」で考えるべきである。甲状腺がんには2種類(「根の深いがん」と「根の浅いがん」)があり、子どもが罹患するのは「根の浅いがん」である。それは放置していても自然に増殖が止まるもので悪性化しない、放置してもよいものを見つけて手術しているのであって、本来検査も手術もしなくてよい。「子どもの甲状腺がんの多発という事態が生じない」ことが「確認できる」のだから、ましてや「白血病などその他の病気の心配もまず無用」である(P158)――これらは全て虚偽の論理である。
 (8)2012年では「内部被曝量より外部被曝量の方が数十から数百倍も高」かった、今日においては「百〜千倍高い」(P137)。現在「内部被曝のリスクは無視してよいほど低い」(P103)――内部被曝の危険性は全く無視できると示唆する。また、NHKでさえも報道している、放射性微粒子とくに不溶性の放射性微粒子の特別な危険性は触れられてもいない。ECRRによれば、不溶性放射性微粒子の危険性は、外部被曝あるいはカリウム40による内部被曝の20〜1000倍とされている(ECRR2010年勧告P95)。
 (9)「外部被曝も、現在、人が居住している地域では、世界各地の自然放射能とあまり変わらないレベルまで低下」し「安全に暮らせる状況」である(P103)。――政府・行政発表の計測数値に人為的操作の疑惑があることをここでは置いておくとしても、放射線リスクが「レガシー」として累積していく性質を持っており、遺伝子についても・炎症などの各種の障害についても・変異や影響が「蓄積」していくという側面が無視されている。もし外部被曝量の低下が現在において認められるとしても、事故直後やそれ以後の被曝影響は、被曝した人の体内に残り続け、蓄積し続け、5年、10年、数十年にわたって晩発性疾患のリスクを及ぼすということを無視している。
 (10)即時の原発ゼロを要求する人々に対して、「段階的な原発からの撤退すら容認できない」と批判し、そのような「即時原発ゼロ」の主張こそ「国民的な議論の土俵をどんどん失わせ」てしまう「事実に背を向けた乱暴な議論」であるとする(P77)。――つまり、著者集団の中で「反原発」の立場だと公言する人々も、実際には原発再稼働の容認論なのである。等々。
 これら紹介した論点は一部であって全てではない。また、論者によって多少のニュアンスの違いはあるが、ここでは一系列のまとまった傾向として扱うこととする。以下に詳論する。

  書名について

 最初にその書名について一点、確認しておきたい。本書の内容は、福島原発事故の「健康影響は一切ない」という一方的断定のオンパレードであるが、本書の書名にある「しあわせになるための」という表現そのものが、そのような主張が全くの虚偽であることを自己暴露しているという点である。
 考えていただきたい、「しあわせになるための」が問題になるには、放射線被曝の健康影響に関連する「しあわせ」では「ない」状態が、「不しあわせ」あるいは「不幸」であるという感情や心理が、不安や不幸な意識が、福島や首都圏を含む東日本の広範な住民の間に、日本社会全体の中に、現実の社会情勢として広く存在しているという事実が当然の前提となる。他方、著者たちが主要な攻撃対象にしている、被曝被害が「ある」と主張する論者、科学者、医師、専門家は残念ながら今のところ全くの少数者である。極少数者と言った方がよいかもしれない。本書の著者たちが指摘するような、放射線の健康影響に対する極めて広範囲の人々の根強い不安は、被害が「ある」と主張する極少数の人々の意識や意識的活動によってこれほど広範に形成されることはありえない。それには、客観的な基礎がなければならない。すなわち、住民の「不幸な意識」は、東京電力が引き起こした原発重大事故と政府が進めてきた原発推進政策の結果として生じている現存する客観的な被曝状況、それにより現実に進んでいる福島や東日本の住民の健康危機の結果である。さらには被害の可能性を一切否定し、避難者支援を切り捨てて、住民帰還を進め、住民に被曝を強要する政府の政策の結果なのである。そのことは、誰の目にも明らかである。被曝被害をめぐる「現実の不幸」こそ「不幸な意識」を生みだしている客観的な基礎である。
 だが、彼らは、このような「社会不安」、社会的な「不幸な心理」を科学的に現実の被害から説明するのではなく、放出された放射能の健康影響が「ある」という考え方が人々の「心」を支配しているから、人々が「不しあわせ」な状態に置かれているのだと考える。これは、「不幸な意識」から「不幸な現実」を説明しようとする観念論的な「倒錯」である。この非科学的・非理性的な、半ば宗教的とも言える前提に立って、彼らは被曝被害が「ある」という「観念」「考え方」「見解」あるいはそのような「論者」を「払拭」することに矛先を集中する。彼らは、被害が「ある」という人々が一掃され、被曝被害が「ない」と人々が信じれば、人々は「しあわせになれる」と主張する。
 つまり、彼らの「しあわせになるための」長々と続く説教が自己告白しているのは、被曝被害かも知れないと多くの人々が考えざるをえないような事例や症例や健康障害が非常に多数存在するという事実なのである。多くの人々が放射線関連と感じざるをえないような健康上の問題や異変や障害や疾患や致死が極めて多数生じており、健康影響が、圧倒的に多数の人々やその家族・友人・知人・親しい人・愛する人・近隣住民の実際の事例として、多くの人々の経験や体験のなかに「ある」という現実なのである。つまり、「不幸な心理」「不幸な意識」を裏付ける「不幸な現実」「現実の不健康や病気や死」が広範囲に極めて多数しかも幾度となく反復して生じているという事実なのである。
 本書の主張は、政府・復興庁の「風評払拭・リスクコミュニケーション強化戦略」3)というデマ宣伝に科学者や文化人その他の知識人が積極的に下から呼応して協力するものである。政府や学術会議報告と一致して、「福島原発事故による人的被害は一切ない」「年間20ミリシーベルト以下の汚染地に子どもを含めて帰還しても安全である」とするものである。
 本書はそれ以上に、偽りの個人線量調査に基づき、現在の4倍に被曝基準を引き上げてよいとするいっそう危険なものである。福島に帰還してその復興に協力するのが「幸せ」であり、被曝の科学的な議論は意味がないというのである。
 私はこの本を読むと、たとえ放射線を浴びて死ぬことがあっても、あれこれ被曝を避けようとして苦労するより幸せではないかと誘われるような気がした。ふと、事故直後に原発推進勢力の異常心理を特徴づけた精神科医久邇晃子医師の「集団自殺願望」という言葉(『文藝春秋』2011年12月号)が思い起こされ、「集団自殺に誘う人」はこのようにふるまうのではないかという気がして、恐ろしい本であると思うのである。
 その本質は福島原発事故の被害者を犠牲にして「加害者が幸せになるための『福島差別』論」である。だが、被曝による健康被害は「加害者」自身とその家族・近親者・友人・知人も、彼らが親愛を寄せる人々をもまた、例外なく襲う。だから「集団自殺」を感じさせるのである。

  抜け落ちている福島原発事故の放射能放出量の視点

 本書の特徴の1つは、事故による放射能放出量の問題の検討が、すっぽりと抜け落ちていることである。とくに、事故の長期的な影響を評価する際の基本的指標となるセシウム137の放出量の検討が、全く見当たらない。つまり健康影響を評価していく際の客観的基礎となるデータを怠ったまま、健康影響の有無を評価しているのである。この点で本書は彼らの前著『放射線被曝の理科・社会』以下である。議論の前提となるので、われわれの論文からセシウム137とヨウ素131についての総括表を再録しておこう。


http://blog.acsir.org/?eid=29

 主として短寿命の種々の核種による初期被曝の指標とされるヨウ素131の放出量については、著者たちも触れており、チェルノブイリ事故のおよそ10分の1としている(P180)。その比率を仮定すると、福島事故についてチェルノブイリ事故の10分の1程度の被害は当然予想されることになるのだが、著者たちの結論は福島事故では被害「ゼロ」である。つまり、放射能放出量と放射線被害の関連性そのものが全否定されるのである。後で検討するので先回りになるが、ヨウ素131放出量についても総括表だけ引用しておこう。


http://blog.acsir.org/?eid=35

 われわれは、放出量をチェルノブイリと比較するのみならず、広島原爆が放出した放射能量と比較することが特別に重要な意義があるという点を強調したい。
 われわれの採用した推計で計算すれば、福島原発事故の放射能放出量は、セシウム137ベースで、大気中放出で広島原発の約600発分、大気中・直接海水中で約1000発分、汚染水まで入れると約4000発分である。ヨウ素131ベースでとっても、大気中放出量で広島原爆の42発分程度である。
 日本政府の放出量推計は、過小評価であるが、それでもセシウム137ベースで、広島原爆の168.5発分である。ヨウ素131ベースでも2.5発分程度である(原子力安全・保安院の2011年8月26日発表「東京電力株式会社福島第一原子力発電所及び広島に投下された原子爆弾から放出された放射性物質に関する試算値について」http://www.enecho.meti.go.jp/about/faq/009/pdf/45.pdf)。
 つまり、福島原発事故が放出したこれほど大量の放射能による健康被害が「一切ない」「ゼロである」というようなことは、ありえない。広島原爆1発分であったとしても、被害がないという想定はありえない。つまり、健康影響が「出ない」「予想できない」「考えにくい」などというような主張は、最初から嘘であり、虚偽であり、デマであることは、議論の余地はない。これはハナから明らかなのである。「裸の王様」の寓話と同じく、多くの人々は、権力に恐れをなすか権力に媚びて、それが「嘘だ」と言わないだけのことなのである。

  前著『放射線被曝の理科・社会』からのさらなる後退――放射線による健康影響のメカニズムについて全く触れていない

 『しあわせになるための「福島差別」論』には、放射線被曝の問題を扱った書籍として致命的欠陥がある。本書は、放射線による健康影響のメカニズムについて、現代の科学とくに分子放射線医学・分子生物学・分子腫瘍学・分子病態学などが解明してきた内容が全く抜け落ちている。これは驚くべきことである。この点で、本書は、同じ野口氏らの前著『放射線被曝の理科・社会』(かもがわ出版 2014年)の立場から見てさえ、大きく後退している。
 前著では、福島で「将来、被曝による病気が生じない可能性がある」(6ページ)という著者たちの結論は、以下の諸点に言及があった上で、導き出されていた。つまりそれと「自己矛盾」する形で「動揺的」に提起されていた。いくつか列挙してみよう。
 ①放射線被曝した細胞における破壊作用には「直接作用」と「間接作用」があり、とくに放射線が生みだす活性酸素・フリーラジカルによる損傷・破壊である後者の作用が、放射線による直接の損傷・破壊である前者の3倍も大きい(47〜48ページ)。
 ②ガンマ線による被曝は、ガンマ線と生体物質との相互作用によって光電子や二次電子が生じ、それらがさらなる電離や励起をくり返すことによって生じる(39〜40ページ)。
 ③放射線によりDNAの塩基損傷、塩基の遊離、DNA鎖(一本鎖および二本鎖)の切断、DNA架橋など種々のDNAの損傷が生じる(52ページ)。
 ④生物はDNA損傷の修復系を持っているが、修復しきれなかったDNAの傷も残る。「がんは、体細胞のDNAが損傷したことを引き金として、正常細胞がいくつかの遺伝子の変異をへてがん細胞に変わり、増殖していって発症する病気である」(55ページ)。
 ⑤2Svという放射線を被曝すると、リンパ球減少、好中球減少、血小板減少が生じ、鼻血を含む全身の出血状態、重篤な感染症が生じる(63ページ)。
 ⑥7〜10Svという大量被曝は、腸管の粘膜脱落と消化管出血による致死を引き起こす。JCO事故では16〜20Svの被曝をした作業員が被曝後26日目から下痢で83日後死亡、6〜9Svの被曝をした作業員は被曝後145日後がら消化管出血で211日後に死亡(67〜68ページ)。
 ⑦LNTについて、「しきい値があるという考えに基づいて放射線防護を行ってしまうと、実際はしきい値がなかった場合に安全上で重大な問題を引き起こしてしまうため、しきい値なし直線(LNT)モデルに基づいて放射線防護を行うことがコンセンサスとなっている」(69ページ)。
 言っておくが、これらは、野口氏ら自身が前著で述べていたことなのである。
 もちろん、これらの視点は、不十分で断片的な形での指摘にとどまり、体系的で徹底した形では提起されてはいなかった。たとえば、①からは、活性酸素・フリーラジカルが生みだす極めて広範囲の病気や健康障害が、放射線被曝によって生みだされる可能性が容易に示唆されるが、この点は無視されていた。また、②からは重金属汚染など他の環境汚染と事故放出放射能との複合影響の危険性が、③④からは有害化学物質・農薬・食品汚染・大気汚染などとの複合影響の危険性が考えられるが、これらの点も考慮されていなかった。⑤⑥からは、生涯期間(成人で50年、子どもで70年)では致死量に達する被曝の危険性(とくに乳幼児や子どもや修復遺伝子変異のある人々など放射線高感受性の人口集団について)が、⑦からは放射線防護における「予防原則」の意義が、導かれる「はず」であるが、そうはなっていなかった。
 だが、今回の本書は本質的に違う。前書には存在したこれらの指摘は、すべて削除されている。つまり、本書は、前著には存在した、健康被害「ある」論と「ない」論の間のこのような「動揺」を、無理矢理「ない」論で塗りつぶすという形で貫かれている。「曖昧なことを言うとかえって不安を煽る」とする復興庁「風評払拭強化戦略」など政府の路線に迎合したものだと考えられても仕方がない。もちろん、結果から見れば、前回存在した上記のような指摘は、人々を惑わせ混乱させるためであったといわれても仕方がないであろう。しかしそれでも、今回の本書の本質を示す証拠として、あえて指摘しておく価値はあると思う。

  アメリカの「使える核兵器」戦略の中での健康被害ゼロ論の新しい意味

 それだけではない。いまアメリカは、新しい核戦略に基づいて「使える核兵器」の開発を進めている。広島原爆かその数分の1程度の爆発力をもつ小型の核兵器を、各種のミサイルや爆弾や砲弾として多数配備し、北朝鮮やイランなど弱小の発展途上諸国に対してのみならず、ロシアや中国に対しても、実際に使用する計画である。ロシアや中国もまた、これに対抗して、核兵器を現実に使用することを前提とした核軍拡を進めている。世界は、新たな核軍拡競争と核戦争の脅威にさらされている。日本もまた米日帝国主義軍事同盟の下で、この新たな脅威の重要な構成要素となっている。
 福島事故の健康影響全否定論もまた、このような新しい情勢の中で、評価されなければならない。つまりそれは、帝国主義の核戦争計画の中で、新しい危険な側面を表に出そうとしている。福島原発事故は、過小評価された日本政府の推計によっても、広島原爆168発分の「死の灰」(セシウム137ベース)を放出した(実際にはもっと多いが今は置いておく)が、その健康影響が全て否定されようとしている。すなわち、小型核兵器では500発程度が使用されたとしても、戦場での直接の破壊以外の住民への影響、核爆発による放出放射能や放射性降下物(「死の灰」)がもたらす人間や環境への破壊的影響の全体もまた、全て否定されようとしている。もし本書の著者たちが言うとおりだとすると、核兵器と通常兵器の本質的区別は消え去ることになる。原爆投下後の米軍ファーレル准将の公然たる虚偽の発言――「広島・長崎では、死ぬべき者は死んでしまい、(1945年)9月上旬現在において、原爆放射能のために苦しんでいる者(原爆症患者)は皆無」である――という線まで戻ろうというわけである。しかも、今回は、核兵器を現実に「使える」ものに変えるためにである。
 福島事故の健康影響全否定論は、その裏面として、論理上は必然的に、「使える核兵器」や核兵器使用の容認論、結局のところ、帝国主義が準備している核戦争の肯定論へと進んで行かざるをえない内容を萌芽的に含んでいる。事態は、そのような危険な論理を、核兵器に反対すべく組織されてきた、日本の原水爆禁止運動の指導部のトップの一人(野口邦和・原水爆禁止世界大会実行委員会運営委員会共同代表)が中心になって主張するに到っている。
 このような文字通り「恐ろしい」異常事態が進んでいる。われわれは、健康被害ゼロリスク論がもつこのような危険、「使える核兵器」戦略に対する理論的な武装解除としての側面、行き着く先は核戦争容認論としての側面、そのような恐ろしい危険性を決して見逃してはならない。健康被害全否定論との闘いが、迫り来る核戦争を阻止するための闘いの一環でもあるという、新たな覚悟と決意を持って事に当たらなければならないと思う。

   2.本書「はじめに」の検討 著者:清水修二

 以下、四角の枠内は「しあわせになるための『福島差別』論」からの引用である。

はじめに
P1 「どっちの味方なのか」
P6 今度は帰る・帰らないの選択をめぐる対立です。帰りたい人が帰れるようにすることについては大方の人は肯定的ですが、帰りたくない人への支援をどうやって、どこまで続けるか激しい議論を呼んでいます。そこにいわゆる自主避難者の問題が加わり、事態はいっそう複雑化しているともいえます。
P7 お前はどっちの味方だ」と問う人があるかもしれません。これに対し、私たちは『どちらの味方でもない』とは言いません。そのような問い方そのものを、私たちは是としないのです。

 清水氏は自主避難者を支援すべきであるとなぜはっきり言わないのだろうか。自主避難者を救済すべきであるという気持ちがないようである。チェルノブイリで認められている1mSv以上の汚染地からの避難の権利についても一言も言及しない。複雑化が問題のように言っている。自主避難者は、政府・東電が不当な差別的な線引きをしたことや、放射線に対する個々人の感受性の違いを無視したことによって生じた、同じ原発災害被害者である。他の弱者に対する排他的な姿勢で、「福島差別」だけを強調するのは「平等」という民主主義の原則に反することではないだろうか。
 「どっちの味方なのか」――これに対する答えは、加害者側か、被害者側か、2つに1つしかない。清水氏のように、このような問題提起そのものを否定することは、加害者と被害者という区別そのもの、両者の間の基本的対立関係そのものを否定することである。つまり、加害者(事故に対し責任のある国・東電)と被害者(事故や被曝により種々の損害を被った住民)の基本的対立関係という問題を提起してはならないと主張しているわけである。すなわち、加害者を批判しないこと、加害者と対立しないこと、加害者の責任を追及しないことを、被害者である住民に要求しているのである。
 さらに清水氏は、「被害がある」として加害者を批判し追求することそのことを、あたかも「福島を差別する」加害行為と規定し、そのような加害行為を追及する人々を「被害者同士の分断や対立」を煽る被害住民の「敵」として描こうとしている。加害者の責任を追及する人々こそが、被害を「ある」ということによって、被害住民の「主敵」とされているのである。このような論理は、清水氏らが、被害者でなく、加害者の側に、政府・東電の側に、公然と移行したことを自ら宣言していることに等しい。その意味で、本書冒頭でのこの発言は、本書が清水・野口・児玉氏らの加害者側への公然たる「転向宣言」と言っても何ら過言でないことを象徴的に示している。

P7 「差別といじめ」
福島県民、あるいは原発事故の時に福島県に居住していた人たちの身に、いま容易ならざる災厄が降りかかっています。それは「福島県民である(あった)ことを知られないようにして生きたい」と語る人がいる事実に、象徴的に表されています。

 冒頭から現実から離れた記述で驚く。題名の「福島差別」とは福島原発事故被害のことと考えていたが、「県民」の差別であるという。この本でも冒頭からそれを主張している。これは根本的な認識上の間違いに基づいている。福島原発事故の被害は世界中におよぶ。事故数週間後にはアメリカ西海岸で死産の増加が報告された。後に議論するが、例えば周産期死亡率は事故後10か月後から、福島県とその近隣5県(岩手・宮城・茨城・栃木・群馬)で15.6%(3年間で165人)、被曝が中間的な高さの千葉・東京・埼玉でも6.8%(153人)増加、これらの地域を除く全国では増加していなかった4)。この事実一つでも福島県のみを被災地として区別するのは間違いであることがわかる。
 この様な誤解は、元々、政府が事実をゆがめ、被害者の声を無視して、被害を福島県の一部に狭く限定したことによる。清水氏はじめ本書の著者たちは被曝の事実を正しく認識していない。「福島差別」を言う前に、何の補償もされていない、少なくとも十数県に及ぶ広範な被災者にも目を向けるべきではないか。また、後述するが子どもをはじめ、先天的に放射線に弱い、過敏な人があり、全国に被災者・被害者がいることを忘れてはならない。また、トモダチ作戦で被曝し、死亡したり、健康被害で苦しむ人がアメリカにもいるのである5)

「はじめに」での清水氏批判のまとめ
 清水氏はじめ著者たちは「被ばくによる健康被害がない」としてしまったので、被曝被害の範囲を決めることができない。被害は「福島県差別」の風評被害だけとせざるをえない。そのため、現実に被曝被害で苦しむ広範な人たちへの支援・協力・連帯もなくなる。こうして子どもの甲状腺がんを含め、現実に多様な病気でやむを得ず関東・東北から避難している人たちのことを全く無視している。これでは福島が自ら孤立することになってしまう。広い視野で、原発事故の被曝被害を冷静に考察すべきである。


   3.本書第1章「福島原発事故はどんな被害をもたらしたか」

清水修二
P16 放射性セシウムは体内に取り込まれると全身に分布しますし、同じ原子核からは二度と放射線は出ませんので、一つの体細胞が繰り返し放射線を被曝するわけではありません。さらに人の体内には数千ベクレルの放射能がいつも存在することを知っている人と知らない人では、想像される被害の光景が随分違うでしょう。
P17 バナナは1キログラム当たり130ベクレル、乾燥ワカメだと1500ベクレルくらいの放射能(カリウム40)を含んでいる

 清水氏はいつも使われる人をだます論法を用いている。ヨウ素131やセシウム137の様な人工の放射性物質とカリウム40という自然に存在する放射性元素を区別せず、放射線は同じだというのである。しかし、これはムラサキツユクサで放射線被ばくの研究をした国際的に著名な市川定夫氏が伊方原発裁判以来、生涯をかけて警告された事実に反することである。生物は進化の過程でカリウムチャンネルという通路を持ち、それを通じて、全身のカリウム濃度を調節する。カリウムにおよそ1万分の1強の割合で含まれるカリウム40はこのカリウムチャンネルを通して全身を容易に移動する。それ故、カリウム40による被曝は全身にほぼ一様に起こる。しかし、人工の放射性物質は臓器に取り込まれ、蓄積し、偏在するのである6)。特に福島原発事故では放射性物質が微粒子となって飛散し、微粒子の半分は不溶性で体内に残るのである。清水氏の記述と異なり、継続的に集中的な細胞の被曝となるのである。チェルノブイリ膀胱がんと呼ばれるがんは1リットルの尿当たり数ベクレルのセシウム137で発生し、50ベクレル尿中に存在するカリウム40には依存しない7)8)。臓器への取り込まれ方が異なれば被害が異なるのは当然である。政府や清水氏、安斎氏達が繰り返し、「人工の放射性物質と天然のカリウム40は同じ」という間違った宣伝をするのはなぜだろうか。
 清水氏は同じページで「一般にリスクについてはその『有無』よりも『大小』の方に大きな意味があります」といって量が少なければよいという。しかし、放射性微粒子はホット・パーティクルとして肺やその他の内臓に取り込まれる危険性が指摘され怖れられてきたものである。日本の原子力委員会(当時)も1962年にその危険性を警告している8)。アルファ(α)線やベータ(β)線は飛程距離が短く、狭い領域を集中的に破壊するのでガンマ(γ)線に比べ危険であるが、その上微粒子となればいっそう集中的な被曝となる。プルトニウムはα線を放出し危険である。セシウム137もβ線とγ線を放出し、局所的・集中的・継続的な被曝を与えるのである。

  福島原発事故における重要な放出形態としての放射性微粒子(特に不溶性微粒子)

 本書の著者たちは、内部被曝をカリウム40による被曝に還元し、放射性微粒子とくに不溶性の微粒子のもつ特別な危険性について一貫して避けている。福島事故で放出された放射性微粒子の特殊性とその特別の危険性についてここで触れておこう。
 まず、福島原発事故が放出した放射性微粒子には、いろいろな種類があるという点が重要である。今まで確認されているだけでも、以下の種類がある。
 1)粒径2μm程度の放射性セシウム含有球形ガラス状合金、あるいは「セシウムボール」(この名前はセシウムだけが含まれるのではないので不正確だが)。気象研の足立光司氏が発見したので足立粒子とも呼ばれる。またこの程度の粒径だと沈降しにくく、浮遊性が高く、吸入した場合に、肺の奥深く肺胞まで達して沈着する)。

図1

出典 Kouji Adachi, et al; Emission of spherical cesium-bearing
particles from an early stage of the Fukushima nuclear accident
http://www.nature.com/articles/srep02554

 2)放射性セシウムなどが大気中エアロゾルに付着した粒子(これは可溶性で水に溶ける)。
 3)ナノサイズの微粒子(これも足立氏によって存在が指摘されており、数的に最も多く、危険性も高いと思われるが、未解明の部分が多く、マスコミでもあまり強調されていない)。

図2



図3


 4)土壌沈着後に再浮遊する5μm以上の粒子(土埃の粒子に付着したものと考えられている)。
 5)最近多く発見されている不定形の大型の粒子(100μmサイズで、おそらくこれは鼻血の重要な原因物質であると思われる)。

図4

TBSニュース「"目に見える"放射性物質の粒、福島の川で確認」2018年3月7日
針先程度の大きさで目に見えるという。100リットルの川の水に1粒程度見つかる
とTBSニュースは報じている。
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3309836.html


図5

小野貴大ほか『分析化学』2017年第4号論文より
https://www.jstage.jst.go.jp/article/bunsekikagaku/66/4/66_251/_pdf


 6)いわゆる「黒い物質」(生物[藻類など]由来のものとバルク沈着[大気中で塊を形成して沈着]との両方があると考えられている)。

図6


 7)胞子・花粉など生物濃縮された再飛散微粒子(表面に脂肪膜があるので付着しやすい)。
などである。
 これらのうち1)3)5)などがガラス状の不溶性微粒子で、危険度が特に高いと考えられる。NHKなどは、これを福島原発事故に固有な現象としている(「原発事故から6年 未知の放射性粒子に迫る」2017年6月6日 https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3986/)。チェルノブイリ事故などについてこの見解を検証する必要があるが、もしその通りだとすると、大量に放出された不溶性放射性微粒子は、福島事故放出放射能の「特別な」危険性を体現していることになる。
 ガラス状というのは、溶融核燃料が、格納容器底部のセメントと反応したか、断熱材に使われていたガラス繊維を溶かし込んで、ケイ素(シリコン)を多く含むまま(恐らくは沸点を超える)高熱に熱せられ、爆発によって大気中に放出されたことを示唆する。
 福島原発事故放出微粒子のもう一つの重要な含有元素は「鉄」である。これは、核燃料と共に溶融した原子炉の鉄成分が多く含まれていることを示している。生体は、常に鉄を取り込もうとする傾向があり、微粒子に鉄分があると、身体の器官(肺胞、呼吸器、消化管、粘膜、角膜、皮膚など)に付着しやすく、またいったん付着すると取れにくくなる。また、鉄と同じように、6)や7)のような生物由来の放射性微粒子は、表面に細胞の脂肪膜が残っているので、これもまた、付着しやすく、取れにくくなる。
 福島原発事故では、セシウム137放出量の大部分およそ8〜9割がガラス状微粒子形態であり、同沈着量のおよそ半分が水だけでなく強酸や有機溶媒にも不溶性の微粒子であったと考えられている。(「8〜9割」というのは九州大学の宇都宮聡准教授の研究についての朝日新聞の2016年6月27日の報道。原サイトはすでに削除されているようだが、以下のサイトで読むことができる。
https://www.eurekalert.org/pub_releases_ml/2016-06/gc-5062616.php
http://d.hatena.ne.jp/scanner/20160627/1467027535
 「およそ半分」というのは 筑波大学の佐藤志彦特別研究員[発表当時のポスト]の日本地球
惑星科学連合2016大会での報告。サイトは以下にある。
https://confit.atlas.jp/guide/event/jpgu2016/subject/MAG24-P01/detail
 欧州放射線防護委員会(ECRR)によれば、不溶性放射性微粒子の生物学的な危険度(生物物理学的損害加重係数)はカリウム40の20〜1000倍に上るとされる。さらにECRRは、セシウム137のように二段階で原子壊変する核種の危険度を20〜50倍と規定している(2010年勧告P95)。つまり、不溶性微粒子形態で体内に存在するセシウム137は、カリウム40に比較して、最低でも400倍危険であり、最大の場合5万倍も危険性が高い可能性があるという結論が出てくる。

表3

出典:ECRR2010勧告日本語版95ページ

 カリウム40は、平均して体内に4000Bq、年間被曝量で0.17mSv/yといわれるが、これが不溶性のセシウム含有微粒子であった場合には、体内にわずか0.08〜10Bq程度あっただけで、このカリウム40による4000Bq、0.17mSv/yの被曝量に相当することになる。
 これで、不溶性セシウム含有微粒子がいかに危険性が高いかご理解いただけると思う。

P18  たしかに事故の加害者責任を追及し、医療費の負担などを政府や地方自治体に求めるのは患者の立場に立った行動です。しかし、そのような主張が患者の親御さんたちを心理的にかえって追い詰め、苦しめることになるということに気付いている人がどれだけいるか大変疑問です。

 清水氏は「患者の親御さん」を「追い詰める」から、加害責任を追及するなといっているのか。しかし、加害責任のある政府が医療費を負担するのは当然であり、チェルノブイリでも認められている。一般の交通事故でも加害者が医療費を負担するのは当然である。政府負担で、経済的な心配なしに十分な治療ができれば、子供の病気を心配する親にとっても望ましいことではないのか。清水氏は、親御さんに、医療費の公的負担が当然補償されるべき社会的な権利であること、これは1人その子供だけのことではなく、現在及び将来の人々が幸せに生きるための社会的な権利の確立のための正義の行動であることを話すべきである。

 (2)沈殿した状態で消えない放射能不安  P19  
P25 福島原発事故に関連して反原発リベラル陣営が一部で激しい反感を買っている最大の理由は「脱原発のために福島の被害は大きくなければならない」と彼らが考えているように見えることです。被ばくの影響を楽観視する国連の報告書などをことさら敵視する人々の言動は、福島県民の目には「我々が不幸になることを望んでいる」かのように映るのです。

 原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)の報告書に関しては後にも議論するが、ここでも清水氏の誤りを正すため説明する。永年、世界保健機関WHOで活動してきた フィンランド大学のキース・ベーヴァーストック(Keith Baverstock)氏は「福島原発事故に関する『UNSCEAR2013年報告書』に対する批判的検証」(『科学』岩波書店2014年11月号)において「報告書は科学的に公平なものとは到底言えず、さらには真の意味で科学的でさえない」と結論している。その一端は「UNSCEARに専門家を派遣しているのは、ほとんどが原子力を利用している国である。いわば、密猟者と猟場番人が同一人物という形なのである」ということにあるという。清水氏は、反原発の人たちが、政府やUNSCEARが被曝を過小評価していることを批判していることを異常行動のように言うが、良識ある科学者やジャーナリストが同じ批判をUNSCEARや日本政府に対して展開しているのである。同様の批判は環境ジャーナリストの川崎陽子氏によってもなされている。「放射線被ばくの知見を生かすために国際機関依存症からの脱却を――小児甲状腺がん多発の例から考える」、川崎陽子(『科学』岩波書店2018年2月号)を参照されたい。

P26 現実的に見て、福島原発事故の被害の最も大きな部分は被曝による健康影響以外のところで生じていると考えられる。

 震災関連死者の中に健康被害を受けた人はいなかっただろうか。どうして健康被害以外と分かるのだろうか。日本の人口統計において、福島原発事故後75歳以上の老人の死亡が増加したが、放射線被曝が体力の低下した老人の死を早めたと考えられる。

P31 「放射能を拡散させるな」という主張は、裏を返せば「放射能は(福島に)封じ込めろ」という主張です。「東京電力の敷地に」といっても福島県内であることに違いはありませんから同じことです。封じ込められる側にいる側にいる者の立場で見ればこれほどひどい地域差別はない。

 「放射能を拡散させるな」は放射能に限らず、危険物を閉じ込めて隔離することが公害問題の普遍的な原則なのである7)。例えば薄めて川や海に流すことが禁止されるのもこの原則に基づいている。福島に限った差別ではない。人口の多いところに拡散すればより多くの人が被曝するからである。それ故、高レベル廃棄物の処分の議論でもわかるようにできるだけ人から遠ざける努力がされているのである。一方、福島に限らず、チェルノブイリのように汚染した地域からの避難も住民の健康のために必要である。移住できるよう政府と東電の責任で経済的保障をすべきなのである。放射性廃棄物の処理はその方法が見つかるまで発生者の責任で管理するしかない。これも公害問題の原則である。これらの原則は公平さを社会的に維持するために長い歴史の中で合意されてきたものである。清水氏は全国に拡散し、平等に被曝しろという意見なのだろうか。私は汚染物の隔離と避難で、人間と放射性廃棄物を切り離すことによって、誰も被曝しないようにするのが正しい社会的処置だと考える。

P32 現場の汚染水のトリチウムを海洋放出で希釈処理するのは十分に安全なのか。これらを冷静に測定し、調査し、検証するしか手はありません。政府・行政がそういう方法で住民や事業者を説得しようとするのを、「放射能を拡散させるな」という大雑把なスローガンで拒絶するのは、問題をいたずらにこじらせ人々の対立をあおるばかりだと思います。

 清水氏はトリチウムの危険性について科学的な知識がないか、あるとすれば意図的に嘘を言っているかである。トリチウムは化学的には水素と区別ができず、体内に取り込まれ、遺伝子を含め分子と結合する。特に有機物として体内に取り込まれると排出が困難で、危険である。また、トリチウムは、DNAの内部にまで入り込んで、内部から遺伝情報を破壊・攪乱するという特別に危険な性質を持つ数少ない核種の一つである。トリチウムのこのような特別の危険性はすでに1960年代から知られていた。ECRRはトリチウムの危険度の加重係数を外部被曝およびカリウム40の10倍としている。



 東電による実測では、タンク貯蔵水のトリチウム濃度は、100〜500万Bq/リットルとされている(東電「福島第一原子力発電所のトリチウムについて」2013年2月28日)。現在溜まっている汚染水量は100万トンと推計されているので、海洋放出されるトリチウム量はおよそ1〜5PBq(ペタBqすなわち10の15乗Bq)ということになる。
 日本経済新聞によれば、事故前5年間の日本の全原発が出した平均の年間トリチウム水放出量は0.38PBq(380兆Bq)という(「汚染処理水 迫る決断の時」2018年2月23日付)。つまり、日本の全原発の約3年分〜13年分を短期間にまとめて集中的に海洋廃棄してしまおうとしているわけである。
 放出されたトリチウム水は、海水で薄めたとしても、海水よりも比重が軽いため、海水面に広く拡散し、波により海岸に打ちつけられ、飛沫となって海岸地帯を広範囲に汚染するであろう。蒸発したり、低気圧や竜巻によって吸い上げられれば、雨となって、日本と太平洋岸各国に広範囲に降り注ぐであろう。単に日本の近海だけでなく、アメリカ・カナダを含む太平洋の全域が汚染される危険がある。トリチウムは、光合成を行うプランクトンやあらゆる植物によって有機結合型トリチウムとして固定される。いったんトリチウムが生物循環の中に定着すれば、食物連鎖を通じて濃縮され、魚や動物、さらにその頂点にある人間に内部被曝をもたらす。これらのことは、誰の目にも明らかなことである。
 これらにより、「風評被害」どころか「現実の健康被害」が予想される。その被害の規模も極めて大きく深刻で集中的なものになるであろう。
 絶対に希釈廃棄してはならない。すでに玄海原発周辺で通常運転により放出されたトリチウムによる白血病が発生している可能性が指摘されている(下図)。

図7



表5


 その他、核燃料再処理工場でもトリチウムの危険性が指摘されている。ECRRによれば、原子力発電所の周辺で被曝リスクが、ICRPモデルの200〜1000倍も高くなっていることが確認されている(表6)。これもトリチウムの影響と考えられている。

表6


 清水氏は「被ばく被害」よりも「人々の対立をあおらない」ことの方が大切なのだろうか。更田原子力規制委員長は「海洋放出」に積極的な発言を続けており、もしもその公然たる動きに「対立」しなければ、海洋放出は実施されてしまうだろう。この点でも、清水氏は事実上は「海洋放出」を「する」方の味方といわれても仕方がない。

「『である』論を侵襲する『べき』観―放射線被曝をめぐる混乱の源泉」―一之瀬正樹
P38 福島での放射性物質拡散については、不幸中の幸いというべきか、今では健康に影響するほどの量ではなかったことが事実として、つまり「である」として決着しています。多くの方々の現地での真摯な調査のおかげです。福島に住み続けることで受けるであろう被曝線量は、外部被曝・内部被曝両方において、健康影響が出る量ではありません。…他地域の産物よりも安全なくらいです。

 一之瀬氏は全て安全と保証するがその根拠は「現地の真摯な調査」というだけでその内容がない。先に述べたように周産期死亡率は統計的に有意に増加し、被害の存在を証明している。放射性物質の放出は明らかに健康に影響する量であったのである。このように同氏の記述「健康影響が出る量ではありません」は全く根拠がない。子どもの甲状腺がんも過剰診断説をとっているが、指摘している韓国は診断の基準もあいまいで過剰診断である可能性も否定できないにしても、福島県では厳密に診断されたようであり、過剰診断にはあたらない。手術の責任者の鈴木真一教授は「過剰診断」説に同意していないし、公表された基準は「甲状腺腫瘍診察ガイドライン」に基づく妥当なものである。福島県の場合、罹患率と汚染度との関連から見ても明らかに被曝による発症である。

「しあわせになるための『福島差別』論」批判 2/2 山田耕作、渡辺悦司

2018年03月


「しあわせになるための『福島差別』論」批判

2/2

2018年3月21日 山田耕作、渡辺悦司



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本論考は2記事に分割して掲載
「しあわせになるための『福島差別』論」批判 1/2 
「しあわせになるための『福島差別』論」批判 2/2
 本記事
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  6.本書第4章 「被曝による健康被害はあるのかないのか」の検討

 清水修二、児玉一八 P149
 P152 県民健康調査では、原発事故から4か月間の個人被曝線量を推定する「基本調査」が行われています。その結果を見ると99.8%の人が5mSv 未満です。被害の大きかった相双地域で平均値が0.8mSv,最大値で25mSvです。そこで、県立医科大学がまとめ検討委員会に提出される報告書においては「これまでの疫学調査により、100mSv 以下での明らかな健康への影響は確認されていないことから、4か月間の外部被曝線量値であるが、「放射線による健康影響があるとは考えにくいと評価される」と記述されます。

 ここで「100mSv 以下での健康影響が確認されていない」は明らかに誤りである。例えば
 ①最近、J・H・Lubinほかの論文で子どもの甲状腺がんに関する解析で閾値がほぼゼロであることが示された25)
 「結論:今回の解析により、小児における低線量放射線被ばくと甲状腺がんリスクについては、閾値のない線形関係であることが最も妥当な推定であり、『可能な限り低い線量の被ばく』を追求する必要がある事が再確認された」。
 「閾値のない線量関係」が「最も妥当な推計」であることが「再確認された」ことはすなわち100mSv以下でも健康影響が「確認できる」ことを意味する。
 ②Tronko MD氏らの論文では、ウクライナの小児甲状腺がん患者(手術時14歳以下)345例の甲状腺被ばく線量の分布をみると、100mGy以下が51.3%と半分以上を占めており、低線量被ばくでがんが発生していることがわかる26)
Tronko MD, et al. Cancer, 1999; 86: 149-156.
 これも同じように、100mSv以下についても影響が「確認できる」ことを意味する。
 つまり、上記①、②の記述でわかるように100mSv 以下で健康への影響は確認されているのである。清水氏はこの事実を知らないはずがない。にも拘らず繰り返すのはなぜだろう。
 被曝線量の評価に関しても多くの疑問や批判が提出されている27)。例えば次の論文がある。
「放射線の人体影響―低線量被ばくは大丈夫か」本行忠志、生産と技術、第66巻 第4号(2014) 68.

P158 (遺伝的影響について)疫学調査の結果、統計的に影響が確認されなかったというのが広島・長崎の被曝者調査の結論になっています。

 この点でインゲ・シュミッツ・フォイエウハーケ氏らの論文が注目される21)。彼らは低線量放射線被曝の遺伝的影響の文献を調べた。広島・長崎の原爆被爆者を調べたABCCの遺伝的影響の調査は信頼性がないと結論している。その理由は、「線量応答が線形である」はずであるという仮定の下に、線形応答に合致しないという理由で、統計的に有意でないと断定する間違いや、内部被曝の取り扱いの誤りなど4点を指摘している。そしてチェルノブイリの被曝データから新しい先天性奇形に対する相対過剰リスクERRはギリシャなど積算1mSvの低被曝地においては1mSv当たり0.5で、10mSvの高い被曝地では 1mSv当たりERRが0.1に下がるという結果である。おおまかには全ての先天異常を含めて積算線量10mSvにつき相対過剰リスクが1という結論である。積算10mSvで先天異常が2倍になるというのは大変なことである。

P158 これを判断する基準は「どちらが人々のしあわせにつながるか」ということであるべきだと私は思います「ここまでは科学の問題、ここからは社会的合意の問題」という一線がひかれなければならない局面があると思うわけです。

 清水氏は何を言いたいのか。科学の問題よりも幸せになれるなら、被曝しても幸せになれるなら、社会的合意があるなら良いではないかというのである。これは集団自殺への誘導のような言葉である。遺伝的影響や被曝の影響を考慮するとき、科学に優先させて、どちらが幸せかを基準として判断するというのである。人間はいつも理性に基づいて、科学的に判断すべきである。科学に基づいて理性的に判断して、危険なものは避け、子どもたちの未来を守らなければならない。それが同時に幸せにつながるのである。清水氏は理性を放棄し、科学を捨て、幸せという感性を優先させるのである。人間の健康と命は無条件で尊重されるべき人権であり、科学を無視することは人権尊重の精神に真っ向対立するものである。

 「甲状腺検査の概要と論点」 P158
 P160 いずれにせよ先行検査ではがんでなかったのに2年後にはがんと診断された子供が結構いることが分ったといえます。甲状腺がんは進行が非常にゆっくりであると言われながら意外に成長が早いのではないか、やはり放射線被ばくが影響しているのではないかとの疑念が生まれる根拠の一つがこれです。

 2年後の本格検査でがん及びその疑いの子どもの大部分は先行検査で異常なしであった(51名中47人が先行検査でA1、A2判定の異常なしであった)。さらに先行検査より、2年後の本格検査の方が、発症率(罹患率)が發なった。これは、最短潜伏期間は2年より短いこと、そしてスクリーニング効果を否定するものである。

 P161 環境省が長崎市と甲府市と弘前市で約4500人の子供の検査をした結果、福島とほぼ同じ割合の数字が出たと報告されています。

 これは3県で4365人の子どもを調査して1人甲状腺がんが発見されたもので統計精度が低い。その一人についても詳細が明らかにされていない。それをあたかも精度のよいデータのように引用している。一方、チェルノブイリ事故16年後の2002年に、ベラルーシのゴメリにおいて、14歳以下の約2.5万人を調査しても甲状腺がんはゼロであった。他の地域を合わせ約7万人の調査で甲状腺がんは1人であった。このことは、事故後、ヨウ素131を吸引しなかった世代には甲状腺がんは極めてまれでスクリーニング効果は小さいことを示している。福島県県民健康検討委員会はやっと本格検査の地域差を認め報告した28)

 P161 甲状腺がんの罹患統計などから推計される有病数に比べて数十倍のオーダーで多い甲状腺がんが発見されている。…これまでに発見された甲状腺がんについては、被曝線量がチェルノブイリ事故と比べて総じて小さいこと、被ばくからがん発見までの期間が概ね1年から4年と短いこと、事故当時5歳以下からの発見はないこと、地域別の発見率に大きな差がないことから、総合的に判断して、放射線の影響とは考えにくい。

 当時5歳以下の発見がないことが放射線被ばくを原因とすることを否定する1つの根拠にされ、清水氏もそれに賛成したはずである。ところが「本格検査で当時5歳の患者1人(さらに4歳1人)見つかったので根拠が崩れたと主張する人がいます。しかし、高年齢ほど患者が多くなるのは自然だと考えれば理の当然で、そうならないのがむしろおかしいのです」と清水氏は言う。現在では4歳、5歳で患者がでたから出て当然のように言うが5歳以下がいないことをチェルノブイリと違う理由としていたはずである。清水氏は自分たちの判断間違いをごまかしているのである。被曝量が小さいという根拠もないし、地域差も最近では福島県立医大でも認めている。それ故、放射線の影響ではないという根拠は全て否定されているのである。

 (2)「甲状腺がんについて知っておきたいこと」  P162 児玉一八
 (3)「被曝の影響は出ているのか」       P180
 P180 福島第一原発事故によるヨウ素131の放出量は、チェルノブイリ原発事故1800ペタベクレル(PBq)のおよそ10分の気任△辰燭班床舛気譴討い泙后

 ヨウ素131の放出量に関しては日本政府が160PBq、東電が500PBq大気中に放出されたとしている。過小評価でも東電の値の方が現実に近いと思われる。児玉氏はなぜか日本政府の値を採用したと思われる。
 放出量に関しては国際的に信頼性の高いノルウエー気象研究所のストール氏らは福島原発事故によるセシウム137の大気中放出量は20.1〜53.1PBq(中央値として約37PBq)としている。一方、日本政府のセシウム137放出量は15PBqと小さい。ヨウ素131の放出量はセシウム137の50倍(東京電力の事故原発での実測値)を採用すると、福島原発事故のヨウ素131放出量は日本政府の値で750PBq、ストール氏で1850PBqとなる。これは児玉一八氏の言うチェルノブイリ原発事故のヨウ素放出量1800PBqにほぼ等しい。それ故、両事故でのヨウ素131放出量は少なくとも同程度であり、児玉氏の1/10は過小評価で誤りと考えられる。
 ただし、UNSCEARによるチェルノブイリ事故のヨウ素131放出量推計は、最大値を採っており、ストールの最大値を採用して計算すると、福島原発事故のヨウ素131放出量は、チェルノブイリのおよそ1.5倍となる(以下の表参照)。

表10

出典:山田耕作・渡辺悦司「福島原発事故によるヨウ素131放出量の推計について――チェルノブイリの1.5倍に上る可能性」
http://blog.acsir.org/?eid=35

 元WHO放射線・公衆衛生顧問、キース・ベーヴァーストック氏は、文部科学省が事故直後(2011年3月25日)にヨウ素131の飯館村地区の地表沈着量を発表したが、その数値が「チェルノブイリ後のベラルーシでの最大沈着量の3〜5倍に達しており、セシウム137の数値がチェルノブイリの0.5〜1倍になって」いたと報告している(『科学』岩波書店 2014年11月号)9)。この事実もまた、福島原発事故におけるヨウ素131放出量が、実際にはチェルノブイリよりも、さらに大きかったのではないかというわれわれの推測を裏付けるものである。

 P183 このように福島第一原発事故とチェルノブイリ原発事故では、甲状腺等価線量はおよそ2ケタの違いがあります。甲状腺がんについて考える上で、この違いを踏まえることが重要です。

 この点に関して大阪大学の本行忠志教授の意見は重要である。長いが引用する。「甲状腺等価線量の分布」(下の表)は福島の1080人の子供とチェルノブイリの2.5万人の子供を比較したものであるが、福島では99%以上が0〜30mSv に、チェルノブイリでは99%以上が100〜上限5000mSv以上の範囲に入るという。この表を見ると被曝量が桁違いに見える。しかし、これは以下のトリックによるものである。
 【甲状腺被ばく計測について】
 ウクライナでは約13万人の子供が甲状腺の直接測定を受けているのに対して、福島で実際に子供の甲状腺被ばく線量測定が行われたのは、1080人(飯館村、川俣町、いわき市、(放射線医学総合研究所))と8人(浪江町、津島地区、南相馬市、(弘前大学))の計1088人のみであった。しかも、放医研が行った1080人に対する検査は空間線量率測定用の簡易サーベイメータ(ウクライナや弘前大学の8人の測定には核種分析できるスペクトロメータが使用された)であり、バックグランドの方が甲状腺の実測値より高いところで計測している例もあるので正確とは程遠いと考えられる。
 【平均値のトリックについて】
 チェルノブイリの同程度の汚染地域であっても甲状腺の内部被ばくの蓄積線量は都会と郊外で大きく異なる。郊外では家庭菜園が一般的で原発事故後もその収穫物を食べ続けたため、桁違いの被ばくをしている例があり、この場合、平均値がかなり上がるため、福島の平均値と大差があるように見えるかもしれない。
 実際、Tronko MD氏らの論文では、ウクライナの小児甲状腺がん患者(手術時14歳以下)345例の甲状腺被ばく線量の分布をみると、100mGy以下が51.3%と半分以上を占めており、低線量被ばくでがんが発生していることがわかる。もう一つ、Cardis 氏らの論文では、ロシアの子供(がん患者+非がん者)の被ばく線量は92.3%が200mGy未満で、桁違いに多い被ばくでないことが示されている。従って、「福島での被ばく量はチェルノブイリに比べはるかに低いので甲状腺がんの発生は考えられない」という論法は成り立たないと考えられる。
 【放射線感受性の個人差について】
 ICRPでも確定的影響の閾値(しきい値)に関しては、すでに1%の人が発生している値を取っており、これは、放射線感受性が非常に高い人が少数存在することを示しており、わずかな放射線でも影響を受ける人がいることを本書「幸せになるための『福島差別』論」は完全に無視していることになる(1%は、30万人だと3,000人となる)。
 以上が本行教授による批判である。

表11



 「チェルノブイリ原発事故後、福島第一原発事故後の甲状腺がんの年齢分布」 P184
P184 チェルノブイリ原発事故後の年齢分布を見ると、事故時の年齢が低いほど甲状腺がんが多く見つかっており、年齢が上がるにしたがって低下していることが分かります。福島第一原発事故語の年齢分布はチェルノブイリと全く異なり、5歳以下では甲状腺がんは見つかっておらず、10歳前後から年齢の上昇とともに甲状腺がんが増えていきます。

 児玉氏の図4.12を見るとどちらも事故後3年間の集計のように見えるが、引用論文によるとチェルノブイリでは4年間は観測されず、事故後約20年間のデータである。ウクライナの事故後4年間の発症の年齢分布を見ると福島の3年間の年齢分布と極めてよく一致する8)。鈴木真一教授たちもstriking similarity (顕著な類似性)があると言っている。それなのに児玉氏はわざわざ一致しない観測年数が異なる論文を引用するのである。松崎道幸氏の説明によるとゼロ歳で被曝した子どもの甲状腺のがん発症のピークはおよそ7年後であり、チェルノブイリの様な年齢分布になるには10年以上の年数が必要なのである。下図参照(松崎道幸氏作成)。

図15



 「2つの正反対の論文」  P185
 P185 福島県立医大の大平らと岡山大の津田らはそれぞれ、こうした研究を行っていますが、結論は正反対のものになっています(Ohira.T.et al,Medicine (Batimore),Aug;95 (35):e-4472(2016);Tsuda,T..et al.Epidemiology,vol.27,No.3May(2016) ).大平らは外部被曝線量と甲状腺がん有病率の間に有意な関連はみられなかったとし、一方で津田らは福島県における甲状腺がん罹患率は全国の罹患率と比較すると超過であって、スクリーニング効果では説明できない。

 児玉氏は大平論文の方が正しく津田論文が正しくないという説明をしている。しかし、後述するようにこの評価は間違っていて津田論文が正しい。なぜなら、県立医大でも地域差が見出されたのである28)

 P188 外部被曝線量と甲状腺がん有病率の間には関連が見られなかった

大平論文を児玉氏は支持しているが、189ページの表4.8,4.9を見ると線量によって3地域に分割している。ところが線量が高い地域は調査人数が4192人しかおらず、甲状腺がんと診断された人は2人だけである。他の線量の低い2地域が約15万人ずつの調査であることを考えると偏った分類となっている。これでは地域差が出ないのもやむを得ない。
 2017年宗川吉汪氏は平均発症期間の精密な分析を行い、「3地域の罹患率の比較」を行った。「この本格検査における3地域の罹患率の急激な上昇は、甲状腺がんの発症に原発事故が影響していることを明瞭に示して」いると結論している。特に本格検査を見ると汚染の高い地域において罹患率も高くなっている29)



 これと同様であるが汚染度の代わりに原発からの距離と罹患率の関係が山本英彦医師らによって導かれた。原発に近い地点ほど罹患率が高いことが分かる。これも原発が原因であることを示すものである。

図16



図17


 以上の結果は津田氏の解析が正しく、大平論文が間違いであり、児玉氏は間違った解説をしていることになる。

 P191 津田らの「外的比較」は現実とかけ離れた仮定を前提にしている 

 平均有病期間のことを細かく問題にしているのであるが、津田氏は罹患率の数値自体に主たる関心はなく、有病期間を4年や8年に仮定していることを取り上げて児玉氏や菊池誠氏が騒いでいるのである。津田氏は有病期間の値を長く取っても罹患率が異常に高く多発であることは揺るぎのない結果であることを証明した。津田氏は多発であることの証明に主眼があるのである。それは緊急の被害者救済の対応を要請するものであるからである。有病期間を正しく考慮したものは宗川氏の解析があり、それを参照すればよいのである29)。地域差は福島県立医大の調査でも本格検査に対して見出されており、結果として津田氏の結果を支持している。

 P198 国連科学委員会、「津田らの調査は重大な異議であるとはみなしていない」 

 国連科学委員会は先述のように原子力の推進グループとしてその客観性・中立性が疑われている(早野氏批判の部分を参照)。児玉氏も自分で判断すべきである。異議とみなさないとは自分達の間違いに気付かないということであるから、UNSCEARの見識が疑われる。その間違った見解を重要なことのように引用するのは学者としての判断力が問われる。判断が間違うのは内容を理解せず、UNSCEARの権威にすがるからである。

 P199 「今後の甲状腺検査」
 中年になるまで新たな甲状腺がんの発生はないので、2巡目以降で見つかる甲状腺がんの症例数は激減し…

 このような激減はチェルノブイリでも福島でも起こっておらず、年齢とともに増加している。児玉氏は小児甲状腺がんを正しく理解していない。現実のがんを高野説は説明していない。
 高野説によれば、子どもの甲状腺がんは「根の浅いがん」であって、本来悪性化することはなく、放置しても何の問題もないというのであるが、チェルノブイリでは過小評価が疑われるUNSCEAR2008年報告においても6000人以上の発症のうち15例の死亡が確認されている(P64)。つまり、高野説のように、子どもの甲状腺がんの全てが「根の浅いがん」とは決して言えないのである。最初は「根の浅いがん」であっても「根の深いがん」に移行するか、あるいは子どもであっても最初から「根の深いがん」が発症することがありうると当然考えるべきである。このように高野説は、単なる「仮説」に過ぎず、現実の甲状腺がんの臨床記録によって明らかに論駁されているのである。
 「3.11甲状腺がん子ども基金」によると福島県内の甲状腺がん手術を受けた84人中8人ががんの再発や転移で1年から4年4か月の間に再手術を受けたという。114人(福島県内84人、県外30人)のうち、県外の子どもらに重症化の傾向があることを明らかにした。甲状腺の摘出手術後、再発の危険性が高いとして放射性ヨードを服用する「アイソトープ治療」を受けたのは福島県内2人(2%)に対し、県外11人(37%)だった。このことは福島県内のように健康調査がなされておれば重症化が避けられたかもしれないことを示している。
 2018年3月9日の週刊金曜日に明石昇二郎氏が甲状腺がんが「ほぼ倍増」として2011年以降大人を含めて増加していることを証明している。この場合、25歳以上は超音波の検査を受けずに発見されているからスクリーニング効果は寄与しない。

表15 甲状腺がん 福島県



 P201「福島で見つかっている甲状腺がんは、放射線よる「多発」でなくて、好感度の悉皆検査に伴う「多発見」であることが分かっています。

 児玉氏は根拠もなく放射線による多発でないといっている。それは津田論文をはじめ正しい論文を素直に理解していないことが原因である。放射線による「多発」でなければ、原発に近いほど罹患率が高いこと、放射性物質による汚染度が高いほど罹患率が高いことを説明できない。また、25歳以上の大人の増加は一律の超音波検査なしに発見されたものである。
 先述の週刊金曜日では胃がんの報告もある。以下に見るように統計的に有意である。さらに悪性リンパ腫、白血病の増加が報告されている。甲状腺がんだけの問題ではなく,放射線被曝全体の問題として真摯な検討が必要である。




 P201 「検診の縮小化手術例の大幅な絞り込みが必要だという高野の主張には傾聴すべきものがあります。」

 高野論文は現実の子どもの甲状腺がんの被ばく発症を説明せず、その主張に根拠はない。万一、たとえそうだとしてもきちんと子どもの病気の経緯を診察し、病変に応じて適切な治療を継続する必要がある。検診や手術を大幅に絞り込めという高野説は医者の責任を放棄するものである。ヤブロコフの報告によるとチェルノブイリでは一人の甲状腺がんが発見されると周辺に甲状腺疾患が千人の割合で見つかったという14)

 「甲状腺がんの遺伝子変異について」 児玉一八氏
 P202 チェルノブイリ事故後と福島で見つかった甲状腺がんの遺伝子変異を調べたところ、両者で全く違った傾向があることが分かりました。

 児玉氏は、チェルノブイリでの子供の甲状腺がんでは、RET/PTC遺伝子再編成が多く見つかり、福島ではBRAF点突然変異が多く見つかっているという光武氏らの研究を紹介する。ナンバーリングはわれわれによるものである。

 P206 ①チェルノブイリ事故後に見つかった子どもの甲状腺がんの遺伝子変異と、放射性ヨウ素による甲状腺被曝量の関係についての研究によると、RET/PTCなどの遺伝子再編成が見つかった群は被曝線量が高く、BRAFなどの点突然変異が見つかった群は被曝線量が低いという優位な違いが見つかりました。
 ②原爆被爆者の方々の甲状腺がんの遺伝子変異についての研究では、…BRAF点変異は被曝量が少ないほど多く、逆にRET/PTC再編成は被曝線量が多いほど多いという関係が認められました。
 ③これら2つの研究は、甲状腺がんでの点突然変異が負の線量反応関係を示すという共通した結果をしめしており(そのまま以下に続く)、
 ④チェルノブイリ原発事故に比べて福島第一原発事故後の子どもたちの被曝量が低かったこと、福島での遺伝子変異はBRAF点突然変異が多く、RET/PTC再編成は少なかったことと整合しています。

 われわれは、この研究を検証する手段を持たないので、いま仮に、児玉氏の言うとおり①〜④の通りだと仮定しよう。もし、そうだとすると、児玉氏は①チェルノブイリの子どもたち、②原爆被爆者、④福島の子どもたちに現れた甲状腺がんの「線量反応関係」を問題にしているのであるから、これらが全て、福島の子どもたちの甲状腺がんを含めて、放射線影響によるものであることを前提に議論していることになる。そうでなければ「線量反応関係」などは最初から問題にならないからである。
 つまり、これらの指摘のいずれからも、福島で多発している子どもの甲状腺がんが放射線に起因あるいは関連するものでは「ない」という結論は出てこない。むしろ反対である。チェルノブイリ事故後および原爆被爆者の場合と同様、放射線被曝と「線量反応関係」にある、すなわち因果関係があるという結論が出てくる。この児玉氏の議論では、被曝量の大きさは、甲状腺がんの発症と被曝との関連を否定しないばかりか、議論の前提としているからである。
 ところが、児玉氏は、次のように結論する。

 P206 これらのことから(光武氏を引用して)福島で見つかっている甲状腺がんは、放射線被曝によるものではないと考えられる。

 ここでは、今までの議論の展開は、甲状腺がんの遺伝子変異の特質が放射線影響でありその線量に依存すると言うことを前提としていた。ところが、結論の段階では、この前提に対する公然たる否定が、議論の外から突然導入される。この結論のためには、今までの議論は全て無駄であり、不必要である。
 「100mSv以下の被曝では健康影響がない」という議論をしながら、年間20mSv/yの地域に5年以上居住しても「何の問題もない」という専門家たちと同じように、児玉氏らも、「科学者としての良心」はもちろん、信義に基づいて誠実に議論するという公人としての最低限の原則も捨て去っているように思われてならない。
 付け加えると、子どもの甲状腺がんについては、放射線影響であることは、疫学調査によってもはや議論の余地はないのである。
 さらに、現在の医療の現場では、各疾患について各学会と厚生省によって、いわゆる『診療ガイドライン』というものが確立されている。基本的には、現場の医師は、それにしたがって、診察も治療も行うことになっている。甲状腺がんについても『甲状腺腫瘍診療ガイドライン』があり、公表されている。そこでは(2010年版)、19歳以下で放射線被爆歴があった場合、放射線被曝が「危険因子」あるいは「悪性腫瘍の可能性を高める病歴」の第一位「推奨グレードA」となっている(10、30ページ)。つまり、被曝影響である可能性が高いことは、議論以前に、当然の前提であるのである。
 また、ICRPのリスクモデルから計算しても、現在の多発は、明らかに、ICRPリスクモデルから想定される
  注:渡辺悦司「福島原発事故・健康被害ゼロ論の欺瞞――子供の甲状腺がん発生は本当に放射線影響とは「考えにくい」のか?
    ICRP被曝リスクモデルで福島での甲状腺がんの発生数を予測してみる
    (2016年)http://blog.torikaesu.net/?eid=55

 したがって、政府・福島県は、被曝影響だと「分かっている」ことを、権力を盾にいろいろ理由を付けて認めないだけなのである。森友文書などの場合と同じである。
 権力側の意図にしたがって、「忖度」するものか「指示」されたものかはわからないが、権力主義者・出世主義の専門家が、人々を混乱させる目的で、いろいろな「新」研究を発表している。光武氏については知らないが、少なくとも、児玉氏は、その一つの役割を担いたいと思っているようである。だがそれは、『甲状腺腫瘍診療ガイドライン』違反であり、ICRP違反である。それだけでなく、氏の議論そのものが氏の議論の誠実さそのものを根底から疑わしくさせるものなのである。

P207 放射線感受性のことを…少し述べます。
P208 DNA修復系ですが、(DNAの)傷を治す能力がわずかに低下している人がいることが分かってきています。つまり、放射線感受性にわずかながら個人差があるということです。放射線感受性の個人差の遺伝的要因として、DNA修復系の遺伝子の変異や一塩基多型が有力な候補と考えられています。しかし、放射線感受性の個人差については不明な点が多いのが現状です。

 これもまた、本書の著者たちに特徴的な「否定」の仕方である。彼らは、自分たちが「放射線の専門家」だとそこここで自慢し自賛しているが、実際には放射線に関する教科書的な知識にも欠けているか、それとも知って故意に隠蔽あるいはねつ造しようとしているか、要するに虚偽を人々に広めようとしていることを、到るところで自己暴露している。ここもその一例である。
 児玉氏は、「放射線感受性の個人差」の存在を認めている。ところが、それは「わずか」であるという評価が、何の根拠も典拠も引用もなく現れ、あたかも当然であるかに主張されている。E・J・ホールらによる国際的によく使われている教科書『放射線医のための放射線生物学』(英文)を見てみよう。同書は、このような遺伝子変異による放射線感受性の個人差を量的に推計しているが、それは2〜3倍である(47〜48ページ)。これを「わずか」とは決して言えないであろう。もしこれを「わずか」というなら、同じく2〜3倍とされる幼児や子どもの感受性も「わずか」として、無視ないし軽視してもよいと言うことになるであろう。
 ホールらの教科書は、この根拠として、実験によって得られた、放射線照射に対するAT遺伝子に異常のある細胞と異常のない各臓器の細胞の生存率をグラフとして上げているので、以下に引用しておく(P317)。

図18




   7. 本書「まとめに代えて」の検討

 P241 清水修二氏
 浜通りの6号国道の清掃を中高生と一緒に行ったボランティア活動に対し、『殺人行為』などと罵る声が多数浴びせられる事件がありました。現在では避難指示の解除が行われて6号線沿いのかなりの地域で住民の居住が許される状況になっています。清掃どころか子どもが居住する段階になっているのです。これをしも『大量殺人』等と罵るのでしょうか。

 矢ヶ崎克馬氏は、福島原発事故による現在の被曝状況を「知られざる核戦争」と規定している。全くその通りであると思う。現実の国際政治において、核事故とくに原発重大事故は、実際にそのように捉えられて、世界の帝国主義的支配・覇権をめぐる、世界の勢力圏分割をめぐる帝国主義的抗争の手段の一つとなってきた。
 IAEAやUNSCEARなどによる、原発事故の「健康影響は予想されない」とする国際的な動きには、単に原発推進の目的のために事故被害を「ない」ことにする「以上」の深刻な意味があると考えるべきである。
 チェルノブイリ事故の翌年に出されたUNSCEAR1988年報告書は、同事故が60万人・Svの集団実効線量をもたらしたと認めた。つまり、UNSCEARのリスクモデルによればおよそ6万人の被害が想定されるはずだったが、実際の叙述は直接の死亡者以外の健康影響は全く認めないという極めて不自然なものだった。
 チェルノブイリ事故の際のIAEAやUNSCEARなど国際機関のこの極めて不可解な動きの背景には、当時社会主義体制下にあったソ連さらには東欧諸国を、事故の影響を利用して可能なかぎり弱体化させ、可能なら崩壊を促すという目的が隠れていたと考えるべきである。つまり、「被害がない」ということを勧告して、ソ連や各国政府が避難や放射線防護などの対策を「とらない」ことを促し、それによって当該国政府に自国民の追加的な被曝を強制するように導くことができれば、結果的に可能なかぎり多くの住民の健康状態を悪化させ、可能なかぎり多くの病気を作り出し、可能なかぎり多くの死者を生みだし、将来の育ちゆく未来の世代の活力や健康を可能なかぎり削ぎ、それらの国々の国力を根底から弱体化することができると企図したとしか考えられない。帝国主義は、チェルノブイリ事故から学び、ソ連・東欧社会主義の崩壊という成功体験から学んだということを忘れてはならない。
 つまり、現実に戦争を行って数万数十万数百万もの損害を特定の国に与えることは、大きな困難とそれに対応する大きなリスクを伴なうが、原発事故を利用すれば、その程度の損害を与えることは困難ではない。事実、チェルノブイリ事故後、社会主義崩壊による経済的社会的混乱の影響も加わって、ロシア・東欧諸国の人口は2200万人も減少した。
 二度の帝国主義世界戦争の大惨事を引き起こし、朝鮮戦争からベトナム戦争、イラク侵攻から長く続く中東での戦争等などを強行して、世界中の幾億の人民を途方もない規模の大量殺戮と惨劇に陥れてきた帝国主義の本質は現在も何ら変わっていない。
 今回の福島原発事故に対する国際諸機関の対応についても同じことが言える。アメリカを先頭としロシア・中国も含む国際核帝国主義は、まず特定の国家を核開発・原発開発の道に進ませ、法外で維持不可能な経済的財政的負担を負わせるだけでなく、ある意味で原発事故を誘発させようとし、さらに事故が起こった場合には、その事故対応を可能なかぎり遅らせるか行わせないようにし、可能なかぎり多くの該当国民を被曝させ、被曝被害を大きくし、その国の人口と国力を長い将来にわたり可能なかぎり弱体化する――このように原発事故と放出放射能への住民被曝は、国際核帝国主義が、帝国主義間の抗争あるいは帝国主義と新興諸国との抗争において使用する「核戦争の一種の代替物」になっていると考えるべきである。つまり、政府発表でも広島原爆168発分、実際には数千発分の「死の灰」をバラ撒いた福島原発事故は、矢ヶ崎氏の指摘している、主に自国民に対する、結果的には世界の人々に対する、見えざる、隠された、知られざる一種の「核戦争」なのである。
 その一環として、IAEAやUNSCEARなど国際原子力機関が主導して、「被曝の健康影響はまったくない」というデマによるマインドコントロールを、各国民はもちろん各国の政治指導者にも広げることがある。それによって、各国の政治指導者が自国民を殲滅するという愚かな役割を自ら担ってくれるというのである。
 現在の、核災害を起こした日本に対するUNSCEARの動向も同じことである。日本政府・復興庁や日本学術会議が「科学的基準」として持ち上げ、本書もまた「福島県民の願い」を表現しているかに称揚するUNSCEAR報告の本質とは、それ自体帝国主義であるが衰退しつつある競争相手としての日本を、事故放射能への国民の被曝を利用して、さらに弱体化し、帝国主義としての基礎を可能なかぎり堀り崩し、自滅的な道に誘導すること、これである。それこそ、UNSCEARの対日勧告の主目的の一つである。国民を被曝させれば被曝させただけ被害が出る。これが放射線科学の原則である。事故直後に、安倍側近の財界人は、年間5000人の死者が被害想定されていることを示唆していたし、皇族筋に近い精神科医は、事故にかかわらず原発を強行推進する心理を「集団自殺願望」だと特徴づけていた。だがその後、なぜ、日本の支配層の誰も、特にそのような問題に敏感な日本の右翼とナショナリストも、誰の目にも十分に明かなこの事実に目を向けなくなったのだろうか。日本の反帝勢力もまた、なぜ、この帝国主義の残虐性と非人道性――現在のシリアや中東での帝国主義の住民に対する大量虐殺を見ればあまりにも明らかである――に対して批判的な眼を曇らせてしまったのであろうか。
 付け加えると、通常運転による放出放射能汚染を利用すれば、日本や韓国のような人口密度の高い国では、ECRRによって計算すると毎年の被曝により数万の損害を与えることができるが、この面は今は置いておこう。
 ベラルーシ・ウクライナ・ロシアでは、およそチェルノブイリ事故後5年で、事故処理作業員(リクビダートル)や被害住民の強力な大衆的な運動の圧力の下、支配層は、この国際核帝国主義による事故放出放射能を使った自国民の自滅誘導政策の危険性を認識した。事故による被害が全く「ない」とする路線と明確に一線を画するチェルノブイリ法の体系が制定されたのは、このためである。
 だが、日本の安倍政権は、愚かなのか意図的になのか分からないが、事故後7年を経てもなお、アメリカと国際核帝国主義に無批判に追随・従属して、自民族・自国民(ここでは支配・被支配を区別しない国境で区別された大きな社会集団という社会学的意味で使っている)に対して、自ら進んで自滅的な政策をとっている。自らの民族と国民をことさらに事故放出放射能に曝し、それによる「大量殺人」を実行している。
 政府のとっている帰還政策を見るだけでも、このことは明らかである。すでに表7で引用した政府・放医研の掲げている被曝リスク表を見れば、避難者10万人を20mSv/yの汚染地域に帰還させ5年間居住させれば、400人〜1,500人程度のがん死が、生涯期間では4,000人〜1万5,000人程度のがん死が生じる危険性があることは容易に理解できる。ECRRやゴフマン氏による過小評価分を補正すれば、実際にはこの10〜40倍程度になる可能性があるが、今ここで重要なのは、政府の基本的見解によっても「大量殺人」は、十分「予測可能」であり、言い換えれば「予定されている」事態であることである。
 つまり、安倍政権は、自国民だけでなく、自国の帝国主義の客観的利害をさえ踏みにじっているのである。安倍のような帝国主義者が、自国の帝国主義的利害を裏切っているという倒錯した現実こそ現在の異常事態の基礎である。原発や被曝に反対する人々に対する攻撃として使われることの多い右翼的用語でいえば、文字通り、安倍と自民党・公明党政権こそ自国民を滅ぼす「売国奴」「非国民」と呼ぶべきなのである。
 清水氏による、政府の進める帰還政策を「『大量殺人』と罵るのか」というまるで泣き言のような帰還政策の弁護論は、現実の帝国主義的国際・国内政治の冷酷非情で徹頭徹尾非人道的な現実に対するナイーブで子供じみた無知によるものなのかもしれないが、客観的には国際原子力帝国主義と安倍政権が行なっているそのような「大量殺人」こそ「しあわせになる」途であるとしてそれに意図的に協力する役割を果たす以外にない。


   8.おわりに

 以上の検討をまとめると次のようになる。本書の著者共通の間違いとして以下の5点が指摘できる。
 1.「福島原発事故被曝被害」を「福島県差別」としていること。原発事故被害はもっと広範で世界中、日本全国、関東・東北に及ぶ。
 2.「人的被ばく被害は全くない」という現実に反するデマ宣伝をしている。そのため被曝被害の領域を決めることができない。その結果、「福島県差別」の風評被害を煽っている。
 3.内部被曝をほとんど無視できるという誤った認識と誤った評価方法で被曝の科学的評価を不可能にしている。
 4.人工の放射性物質セシウム134、137やヨウ素131、ストロンチウムなどと天然の放射性物質カリウム40とを意図的に混同、同一視をして、放射性物質の体内蓄積効果の危険性を無視している。
 5.本書は、ガラスバッジによる個人線量の過小評価を演出し、それによって、住民に実質100mSv/年を超える 高い被曝を強要する危険極まりないものである。

 最後に現実の被害で苦しむ人たちの悲鳴や訴えをぜひ聞いていただきたい。以下の文献を紹介しておく。ここにも「国や県の不作為により子供の被ばくを回避してやれなかった親たちの後悔の念と、憤り、そして、子の将来を案ずる愛情が詰まっている」30)31)32)

  謝辞

 この批判文を検討するにあたり、多くの方に議論いただきました。大和田幸嗣、遠藤順子、児玉順一、矢ケ崎克馬,上野益徳、石津望の皆さんに感謝します。



  参考文献

1.池田香代子・開沼博・児玉一八・ 清水修二・野口邦和・松本春野・安斎育郎・一ノ瀬正樹・大森真・越智小枝・小波秀雄・早野龍五・番場さち子・前田正治『しあわせになるための「福島差別」論』(2018年1月、かもがわ出版)
http://www.kamogawa.co.jp/kensaku/syoseki/sa/0939.html
2.児玉一八、清水修二、野口邦和、『放射線被曝の理科・社会』かもがわ出版、2014年
3.復興庁「風評払拭・リスクコミュニケーション強化戦略」
平成29年12月12日
http://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat1/sub-cat1-4/fuhyou/20171212_01_kyoukasenryaku.pdf#search=%27%E5%BE%A9%E8%88%88%E5%BA%81+kyoukasenryaku%27
4.Hagen Heinrich Scherb, Kuniyoshi Mori, Keiji Hayashi.
"Increases in perinatal mortality in prefectures contaminated by the Fukushima nuclear power plant accident in Japan - A spatially stratified longitudinal study."
(Medicine 2016; 95: e4958)
5.田井中雅人 ,? エイミー・ツジモト;『漂流するアメリカ被ばく裁判』朝日新聞出版、2018年
6.市川定夫;『新・環境学 III』藤原書店、2008年、p172
7、大和田幸嗣、橋本眞佐男、山田耕作、渡辺悦司;『原発問題の争点』緑風出版、2012年
8.渡辺悦司、遠藤順子、山田耕作;『放射線被曝の争点』緑風出版、2016年
9.キース・ベーヴァーストック(Keith Baverstock);「福島原発事故に関する『UNSCEAR2013年報告書』に対する批判的検証」、岩波書店、『科学』Nov.2014.vol.8 4.No.11。
10.『放射性セシウムが人体に与える医学的生物学的影響−チェルノブイリ原発事故被曝の病理データ』− ユーリ・I・バンダジェフスキー著 久保田護訳 合同出版2011年
11.国連科学委員会Report 2001
http://www.unscear.org/docs/publications/2001/UNSCEAR_2001_Report.pdf#search=%27UNSCARE+2001%27
12.リッピンコット『放射線医のための放射線生物学』
13.宮崎・早野論文については以下のサイトを参照のこと。
http://blog.torikaesu.net/?eid=65
記事の紹介 A.週刊金曜日6月30日号 B.ガラスバッジに関して
http://blog.torikaesu.net/?eid=63
14.『チェルノブイリ被害の全貌』ヤブロコフ他著、星川淳他訳、2,013年
15.K. Morimura et al. Possible distinct molecular carcinogenic pathways for bladder canser in Uklaine, before and after the Chernobyldisaster. Oncol.Pep.11.881-886(2004)
16.A. Romanenko et al. Urinary bladder carcinogenesis induced by chronic exposure to persistent low-dose radiation after Chernobyl accident.
Carcinogenesis 30,1821-1831(2009)
17.明石昇二郎;「福島県で急増する『死の病』の正体を追う」『宝島』2014年10月号
18.斉藤さちこ、山内知也;神戸大学海事科学研究科紀要第14号23−30,2017
19.Tsuda T. et al. ;Thyroid Cancer Detection by Ultrasound Among Residents Ages 18 Years and Younger in Fukushima Japan 2011 to 2014,Epidemiology 2016 May, 27(3)316-22.
20.川崎陽子;『放射線被ばくの知見を生かすために国際機関依存症からの脱却を――小児甲状腺がん多発の例から考える』、岩波書店『科学』2018年 2月号。
21.Inge Schmitz-Feuerhake, Christopher Busby, Sebastian Pflugbeil,
Genetic radiation risks: a neglected topic in the low dose debate.
Environmental Health and Toxiology,vol.31,Article ID e2016001
http://dx.doi.org/10.5620/eht.e2016001
22.低レベル放射線曝露と自覚症状・疾病罹患の関連に関する疫学調査
―調査対象地域3町での比較と双葉町住民内での比較―
http://www.saflan.jp/wpcontent/uploads/47617c7eef782d8bf8b74f48f6c53acb.pdf
23.山田耕作;週刊金曜日6月30日号 記事より http://blog.torikaesu.net/?cid=8
24.山田耕作;宮崎・早野論文について http://blog.torikaesu.net/?eid=65
25..Lubin JH et al, Thyroid Cancer Following Childhood Low-Dose Radiation Exposure: A Pooled Analysis of Nine Cohorts. J Clin Endocrinol Metab. 2017 Jul 1;102(7):2575-2583.
https://academic.oup.com/jcem/article/102/7/2575/3063794
26.Tronko MD, et al. Cancer, 1999; 86: 149-156.
27.本行忠志;「放射線の人体影響―低線量被ばくは大丈夫か」、生産と技術、第66巻 第4号(2014) 68.
28.2017年11月30日「福島県民健康調査検討委員会資料」
29.宗川吉汪;『福島甲状腺がんの被ばく発症』文理閣 2017年
30.『私達の決断 あの日を境に…』原発賠償京都訴訟原告団編 耕文社 2017年9月
31.『3.11避難者の声』東日本大震災避難者の会 2017年3月 
32.『子ども脱被ばく裁判意見陳述集I』(子ども脱被ばく裁判の会編、ママレポ出版局、2017年)

復興庁の「風評払拭・リスクコミュニケーション強化戦略」批判   山田耕作、渡辺悦司

2018年02月


復興庁の「風評払拭・リスクコミュニケーション強化戦略」批判
――こんな安全宣伝を政府がやって生命の危険にさらしてよいのか

山田耕作、渡辺悦司 2018年2月12日




〖ここからダウンロードできます〗
復興庁の「風評払拭・リスクコミュニケーション強化戦略」批判(pdf,44ページ,1466KB)


 はじめに

 復興庁「原子力災害による風評被害を含む影響への対策タスクフォース」による「風評払拭・リスクコミュニケーション強化戦略」とそれに基づく「復興大臣からの指示事項」が、昨年末(2017年12月12日)に公表された。主な内容は、①福島原発事故の放射線量では外部被曝・内部被曝とも「健康に影響の及ぶ数値ではない」、②放射線被曝により「遺伝性影響が出ることはない」、③100〜200mSvの被曝は「野菜不足や高塩分食品摂取」程度のリスクにすぎない、④福島県内の放射線量(空間線量率)は「大幅に低下」して「全国の主要都市とほぼ同水準」であるので、福島への修学旅行・教育旅行を広く実施するよう文科省・教師・旅行業者に要請、⑤福島県産の食品は「安全性が確保」されており、学校給食で使うよう要請する方針を示唆、⑥空間線量に乗算している現行の家屋遮蔽係数0.6は「3倍過大」であり0.2に引き下げるべき、⑦「健康影響は未だ結論が出ていない」というような「曖昧な表現」は「いたずらに不安を煽る」ので「シンプルに発信する」(要するに影響は「ない」とだけたたき込む放射線教育を実施する)、等々である。
 われわれは、かねてより、福島原発事故をめぐって放射能による健康被害が「ある」か「ない」かが、政府・専門家との論争の基本的な対決点であるという点を強調してきた(『放射線被曝の争点』緑風出版[2016年])。また、時間の経過と共に放射線による広範な健康被害が表面化し、避難者や被害者の闘争が進むにつれて、ますますこの根本問題が前面に出てくるであろうと主張してきた。
 2013年9月7日の安倍首相の発言(「健康に対する問題は、今までも、現在も、これからも全くない」)から始まり、2014年12月22日の「中間取りまとめ」によって公式に政府方針として決定された福島原発事故による健康被害の全否定論あるいは被曝ゼロリスク論は、最近、一段の露骨化と暴論化を遂げている。
 昨年2017年9月1日に発表された日本学術会議の『子ども放射線被ばくの影響と今後の課題』報告書は、子どもの放射線感受性が2〜3倍高いことを認めた上で、それでもなお、子どもも含めて健康影響は一切「ない」と強弁し、さらには、年間20mSvの基準を、全国に拡大して子どもや妊婦を含めて適用しても何の問題もないという方向性を提起した。
 昨年12月12日、ここで検討する復興庁の「風評払拭」文書が出され、政府のやり方はさらに露骨になった。「確認されていない」「結論が出ていない」というような「曖昧な表現」はかえって「不安を煽る」、だからはっきりと「ない」と断言し、影響が「ある」という見解は全て「風評」であると決めつけるようにという方針が、政府文書および大臣指示として、すべての関係省庁に対して指示された。
 健康被害ゼロ論には、元々、2つの要素――①安倍首相のような確信犯的断定論と②「分からない」「確認できない」「証明できない」という不可知論――が混在していたが、今や②を排して①で徹底しようというわけである。②については、国連決議やEU条約など国際的に、「予防原則」によって「防護」の方向で対処するべきであると方向付けられているからである。
 しかも、政府は、その際、福島への修学旅行・教育旅行を全国的規模で組織することや、全国の学校給食に福島県産農林水産物・食品を広範囲に利用することなど、子どもを利用して、つまり子どもを被曝の犠牲にして、放射能「安全・安心」宣伝を行おうとしている。
 では、なぜ政府はこのような正気とも思われない主張をするのであろうか?それは単純である。政府が窮地に立たされているということである。
 まず、表向きには、東京オリンピックを前にして、日本政府には、国内的にも国際的にも、福島事故放射能の影響は何の問題も「ない」ように取り繕わなければならない事情がある。オリンピックまでに避難区域を全て解消して、復興を演出しなければならない。
 経済財政的には、健康被害が「ある」ということになると、政府と事故を起こした東電は、巨額の(100兆円ともいわれる)賠償を長期にわたって負担しなければならなくなる。
 それだけではない。仮に放射能による健康被害が「ある」ということになれば、被害の程度や範囲や規模が問題になり、チェルノブイリ事故や核実験の人的被害との比較において、それが極めて大きく数十から数百万人規模ということにならざるをえない(付論参照)。福島級事故の再発をいわば前提とした原発の大規模再稼働やましてや原発輸出などは、極めて困難か不可能に近くなるであろう。詰まるところ政府は、原発を止めないために、国民と子どもたちを被曝の犠牲に供さなければならなくなっているわけである。
 さらに、アメリカは朝鮮半島やその他の諸地域において核戦争を準備しているが、そのような計画への日本の協力にも障害となるであろう。日本の独自核武装の野望にも影響が出ることも避けられない。
 だが、最大の要因は、健康危機が現実に顕在化する中で、政府自体が陥っている深刻な動揺と考えるべきであろう。復興庁文書の一種の異常性が示すのは、政府・政府側専門家・原発推進勢力の自信ではなく危機感・焦燥感である。同文書自体が「国民一般に対して放射線に関する正しい知識」が「十分に周知されていなかった」と「反省」しているように、国民の多くは政府や専門家の唱える放射線被害ゼロ論を信じてはいない。近年になって、多くの人々が、福島だけでなく東京・関東圏から、自分や子どもや家族に現実に生じている健康被害に直面して、放射線影響を疑い、それを避けるために関西圏や中国地方・九州・北海道などに、さらには台湾やオーストラリア・ニュージーランドなど海外に、新たに避難している。放射線影響は、多くの被支配・被搾取人民だけではなく、支配し搾取しそれらの成果を日々享受し満たされた生活をしている支配階級もまた無差別に襲っている。多くの有名人たちの早死が目立っているだけではない。元の復興副大臣や環境政務官など福島事故・復興関連の政府高官の立て続けの早死は、あまりにも示唆的である。
 これらの事情から、露骨な虚偽であろうが嘘であろうが、何としても健康被害の「一切」を「ない」ことにし、影響が「ある」という見解に主要な攻撃の矛先を向け、多くの場合「確率的」に生じるであろう被害者には、放射線影響では「ない」と信じさせて静かに従容として病気と死へと導くという政府の対応が出て来ているのである。
 われわれのささやかな論考が、国民を欺し愚弄し、結果として次々と高い線量を被曝させ、人々にそれによる体調不良や病気や死を強要していくという「集団自殺的」な政府の政策方針について警告し批判し反対していく上で、一助となればと考える。


復興大臣からの指示事項(要旨)
平成29年(2017年)12月12日
復興庁

http://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat1/sub-cat1-4/fuhyou/20171212_03_daijin-siji.pdf

これまで国民一般に対して、放射線に関する正しい知識や食品中の放射性物質に関する検査結果等が必ずしも十分に周知されていなかったとの反省に立ち、「知ってもらう」、「食べてもらう」、「来てもらう」の観点から、伝えるべき対象、伝えるべき内容、発信の工夫について、具体的に示した「風評払拭・リスクコミュニケーション強化戦略」を取りまとめた。(中略)
以下、主な施策について、指示する。
1.知ってもらう
(1)放射線の基本的事項や健康影響、食品及び飲料水の安全性等について、本戦略に基づいて、パンフレット、放射線副読本等の見直しを行う(中略)
(2)特に放射線教育については、副読本の作成にとどまらず、実際に児童生徒や教師、保護者等にも伝わる「仕組み」作りを併せて行うこと。
2.食べてもらう(中略)
3.来てもらう(以下省略)。


1.要旨批判
 上の指示要旨を見ると「国民一般に対して、放射線に関する正しい知識や食品中の放射性物質に関する検査結果等が必ずしも十分に周知されていなかったとの反省に立ち、知ってもらう、食べてもらう、来てもらう」ための戦略であることが分かる。つまり、放射線に関する「正しい」知識と検査結果を周知させるための戦略であるという。ところがここで根本問題は「正しい」知識と検査結果の内容である。安倍首相をはじめ政府は被曝による一切の人的被害を認めていない。人的被害が「ある」という見解は全て「風評」であるという立場である。それに対して、被害の訴えや様々な疑問や批判が現実にあるのだから、政府はそれらを「風評」とする科学的根拠を明確にする責任がある。
 しかし、この「強化戦略」は科学的判断を註に回して、恣意的な引用が多く、小児甲状腺がんの発症率や周産期死亡率の増加など明らかな事実さえ否定している。福島原発事故から7年近く経った現在、依然として事故は収束せず、放射性物質の大気と海中への放出が続いている。政府は国民を被曝の危険から守らなければならない。にもかかわらず、福島原発事故による放射線被曝の危険性を警告もせず、隠蔽し、安全を口先で説くことによって解決しようとしている。そのため、政府が先頭に立ってデマ宣伝をしていることになっている。このことによって政府は国民を被曝による健康破壊と生命の危機にさらしている。絶対に考慮すべきことは放射線に対する感受性の個人差である。人権に基づいて放射線感受性の高いすなわち放射線に弱い人々(胎児・乳幼児・子ども、若者、女性、DNA修復遺伝子変異を持つ人々など)を含めて全ての人の生命と健康を放射線被曝から守らなければならない。
 「強化戦略」のもう一つの特徴は、子どもを使った卑劣とも言わざるを得ないやり方である。①児童生徒に対する、被曝被害は一切「ない」とする放射線教育、②福島県への修学旅行の奨励、③福島県産の農水産物や食品の給食での利用などが目玉である。こうして、2017年9月の日本学術会議の子ども被ばく報告書の示す路線――子どもは放射線感受性が平均の2〜3倍は高いが、それでも年間20ミリシーベルトの基準を適用しても何の問題も被害もない――を行政的に実行に移し、児童生徒の広範囲の放射線被曝を進めていこうとしている。しかも、政府のいう被曝量は、家屋遮蔽係数の0.6が掛けられた数値なので、年間20ミリシーベルトは事実上はおよそ年間33ミリシーベルトである。国民の将来を担う子どもたちを被曝から護るのではなく、被曝しても安全というマインドコントロールを行い、「復興」という名目で被曝を推奨し、児童生徒に対する被曝行為を行政的に組織することは、この点だけから言っても、極めて危険な、いわば日本国民全体を放射線で衰微させ民族滅亡に向かって進めるに等しい自滅的な政策である。
 以上が要旨の批判であるが次に本文を検討する。

2.復興庁の「風評払拭・リスクコミュニケーション強化戦略」批判
 本文は以下にある1)
http://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat1/sub-cat1-4/fuhyou/20171212_01_kyoukasenryaku.pdf

はじめに

 復興庁が中心になって2017年12月12日に「風評払拭・リスクコミュニケーション強化戦略」を発表した(「強化戦略」と略記)。この「強化戦略」は、科学的粉飾による嘘とごまかしと歪曲で持って、100~200ミリシーベルトの被曝の発がんリスクの増加は、野菜不足や高塩分摂取による発がんリスクの増加に相当するものとして、再度安全神話を作り上げ強制帰還政策を正当化しようとするものである。これを国内外に向けて発信し、2020年東京オリンピックは安全であるとする意図が隠されているようである。日本国民のみならず世界を騙そうとする戦略である。参考文献なども自分に都合のいいものだけを引用し、科学的根拠を示そうとしている。結論が誤っているのであるから、根拠という文献も信頼性のないものである。「強化戦略」とは、被曝の危険性の指摘を風評と決めつけ、コミュニケーションという情報操作で科学的に安全でないものを「安全」と偽るための戦略である。
 原子力災害による風評被害を含む影響への対策タスクフォースによる文書を太字として枠内に引用する。以下、本文を検討する(括弧内は「風評払拭・リスクコミュニケーション強化戦略」本文ページ)。

風評の払拭については、これまでの取組により一定の成果を上げているものの、福島県産農林水産物の全国平均価格との乖離や教育旅行をはじめとした観光業の不振など、今もなお風評被害が根強く残っている。(1ページ)

 「農林産物の価格が全国平均より低いこと」「観光の不振」を全て風評被害としているが、これらは科学的根拠のない風評の結果なのか。この文書の異様なところは科学的結論が註で述べられ、コミュニケーションの戦略技術のみを論じるところにある。本質的な問題は註にある科学的結論が信頼できないことであり、それが間違っていることである。そのため、よく知らない人には危険性の指摘が「風評」に見えるかもしれない。しかし、「風評」は、政府が現実の被害や被曝に関する科学的な結論を否定するために恣意的に用いる言葉であり、明確な根拠がない。現実に被害のリスクがあるのであるから、全てを根拠のない「風評」とするのが間違いである。それ故、原因である事実に反する結論を訂正することなしには、いくら宣伝費を使っても解決できない。さらに教育にまで広めようというのであるから、子どもたちにも誤った放射線の知識を教えることになる。そもそも根本的な科学的な問題を註で述べることも政府が科学的検討を軽視し、頭から被害がないと決めつけている結果の反映と思われる。
 例えば、日本政府は通常の食品を1kg当たり100ベクレル(100Bq/kg)の基準で安全とし、この基準が満たされていることを強調すべきであるという。しかし、この基準そのものが問題である。この基準100Bq/kgは、福島原発事故前の放射性廃棄物の処分の基準値であった。いくら非常時といっても高すぎる。この基準以下でも被曝被害の危険があるなら、価値が低下し「平均価格との乖離」があってもやむを得ない。むしろ、被曝の危険のある汚染した農産物・海産物等の食品は日本政府が買い取り、市場から排除することが必要である。政府は食品基準を定めただけでその基準以下であれば安全であることを科学的に証明していない。
 ICRP(国際放射線防護委員会)に基づく内部被曝の評価はファントムというモデルで死んだ抽象的物体として生体の被曝を計算するもので、信頼できない。最近の科学は内部被曝の危険性を明確に示しており、1Bq/kg以下の食品でも体内に放射性セシウムなどが蓄積するので危険であることを証明している2,3)。例えば、チェルノブイリ事故によって広く見られる「長寿命放射性核種取り込み症候群」は内部被曝の危険性として重要である。福島県はじめ東北・関東の汚染地にはホットスポットがあり、空中に放射性微粒子が飛散・浮遊していることが報告されている。肺から放射性微粒子を吸引したり、食品から取り込む危険性がある。それ故、汚染地への旅行・訪問をできれば避けようとするのは賢明な判断である。復興庁の「強化戦略」は科学的な根拠もなく、全てを「風評」と決めつけ、「言われのない偏見や差別」というのである。
 汚染した住宅・農地での被ばくに対する避難者や被災者の苦しみの叫びがある4,5)。また、トモダチ作戦による米兵の被曝など単なる風評とは言えない明白な事実の証言がある。
 さらに『子ども脱被ばく裁判意見陳述集I』(子ども脱被ばく裁判の会編、ママレポ出版局、2017年)にも「国や県の不作為により子供の被ばくを回避してやれなかった親たちの後悔の念と、憤り、そして、子の将来を案ずる愛情が詰まっている」。




このような科学的根拠に基づかない風評や偏見・差別は、福島県の現状についての認識が不足してきていることに加え、放射線に関する正しい知識や福島県における食品中の放射性物質に関する検査結果等が十分に周知されていないことに主たる原因があると考えられる。このことを国は真摯に反省し、関係府省庁が連携して統一的に周知する必要がある。その際、被災者とのリスクコミュニケーションに加え、この経験を活かしながら、国民一般を対象としたリスクコミュニケーションにも重点を置くこととする。(1ページ)

 「 強化戦略」は放射線被曝の危険性を全て「風評」と決めつけているが、その現状認識が科学的に間違っており、正しく被曝を評価すれば健康破壊の危険があり、現実に人々は被曝被害を訴えているのである4,5)。小児甲状腺がんの罹患率や周産期死亡率は統計的に有意で増加している6,7)。その現実を無視して風評と言い切ることはできない。これではリスクコミュニケーションはリスクではなくデマを伝えることになってしまう。真実は「放射線被曝は危険で被害が出ており、汚染地から避難する」ことが健康被害を防ぐ正しい道なのである。政府は「トモダチ作戦」による米兵の9人の死と延べ400人の被害の訴えも風評と考えるのだろうか。

 国は被災者の思いや置かれた状況を忘れず、「知ってもらい」、「食べてもらい」、「来てもらう」ことによって、国民一人ひとりにその思いを共感してもらうべく、全力を尽くすことが必要である。(1ページ)

 「強化戦略」は汚染した被曝地を「訪問する」、そこで「食べる」ことを奨励する。しかし、それが危険で無謀な行為であることは明らかである。そのことで病気や遺伝的障害が出たとき、復興庁や政府は責任が取れるだろうか。「思いを共感する」だけではなく、「避難を勧め、避難を支援する」ことで人命と健康を守ることこそ政府がなすべき緊急の課題なのである。政府の不当な指示や勧告、援助・賠償の削減という圧力・強制によって、汚染地に帰還させられたり、被災地にとどまり被曝被害を受けた人が現実に多数健康破壊を訴えている4、5)。ぜひ避難者の声を聞いていただきたい。

この際、健康影響への評価については、①放射線はその有無ではなく、量的に考える必要があること、②現在、福島県では放射線の安全性が確保されていること、③世界で最も厳しい水準の放射性物質に関する基準の設定や検査の徹底により、福島県産食品及び飲料水の安全は確保されていること等を発信し、個々人の安心感の醸成にしっかりとつなげていくことに留意する必要がある。(1ページ)

 ①の主張は、放射線に被曝しても量が少なければよい。福島では被曝量が少ないといいたいのである。物事を評価するとき「量と質」を対立させて上記①の主張がされている。正しい思考方法は質的にも量的にも安全でなければならないということである。いくら全量検査といっても設定した基準値の安全性が質・量的に示されなければ意味がない。政府は放射性微粒子を含む内部被曝の定量的な危険性を明示していない。それ故、100Bq /kgの食品基準がどんなに危険かを理解することも、説明することもできないのである。
 「世界で最も厳しい」という主張も嘘だとしか言いようがない。もちろん、食生活が異なるので摂取量を考慮しないと比較できない。だが、例えば「飲料水の安全は確保されている」というが日本の基準は10Bq/kgだが, ウクライナは2Bq/kgである。ウクライナではチェルノブイリ事故以後出生率の低下が止まらず、やっとこのレベルまで水の基準値を下げて止まった。人は2リットルの水を1日に飲むということだが水だけで日本の基準は20Bq/dayのセシウム137の摂取を容認していることになる。これは1年位の長期間ではICRPの計算でも3000Bqが蓄積し、60kgの体重の人なら、体重1kgあたりのセシウム137の蓄積量が50Bq/kgとなり、これは小児の90%に心電図の異常が出る量である。決して安全とは言えない2)。
 ②の「福島県では放射線の安全が確保されている」とはどのような根拠で何を言っているのだろうか。溶融燃料の処理もできず、絶えず放射性物質が大気中や海水中に放出されている。山林は除染されていない。汚染した土壌から放射性微粒子が舞い上がる。小児甲状腺がんは増加しているが原因と対策は明らかになったのか。疑問に答えることをせず、「放射線の安全性が確保されている」と宣言するだけでは住民が納得できないのは当然である。小児甲状腺がんの増加が放射線被曝によるものであることは、発症率に汚染度によって地域差があることからも明確である。やっと福島県県民調査検討委員会も発症率の地域差を報告した7,8)
 質的な面で重要なことは、年齢・性・遺伝子変異などにより、体質的に放射線に弱い人がいることである。復興庁文書はこの事実を全く無視している。
 子どもについては、ICRPでさえも平均の3倍の感受性があること、つまり放射線影響を3倍受けやすく、同一の被曝量でも3倍のリスクとなることを認めている。
 放射線の影響を受けやすい遺伝子変異を持つ人々についていえば、ICRP(国際放射線防護委員会)は人口の1%、ECRR(欧州放射線リスク委員会)は6%の割合と言う。それ故、弱者への配慮もなく、一律に防護基準を決め、「安全」と断定し、「風評」と決めつけることは放射線に過敏な人たちの人権を無視することになる。
 この個人間の放射性感受性の相違は、決してわずかな幅ではない。たとえば、よく使われているエリック・ホール氏らの放射線生物学教科書によれば、ATM遺伝子に変異がある人の放射線感受性は通常の場合の2〜3倍とされている9)。大阪大学医学部の本行忠志氏によれば、個人間の放射線感受性の差は極めて大きく、セシウム137の生物学的半減期で見ると、個人間の差は最大で100倍あるとされている10)

このような問題意識を踏まえ、復興大臣のリーダーシップの下、「原子力災害による風評被害を含む影響への対策タスクフォース」が設置した「風評払拭・リスコミ強化戦略策定プロジェクトチーム」を構成する関係府省庁が、これまでのリスクコミュニケーション対策の総点検を行った上で、有識者の意見を聴取し、専門家の間で共通している最新の科学的知見等を踏まえ、「風評払拭・リスクコミュニケーション強化戦略」を以下のとおりとりまとめた。(2ページ)

 「専門家の間で共通している最新の科学的知見」というが、先の「学術会議2017年9月1日報告:子どもの放射線被ばくの影響と今後の課題」のような間違った報告を利用し、政府は最近の正しい科学的知見を引用していない11,12)。このように「風評払拭強化戦略」は科学的な考察を抜きにして、被害の一切を無視し、政府主導によるリスクコミュ二ケーションという名のデマ的宣伝によって福島原発事故の被害を切り捨て、事故の収束を宣言しようという戦略なのである。これは核武装のためには原発を廃棄できず、危険でも原発を維持し、再稼動をあきらめない原発政策と一体のものである。

供ザ化内容
1.知ってもらう(放射線に関する正しい知識の理解と誤解の払拭)
(2)伝えるべき内容
①放射線の基本的事項及び健康影響
(a)人の身の回りには日常的に放射線が存在し、日常生活において放射線被ばくをゼロにすることはできない。
※人工の放射線と自然の放射線とでは、人体への影響に違いはない。(3ページ)

 人工の放射線と自然の放射線では、放射線としては、違いはないかもしれないが、放射性物質が体に取り込まれたときの危険性が全く異なる。セシウム137など人工の放射性元素は体内に取り込まれると臓器に蓄積する。一方、自然の放射性元素カリウム40はカリウムチャネルを通じて全身を容易に移動し、臓器に蓄積しない。特に人工の元素セシウム137などは放射性微粒子として体内に蓄積し、偏在し、集中的に継続的に放射線を照射し、人体にとって格段に危険である。
 復興庁は1kg当たり、100ベクレルを食品の安全基準としているが臓器への蓄積、放射線に対する感受性の個人差を考慮し、さらに毎日摂取することを考えるとこの基準がとても高いことが分かる。「世界一厳しい」基準というが虚偽の主張である。すでに述べたように、ウクライナでは飲料水は1リットル当たり2ベクレル以下である。日本は10ベクレルである。ウクライナでは主食のパンはキログラム当たり20ベクレルで、日本では主食のコメは100ベクレルである。体重60kgの人が毎日1kgの食品を食べ、100ベクレルを取り込んだとしよう。ICRPの計算に従うと1年位で1万5000ベクレルが蓄積する。これは体重1kg当たり、250ベクレルとなり、バンダジェフスキー博士の研究ではセシウムを臓器に取り込み死亡したベラルーシの人の汚染レベルである2,3)。だから100Bq/kgで安全とは決して言えないのである。
 「日常生活において放射線被ばくをゼロにすることはできない」というのは被曝してもやむを得ないと住民が諦めるようにするためとしか考えられない。人道的で子どもの未来を考える正常な考えなら、日常的に被曝の危険があるのだからいっそう被曝しないよう、汚染の少ない場所や食品による生活を薦めるはずである。 住民や子供の健康を守るべき日本政府が「ゼロにはできない」ことをことさら強調して「被曝やむなし」の世論を広めることは国民の健康を損なう自殺行為ではないのか。避けられない被曝もあるからいっそう人為的事故による被曝を避けるべきなのである。

(c)放射線被ばくをした場合、子供への遺伝性影響が出ることはない。
※原爆での事例を含め多くの調査においても、放射線被ばくに起因するヒトへの遺伝性影響を示す根拠は報告されていない。(3ページ)

 ここでも放射線被ばくの「ヒト」への遺伝的影響を示す根拠はないとしている。しかし、国連科学委員会の2001年報告は、上の文章の後に結論として次のように結んでいる13)。「しかし、植物や動物での実証研究で、放射線は遺伝性影響を誘発することが明確に示されている。ヒトがこの点で例外であることはなさそうである」(『放射線の遺伝的影響』)
http://www.unscear.org/docs/publications/2001/UNSCEAR_2001_Report.pdf#search=%27UNSCARE+2001%27
 「強化戦略」は上記の「しかし(However)」以下を無視して誤解させる結論を導いている。国連科学委員会は人間だけが遺伝的影響を受けないということは非現実的であるといっているのである。
 この点でInge Schmitz-Feuerhake氏らの論文が注目される14)。彼らは低線量放射線被曝の遺伝的影響の文献をしらべた。広島・長崎の原爆被爆者を調べたABCCの遺伝的影響の調査は信頼性がないと結論している。その理由として、線量応答が線形であるという仮定の間違いや、内部被曝の取り扱いの誤りなど4点を指摘している。そしてチェルノブイリの被曝データから新しい先天性奇形に対する相対過剰リスクERRはギリシャなど積算1mSvの低被曝地においては1mSvあたり0.5で、10mSvの高い被曝地では 1mSvあたりERRが0.1に下がるという結果である。おおまかには全ての先天異常を含めて積算線量10mSvにつき相対過剰リスクが1という結論である。積算10mSvで先天異常が2倍になるというのは大変なことである14)。ちなみに、ICRPやUNSCEARなどは、この先天異常が2倍となる線量(「倍加線量」)を1Gy(ほぼ1Sv=1000mSv)としてきた。放射線が先天異常を生じさせるリスクは旧来考えられてきたよりも100倍も高い可能性が出てきたのである。このことだけから言っても、日本政府が年間20mSv地域への避難住民の帰還を進めていることがいかに危険で非人道的な行為であるかは明かである。
 復興庁文書の「放射線被ばくに起因するヒトへの遺伝性影響を示す根拠は報告されていない」というのは虚偽の主張である。前述の学術会議報告自体が、遺伝性影響が「ない」と断言したすぐ後に、それに全く反する形で「臓器の奇形発生」「生後の精神発達遅滞」「小頭症」を遺伝性影響の具体的形態として挙げている(3ページ)。
 欧米で一般的に使われている大学の教科書、リッピンコット『放射線医のための放射線生物学』(英文)を見てみよう。それによれば、広島・長崎の原爆投下の際に母胎内で被爆して出生した被爆者の調査は、小頭症と知的障害(精神発達遅滞)について、放射線影響を明確に認めている。それだけでなく、小頭症についてはしきい値がない(低線量でも発症が被曝量に比例する)可能性が高いことを指摘している(179〜182ページ)。
 同書は、医療被曝した患者の事後研究によって、上の2例に加えて、さらに二分脊椎、両側内反足(足の奇形)、頭蓋骨の形成異常、上肢(腕)奇形、水頭症、頭皮脱毛症、斜視、先天性失明など、放射線影響による多くの先天性異常が報告されていると明確に記載している。

(d)放射線による健康影響は、放射線の「有無」ではなく「量」が問題となる。
※放射線は五感で感じられないが、容易に測定することができる。(3ページ)

 内部被曝を無視しているので「容易に測定できる」と誤解しているのである。先述のように福島原発事故のヨウ素131による被曝もほとんど測定されていない。「容易に測定できる」というがα線やβ線は測定が困難でほとんど測定されていない。

(e)放射線による発がんリスクの増加は、100〜200ミリシーベルトの被ばくをした場合であっても、野菜不足や高塩分食品摂取による発がんリスクの増加に相当する程度である。(4ページ)

 国立がんセンターの報告を引用している。冒頭で質より量が大切といいながら、野菜不足や高塩分というが定量的な議論がなされていない。また、がんセンターの表はおおざっぱで、放射線による発がん率が最近の報告よりかなり低く設定されている。100から200mSvの被曝で 全がんの発症率が8%増であるという。文部科学省による日本の原子力施設の労働者20万人の調査ではがん死が平均13.3mSv の被曝で、全がんで4%増(10mSvで3%増)、肝がん13%増、肺がん8%増である。比率の低い全がん死で見ても100〜200mSvでは30%から60%増である15)。がんセンターの発がんリスクは広島・長崎の瞬間的な被曝によるというが8%の増加であり、かなり低いようである。このようなものと野菜や塩分の過不足を同等に扱うのは乱暴である。
 もし仮に内部被曝と外部被曝が同じとして、ICRPに従って、食品による内部被曝を計算して100mSvになったとして、逆にベクレルに戻してみる。口からの摂取として実効線量係数を用いて計算すると、セシウム137であれば770万ベクレルの被曝になる。後に述べるようにこれは死に至るとんでもない値である。「強化戦略」はこのような致死量と野菜不足や塩分の取り過ぎは同じリスクというのである。
 さらに野菜不足や塩分の取り過ぎは放射線被曝と合わさって複合的に、おそらくは相乗的に発がんリスクを高める。政府の「強化戦略」のように相対比較して、どちらも軽視するのではなく、複合的にがんの発生を高めることを警告し、ともに避けるべきなのである。
 さらに問題がある。この比較は、生活習慣については10年間に対するリスクであり、放射線リスクは生涯期間(成人50年、子ども70年)に対するリスクである。そのまま比較すれば、放射線リスクの大きな過小評価(5分の1以上の過小評価)となるのは、自ずと明らかである。今回の文書では、註で、リスク期間がすぐには分からない文献を挙げるという手の込んだ操作がなされている。だが、政府が関係各省庁共同で発行している『放射線リスクに関する基礎的情報』では、同じリスク比較の表(2017年版14ページ)の下に記されている注意書きに、はっきりと生活習慣の方は「10年間」に対するリスクであることが明記されている16)。重要な点であるので、下に引用しておく。



 10年間の生活習慣リスクを50年間の放射線リスクと比較しても、喫煙や大量飲酒は、放射線の致死量(1〜2Svで10%未満致死量:放医研・UNSCEAR)に達しており、大量飲酒する喫煙者なら半数致死量(3〜5Sv:ICRP)に達し、比較自体が意味をなさなくなっている。
 仮にこのようなリスク比較がありうるとしても、比較のためには、食品や喫煙・飲酒などのリスクもまた、放射線リスクと同様に50年間に換算して、5倍しなければならないはずである。そうすると、野菜不足や塩分の取り過ぎという相対的に控えめなリスクでも、野菜不足でおよそ1.3となり放射線リスクでおよそ500〜1000mSv、高塩分食で1.6〜1.8となりおよそ1〜2Svの被曝に相当することになる。つまり、10%未満致死量とされている被曝量に達し、比較自体が成り立たなくなる。
 放射線の主要なリスクをがん「だけ」だと考えて比較しているのでこのような「不条理」が生じるのである。放射線は、とくに高線量では、骨髄(造血系)損傷、胃腸管損傷、肺炎、腎臓炎、その他の多臓器の炎症を引き起こし、さらには中枢神経を含む神経系や心臓血管系を損傷して、がん発症に到る以前に、人の致死を引き起こす。数百mSv/年では数年〜10年も経てば、数十mSv/年でも数十年も経てば、積算で、このような致死量とされる被曝に相当するレベルに等しくなる。日本政府は、屋内遮蔽係数0.6を掛けた状態で20mSv/年の(すなわち事実上33mSv/yの)汚染地域に、ICRPでさえも放射線感受性が3倍高いと認める(実際には10倍以上の)子どもやさらには妊婦をも含めて長期に居住させようとする「帰還政策」を進めている。だが、事実上33mSv/年の汚染地帯では、子どもの場合、3倍の感受性を考慮に入れてリスク比較をすれば、10年住めば、10%未満致死量相当量に到達する。大人の場合でさえ、30年も住めば、10%未満致死量相当量に到達する。
 生活習慣因子の放射線リスク比較論は、他面では、高線量放射線のもつ深刻な致死リスクを隠し、人々が忘れるようにする「印象操作」というほかない。

※ヒトの集団を対象としたこれまでの種々の調査では、100ミリシーベルトを超える線量の被ばくで、がんによって死亡するリスクが上昇することがわかっている。(4ページ)

 100ミリシーベルト以下ではがん死のリスクが上昇することが示されていないかのような誤解を与える記述である。最近、J・H・Lubinほかの論文で子どもの甲状腺がんに関する解析で閾値がほぼゼロであることが示された17)
 「結論:今回の解析により、小児における低線量放射線被ばくと甲状腺がんリスクについては、閾値のない線形関係であることが最も妥当な推定であり、『可能な限り低い線量の被ばく』を追求する必要がある事が再確認された」。
 また、政府の主張する上記のような100mSvしきい値論は、信義誠実の原則に反する欺瞞である。もしこの見解が信義に基づき誠実に提起されているのであれば、復興庁は、20mSv/年の汚染地域に帰還して5年以上の長期に居住するのは、被曝により「がんによって死亡するリスクが上昇」するので「避けるように」と警告しなければならないはずである。同じように、10mSv/年の地域では10年以上の、5mSv/年の地域でも20年以上の長期居住は、被曝によるがん死リスク上昇が「ある」、だから「推奨されない」と然るべきリスクコミュニケーションを行わなければならないはずである。帰還政策は即時取りやめなければならないはずである。だが現実には政府は正反対の行動を取っている。
 復興庁文書は、政府が、福島の汚染地域に住民を帰還させる政策を、「がんによって死亡するリスクが上昇する」と「わかって」行っていること、「故意に」がん死リスクの上昇を帰還住民に押しつけていることを自己暴露しているのである。
 政府は、100mSv云々の議論で人々を煙に巻こうとしているが、被曝によるがん死リスクの上昇が「ある」ということをはっきり認識しているのである。この事実は、政府傘下の放射線医学総合研究所が発行している文書の中で、それが明記されていることからも明らかである。以下に、証拠として引用しておこう(放医研編『低線量放射線と健康影響 改訂版』162ページ)。



 ここでは、10万人が0.1Gy(すなわち100mSv)被曝した場合、どの機関の推計によっても増加すること、その推計値は白血病とそれ以外のがんの合計で426〜1460人の幅の中に入ることが確認されている。被曝した場合のリスクは決してゼロでは「ない」のである。

※日本人が自然放射線により日常的に受ける年間の被ばく線量は、平均2.1ミリシーベルトである。(4ページ)
※日本人が医療行為(レントゲンやCTスキャン等)で受ける年間の被ばく線量は、平均3.9ミリシーベルトである。(4ページ)

 CTなどによる医療被曝もできるだけ低くする必要がある。「強化戦略」は医療被曝や自然放射線を無害と考えていないのであるから、それに加えて福島原発事故による被曝量を増やさないよう、警告すべきであるにもかかわらず、全ての被曝が無視してよいかのような誤解を与える記述である。イギリスでは自然放射線による被曝で小児白血病が5mGy(=5mSv)以下の低線量まで増加していることがG. M. Kendall たちによって報告されている18)。1ミリシーベルト当たりの相対過剰リスクは12%であった。日本人の受ける自然放射線が決して安全とは言えないのである。


図 ケンダル氏らによる小児白血病の相対リスク

出典:Kendal, GM et al., A record-based case-control study of natural background radiation and the incidence of childhood leukaemia and other cancers in Great Britain during 1980-2006.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22766784

※1圓△燭100ベクレルのセシウム137を含んだ食品を食べて1ミリシーベルトの被ばくをするためには、約770圓凌品を食べなければならない(成人の場合)。(4ページ)

 この記述は内部被曝による線量当量の計算が正しくなく、著しく内部被ばくを過小評価しているので、770kgも食べなければならない計算になった。不適切な計算を根拠にしており、自らの無知を証明している。これは政府文書としてとんでもない記述である。たとえ、1日1kgの食量でも100ベクレルのセシウム137を毎日1年間とり続ければICRPによれば15000ベクレルが臓器など体内に蓄積し、体重60kgの人で体重1kg当たり、250ベクレルになる。チェルノブイリで見られた「長寿命放射性核種取り込み症候群」で死に至る量にもなる2,3)
 電離放射線によって発生する活性酸素・フリーラジカルは大変危険で内部被曝によるほとんどすべての病気をもたらすのである19)。活性酸素・フリーラジカルとそれによって生じる酸化ストレスがいかに広範囲の健康影響をもたらすかは、酸化ストレスが及ぼす医学的影響に関する専門書『酸化ストレスの医学』の目次を見ただけで明らかである。



 このような効果を考慮しないでDNAへの直接被曝のみを議論することは科学的ではない。これはチェルノブイリ事故でえられた重要な医学的結論である。つまり、1mSvの被曝のためには770kgも食べなければならないのはICRP の内部被曝の計算が科学的でないためであり、真実は100ベクレル/kgを770kgも食べると1mSvの被曝どころか死に至るのである。計算方法が悪いのに、被曝被害が少ない証明であると政府が誤解しているのである。官庁の誰も誤りに気が付かなかったのであろうか。

※現在、国際放射線防護委員会(ICRP)は、平時における公衆の追加被ばく線量を年間1ミリシーベルトを超えないことを勧告しているが、ヒトの集団を対象とした研究では、1ミリシーベルトを少しでも超える線量の被ばくが、がんのリスクを増加させるという知見はない。(4ページ)

 オーストラリアの小児がんのCTによる増加の疫学調査では1回のCTで平均4.5ミリシーベルトの被曝があり、がんが1.24倍に増加した。



 出典:John D Mathews, et. al.;Cancer risk in 680?000 people exposed to computed tomography scans in childhood or adolescence:data linkage study of 11 million Australians;BMJ 2013; 346
http://www.bmj.com/content/346/bmj.f2360

 先に述べたように日本の原子力施設の労働者の被曝調査では10mSvの被曝で3%がん死が増加した15)
 知見はある。閾値がないというのが国際的にも認められているのに「強化戦略」はなぜリスクの増加の知見がないというのか。

※空間線量率から推定される被ばく線量は、住民の行動様式や家屋の遮へい率を一律に仮定(365日毎日、屋外に8時間、屋内に16時間滞在し、家屋による放射線の遮へい率を60%と仮定)していることなどの要因により、個人線量計等を用いて直接実測された個々人の被ばく線量(個人線量)の測定結果とは異なることが知られている。この仮定では、例えば空間線量率が毎時0.23マイクロシーベルトであった場合に、年間の追加被ばく線量は1ミリシーベルトに相当することになる。しかしながら、平成24年の南相馬市での調査では、個人線量計を用いた個人被ばく線量の実測値は、空間線量率から推定される計算値と比べて平均で3分の1に留まったことが報告されている。(4ページ)

 ガラスバッジを用いた個人測定は信頼できない。ガラスバッジは前面からのガンマ線のみしか計測しない。また、自然放射線の寄与などを差し引くコントロールの値が信頼できない。以上の測定の不備から空間線量より小さい値となることを否定できない20)。ガラスバッジのメーカー自身の担当者をはじめ多くの証言がある。
 宮崎・早野論文は伊達市の市民に持たせたガラスバッジで測定した外部被ばく線量と、航空機モニタリング調査で測定した空間線量は比例関係にあり、その係数は0.15倍で国が示していた0.6倍よりも住民の被曝量は4倍少ないと主張している。しかし、黒川氏は「論文中に書かれている『この研究は個人の線量は周辺の線量に0.15±0.03をかけ合わせたものであることを示す』という宮崎・早野氏の主張は明白な誤りです。私が検証したところ、70%の住民の被曝線量はこの範囲外にあります。分析が十分に行われていない論文の結論として出された0.15倍という数字が独り歩きし、大きな被曝をしている人が切り捨てられることを憂慮しています」と述べている。ガラスバッジを公衆に持たせるという無理な測定による信頼性のないものである。本来、 ガラスバッジは放射線管理区域で使用するものでバックグラウンドの値をコントロールバ ッジで測っている。しかし、伊達市の測定は根拠もなく、平均でバックグラウンドとして 年間 0.54 ミリシーベルト(mSv)をひくことになっており、被曝ゼロの人が多く出ている 地域もあり、バックグラウンドの引きすぎを強く示唆する。また、宮崎・早野論文は個人個人のガラスバッジの示す線量とその居住地域の空間線量との比を住民について平均している。数学では重みを無視して比率を平均することは基本的な誤りであり、平均値0.15は意味がない量である。引用のブログを参照のこと20)。家屋による遮蔽について言えば、実際には木造家屋では放射線の遮蔽効果はほとんどない。事故前は遮蔽率はせいぜい1割程度と考えられていた。コンクリートの建物でさえも、時間経過と共に、放射性微粒子の壁面・床面・天井などへの付着により汚染されて、空間線量とそれほど変わらなくなるか、かえって高くなる場合さえもある。
 事故後、政府は突然、家屋による6割の遮蔽率(屋内では屋外の4割となる)、8時間の戸外活動と16時間の屋内生活で、合計の屋内遮蔽係数を空間線量×0.6と規定した。復興庁文書のような空間線量に0.6を掛けるという係数操作は、個人の被曝量を人為的に低く操作するというもの以外の何物でもない。復興庁は、このすでに人為的に引き下げた数値でさえ、被曝線量の実測値が「3分の1に留まった」とする。現行の数値が「3倍の過大評価」であるという復興庁の主張は、すなわちこの係数0.6を今後さらに0.2に引き下げるという措置を示唆するものである。
 現行の帰還居住基準20mSv/年(事実上は33mSv/年)は、事実上100mSv/年(実際には133mSv/年)にまで引き上げられることになる。その場合に、どのような事態が予想されるかは後に検討する。

※1ミリシーベルトの外部被ばくと、1ミリシーベルトの内部被ばくは、健康への影響の大きさは同等とみなせる。(4ページ)

 ICRPに基づく「内部被曝の1ミリシーベルト」という評価が不正確なのである。内部被曝の評価においてベクレルから実効線量係数を用いて求めた1ミリシーベルトが過小な値になっている。体内の放射線の被曝被害は体内の臓器や諸器官の構造や機能によるのであり、簡単に外部被曝と同等として評価できない。内部被曝の被害は単純に外部被曝線量に換算して議論することができない多様な健康破壊の効果がある。外部被曝と内部被曝を同等とするところに食品基準など全ての誤りが生じているのである。放射線は体内の放射性原子や微粒子から放射され、活性酸素やフリーラジカルを発生する。この活性酸素やフリーラジカルが様々な病気を引き起こす。それゆえ、単純に外部被曝とみなし遺伝子DNAの損傷のみの被害とみなすことは大きな間違いである。ヤブロコフ氏達の報告では1人の甲状腺がんが見つかると約1000件の甲状腺疾患が見つかるという19)
 外部被曝と内部被ばくとの比較では、放射性物質たとえば放射性セシウムが、不溶性の放射性微粒子(福島事故では炉心のメルトダウンと爆発により大量に生じた)として体内に侵入してきた場合、危険性は外部被曝に比して極めて高いと考えなければならない。福島原発事故による放出放射能では、セシウム137の約半分はこのような不溶性の微粒子、残り半分は可溶性あるいはイオンと考えられる23)
 このような不溶性微粒子は、周辺の細胞に放射線を長期にわたり集中的に照射するので、被曝量は桁違いに大きくなる。しかも排出されにくく、生物学的半減期に従って減少することはなく、長期にわたり体内に留まる。欧州放射線リスク委員会(ECRR)は、このような不溶性微粒子による内部被曝の危険性(生物物理学的損害係数)を、外部被曝およびカリウム40による内部被曝の20〜1000倍と評価している(ECRR2010勧告日本語版95ページ)。さらにECRRは、セシウム137が2段階壊変しベータ線とガンマ線を照射するので、危険度をさらに20〜50倍と評価している。つまり、危険度は400〜5万倍と考えるべきだとしている。


出典:ECRR2010勧告日本語版95ページ


 セシウム137は、可溶性微粒子あるいは直接イオンとして体内に侵入し、体液に溶解した場合でも、カリウムよりイオン径が少し大きく、カリウム・チャンネルを通過するが、その通過速度が極めて遅く、それによって濃縮され、心臓や腎臓その他の特定の臓器に蓄積され、集中的に細胞を被曝させる。
 さらに、セシウム137は、放射線を出してバリウムに変わるが、バリウムには細胞のカリウム・チャンネルの機能を阻害する働きがあり、毒性がある。とくに、カリウム・チャンネルが重要な役割を果たしている心臓や神経系などの情報伝達に、機能障害を生じさせる可能性がある。
 これらから明らかなように「1mSvの外部被ばくと、1mSvの内部被ばくは、健康への影響の大きさは同等とみなせる」というのは虚偽の見解であり、実際には1mSvの内部被曝は、セシウム137が不溶性粒子形態を取っているような場合、400mSvから50Svに相当する可能性があるのである。

)福島県は、内部被ばく検査を行った結果、健康に影響が及ぶ数値ではないと評価している。
※福島県が平成23年6月から平成29年9月までに実施したホールボディ・カウンタ(WBC)を用いた内部被ばく検査での預託実効線量は、99.99%が1ミリシーベルト未満と推計している。(5ページ)

 ホールボディカウンターの測定は引用文献によると2011年6月27日から2017年9月30日までであり、ヨウ素131の半減期が約8日だということを考えると6月末の測定ではヨウ素131は減衰しており、意味がない。WBCの検出下限が300ベクレルであり、測定値も信頼できない。内部被曝の解析の方法も信頼性がない。その例を示そう。実効線量係数(mSv/Bq)を用いると1ミリシーベルトはCs134で5万2000ベクレル、Cs137で7万7000ベクレルとなる。福島県の文書も、WBCの測定値について、Cs134とCs137の合計で5万1000ベクレルを1mSvと換算している21)
 ベクレルで見るとこんな高い値まで1mSv未満であるのは当然であり、被曝量が少ないように言うのは誤魔化しである。それでも1mSvを超えた人がいる。ベラルーシで死亡した人のセシウム137の蓄積量は臓器1kg当たり200〜1200ベクレルであった2)。体重60kgとして計算すると全身で1万2000から7万2000ベクレルほどである。つまりWBCで1mSvというレベルは致死量相当なのである。
 これまで政府は学術会議の2017年9月1日の「報告」と同様UNSCEARの報告を根拠にしてきたが、この測定も大部分(1080/1088)がホールボディカウンターを用いたものでなく、空間線量測定用の簡易サーベイメーターを用いた不正確なものであった。チェルノブイリの方がヴァシリー・B・ネステレンコ氏達による精密なWBCを用いて測定している。
 ユーリー・バンダジェフスキー氏のラットを使った実験では、1kgあたり991Bq程度のセシウム137の濃度を与えると、多臓器不全により40%が死んでしまったことが報告されている22)。半数致死量の比(ラット6.75Gy/ヒト4Gy)から人間のリスクに換算してみると、およそ590Bq/kg程度である。人間の標準体重60kgで3万5000Bq程度である。したがって、この実験結果からも、政府・福島県の言う「内部被曝1mSv」は、人間の場合、半数致死量となる可能性がある。すなわち、復興庁文書が引用している福島県のWBCのデータそのものが、復興庁文書の評価とは正反対に、恐るべき致死的な被曝事実を示しているといわなければならない。

)事故当時胎児であった子供において、先天異常の発生率の上昇は認められていない。
)原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)は、
・事故による被ばくによる死亡や身体的機能への重大な影響等(急性放射線症候群、脱毛等)は確認されていない、
・今後、がんの発生率に識別できるような変化はなく、被ばくによるがんが増加することも予想されない(5ページ)

 統計的に信頼性の高い周産期死亡率や自然死産率のデータを無視して不十分な調査で、人的被害がないとしている。その点で、周産期死産率の増加は統計的に有意を持って証明されている。周産期死亡(妊娠22週から生後1週までの死亡)率が、放射線被曝量が高い福島とその近隣5県(岩手・宮城・茨城・栃木・群馬)で2011年3月の事故から10か月後より、急に15.6%(3年間で165人)も増加し、被曝が中間的な高さの千葉・東京・埼玉でも6.8%(153人)増加、これらの地域を除く全国では増加していなかった6)
 福島原発事故後10か月後に急増した周産期死亡率の増加は事故による母親の卵胞・卵子の被曝による結果が考えられ、胎児の発育にとって重大な危険があったことを示している。この周産期死亡率の増加は東北、関東に被曝被害が広まっていることを示すものである。




・福島県でチェルノブイリ原発事故の時のように放射線による多数の甲状腺がんの発生を考える必要はない、と結論付けている。
※福島県以外の3県(青森県、山梨県、長崎県)における甲状腺結節性疾患有所見率等調査(平成24年度環境省実施)と、福島県による甲状腺検査は、ほぼ同様の結果と評価されている。(5ページ)

 3県で4365人を調査して1人が甲状腺がんであった。詳細は公表されていない。確かに同様の発見率であるが一人では統計的に信頼性がない。一方、ベラルーシではチェルノブイリ事故16年後の2002年にゴメリでは14歳以下の約2.5万人を調査しても甲状腺がんはゼロであった。他の地域を合わせ約7万人の調査で甲状腺がんは1人であった。このことは、事故後、ヨウ素131を吸引しなかった世代には甲状腺がんは極めてまれでスクリーニング効果は小さいことを示している。福島県県民健康検討委員会はやっと本格検査の地域差を認め報告した8)
 2017年宗川吉汪氏は平均発症期間の精密な分析を行い、「3地域の罹患率の比較」を行った。「この本格検査における3地域の罹患率の急激な上昇は、甲状腺がんの発症に原発事故が影響していることを明瞭に示して」いると結論している。特に本格検査を見ると汚染の高い地域において罹患率も高くなっている。

表1 3地域の罹患率 10万人・年当たり ( )内は95%信頼区間の下限値と上限値


表2 3地域の罹患率の比較( )内は95%信頼区間の下限値と上限値

 最近、県民健康調査検討委員会も小児甲状腺がんの罹患率の地域差を報告した。表3上段が発見率、下段が比率である。この違いは汚染度の違いに対応している。

表3 悪性ないし悪性疑い発見率:10万人年対及びその比 福島県立医大による

地域分割は表1とは異なる。

 これと同様であるが汚染度の代わりに原発からの距離と罹患率の関係が山本英彦医師らによって導かれた。原発に近い地点ほど罹患率が高いことが分かる。これも原発が原因であることを示すものである。




※東日本大震災における震災関連死のうち、福島県における避難所等への移動やそこでの生活に係る肉体・精神的疲労が原因と考えられる死者数は約4割となっており、事故に伴う避難等による影響が大きいと考えられる。(5ページ)

 このことは原発事故の際の社会的弱者の緊急避難の困難さを示すものである。原発は再稼動してはならないし、新たに作ってはならない。また、この震災関連死の中に放射線被曝による影響が含まれている可能性について、当然考えられるにもかかわらず、全く考察されていない。「肉体・精神的疲労が原因」とされる4割以外の6割の死者について、原因を明確にし、公開して分析する必要がある。

(g)事故とチェルノブイリ原子力発電所事故とは異なる。
)チェルノブイリに比べ放出された放射性物質の量は7分の1である。(5ページ)

 復興庁文書は、明らかに、福島原発事故による放射能放出の「総量」に関して論じていると思われる。放射能放出総量については、基本的に政府側に立っていると考えられる中島映至ほか編『原発事故環境汚染―福島原発事故の地球科学的側面』東京大学出版会(2014年)が、チェルノブイリと福島についてほとんど変わらないというデータを引用していることをまず指摘しておきたい(チェルノブイリ1万3200ペタベクレル、福島1万1300ペタベクレル[ペタベクレルPBqは10の15乗ベクレル]、表1.3、29ページ)
 放出量に関しては国際的に信頼性の高いノルウエー気象研究所のストール氏らは福島原発事故によるセシウム137の大気中放出量は20.1〜53.1PBq(中央値として約37PBq)としている。一方、日本政府のセシウム137放出量は15PBqと小さい。
 ヨウ素131の放出量はセシウム137の50倍(東京電力の値)を採用するとチェルノブイリでヨウ素131は日本政府で750PBq、ストール氏で1850PBqとなる。これはチェルノブイリのヨウ素放出量1800PBqにほぼ等しい。あるいはストールの上限をとって(チェルノブイリの値が上限をとっているから)2655PBqとすると、福島のヨウ素131の放出量がチェルノブイリの1.5倍と推計できる。それ故、INES(国際原子力事象評価尺度)で計算しても大気中放出量でほぼ同等であり、チェルノブイリではなかったとされる海中への直接放出量と汚染水中への放出量を加えると福島原発事故の放射能放出量はチェルノブイリの約4倍と考えるべきである。「強化戦略」の1/7は明確な過小評価と考えられる。
 たとえもしこの復興庁文書の通りの比率と仮定しても、政府は、チェルノブイリの7分の1の健康被害が出ることは当然予測されると認めなければならないことになる。学術会議報告書は、チェルノブイリでの子どもの甲状腺がんの発症による手術数を6000人、うち死亡数を15と明記している。それなら、福島や周辺諸県でも、大まかに言って、その7分の1の860人の手術を要する甲状腺がん患者、うち2人程度の死者が、十分に予測されると言わなければならない。
 現実に子どもの甲状腺がんなど被害が出ている7)。米軍兵士の「トモダチ作戦」による死者は9人になり、400人が被曝の被害を訴えている。「風評」という説明は根拠がない。
 福島事故の間に放出された放射能の量については、広島原爆との比較で考えれば、被害が「ない」あるいは被害は「風評」であるという主張がまったくの嘘でありデマであることは明らかである。よく知られている通り、事故による放射能放出量と人間への長期的な健康影響の程度を評価するのに用いられる基準の1つは、環境中に放出されたセシウム137(Cs137、半減期30年)の放射能量である。
 日本政府は、福島事故で、広島原爆のおよそ168発分のCs137が放出されたことを認めている(原子力安全・保安院の2011年8月26日の発表)。もちろんこれは過小評価で、実際には400〜600発分だがこの点は今は置いておこう。事故で放出されたCs137のおよそ20%、すなわち広島原爆34発分が、日本の国土に降下・沈着した。そのうち、除染作業により回収できたのは、政府発表データで計算すると、広島原爆のおよそ5発分である。除染作業の結果、大きなフレコンバッグの山のような堆積物が福島県中のほとんどの地区に残されて、あたかも福島の「典型的な風景」のようになっている。言い換えれば、広島原爆およそ30発分に相当するCs137は、まだ福島と周辺諸県に、さらには日本全国に、拡散して残っていることを意味する。
 広島原爆30発分の「死の灰」が何の健康被害も及ぼさ「ない」という政府見解は、広島・長崎の被爆者の健康調査からだけ見てもありえない。そのような見解は、広島・長崎の原爆被爆者の悲劇を、被爆者調査の結果を全否定するものであり、被爆者とその悲劇を愚弄するものであるというほかない。さらには、政府の主張では、北朝鮮が日本近海で広島原爆168発分の核実験を実施しても「何の健康被害も生じない」ということになる。さらには、アメリカが第二次朝鮮戦争を引き起こし、そこで核爆弾か多数使用され、そのうち放射性セシウム137換算でおよそ30発分程度の「死の灰」が日本に降下しても「何の健康被害も生じない」ということになる。露骨な核実験・核戦争容認論に等しい。
 復興庁・政府は、住民の被曝を正当化しているだけではない。現在、この回収された広島原爆5発分について、日本中の公共事業で8,000Bq/kg未満の除染残土を再利用する計画を立てている。これは、自国民を滅ぼすような自滅的計画であるというほかない。それは、現在、「風評損害を避ける」という口実の下で、再利用される場所などを住民に知らせることなく、なし崩しに始まっている。このプロジェクトは、およそセシウム137換算で広島原爆5発分の「死の灰」に相当する放射性物質を、日本全国に拡散することに等しい。日本政府は、危険な核物質を住民に対してバラ撒くという文字通りの核テロリストとして行動していると言われても仕方ない。

)避難指示や出荷制限など事故後の速やかな対応によって、放射性物質が住民の体内に取り込まれた量は非常に少ない。(5ページ)

 福島原発事故では極めて大量の放射性微粒子が放出されており、呼吸や飲食によって体内に取り込まれる可能性が高い。現実に小児甲状腺がん、周産期死亡率の増加や心筋梗塞による死亡者の増加は内部被曝の寄与が大きいこと、つまり、放射性物質が体内に取り込まれたことを示している。「放射性物質が住民の体内に取り込まれた量は非常に少ない」とする政府の推測は誤りである。実際の病気の増加がこの記述を否定している。また、放射性微粒子はたとえ少量でも集中的局所的継続的被曝となるので被害を放射性物質の量のみで考えてはならない。

(h)福島県内の空間線量率は事故後6年で大幅に低下しており、全国や海外主要都市とほぼ同水準となっている。(5ページ)

 これは、政府・行政側の測定値(過小評価が疑われる)に基づいたとしても、はっきり嘘あるいはデマである。例えば、県庁所在地である福島市の数値(福島県『ふくしま復興の歩み』最新版では0.15?Sv/h程度)で見ても、他県や世界の主要都市と比較して明らかに高いことは誰が見ても分かる。これを「全国の主要都市とほぼ同水準」だと強弁して権力主義的に「放射線教育」し「リスクコミュニケーション」して、国民とくに児童生徒をマインドコントロールするというのが今回の文書の主眼である。
 しかも、各都市ごとに自然放射能によるバックグラウンドの線量には本来的な相違があり、比較は福島原発事故前の平均空間線量(福島県は0.038?Sv/h)との間で行なうべきである。事故前のレベルを基準としなければ比較は無意味である。
 事故以前の放射線量と事故後の放射線量を比較してみよう。文部科学省は、福島原発事故以前の全国の空間線量(地上1メートル)の数値を、ホームページから注意深く削除しているが、それは以下のサイトで見ることができる。
http://www.las.u-toyama.ac.jp/physics/gendai/t.pdf)。
 それを現在の数値と比較すれば、全国の主要都市について以下の通りである。あわせて集団線量も計算しておこう。


事故前・事故後の空間線量の上昇      単位:μSv/h(地上1メートル)/人・Sv

事故前は1990年〜1998年の平均値、現線量は2016年3月1日時点の数値(日本経済新聞2016年3月2日より)。ただ、大阪、愛知、福岡などとの比較で明らかなように、関東の数字には明かな過小評価があると思われる。家屋による遮蔽係数は使っていない。各都道府県の人口は2015年の国勢調査による数字。

 だがこのような方法で比較可能なデータも2016年度までである。政府は、空間線量の発表値自体を露骨に操作する方策を取り始めていることが疑われるからである。東京の線量の2017年間の大幅な低下を見ていただきたい。これは他の諸都市と比較して異常に大きく明らかに不自然である。これにより、東京の空間線量の数値は、他の諸都市がすべて事故前よりも高いにもかかわらず、事故前の水準に戻ってしまっている。


数値の操作が疑われる東京の空間線量の急速な減衰   単位:μSv/h(地上1メートル)

出典:原子力規制委員会「放射線モニタリング情報」


 もう1点付け加えると、空間線量の低下は、現時点での被曝の主要な危険の一つである、再飛散し空中を浮遊している放射性微粒子の危険を十分には表していない。復興庁文書は、内部被曝を食品についてだけ取り扱い、微粒子とくに不溶性微粒子が呼吸の際、吸入によって侵入し沈着することによる内部被曝の危険性を無視している。
 市民が運営する放射能測定所による多くの計測結果はこの危険を証明している。たとえば、いわき市(福島県)において2015年10月〜12月に電気掃除機の使用済み紙パックの放射線量の測定で、4,800〜5万3,900Bq/kgの放射性セシウムが観測されている。最大で5万4,000Bq/kgが吸引される室内を、行政の権力をバックに「放射線の安全性が確保されている」と断定することは、デマゴギー以外の何物でもない。下記のウェブサイトを参照のこと。
http://www.iwakisokuteishitu.com/pdf/tsushin011.pdf
 チェルノブイリでは 1ミリシーベルト以上は避難の権利があり、5ミリシーベルト以上の地点は移住義務地域であり住むことができない。日本では20ミリ以下の地域にも帰還を認めている。これでは世界と同水準とは言えない。しかも、チェルノブイリでは内部被曝の寄与を外部被曝の2/3としてそれを加えて避難・移住の基準としている。日本の基準で言えばチェルノブイリの5ミリシーベルトは日本では3ミリシーベルトの外部被曝に相当する。この地域での居住を禁止しているのである。日本ではその6倍以上の汚染地にまで帰還させている。

※東京電力福島第一原子力発電所から半径80匏内の航空機モニタリングによる地表面から1mの高さの空間線量率は、約71%の減少となっている(平成23年11月と平成28年10月で比較)。(5ページ)

 政府・文科省のモニタリングポストの値は実際の周辺の線量の5から6割しか表示せず、過小な値を表示していることが示されている24)(矢ケ崎克馬『日本の科学者』2018年2月号)。



 アニー・ガンダーセン氏も同様の指摘をしている。

※日々の生活の場における面的除染はほぼ完了(平成29年3月末時点)。また、除染が実施された地域では、空間線量率が大幅に低減している。(5ページ)

 まわりの山林の除染がなされていないので風雨で除染した土地も汚染される。
 復興庁文書は空間線量が経過したことを強調しているが、いったん被曝した線量はいわゆる「レガシー」として、細胞炎症や長寿命有機ラジカルなどのいろいろな形態で、数年から10年、数十年という極めて長期間、結局のところ一生涯、住民の健康リスクとして体内に留まり続けることも指摘しておかなければならない。

※世界では、自然放射線による被ばく線量が年間5ミリシーベルトを超える地域に1000万人以上が居住している。(6ページ)

 このことは安全性を証明しない。復興庁は5ミリシーベルトを超える放射性管理区域相当の汚染地に住んでも被曝影響はないといいたいのかも知れないが自然放射線によって被害が生じている。15)。 5.2ミリシーベルトの被曝労働で発生した白血病が労働災害として認められている。
 ECRRは、世界の自然バックグラウンド放射線の高い諸地域において、がんや染色体欠損の割合が明らかに高くなっているというデータを引用している(2010年報告180ページ)。


出典:ECRR2010勧告日本語版180ページ

 自然放射線の高さが健康に影響を及ぼさないという見解は、根本的な間違いであるといわざるをえない。

②食品及び飲料水の安全を守る仕組みと放射性物質の基準
(a)福島県産の食品及び飲料水は、放射性物質に関する検査の徹底により、安全が確保されている。
(b)日本の食品及び飲料水の放射性物質の基準は、世界で最も厳しい水準となっている。
※安全側の仮定に立って、一般食品では100ベクレル/kg、飲料水では10ベクレル/kgなどの非常に厳しい基準を設定している。
(c)福島県において、現在、基準値を超える食品及び飲料水はほとんどない。特に、福島県産米については、平成27年産米以降、基準値を超過したものはなく、畜産物は平成24年12月以降、海産魚介類は平成27年4月以降、基準値以内である。なお、検査により基準値超過が確認された場合は、市場に流通しないよう必要な措置がとられている。
※福島県内で生産管理された農林水産物においては、平成27、28年度で基準値を超過するものはなかった(検査年度ではなく生産年度の場合)。
※野生のきのこ・山菜類、野生鳥獣肉、河川・湖沼の魚類では基準値を超過したものも見られるが、検査により基準値超過が確認された場合は、市場に流通しないよう必要な措置がとられている。
※飲料水については、平成24年4月以降、基準値を超過したものはない。(6ページ)

 以上のように「強化戦略」は基準値を満たしていることを強調するが、肝心の基準値の高さを議論していない。日本の食品基準が高すぎ、摂取者の健康を守る値ではないことが問題である2,3)。内部被曝の危険性や放射性微粒子の危険性を考慮すると1Bq/kgの食品でも安全でない。基準値100Bq/kgが内部被曝を正しく評価すると、高すぎるのでいくら基準値以下を確認しても安全とはいえない。しかも高い基準でさえ超過することがあり、土地が汚染していることを示している。超過した食品が混ぜて基準以下にされる危険性もある。汚染食品は政府が買いとり、完全に市場から排除する必要がある。

④東京電力福島第一原子力発電所等に関する情報
東京電力福島第一原子力発電所の現状について正確な情報が伝わっていないことによって、福島県の現状等に対する不安が拭えない場合もある。そのため、廃炉・汚染水対策については、世界の叡智・技術を結集しつつ、国が前面に立って安全かつ着実に進めていることについて、関係府省庁における発信媒体の性質などを踏まえ、必要に応じて簡潔に分かりやすい情報発信を行う。(6ページ)

 廃炉・汚染水対策については、世界の叡智・技術を結集しつつ、国が前面に立って安全かつ着実に進めている」ということであるが 凍土壁によって地下水の流入を制御できずいっそう見通しが暗くなった。この失敗を見ても着実に廃炉・汚染水対策が進んでいるとは言えない。また、トリチウムを含む汚染水の海洋への投棄が原子力規制委員会で検討されている。トリチウムの投棄は大変危険である。
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