福島県立医大および東大による宮崎早野論文調査報告について 山田耕作

2019年8月



福島県立医大および東大による宮崎早野論文調査報告について

山田耕作
2019年8月2日


2019年8月15日 島明美氏、黒川眞一氏、石田祐三氏のコメント追加


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福島県立医大および東大による宮崎早野論文調査報告について(pdf,22ページ,2065KB)


1.はじめに

 科学者は科学性と人権に基づいて行動しなければならないという観点から、以前から宮崎・早野論文に対する問題点を指摘してきた。第一に論文の結論「ガラスバッジで測定された個人線量が航空機で測定された住居近くの空間線量に比例する。その比例係数が0.15である」という結論が統計的に証明されておらず、科学的根拠がない。さらに2論文中の多くのデータの数字の間に整合性がない。また、図中のある空間線量値に対して箱ひげがない箇所があり、その空間線量値に対応する大部分の個人線量がゼロであるという明らかなデータの間違いがある。また航空機により測定された空間線量とガラスバッジの測定値がともに信頼できないことなど、科学性を著しく損なった論文であることが明らかにされている。例えば、ガラスバッジは全方向から来る放射線を部分的にしか測定できないし、航空機は上空のため住宅街より広い除染されていない場所からの放射線をも加えて測定してしまう。研究倫理の上からも、調査対象者のデータを研究や論文で使用することの同意を得ておらず、宮崎・早野論文は人を対象とする医学系研究に関する倫理指針に違反する人権無視の論文であるとして批判されてきた。
 2019年1月8日には文科省の掲示において、早野龍五氏が同論文で被ばく線量を3分の1に過小評価していた間違いを報告し、謝罪をすると言うことがなされた。
 2019年7月19日、福島県立医大と東大から宮崎・早野論文に関する研究不正事件の調査報告が出された。ともに瑕疵や研究計画書違反はあったが、故意による重大な不正や倫理指針違反はなかったという報告である。意外な結果であるのでその報告の正当性を検討する。最初に福島県立医大報告を検討するが同報告の「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」に対する無理解に驚かされる。


2.福島県立医大報告の検討

6.調査結果
 (1) 医学系研究の倫理指針に対する違反について
ア データの提供に同意していない市民のデータを使用していることについて
 個人被ばく線量把握事業実施時に、伊達市において同意・不同意の確認をとっている状況、および当時の倫理指針を踏まえると、研究者が提供されたデータの同意状況を確認することまでを求めることはできない。

 「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」(文部科学省、厚生労働省平成26年12月22日決定)はその目的および基本方針で「⑤ 事前の十分な説明及び研究対象者の自由意思による同意」を上げている。同意を得ることは伊達市の問題ではなく、研究者の責任を伴う研究者の倫理の問題である。なぜならデータの必要性・使用目的を正しく説明できるのは研究者だけである。研究とその公表の結果に対する責任も研究者だけが負えることである。医学系研究の研究倫理指針を調査委員は無視ないしは誤解している。いかなる困難があろうと研究の対象者への事前の説明と同意は倫理指針にあるように研究に不可欠の前提である。事前の同意を得ない調査・研究は人権の侵害に当たるからである。

結果として、当該研究にデータの提供に同意していない市民のデータが含まれていることは非常に問題であると考えるが、これは伊達市による同意情報の管理が不十分であったことに起因するものであり、被告発者側に倫理指針に対する重大な違反や過失があったとは認定できない。

 倫理指針にあるように研究を実施する研究者が責任を持って研究の開始以前に研究対象者の同意を得るべきものである。論文を書くことは伊達市とは直接関係がない。論文に責任を持つことができるのは論文著者のみである。その研究者としての責任を自覚していないことが著者と監督機関福島県立医大に見られ、倫理指針に違反している。伊達市が市民の同意を得たというが研究者に代わって論文執筆の承認を得ることはできない。同意情報の管理が不十分であったとすれば研究の実行者である研究者の責任である。政府や軍の指示で人体実験をした過去の過ちを考えると、説明と同意は直接研究者が責任を持って行うべきことである。それにしても監督すべき福島県立医大の調査委員会が、大学の責任を伊達市の責任に転嫁している無責任な姿勢からは,同大学が医学系研究における倫理指針を理解しているとは考えられない。驚くべき事態である。倫理指針は言う。「研究者等、研究機関の長及び倫理審査委員会をはじめとする全ての関係者は高い倫理観を保持し、人を対象とする医学系研究が社会の理解及び信頼を得て社会的に有益なものとなるよう、これらの原則を踏まえつつ、適切に対応することが求められる」。福島県立医大の調査委員会が自らの責任を自覚していないのである。

研究対象者に研究が行われていることと研究内容が公知されておらず、同意撤回の機会が与えられていないことについて
研究計画書通りの研究告知が実施されていなかったことについては、当該研究の依頼者 である伊達市の判断で決定すべきものであり被告発者の裁量の範囲を超えていること、並び に、研究者及び研究機関としては必要な研究告知の手続きを行っていることを考慮すると、被告発者側に倫理指針に対する重大な違反や過失があったとは認定できない。

 論文に対して責任があるのは論文著者であり、伊達市ではない。伊達市の依頼によって研究をしたとしても市民に説明し,実施に責任を持てるのは研究者のみである。研究への個人データの使用の同意確認は研究者が責任を持って実施すべきものである。伊達市に作業への協力を依頼するとしても研究者自ら確認もしないのは明らかな研究不正である。市民の多くが知らなかったのであるから必要な告知がなされなかったことは明らかである。この不備は研究者の責任である。 過去の戦争中の人体実験も軍の依頼であったということで 研究者の責任は逃れられないのと同じである。「研究告知が・・・伊達市の判断で決定すべきものであり被告発者の裁量の範囲を超える」とは研究者の責任逃れのみならず、県立医大が研究対象者の同意を必要と考えていないことを示している。

ウ 研究計画書が承認される前にデータ提供を受け研究を開始していることについて告発者は以下の2点を根拠にして、当該研究が2015年12月の倫理審査委員会承認前に 開始されていると主張している。 ① 当該研究に使用された伊達市民の個人被ばく線量のデータが、伊達市から研究者に対し2015年8月に提供されていること。 ② 2015年9月13日に伊達市で開催された「第12回ICRPダイアログセミナー」 において、当該研究の共同研究者である早野龍五氏が伊達市民の個人被ばく線量のデ ータを解析したグラフを用いて解説しているが、このグラフは第2論文中に登場するものと実質的に同じものであること。
 上記①について、被告発者は当該研究の主任研究者であるとともに、2015年1月に伊達市の市政アドバイザーの委嘱を受け、事業をサポートする立場でもあった。当該研究に使用したデータは、研究承認前の2015年8月に伊達市から受領したものであることは被告発者も認めているところである。当該研究は、被告発者が市政アドバイザーとして事業をサポ ートした延長線上に企画・実施されたものであると考えられる。

 伊達市の依頼であれ、学術会議や原子力規制委員会の依頼であれ、倫理指針によれば研究者自身が研究を開始する前に研究計画書を公表し、対象者から承認を得なければならない。市政アドバイザーの地位を利用してその延長線上でずるずると人権を侵害することが危惧されるから倫理指針があるのである。研究計画書が承認される前にデータを入手し,研究を実施し、結果を発表しているとするなら何のために「人を対象とする医学系研究の倫理指針」があるのか。市政アドバイザーならいっそう厳密に研究に関する倫理規定を遵守し、市民の人権に配慮しなければならない。宮崎氏はガラスバッジを配布する前に伊達市に倫理規定について当然アドバイスすべきであった。それどころか研究対象者の同意を得る前に研究を実施しているのであるから、地位を利用して市民のデータを研究論文に利用したととられても仕方がない。この研究の目的も社会的に見て、被ばくから市民を守るためなのか、被ばくを強要するための調査なのか明確に判断できない。倫理指針は「研究が社会の理解及び信頼を得て社会的に有益なものとなる」ことを求めている。このように計画を公表して同意を得ていないことは伊達市も認めているのである。倫理指針違反は明白である。

 本来であれば、当該研究承認後に改めて研究用データの提供を受けるべきであったと考えるが、当該データが提供元である伊達市の了解のもとで、個人情報を含まない状態に匿名加工されていたものであることを考えると、被告発者側に倫理指針に対する重大な違反や過失があったとは認定できない。

 伊達市がガラスバッジによる被ばくデータを集めるには、当然研究対象者の事前の同意が必要である。宮崎真氏や田中俊一氏は市政アドバイザーとして研究者として倫理指針を守るよう伊達市にアドバイスすべき立場であった。さらに匿名であれ個人データの使用に当たっては対象者の承認が必要である。「研究承認後に改めて研究用データの提供を受けるべき」と言って承認前にデータの提供を受けて良いとしているが、これではすでにデータが使用されているのだから研究承認の意味がない。伊達市が自由にデータを使用できると考えているようであるが、伊達市の了解の問題ではなく、市民の人権の問題、市民の同意の問題である。マンハッタン計画などでは現実にフィルムバッジを用いて原爆の人体実験が行われたのである。福島県立医大の調査委員会は 市民の了解を得ることなく伊達市の了解で良いとする姿勢であるが 市民の人権を無視した権力的・高圧的な態度である。

 上記②の第12回ICRPダイアログセミナーにおける早野氏のプレゼンテーションが研究成果の公表に該当するか否かについては、本セミナーが過去の開催分も含め、原発事故被災地域における課題を住民が共有する場であり、学術成果を公表する場ではなかったこと、早野氏のプレゼンテーションも当該セミナーの趣旨に沿って実施されたものであることを考えると、当該発表が研究成果の公表に該当するとは言えない。
 よって、被告発者及び共同研究者である早野氏に倫理指針に対する重大な違反や過失があったとは認定できない。

 学術発表のみが問題ではない。承認なしに研究をしてはならない。対象者の承認を得る前にデータを入手し研究を開始してはならない。まして同意なしの個人データを用いた結果をいかなる形であれ発表してはならない。何処で発表しても、研究計画書に対する研究対象者による同意なしに研究を開始することは医学系研究に対する倫理指針違反である。

 エ 発表すべき研究成果を発表せず、研究計画書に定められている研究の成果でない論文を研究成果として報告していることについて
 告発者は以下の2点を根拠にして、当該研究の研究成果に疑問を呈している。 ① 研究等終了報告書において、当該研究により得られた主要な知見などとして2018 年2月の査読付き論文(38-310、2018、Journal of Radiological Protection)が 報告されているが、これは倫理審査員会の承認を得た研究計画書に基づく研究成果とはいえない。 ② 第1論文において、今後、外部被ばく線量と内部被ばく線量の相関を示すことが 示唆されているが、それに該当する研究成果が発表されていない。
上記①について、委員会として精査した結果、研究等終了報告書に記載のとおり「派生的 な成果」であり、研究計画書からの逸脱には該当しないと判断した。 これを踏まえると、被告発者に倫理指針に対する重大な違反や過失があったとは認定できない。 上記②については、被告発者より、解析の過程で内部被ばく線量の有意検出者数が極めて少ないことがわかり、依頼者である伊達市と協議した結果、個々の被験者の特定につながる 恐れがあることから研究成果として公表しないこととした旨の説明があった。 この点については、被験者保護の観点からも適切な措置であったと考えられ、被告発者に 倫理指針に対する重大な違反や過失があったとは認定できない。

 依頼者である伊達市と協議して決めれば正当化されると考えているようであるが,問題は研究者と調査対象の市民の人権の問題である。調査委員会は基本的なことを理解していない。内部被ばくの調査結果を、人権を配慮して公表しなかったとしているが,データの使用の同意を得ないで無断使用という基本的な人権侵害をしておきながら,人権を理由に倫理規定違反を正当化するのは一貫性がない。人権を侵害しない形で調査対象者の同意を得て発表することは可能であり、勝手に報告を中止することは公平性と公明性の原則に反し、それを公表しないことは研究倫理違反である。公表しないことは著者達の予想に反し、内部被ばくと線量の本来あるべき強い相関が見られたのかもしれない。
[ヘルシンキ宣言36「否定的結果および結論に達しない結果も肯定的結果と同様に、刊行または他の方法で公表されなければならない。」]。

 (2) 研究不正について
 ア 研究の全データをすでに破棄していることについて
 当該研究において、研究者が研究終了時に破棄したのは「伊達市から提供された個人線量データや国が公開している航空機による空間線量モニタリングの数値などの既存情報」であり、解析に用いた数式(Mathematica 言語で書いたプログラム)や図表等は研究終了後も保存されていることは確認できた。研究者が研究終了後時に破棄した既存情報は、長期間に渡って研究者が保存すべきデータには該当しないと考えられ、研究計画書に記載のとおり研究終了時に既存情報を破棄していたことは不適切な対応であったとは言えない。 よって、研究不正に該当するとは認定できない。

 データを残すのは論文発表後の疑問や批判に答える責任があるからである。疑問や批判に適切に回答できず、混乱し、訂正発表の撤回もなされた。もしもデータが残っているなら、1月8日の早野氏の文科省掲示もそれらを用いて確実に確かめられたはずである。このときは生涯線量も「3分の1に過小評価されていた」はずである。 なぜ同じデータを用いているにもかかわらず、今回撤回し、生涯線量の3分の1の過小評価が消えたのか。理解できないことである。

 イ 第2論文に捏造と疑われるグラフが存在することについて
 告発者及び被告発者側の主張と照らし合わせた結果、以下のとおりであると判断した。
① 第2論文を精査したところ、告発者が指摘した図の誤りについて、図7が該当する。
② 図7を作成する際に、図6において個人線量計のデータを3ヵ月の積算線量から 1時間当たりの線量率に変換するために行った処理(/3/24/30.5*1000(= 0.455))が不要であったにも拘らず同様に行われた。
③ 第2論文の結論に示された生涯線量の数値は妥当であり、告発者側が主張する個人線量の過小評価はない。

 0.455が不要であれば生涯個人線量は1/0.455倍になるはずである。それ故、生涯線量は過小評価されていると考えられる。これは論文の重要な目的であり根幹をなす数値であるからこの過ちは許されないものである。生涯線量が正しく計算されて図7だけが間違っていたとすれば図7の数値が結論である生涯線量と不整合であることがわかるはずである。2人の著者が結論に相当する図の間違いに気づかないのは不自然である。まして図と数式が保存され、それに基づくはずの1月8日の文科省掲示では図6を3ヶ月の線量と間違え、生涯線量も3分の1に過小評価したと説明していた。今度は異なる原因で2.2分の1に過小評価しているとしている。疑問はいっそう深くなったにもかかわらず、調査委員会は生涯線量の数値は妥当としている。不思議なことである。

以上のことから、第2論文中に誤りがあると認められたものの、総合的かつ客観的にみ て、意図的な捏造であったとは考えられない。 よって、研究不正に該当するとは認定できない。

 意図的でないことはどうしてわかるのか。生涯線量が妥当であることは如何に証明されたのか。どうして妥当とわかったのか。いずれにせよ意図的であれ、非意図的であれ大きな間違いは研究不正と考えるのである(以下の定義を参照)。

[定義 「研究不正」
ランセット誌の "Handling of Scientific Misconduct in Scandinavian countries" では以下のように簡単に定義している。
デンマークの定義:科学者の故意もしくは重大な過失による、虚偽の科学的メッセージ、偽の評判、強調。
スウェーデンの定義:虚偽のデータ、文章、仮説、他の研究者による原稿や論文により、研究過程を故意にゆがめること。もしくは、他の方法で、研究過程を故意にゆがめること。]

7.結論 当該研究においては、研究計画書からの逸脱等は散見されるものの、倫理指針に対する重大な不適合に該当するものではなかった。 また、第2論文中に故意ではない誤りは認められたものの、捏造・改ざん・盗用に該当する研究 不正については認定できない。

 研究計画書からの逸脱は一切あってはならず、散見されてはならないのである。研究計画書からの逸脱は研究不正である。故意ではないから不正ではないというが一般的な定義は「科学者の故意もしくは重大な過失による、虚偽の科学的メッセージ、偽の評判、強調」となっており、故意でなくとも重大な過失による虚偽も研究不正なのである。研究の最終的な結論が2から3倍変わって、2転、3転するのはたとえ故意でないとしても研究不正である可能性は極めて高い。「研究計画書からの逸脱」を認識していながら「研究不正」ではないとい県立医大調査報告は倫理指針に違反している。

8.付記 当該研究の依頼者である伊達市から提供を受けた既存情報のなかに包括同意時に不同意の意思表示をした市民のデータが含まれていたことは被告発者の瑕疵(かし)とは言えないものの問題である。 また、解析過程の計算誤りが見過ごされていたことも杜撰(ずさん)であった。 本来であれば、伊達市から同意者のみのデータの再提供を受けて、正しい計算式で再解析し、第1 論文及び第2論文を再投稿すべきである。伊達市からは「データの再提供については、調査委員会 (伊達市が設置した第三者委員会)の報告書が出てから判断したい。」旨の回答があり、現時点では それが実現可能かどうか不透明な状況である。 該当論文2編は速やかに是正されるべき状況にあり、本学としては伊達市が研究依頼者としての 責務を果たすことを強く希望するものである。

 依然として伊達市からデータの提供が正当化されているが,その前に「論文を作成し,広く公表する」ことに対する同意を研究対象者から得るべきである。論文の形式で公表されることは市民に周知徹底されておらず、対象者が調査に同意していたとしても、論文作成許可まで同意されていないから、研究依頼者の伊達市が決めることができない。研究者が対象者である市民から、論文発表の同意を直接得るべきである。伊達市から特定の研究者への個人データの漏洩とその論文への利用は人権侵害である。福島県立医大が許可をした研究で人権侵害や瑕疵があったのに県立医大の責任が一切問われておらず,自らの監督責任を不問にして、伊達市の依頼責任のみを追及しているのは公平性の原理に違反している。しかも宮崎氏は市政アドバイザーであり、ガラスバッジの利用では市側の重要な地位にあったのである。


3.東京大学宮崎・早野論文の調査について

 東大名誉教授早野龍五氏はこの論文以前から福島原発被曝の安全論で知られている。例えば2014年糸井重里氏と出版した『知ろうとすること』(新潮文庫)では食品摂取の安全について「年間5万Bq(ベクレル)までというのは、ある意味安全なレベルなんですよ」(p81)と書いている。ICRPによると毎日100Bqのセシウム137を1年間摂取する(年間3万6500Bq)と約1万2000Bqのセシウム137が体内に蓄積する。体重60kgの人なら体重1kg当たり200Bq/kgが蓄積する。これはベラルーシやロシア、ウクライナで「長寿命放射性核種取り込み症候群」として多臓器不全で死亡した大人や子供のセシウム137の体内蓄積量に近い(ユーリ・バンダジェフスキー著『放射性セシウムが人体に与える医学的生物学的影響』合同出版2011.12。アレクセイ・ヤブロコフ他著『チェルノブイリ被害の全貌』岩波書店2013年)。さらに1桁少ない20Bq/kgの蓄積でも子どもたちの心電図に異常が出ることが知られている。日本では100Bq/kgをコメなどの食品の安全基準としている。しかし、これは内部被曝を評価する際ICRPの経口摂取のベクレルからシーベルトへの過小評価された換算係数に基づく誤りである。なぜなら、がんと遺伝的影響のみを考えるICRPの換算係数ではセシウム137の経口摂取の場合、7万5千Bqが1mSvに相当するとしているが、これが桁違いの過小評価であるからである。この科学者早野氏の被曝容認の言葉は単なる誤りではすまず、現実に子どもや妊婦、未来の世代に対して極めて危険で、重大な責任を伴う。
 今回のガラスバッジを用いた被曝安全論は宮崎・早野両著者だけではなく、前原子力規制委員会委員長田中俊一氏や産業総合研究所フェローの中西準子氏、伊達市の当時の仁志田市長、半澤隆宏政策監の支持と協力のもとに行われている社会的なものである。仁志田市長はIAEAにまで行って報告し、除染の被曝の基準を5mSvに緩和するよう要請している。被曝した住民に対する責任が問われる。

東京大学報告
東京大学科学研究行動規範委員会(以下、規範委員会という)は、本学大学院理学系研究科元教授による研究活動について、倫理指針違反と研究不正の疑いがあるとの申立てを受け、 東京大学科学研究行動規範委員会規則(以下、規範規則という)第 10 条に基づき調査を行いました。
 申立ての内容は、別紙に示す研究内容について、
1)データ提供に同意していない市民のデータの使用(倫理指針違反)
2)福島県立医科大学の倫理委員会への研究計画書提出前の研究発表(倫理指針違反)
3)論文(別紙記載②,③)発表後1年経過した時点で資料・情報が全て破棄されている (研究不正)
4)セミナー発表(別紙記載①)のスライドと論文のグラフの値に齟齬がある(研究不正)
というものです。調査を行った結果は以下の通りです。 なお、調査では、規範規則及び文部科学省の「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」(平成 26 年 8 月 26 日文部科学大臣決定)に定める不正行為の定義を踏まえつつ、不正行為の有無を判断しました。

別紙記載①のセミナーに用いられたスライドと別紙記載③の論文間の齟齬については、スライドの縦軸の数値が Individual Dose(個人線量率。単位:?Sv/h)を示すことを想定してい たため、生データ(3 ケ月毎の積算線量、単位:mSv)を読み込んで得た数値に 0.455 倍( /3(ヶ 月)/30.5(日) /24(時間)*1000(倍))されるべきところであったが、これが行われていないこと、さらに、別紙記載③の論文内の図6縦軸の数字はこの変換が行われていることを確認しました。 別紙記載③の論文内のデータ間の齟齬については、同論文図7縦軸の数値が Cumulative Dose (積算線量。単位:mSv)であり、本来 2.2 倍(上記 0.455 倍の逆数)されるべきところ、対象研究者が同論文図6からの計算時に失念していたことによることを確認しました。

いずれも論文著者の精査不足に起因するものであり、軽率なものであったと考えますが、規範規則第 2 条に定める「故意」によるものとは認められず、また、 「研究者としてわきまえるべき注意義務を著しく怠ったことによるもの」とまではいえないと判断しました。
データ破棄については、論文の元となる研究データが伊達市において保管されていることを前提に、解析後に研究データを破棄する旨を記載した研究計画を福島県立医科大学倫理委員会に予め提出し、承認を得ていたことから、対象研究者による研究データの破棄は不正行為に該当しないと判断しました。
なお、倫理指針違反については研究不正に関する調査を任務とする、規範委員会及び調査 委員会の調査範囲外の事項であり、この点については判断しないこととしました。

 東大規範委員会は「故意」によると認められないので研究不正ではないとしている。しかし、ガイドライン(研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン 平成26年8月26日 文部科学大臣決定)のページ8には次のように書かれている。
「(2)研究機関における一定期間の研究データの保存と開示:故意による研究データの破棄や不適切な管理による紛失は、責任ある研究行為とは言えず、決して許されない。
 (3)研究データは一定期間保存する。第三者からの批判への自己防衛のためにデータの保存は不正防止のためにも必要である」。
 それ故、実験ノートとともに生データを保存しておくのが原則中の原則である。
 ガイドライン第3節 1の(3):対象とする不正行為(不特定行為)では、
 「故意または研究者としてわきまえるべき基本的な注意義務を著しく怠ったことによる投稿論文などの発表された研究成果の中に示されたデータや調査結果等の捏造、改ざんおよび盗用である」と書かれている。
 宮崎・早野論文はこの改竄に当たると思われる。東大規範委員会の言うような単純なミスであればなぜ早野氏は1月8日に異なる説明を文科省に張り出したのだろうか。数式と図は保存されていたとのことなら,生涯線量値が変わるはずがない。そしておよそ半年後になぜそれを撤回したのだろうか。上記のガイドラインのように生データが保管されていればこのような混乱は起こらなかったであろう。
 他にも多くの間違いが存在する。99%タイルが90%タイルと考えられること、中央値と平均値が混同されていること。
 しかも第1論文第1式でガラスバッジの個人線量と航空機による空間線量の比率を平均している。数学では比率は平均できない量である。低線量域と高線量域で比率の数値の精度が異なり,平均はできず、誤差の計算もできない。両論文の重要な結論である個人のガラスバッジと空間線量の比率が一定で0.15±0.03であること、つまり、ガラスバッジの個人線量が住居近くの空間線量に比例することが統計的に証明されていない。単に平均できないものを平均して0.15±0.03 (真実は平均ではなく中央値であると思われる)としただけである。
 一読すれば宮崎・早野の2論文には多くの理解できない混乱・不一致・矛盾がある。それらは岩波の科学で2019年2月号から7月号に詳しく黒川眞一氏達によって紹介されている。誰でも気がつくのは箱ひげがなくはずれ点のみが存在するグラフの空間線量値の箇所(ビン)である。上に上げた平均値と中央地の混同も1例である。黒川氏をはじめ多くの学者が指摘している問題点は論文中に多く「散見」(福島県立医大報告書)される。そのことに東大の規範委員会も気がつかないはずがない。それをわざと無視しなければこのような図7だけを取り上げた調査報告は書けないであろう。本来、総合的で科学的な研究と教育の中心である大学による調査である。誠実な調査報告は人権の擁護はもちろん日本の科学と未来の研究者のためにも不可欠である。
 このような不誠実な調査報告は研究不正につながる倫理指針違反ではないだろうか。調査報告は故意でないから研究不正でないとしているが,研究不正の定義は「科学者の故意もしくは重大な過失による、虚偽の科学的メッセージ、偽の評判、強調」となっており、故意でなくとも重大な過失による,虚偽の科学的メッセージ(例えばガラスバッジを用いて得られた個人線量は政府の0.6に比べ4分の1にすぎない)は研究不正である。この「宮崎・早野論文が研究不正に当たらない」という東大の報告は日本の科学の将来をゆがめる重大な虚偽であると思う。


別 紙
 対象研究者及び対象の研究活動
  ※上記②の論文の「論文タイトル」については、掲載雑誌上の表記を記述する。
 対象研究者 早野 龍五
 対象の研究活動
 ① セミナー発表:セッション「測って伝える」におけるスライド 発表 (第十二回福島原発事故による長期影響地域の生活回復のための ダイアログセミナー「Experience we have gained together(これ までの歩み、そしてこれから)」)

 ② 掲載雑誌名等 : Journal of Radiological Protection, 37(2017),1 - 12 論文タイトル:Individual external dose monitoring of all citizens of Date City by passive dosimeter 5 to 51 months after the Fukushima NPP accident (series): 1.Comparison of individual dose with ambient dose rate monitored by aircraft surveys

 ③ 掲載雑誌名等 : Journal of Radio logical Protection, 37(2017),623 - 634 論文タイトル:Individual external dose monitoring of all citizens of Date City by passive dosimeter 5 to 51 months after the Fukushima NPP accident (series): II. Prediction of lifetime additional effective dose and evaluating the effect of decontamination on individual dose


 
【研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン】

 人を対象とする医学系研究に関する倫理指針
 人を対象とする医学系研究は、研究対象者の身体及び精神又は社会に対して大きな影響を与える場合もあり、様々な倫理的、法的又は社会的問題を招く可能性がある。研究対象者の福利は、科学的及び社会的な成果よりも優先されなければならず、また、人間の尊厳及び人権が守られなければならない。

 第1 目的及び基本方針
 この指針は、人を対象とする医学系研究に携わる全ての関係者が遵守すべき事項を定めることにより、人間の尊厳及び人権が守られ、研究の適正な推進が図られるようにすることを目的とする。全ての関係者は、次に掲げる事項を基本方針としてこの指針を遵守し、研究を進めなければならない。
 ① 社会的及び学術的な意義を有する研究の実施
 ② 研究分野の特性に応じた科学的合理性の確保
 ③ 研究対象者への負担並びに予測されるリスク及び利益の総合的評価
 ④ 独立かつ公正な立場に立った倫理審査委員会による審査
 ⑤ 事前の十分な説明及び研究対象者の自由意思による同意
 ⑥ 社会的に弱い立場にある者への特別な配慮
 ⑦ 個人情報等の保護
 ⑧ 研究の質及び透明性の確保



【島明美氏、黒川眞一氏、石田祐三氏のコメント】

島明美氏のコメント
申 立 人 の コ メ ン ト

 今回の調査結果を読み、心から驚きました。そして、被ばくデータを含む個人情報が軽視されていると強く感じました。
 私を含む家族全員、そして伊達市民の大半が、宮崎真氏と早野龍五氏に研究対象とされていました。研究を開始したことも知らされず、同意書も無視され、同意撤回の機会もないままに、「被ばく線量」という極めてデリケートな情報と住所と突合し、解析されました。その研究に至る過程は極めて不透明で、現在も伊達市と伊達市議会が調査を続けています。
 このような不透明かつ非科学的な研究を、倫理違反も、研究不正もないとする今回の判断は到底、理解できませんし、許すことも出来ません。研究の基本をないがしろにしていると思いますし、科学への不信感がますます募ります。これが許されるのであれば、「人を対象とした医学系研究に関する倫理指針」や「研究不正ガイドライン」の存在意義はないと思います。
 今回の調査結果は、「研究計画書からの逸脱等は散見される」「誤りが認められた」と、私の申し立て内容を認めています。
 「人を対象とした医学系研究に関する倫理指針」*1では、研究計画書に従って研究が適正に実施することを規定しています。調査結果は、「倫理指針に対する重大な不適合に該当するものではなかった」と結論づけていますが、同意が取れていないデータを使用していることは「重大な不適合」ではないのでしょうか。伊達市民の前で納得のいく説明をしていただきたいです。
 また文部科学省が定めている「研究不正に関するガイドライン」では現在、「研究者としてわきまえるべき基本的な注意義務を著しく怠ったことによる不正」も不正行為と規定しています。計算結果が数倍も異なる「誤り」は、これに該当します。
 私は2年前、黒川眞一高エネルギー加速器研究機構名誉教授とともに、宮崎氏と面会しました。この論文に関するごく基本的なことを確認するためです。しかし、宮崎氏は筆頭著者でありながら2、3 を除いて、ほとんどの質問に答えられませんでした。筆頭著者であり、この論文で博士の学位をとっているにも関わらずです。共著者の早野氏に確認するということで、その日は終了しましたが、その後回答は一切、ありません。
 今回の論文は、伊達住民を置き去りにしたまま、きわめて不透明な経過を経てかかれました。伊達市前市長の要望による論文であったことや、市の文書に改ざんがあったことが明らかになるなど、政治的な背景があることが浮き彫りになっています。にもかかわらず、本調査の過程も結果も、非常に不透明かつ不誠実であったことを、非常に残念に思います。
 現在、多くの研究者がこの論文に関する検証作業を行なっています。今や大きな研究不正が指摘されるに至っており、今後、新たな申し立ても行われる予定です。そこで、さらに踏み込んだ科学的な検証がなされ、不透明な研究経緯と研究不正が明らかになることを期待しています。
2019年7月19日
申立人:島明美(個人被ばく線量データ利用の検証と市民生活環境を考える協議会代表)

*1 倫理指針 第 2 章 研究者等の責務等 第 4 研究者の基本的責務 2 研究の倫理的妥当性及び科学的合理性の確保等 (1) 研究者等は、法令、指針等を遵守し、倫理審査委員会の審査及び研究機関の長の許可を受けた研究計画書に従って、適正に研究を実施しなければならない。

これまでの経過
2015年
1月     宮崎氏が伊達市の市政アドバイザーに就任
2月20日  千代田テクノルの個人線量データを宮崎・早野氏に提供
7月30日  宮崎氏が伊達市に解析データを提示
8月12日  伊達市が宮崎氏・早野氏にさらなるデータを提供
9月12日  ICRP ダイアログで早野氏が伊達市データを発表
10月    伊達市が宮崎氏あての研究依頼書を作成(日付は8月1日付けに改ざん)
12月1日  宮崎氏が福島県立医大倫理委員会に研究計画を申請
12月17日 福島医大倫理員会が宮崎市の研究計画を承認
2016年
8月18日  第1論文を JRP に投稿
12月6日  第1論文が JRP に掲載
2017年
1月8日   第2論文を JRP に投稿
4月12日  申立人が「宮崎・早野論文」の使用データについて初の情報開示請求
4月24日  情報公開を受け、伊達市と宮崎氏が緊急会議
6月27日  申立人と黒川氏が宮崎氏と面談
7月6日   第2論文が JRP に掲載
2018年
11月    黒川氏が JRP に論文の誤りを指摘
12月12日 伊達市議会で論文におけるデータの不正使用が表面化
12月19日 申立人が東京大学に倫理違反・研究不正申し立て
2019年
1月8日   申立人が福島県立医科大学に倫理違反・研究不正申し立て
1月8日   早野氏が同論文に見解発表
1月25日  放射線審議会の報告書から同論文データ削除
2月4日   伊達市に「被ばくデータ提供等に関する委員会」発足
2月22日  伊達市議会で黒川眞一氏を招聘して勉強会開催
5月30日  個人被ばく線量データ利用の検証と市民生活環境を考える協議会発足
6月26日  伊達市議会に「被ばくデータ提供等に関する調査特別委員会」設置


黒川眞一氏のコメント
2019年7月
宮崎早野論文における研究不正および倫理違反の疑いについて

1.研究不正

解析方法やグラフにおいて、不整合で不可解な内容が複数あり、意図的なデータ改ざんや捏造が行われている可能性が高い。


データおよびグラフの改ざんの疑い
  • 99 パーセンタイルとされる記載とグラフは実は90 パーセンタイルである。(第1論文・第2 論文ともに)
  • 1 パーセンタイルとされる記載とグラフは10 パーセンタイルである。(第2 論文)
  • 第2論文におけるA 地区の平均周辺線量はおよそ2.7μSv/h であり、係数はおよそ0.15 であることが第1論文および第2論文を見比べることで推定できる。第2論文では、この値をそれぞれ2.1 μSv/h と0.10 としている。恣意的なデータ改竄の疑いが濃い。
    →このため、生涯線量の平均はほぼ半分に過小評価されている。さらに論文で99パーセンタイルの生涯線量とされているものは正しくは90 パーセンタイルでの生涯線量である。生涯線量の99 パーセンタイル値は100mSv を超える。
  • 上で示したデータの改竄につじつまがあうように、生涯線量を示すグラフ図7 は縦が47%に縮められている。また累積線量の推移を示すグラフ(図5A)の縦が55%に縮められている。(第2 論文)
  • 上の二つの項で示した矛盾は、第2論文図6に集中的に表れている。論文本文中では、図6中の曲線は平均周辺線量2.1 μSv/h と係数0.10 を用いて描かれているとされているが、図6のキャプションでは、平均周辺線量とされたものが、周辺線量の中央値と係数を用いて描かれたされている。いずれにしても図6の曲線は、t=0.65y において、周辺線量と係数の積である0.21 μSv/h の点を通らなければならないのに、0.33 μSv/h の点を通過するように描かれている。


  • (『科学』2019年7月号より)

  • 第2論文の図7のビンの多くで外れ値の個数が異様に少なく、99 パーセンタイルに整合するように外れ値の一部を恣意的に削除した疑いが強い。
  • 90 パーセンタイルを99 パーセンタイルといつわることにより、被曝線量の高い市民のデータを示さないように図の縦軸の最大値を恣意的に低くしている(第1 論文図4、第2 論文図6)。図6の最初のビンについては、論文のデータから本来の図を復元できる。復元した図を添付する。


  • (『科学』2019年6月号より)

恣意的解釈と結論
  • 第1論文において「個々の市民が受けた外部被曝線量は航空機モニタリングデータから推定することが可能であると結論する」と書かれているが、方法論的にもデータの取り扱いにおいても、これは不可能である。
    →著者の宮崎氏も2017 年6 月28 日の伊達市との打合せの中で、「航空機もモニタリングでの空間線量から個人の線量を導くことはできない。」と述べている。
  • 公衆に対する被曝防護において拘束値あるいは参考レベルとされる値は、95 パーセンタイル値である。第1論文では係数の平均値を政府が定めた基準と比較しているが、比較すべきは係数の95 パーセンタイル値である。
  • 第2論文の冒頭に記述されている第1論文の要約は、第1論文の内容と異なる。
  • 航空機による線量測定が地上における線量測定値と比べると1.7 倍程度の過大評価となることを考慮していない。第1論文が書かれる以前に行われた、論文と同一のガラスバッジ測定値を用いて伊達市が独自に行った地上における線量測定値を用いた調査は、航空機による測定値が、1.4〜1.7 倍ほどの過大評価となることを示している。
  • 第2論文における対象者が特殊な集団であることが記述されていない。A 地域の対象者の半数ほどは特定避難勧奨地点の市民であり、多くの市民が実際に避難している。B およびC 地域の対象者はほとんどが15 歳以下の子供である。
  • 第2論文の結論、「除染は被曝線量を低減する効果がない」について、論文中に根拠が示されていない。

2.倫理違反と虚偽説明

  • 第1論文の図3に示されている点の最小間隔は50m である。航空機による線量測定のグリッドの間隔はほぼ250m である。このことは、著者たちが加工されていない生の住所データを知っていたことを意味する。これは、研究計画書の記述とことなり、また第1論文の記述である、「市民の住所は伊達市によってGIS 化され、解析前に1/100 度に丸められた」という記述ともことなる。論文の記述は虚偽である。
  • 「科学」2019 年2月号に次のような7つの倫理指針違反を指摘している。
    (1) データ提供に同意していない伊達市民のデータを使用した。
    (2)伊達市民に研究に内容を公知せず、オプトアウトの機会を与えなかった。
    (3)伊達市長から論文作成を依頼されたことを隠蔽した。
    (4)研究が福島県立医科大学の学長によって承認される前に伊達市民のデータを使った研究を開始した。
    (5)研究計画書に書かれている内部被曝線量と外部被曝線量の相関を調べる研究をどこにも発表していない。
    (6)研究終了報告書に(5)の研究の発表をしなかったことを記さず、研究計画書に書かれていない、「人を対象とする医学的研究」ではない研究を成果として報告している。
    (7)倫理指針がデータをできるだけ長期間保管するように定めているのにかかわらず、全データを研究終了予定日の1 か月前に廃棄している。
    以上


石田祐三氏のコメント
両大学調査委員会の調査報告の疑問点
石田祐三
2019年8月13日

 多くの疑惑を持たれたM・H論文の調査報告(福島県立医大調査委、東大・規範委員会)に対し、明快な批判・見解と関連資料(黒川氏・島氏論文等)を提供して頂き大変有り難うございます。大変参考になりました。小生の気掛かりな点は、ほとんど山田さんの批判で代弁されています。重複になりますが、あえて幾つか小生なりに意見を述べさせて頂きます。

1)倫理規定違反について、
 同意のない個人データが研究名目で勝手に利用されているので、明らかに「倫理規定違反」。何のために研究計画書を作成し、倫理審査委員会の承認を受けたのか。医学系分野の当事者なら一番よくご存じのはず。調査委は「非常に問題」といいつつ、重大な違反・過失はないともいう。依頼した市側の情報管理の不適切さにあると責任転嫁している。公平・公正であるべき調査委が、被告発者擁護のための苦し紛れの便法が使われている。これでは調査委の使命が果たされているとはいえない。
 最近の「改正個人情報保護法」において、オプトアウトの方法(あらかじめ本人に通知し、又は本人が容易に知りえる状態に置く)による個人データの第三者提供手続きが厳格化(本人が要求すれば、個人データ利用は停止)されています。

2)研究不正について、
 解析過程の計算間違い等のために最終結論(影響力大)が2転、3転するという事実は、データの不正操作が行われていたのではないかと疑われる。単純なミスとはいいがたい。
 更に、研究終了と同時に元データが消去されているならばかなり悪質である。これでは、図は残っていたとしても、お互いに検証不可能になる。昨今いたる所で証拠隠滅・改竄等が横行している。研究者なら、全てのデータや実験記録は何年も保存する習慣があるはず。
 論文としての信頼性が著しく損なわれており、「研究不正」の典型例といえる。また、研究計画書で予告しておきながら、第3論文の発表を中止したことへの説明に一貫性がない。同意なく個人情報を勝手に使用しておきながら、別の研究項目では有意検出者数が少ないため特定個人につながる恐れがあり、被験者保護の観点から公表は止めるとは一見もっともらしいが、行動が矛盾している。急遽打ち切らざるを得なかった背景には、データの早期廃棄、不都合な結果によるこれまでの主張に矛盾発生、あるいは批判に晒されることへの懸念等あったのではないかと色々疑念が湧いてくる。
 両調査委員会とも、何の根拠も示さず一般論で「故意ではない誤り」であるから、倫理的に重大な違反は認められない、研究不正に該当するとも認められないと理解不能な主張を繰り返す。逆に言えば、最初から研究不正はないという前提で調査しているから、論理的に一貫性がなくなり、矛盾が出てきて苦し紛れの説明になる。これでは調査委自らが不正をやっていると誤解されても仕方ない。本来、故意かどうかなど人の心の作用を他者がどうやって的確に判断できるのか疑問です(本人がそう言っているので信じます(性善説)?)。その曖昧さを逆に悪用しているのではないか。

3)福島県立医大報告の「付記」について、
 結論では「倫理規定」違反はない、「研究不正」はないと認めていながら、あえて「付記」の項目まで付け加えているのは何故なのか、結論だけでは後味が悪かったか?
 伊達市から同意者のみのデータの再提供を受け、杜撰な解析・計算誤りの所は正した後、是正した第1・第2論文を再投稿すべきと提案している。これは、実質倫理規定違反、研究不正ともに認めているのではないか。それでも、なお研究依頼者である伊達市に責任転嫁しなければならない苦しさが滲み出ている。市側にも個人情保護違反の疑いがあるが、これは市議会・住民達で問いただすことである。
 個人的意見としては、数多くの疑惑が露呈し信頼を損ねた投稿論文(2件)は取り下げる、そのことで責任を果たしてもらいたい。

4)東大調査委員会について、
 わざわざ行動規範委員会と銘打って、研究不正のみを調査し、倫理指針違反に関しては調査範囲外の事項なので判断しないと避けている。研究不正は研究者として守るべき規範やルールを犯しているから発生するのであり、それを敢えて分離して考える手法は根本的に疑念を生じさせる。倫理指針違反は誰が見ても認めざるを得ないから、調査を避けたと捉えられても仕方がない。また、疑惑だらけの論文内容について、軽率であったが「故意」とは認められない、それ故不正行為でないと結論付ける。
 多数の軽率さが積み重なれば、実質故意に等しい。また、日頃の発言・行動(その人固有の心的反映)を見れば、ある程度推測はつく。また、本当に故意でなく単純ミスなら、他者から間違いを指摘されれば素直にそれを認めて直ぐに訂正するはずである。捏造・改ざん・盗用等なら、そう簡単には認められないであろう。一方、内部調査委の指摘に対しては、いとも簡単に主張を撤回するとは何とも軽率な行動であり、何が本当か分からなくなり更に混乱を起こしてしまう。

 本調査委員会(規範委)の調査内容と結論は、福島県立医大調査委よりもっと事態を矮小化し、杜撰、無責任態勢の調査としか思われない。本M・H論文は早い段階から多くの良識ある研究者や市民レベルの人達の間で疑惑を持たれ、多数の誤りがあることを指摘されてきた。既に、マスメディアを通して不正論文が報道されてきた。こうした研究者達から指摘された問題点にはほとんど答えられていない。公正・公平であるべき調査委員会が機能不全を起こしている。これほど疑惑を持たれた研究者を匿う理由は何処にあるのか。不正を不正と認めず一個人を擁護することになれば、この研究分野だけでなく大学自体の社会的信頼を失墜させてしまう。改めて倫理規定違反も含めて検討する調査委員会を発足させ、疑惑に応えるべく再調査し納得いく報告してもらいたい。

 注)福島県の発表では、毎回検査のたびに当時18歳以下の甲状腺がん、他のがん・もしくはがんの疑いがある人が増え続けています。しかし、検査を検証している検討委員会は「これまでのところ被曝の影響は考えにくい」と毎回枕詞のように同じことを繰り返している。しかし、多くの国民は疑問を抱いているだろう。誰がどういう科学的根拠で判断を下しているのか明らかにしてほしい。最近、被曝線量(低線量レベル)と小児甲状腺がん発症率の間に比例関係があるという研究結果が報告されている(加藤聡子氏等)。
 もし、上記のような研究者・関係者がその中に含まれているとしたら信頼性を損ねる。誤った発言・論文等で多くの市民を惑わせるのではなく、その時点で明らかになった正確な情報を提供し、十分な説明・理解を深めながら信頼関係を築いて行く。個々人の立場の違いは尊重する。そうしたほうがずっと安心感が生まれ、適切なケア(予防・治療)を受けることが出来るであろう。



文献
 岩波の特設サイトがある。
 https://www.iwanami.co.jp/kagaku/hibakuhyoka.html
1.黒川眞一、島明美、「科学」岩波書店,2019年2月号
https://www.iwanami.co.jp/kagaku/201902-kurokawa-shima.html
2.黒川眞一、「科学」 岩波書店、2019年3月号
3.黒川眞一、谷本 溶 「科学」 岩波書店 2019年4月号
4.記事の紹介 A.週刊金曜日6月30日号 B.ガラスバッジに関して
http://blog.torikaesu.net/?eid=63
ファイルは以下に格納
http://www.torikaesu.net/data/20170716_yamada.pdf
5.宮崎・早野論文には単純な数学の誤りがある―比率を平均している
http://blog.torikaesu.net/?eid=65
ファイルは以下に格納
http://www.torikaesu.net/data/20170813_yamada.pdf

福島原発事故に猛威を振るう「知られざる核戦争」 矢ヶ克馬

2019年7月

日本の市民の方々、全世界から日本へいらっしゃる方々に深刻な事実をお届けいたします


福島原発事故に猛威を振るう「知られざる核戦争」


―「放射線による健康被害は一切無い(安倍首相)」の背後に死亡率大量増加が―

矢ヶ克馬


 
〖ここからダウンロードできます〗
福島原発事故に猛威を振るう「知られざる核戦争」(pdf,33ページ,1286KB)


§1 概説――「放射線による健康被害は一切無い(安倍首相)」のファシズム――
 核戦争は巨大な破壊力の核兵器を投下するあるいはそれで威嚇することと理解されている。それに対し、「知られざる核戦争」は、ヒロシマナガサキ原爆投下以来、アメリカを中心とした核戦略と原発を推進するためにとられた「放射線被害を市民に認識させない情報操作」の核戦争を指している。この核戦争は著者による造語であるが、一般市民に未だ「知られざる」状態にあるために「知られざる核戦争」と称す。
 ヒロシマナガサキ原爆による放射性降下物放出を隠しその被害を隠し続ける。その後500回以上を記録した大気圏内核実験、採鉱や核兵器核燃料製造、原発運転と再処理工場操業、核・原発事故、劣化ウラン弾使用などによって莫大な量の放射能が放出されて環境中に蓄積した事実を隠し、全世界でその被曝による人的被害が想像を絶する規模(ECRR推計で6000万人以上)で続いていることを隠している。これが「知られざる核戦争」の実態である。
 福島原発事故後は史上最悪の「知られざる核戦争」が展開されている。日本に典型的なファシズムが「知られざる核戦争」を一層激しいものとしているのである。
 政府発表でさえ広島原爆の168発分(実際はその10倍程度とみられる:渡辺悦司ら:放射線被ばくの争点(緑風社)2016)の放射性物質が放出したにも関わらず、「放射線による健康被害は一切無い」の言明(東京オリンピック決定時の安倍首相記者会見)が先行した。
 これは原爆投下直後の「知られざる核戦争」に匹敵する。1945年9月6日、マンハッタン管区調査団の指揮官トーマス・ファーレル准将 が東京で記者会見して言明した「広島・長崎では,死ぬべき者は死んでしまい,9月上旬現在において,原爆放射能で苦しんでいる者は皆無だ」、「残留放射能の危険を取り除くために,相当の高度で爆発させたため,広島には原爆放射能が存在し得ず,もし,いま現に亡くなっている者があるとすれば,それは残留放射能によるものではなく,原爆投下時に受けた被害のため以外あり得ない」(「広島ジャーナリスト」HP)の虚偽宣言に匹敵するものである。東電事故後の放射線被曝対策は、戦後アメリカがファーレル言明に沿って原爆被害を処理した歴史に瓜二つである。
 政府はその虚構をシナリオの芯に据え、全官庁あげて「風評払拭リスクコミュニケーション強化」を大宣伝している。放射線被ばくの現実を「心の持ちよう」にすり替えるのだ。首相の「健康被害は一切無い」という虚言が事実を乗り越えて「現実を見る目」となる。虚偽の基に被曝強要策が進む。指定区域外避難者に対する住宅支援を停止することによって、指定区域外避難者を避難者統計から外し、避難者が減少したことにする。避難指示区域を解除することで、汚染が無くなったことにする。あろうことか被曝被害を拡散拡大することで高汚染地域の被害を見え難くして、「福島の放射線被害は無い」を合理化するという屋上屋を重ねる虚偽の世界が日本の現実である。
 福島原発事故後ほどなくも主として文科省から各大学長と各学会長宛てに「放射能に関するデータは政府が発表するデータである。個別の研究者が調査したり研究したりすることの無いように」という趣旨の通達がなされた。もちろん政府が責任もって諸測定を行ったのではない。「データが無いことは被曝が無いこと」とされた。チェルノブイリ事故後にIAEAウィーン会議(1996)で今後生じ得る原発事故に際して、①避難させるな、②情報を統一せよ、③専門家を自由に動かせるな、との指針をまとめたが、その方針を受けてのことであった。

 IAEA(国際原子力機関), UNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)、ICRP(国際放射線防護委員会) 等を国際原子力ロビーと規定する。IAEAはチェルノブイリ事故の教訓として「住民が汚染された土地に永住をすることを前提に、心理学的指針も含めて従来の被曝防護を見直す方針を明確にした(1996年、IAEA「チェルノブイリ10年」)。原発事故版の「知られざる核戦争」の基本路線だ。ICRPが住民への被曝強制を指針として打ち出し、IAEAは福島に事務所を出張させ実地指導を行う。この方針に輪をかけて日本政府は虚偽に満ちた情報処理を行う。

 早すぎる「帰還」、「復興」。事故後たった9年目、原子力緊急事態宣言が出されたままで、放射線被曝制限値が20ミリシーベルト/年(日本の法律値は1ミリシーベルト/年)のままで、オリンピックが開催されようとしている。

 指定難病患者の異常増、各地の病院患者の異常増加などが伝えられている。爆発的に大量発生している小児甲状腺がんを原発関連と認めない。それを突破口に、一切の健康被害は認めず、一切の予防医学的な措置は封じられる。原発事故以降に発生した大量死亡率増加は報道さえされてない。

 東日本(東北、関東)の食材汚染は今なお非常に深刻な汚染を示し、メルトダウンした炉心からは空に海に放射性物質が放出し続けている。日本は危険な放射能環境に満ちている。

 周産期死亡率が福島事故9〜10か月後(2012年)から、放射能高汚染県(12%増)、中汚染県(8.4%増)で増加が始まって現在も継続している。死亡率は土壌汚染に相関していた。(ドイツの放射線防護専門誌「放射線テレックス(2017年2月)(Strahlentelex)」No. 722-723 / 02.2017 http://www.strahlentelex.de/ )
 他方、乳児の先天的奇形:複雑心奇形は2011年から、停留精巣の奇形は2012年から増加が確認され、日本全土すなわち土壌汚染の低い地域にも分布し、先天的奇形の原因は土壌汚染の多寡に拠らない食物流通を通じた内部被曝によることが強い蓋然性として推察される。すなわち妊婦の内部被曝の結果であることが推察される。(村瀬ら: 「Journal of the American Heart Association」に 2019年3月13日掲載、村瀬ら: 「Urology」に 2018年5月8日に掲載された「Nationwide increase in cryptorchidism after the Fukushima nuclear accident.」)
 厚労省人口動態調査から全国、福島県、南相馬市の死亡率を検討すると深刻な死亡率の異常増加の事実が認められる(小柴信子及び矢ヶ)。
 その一部を後出の図2(全国、福島県、南相馬市)に示すが、1998年〜2010年の死亡率はほぼ直線的な変化と見做すことができ、その変化を基礎にすると2011年以降の死亡率は全国的に異常に増加する。事故後2011年から2017年の間、予想直線を上回る異常増加死亡数は福島県で11200人(95%信頼区間7710人〜14700人)、全国で276,000人(95% 信頼区間は164,990人〜387,100人)ほどになる。
 なお、2011年の地震津波の関連死は19416人と発表されているが、全国での2011年における死亡者の異常増加分は6万1千人に上り、地震・津波の犠牲者以外に大量の犠牲者が出ている。死因別の死亡率も2011年から急増する。日本全国でお年寄りの老衰死が激増し、アルツハイマー、認知症などの脳神経に関わる死亡率が急増した。異常な死亡率増加は2017年以降さらに上昇する気配を示す。
 危険な放射能環境で開催されることを知らずに日本にやってくる世界の人々は放射線被曝(外部被曝と呼吸と飲食で蒙る内部被曝)に晒される。日本政府と国際原子力ロビーの強行する「知られざる核戦争」の犠牲者を増やしてはならない。世界の市民は日本で進む「知られざる核戦争」:ファシズムの危険を洞察すべきである。

 危険極まりない「復興」「オリンピック」が最大の事故後対策として政治の中心に据えられ、オリンピック競技などが汚染地域で設定される。これが姿を変えた「日本型ファシズム」である。
 このような多数の異常死亡者増が存在することと、東日本における放射能食品汚染が今なお深刻であることと、今なお、メルトダウンした炉心から、空に海に放射能汚染が拡散され続けている事実を正常に受け止めれば、「原子力緊急事態を解くことができない「放射能環境」下で行われるオリンピック日本開催に伴う危険性を世界に警告せざるを得ない。

「日本で生じている健康被害の実態を世界の方々にお知らせしなければならない」と道義的に強く思うのである。


第1部放射能被害の現状

§2 日本の放射能汚染の危険な現状(1)―食糧汚染と死亡率―


図1 日本の食品汚染の現状(厚労省測定:2017年 ホワイトフード地図化)東日本全域が危険域



図2 全国、福島県、南相馬市の死亡率
2011年〜2017年の異常死亡者増は福島県で1万2千人程。全国で29万人程になる。

 図1には2017年上半期の厚労省測定、ホワイトフード地図化による食品放射能汚染地図を示す(https://news.whitefood.co.jp/news/foodmap/8295/)。ホワイトフードHPにはこう書かれている:「検出限界値の平均は22.7Bq/kg。 検出限界値がとても高いにもかかわらず、計2,781検体から放射能が検出され、国の基準値100Bq/kgを超える放射性物質を検出した食品だけでも110検体に及んだ」。より健康を重視した基準1Bq/kg程度を検出目標とするならば(ホワイトフードは最も厳しい基準値として0.5Bq/kgとしている)、夥しい数の食品汚染が報告されるはずだ。この状況は現在も基本的に同じである。

表1 福島県及び全国の2011年以降の異常増加死亡者数


 表1の「実際値」は厚労省人口動態調査の値、「推定値」は1998年〜2010年の直線近似式を2011年以降に外装してそれぞれの年の原発事故等の外因が無いとした場合の予想値である。「異常増加量」は実際量と推定値の差。「95%信頼区間」は標準偏差をσとして±2σの値を用いた。いずれも2011年以降の「異常増加」は有意である。

 食糧制限に関し、政府は「基準値100Bq/kg以下は安全である」と言う。これは明確な虚偽である。食品放射能基準は「社会的・経済的基準」である。汚染された食品を食することによる内部被曝は必ずリスクを伴う。食品放射能基準は「リスクはあるが、流通させざるを得ないので承知してくれ」と言うべきものである。故に、多くの国は異常事態時と通常時の2重の基準を持っている。日本政府は他国の異常事態時の基準と比較して「日本は世界で一番厳しい基準を持つ」などとする(環境庁「放射線のホント」)。ここでも日本政府のファシズムの手口が人々の判断を狂わしている。
 今日本の政府に求められる政策は「汚染地内の農民にも、汚染地外の消費者にもともに危険を知らせ、被曝を避ける最大限の防護柵を講じる」ことである。被災者同士の「汚染地農民」対「全国消費者」の利害相反のたたかいとしてはならない。ともに図2に示す異常(放射能に起因すると考えられる)死亡者多数の現実を率直に認め、共に「命どぅ宝」:人格権に基づくともに手を携えた連帯を示さなければならない。これがファシズムとたたかう民の力となる。
 図2は1998年から2017年まで(20年間)の全国、福島県、南相馬市の総死亡率の年次変化である(南相馬市は2010年以降)。死亡率分析の基礎となるデータは、
日本人口は総務省総計局:https://www.stat.go.jp/data/jinsui/new.html
死亡率は厚労省人口動態調査、総務省統計局:https://www.stat.go.jp/data/jinsui/new.html
政府統計の総合窓口:https://www.e-stat.go.jp/
福島県人口、南相馬市人口死亡数は福島県HP:https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/11045b/16890.html
に拠った。参考にすべき統計は、小柴信子: https://yahoo.jp/box/aPQLvUhttps://yahoo.jp/box/7aVNQ1
参考にすべき論述は、矢ヶ克馬:「南相馬市の死亡率増加は「帰還」の危険性を物語るのか?」
https://www.sting-wl.com/yagasakikatsuma30.html である。
 このグラフは福島原発事故以後の極めて深刻な異常な死亡率増加を示している。

<福島県と全国の死亡率>
 図2の直線は1998年から2010年までの死亡率年次変化を直線近似したもので、上の直線は福島県、下の直線は全国の死亡率年次変化の近似直線である。近似直線は最小二乗法で求めた。図で分かるように福島県、全国の場合ともに、2010年以前の死亡率は直線により概略近似できる。
 少子高齢化の傾向が2010年以前の直線変化に現れていると仮定すると、福島県の2011年以降の死亡率は少子高齢化傾向を大幅に上回り異常に増加している。異常値の予想からのずれを異常増加死者数とすると、異常増加数を表1に示す。
 2011年〜2017年の7年間の異常増加死亡者数は福島県で11207人(95%信頼区間7714人〜14700人)、全国で276,048人(95% 信頼区間は164,991人〜387,104人)である。
 この異常死亡増加数は2011年以降記録される。周産期死亡、乳児先天的奇形(複雑心奇形、停留精巣)の2011年以降の増加と合わせて考慮すると、これらは強い蓋然性を持って主として「放射能に依存する」と推定される。2012年以降年々の通常死亡率(2010年以前の直線外挿値)からの異常増加はほぼ5%程度である。
 さらに2011年の突出的死亡増を検討すると、福島県では地震津波関連死1607人、行方不明207人 とされている(警視庁資料)ところ、上記異常増加死者数は4016人と計算され、地震津波関連死のおよそ2.5倍の死亡者異常増が浮かび上がる。
 南相馬市立総合病院副院長(元)の及川友好医師が2013年5月8日、衆議院の東日本大震災復興特別委員会に参考人として出席し、原発事故後の患者の健康管理などについての現状報告の中で明らかにしたことは「まだ暫定的ではあるが、恐ろしいデータが出てきています」「われわれの地域での脳卒中発症率が65歳以上で約1.4倍、35歳から64歳までの壮年期では3.4倍に上がっている」と公表した(衆議院インターネット審議中継)。これは氷山の一角とみられるがこのように急増した疾患の死者が上記異常増加死者数の内容となると推察される。放射能の直接害に加えて避難など災害下のストレスが相乗作用する。
 同様に2011年から2017年までの全国の異常増加死亡者数(一番下のプロット)は、上記同様に算出するとおよそ29万人に上り、巨大な異常死者数になる。周産期死亡率や乳児の先天的奇形の発生と全国分布は放射能の関連性を強く示唆するものであるが、同様にこれらの異常増加死亡数も放射能関連死と強く推察される。

<南相馬市死亡率は早すぎる「帰還」・「復興」の危険を物語る>
 南相馬市立総合病院のHPに院長及川友好氏のあいさつがあるが、その中に次のようなくだりがある。
2011年3月11日の東日本大震災、その後の原発事故により、南相馬市の人口は一時7万人から1万人以下に減少しました。平成27年10月現在、6万4千人(うち震災以前からの市民は4万8千人)まで回復していますが・・・。」 南相馬市の実人口は2011年には1万人以下にまで減少し(90%ほどの市民がいったん避難し)、2015年には6万4千人まで回復していると述べている。
 南相馬市は「帰還困難区域」を地域内に抱え多くの市民が避難しその後帰還した自治体である。
 図2の南相馬市の死亡率はあくまで住民票登録数に基づくものであり、市外に避難している人を含む数値なのである。
 図2中の最も上のプロットで示す南相馬市の死亡率は2014年までは福島県の死亡率とほぼ同じであるが、2015年で急増している。放射能の健康被害は直ぐ現れるものとある程度期間が経ってから現れるものがあることはよく知られているところだが、グラフに現れているこの死亡率急増は実人口の変化を考慮すると、いったん避難した人の半数以上の市民が南相馬市に帰還した後で死亡率が急上昇していることを示す。
 2011年から2014年までほぼ福島県のそれと同じ期間は、市のほとんどの人が避難しており、南相馬市より放射能汚染の低い土地(福島県内のより汚染が低い場所、あるいは他府県)で暮らしている条件が反映した低い死亡率として理解できる。細かく見ると、2012年と2013年はむしろ福島県より若干低い値を示しており、2014年は福島県と同率となる。その後、2015年〜2017年の死亡率の急増加が記録された。これは今、国や福島県の進めている「帰還」「復興」の危険性とその犯罪性を表す重大証拠となるのである。南相馬の場合だけでなく、他の市町村でも帰還した方にも同じような危険が迫っているのではないか?命を削って「復興」と「帰還」を迫るのは日本政治のファシズム性を良く表しているのではないか?

§3 日本の放射能汚染の危険な現状(2)―乳児死亡と先天的奇形―
(1)周産期死亡
 Scherbらによる(ドイツの放射線防護専門誌「放射線テレックス(2017年2月)(Strahlentelex)」No. 722-723 / 02.2017 http://www.strahlentelex.de/ ) 日本における死産と周産期死亡、乳児死亡−2001年から2015年までのトレンド解析アップデート

 Scherb, H.H., K. Mori,and K. Hayashi, は「Increases in perinatal mortality in prefectures contaminated by the Fukushima nuclear power plant accident in Japan: A spatially stratified longitudinal study.」:Medicine (Baltimore), 2016. 95(38): p. e4958.において初期のデータに基に新しいデータを加え解析している。

 2011年3月に日本を襲った震災と原発事故の被害を受けた都県においては、日本全体では通常早期死亡が減少傾向を示すのに対して、放射能放出後9か月ないし10か月経った後に当該都県の汚染度に応じて早期死亡と周産期死亡が突然約5%から20%、統計上有意な上昇を示し続けた。汚染されていない他の道府県では、このような影響は見られなかった。

 ドイツの放射線防護専門誌「放射線テレックス(2017年2月)
(Strahlentelex)」No. 722-723 / 02.2017 http://www.strahlentelex.de/



図3 汚染された福島県、群馬県、茨城県、岩手県、宮城県、栃木県(6県)の周産期死亡の年次経緯。
地震・津波直後に一時的に上昇し(21.5%上昇)、10か月過ぎて(2012年1月)からは12.0%の死亡率上昇を示す。



図4 中レベルに汚染された千葉県、埼玉県、東京都(3都県)の周産期死亡の年次経緯。
地震・津波直後に一時的に上昇し、10か月過ぎて(2012年1月)からは8.4%の死亡率上昇を示す。



図5 中レベルに汚染された3つの都県(千葉、埼玉、東京)と高レベルに汚染された6つの県
(福島、群馬、茨城、岩手、宮城、栃木)を除いた38道府県における周産期死亡の年次経緯。
死亡率の上昇は観察できない。



図6 図3,4,5に関する上昇オッズ比の自然対数(プラス/マイナス2標準誤差)。


第一原発事故後にバックグラウンド線量が年間約1mSvから2mSvと倍になる傾向があったと推定すると、図3と図6から年間線量1mSv当たりの死産の相対的リスクが、オッズ比:1.12(12%上昇)、95%信頼区間[1.035, 1.209]となることがわかる。汚染された11の都県では2015年までに自然死産で今までより過剰にナクな多乳児は1140人と彼らは報告している。
自然死産率の上昇はチェルノブイリ事故後のヨーロッパでも観測されている。チェルノブイリ原発事故後、バイエルン州では放射性物質の降下量と、死産および先天奇形の間にはっきりした環境上の量反応関係が観察された。
周産期死亡は土地の放射能汚染と相関して生じていることが解明された

(2)先天的奇形
周産期死亡は地域の放射能汚染と明瞭に関連していたが、先天的奇形は2011年ないしは2012年から発生し、土壌汚染程度に依存せず、全国的に展開していることが特徴である。
①複雑心奇形
名古屋市立大学の村瀬らは 「Journal of the American Heart Association」に 2019年3月13日掲載において、
日本胸部外科学会が福島原発事故前から集計している先天性心疾患に関する手術データに着目し、本研究では2007年から2014年までの手術件数を使用して解析を行いました。このデータには、日本における46種類の先天性心疾患に関する手術件数がほぼ全て含まれています。私たちは、心臓の発生の早期段階の障害に起因する、高度な手術治療を必要とする複雑な先天性心疾患(複雑心奇形・29種類)に着目し、事故前後の手術件数の変化を解析しました。・・・
福島原発事故後に14.2%有意に増加したことを確認しました。

と述べている。


図7 複雑心奇形の経年変化 2011年から増加している。


□複雑心奇形(29種類)のうち有意に増加したものは以下の通りである。

表2 心奇形症状別頻度
付記:複雑心奇形(29種類)の中で手術件数が有意に減少したものは無い。
複雑心奇形は広範囲に認められ、全国的展開があることが認められた。

②停留精巣
停留精巣も同様に手術・退院の統計を取った。
名古屋市立大学の村瀬らは
「Urology」に 2018年5月8日に掲載された「Nationwide increase in cryptorchidism after the Fukushima nuclear accident.」
において、震災前後における手術退院件数の変化 として
停留精巣は生後半年以上経過してから診断されることを踏まえると、震災の影響が手術退院件数に主に反映されるのは2012 年度以降であると考えられました。そこで、2010-2015 年度の6年間を集計したデータ(35 県94 病院)において、2010-2011 年度を震災前、2012-2015 年度を震災後として比較すると、13.4%(95%信頼区間:4.7%-23.0%)の有意な増加が認められました(図9、分布図は図10)。2008-2015 年度の8 年間を集計したデータ(25 県40 病院)においても、12.7%(95%信頼区間:2.1%-24.4%)の有意な増加が認められ、6 年間データと 同様の結果となりました。なお、6 年間データについて3 歳未満の推定手術件数を用いた場合は16.9%(95%信頼区間:2.9%-32.4%)の有意な増加と推定されました。
と述べている。
停留精巣の手術は2012年に増加が始まった。この異常増加の始まりは周産期死亡の異常増加の始まりと同じタイミングである。


図8 停留精巣の手術退院件数の推移 (人口1 千万対)

A. 2010-2015 年度 (6 年データ、35 県94 病院)、B. 2008-2015 年度 (8 年データ、25 県40病院)。いずれの場合でも2011 年度と2012 年度の間で増加が認められる。2010 年度は9 ヶ月分の集計、2008 年度及び2009 年度は6 ヶ月分の集計であったため、それぞれ合計件数を4/3 倍あるいは2 倍したものが示されている。

次図に停留精巣の各県別上昇率を示す。左側は各県の増加数を示し、右側は地図による増加数の展開を示す。福島原発事故現場周辺も多いが、増加率の多い県は遠く九州・沖縄地区にもおよび、全国に展開している。
周産期死亡の場合は強汚染地域、中汚染地域、低汚染地域で明瞭に土壌放射能汚染と相関が示され、低汚染地域では異常死亡率増加が認められなかったが、停留精巣の展開は全国に渡っており、周産期某率の分布とは明瞭に異なる。食物の流通による食べての内部被曝が大きな原因とみられる。後述するが、お年寄りの「老衰」死の激増も全国くまなく展開しており内部被曝によると推察される。


図9 停留精巣の手術退院件数の増加率



図10 停留精巣の手術退院件数の増加率の分布

彼らは「停留精巣のリスクファクターである低出生体重児や早期産の割合は調査期間中においてはほぼ一定であり、原発事故の関与が主要な原因として考えられました。しかしながら、本研究ではそれを証明するには至っていません。」としている。

§4 日本の放射能汚染の危険な現状(3)―精神神経系死亡・障害と老衰等―
 放射能の脳機能への打撃は大きいことが予想される。
 その根拠は
 ①心臓とともに血液が一番集中する臓器であること。内部被曝の場合、水溶性放射性物質と微小な放射性微粒子は血液などに乗って全身を循環することとなるが、血液が集中する心臓や脳に対する被曝が大きい。
 ②脳組織は新陳代謝が非常に少ないと言われているが、脳神経組織に電離・分子切断が生じると蓄積効果となって現れる。
 ③腸内優勢細菌バクテロイデスとアルツハイマーなどの相関が指摘されているが、放射線が活性酸素を生成し、嫌気性菌であるバクトロイズムの活性状態に影響を与えると生命組織の相互依存で脳神経組織の伝達機構などに影響を与え、脳神経系の疾患や死亡率が増大すると予想される。「お年寄りは放射能に影響されない」などの俗論があるが、逆に一番影響される年令帯ではないかと危惧される。免疫力や体力に脆さがあるとされるお年寄りが被曝した場合に、被曝は総合的に体力や免疫力を弱めるので、多大な死亡率増加などが予想される。そこでこれらに関するデータを収集した。


図11 アルツハイマー死亡率―秋田県、福島県、東京都、京都府、鹿児島県及び沖縄県



図12 認知症死亡率 秋田県、福島県、東京都、京都府、鹿児島県及び沖縄県

 図11に見るようにアルツハイマーの死亡率は図2に示した総死亡率と同様に2011年から異常増加を示す。
 直線は2010年以前の変化の近似直線である。2010年以前の死亡率の大きさは北に行く(寒さが厳しい)ほど大きくなる傾向があるが、一意的変化ではない。異常増加の大きさは福島事故原発からの距離には依存していない。被曝では食糧流通による内部被曝が地理的距離に依存しないことと、気候的影響などについて知見を得なければならない。図12は認知症の死亡率である。アルツハイマーと同様な傾向がある。


図13 福島県における特別支援学級児童数と全児童数の変化



図14 特別支援学級児童数の全生徒に対する割合

 図13と図14は福島県における特別支援学級の児童に関するデータである(高崎朋子氏の収集による)。図13からは全児童数は減少傾向が一貫し、特別支援学級児童数は増加傾向が一貫している。特に地震・津波・原発事故の発生した2011年以降の変化が増大している。図4は特別支援学級の知的障害、自閉症・情緒障害及び総数の全児童に対する割合の年変化を示す。いずれも2010年以前は非常に良い直線的変化を示しているが2011年以降急増を示している。


図15 老衰による死亡率変化(秋田県、福島県、東京都、鹿児島県及び沖縄県)



図16 難病登録数の年次変化

 図15は老衰によるお年寄りの死亡率の変化である。前記のいくつかの死亡率と同様、2011年でそれ以前の死亡率変化を大きく上回る増加を示している。2011年を境に急増しているのである。俗論の「お年寄りは放射能に影響されない」は誤りであり、事実はその逆であることを示すのではないか。

 図16は難病の登録された人数の変化である(国立難病情報センター)。2009年以来指定難病数は変わっていない。2011年で急増して変化傾向は2010年以前と別のブランチを形成する。ここでは難病のみを取り扱うが、多くの疾病患者数が2011年以前より異常増加している。


第2部 知られざる核戦争―市民に苦難が押し付けられているー

§5福島被曝――史上初の異常被曝環境
 強調すべきは「高汚染と政治的虚偽に満ちた強制被曝状況」で住民が苦しんでいることだ。
<1>チェルノブイリより深刻な被曝状況
 チェルノブイリでは年間1ミリシーベルト以上では当該政府が「ここは危険です。移住を希望する人が有れば政府が面倒を見ます」、5ミリシーベルト以上では「ここには住んではいけません。生産もしてはなりません」と、文字通りの放射線防護の基本線に沿った住民保護を行った。33年経った今でも子供の保養などを筆頭に市民生活が被曝から保護されている。
 これに反し日本では、チェルノブイリで「チェルノブイリ法」が施行された事故後5年で、「避難指示区域」などの縮小削減が始まり「指示区域外避難者」への住宅供与が停止された。法律で規定されている保護基準の年間1ミリシーベルトは「原子力緊急事態宣言」で無視:捨て去られ、それより20倍も高い20ミリシーベルト基準で規制が行われている。「復興」、「オリンピック」はこの状態:「原子力緊急事態宣言」を発したままの状態で猪突する(猪に申し訳ない表現であるが)。
 チェルノブイリを上回る日本独自の被曝の拡大再生産のしかけ がいくつか生じた。
①その一つはチェルノブイリでは年間5ミリシーベルト以上の汚染地では居住も生産も禁止されたが、日本ではその汚染地域で20ミリシーベルトまでの地域に大量(百万人に達する)の住民が住み、食料を生産し、「売らなければ食っていけない」状況に追い込まれた。そのために、チェルノブイリになかった「汚染地での生産」による被曝の拡大再生産が展開した。食料放射能汚染による内部被曝の全国拡散が日本独特の悲惨な被曝状況を作った。政府は世界の科学的確認事項に反する虚偽「健康被害は無い」を大宣伝し、全住民の被曝強制である「食べて応援」を大キャンペーンし、民間もそれに呼応し「食べて応援」の被曝るつぼが展開した。この際、いわゆる「専門家」、大手マスコミなどの、アベ虚偽政治を拡大する犇力“がなされた。重大な「未必の殺人」への共犯である。
②第2の特徴は、住み続ける条件として行った居住地周辺「除染」の結果集積された大量の「除染廃棄土」が生じてしまった。「除染廃棄土」を政府は公共事業等への再利用で全国に拡散して減少させようとしている。政府はオリンピックのために汚染土入りフレコンバック集積の異常光景を外国客に見せないために強行の度を上げている。放射の汚染処理の原則に違反し汚染土を全国に拡散させようというわけだ。2次被曝を全国に拡散する。
③第三の日本の特徴といえるのは、チェルノブイリでは事故後7か月で石棺により基本的には放射能物質の環境への拡散は極力抑えられが、日本では大量の地下水により汚染水が海に放出し続け、空中への放射能放出も深刻に続いている。メルトダウン炉の封じ込めに成功していず、生活環境と自然環境を汚染し続けている。
④国際原子力ロビーは次の原発事故が生じた場合「住民はリスクを受ける用意があり、汚染地で永住することを望んでいる(1956年IAEA会議)」として「避難や移住を避ける」方針を打ち出したが、その具体策がICRPによっても明確に打ち出された直後に東電事故が生じた。「知られざる核戦争」の実態は、住民を高汚染地域にとどめ置き、健康被害の事実を認めず、したがって住民への健康保護施策を全く欠き、逆に被曝を強制する。これは農民などの「先祖伝来の土地を守りたい」願望に付け込んで適用された。騙しにもちいられた「放射能は健康被害を産まない」キャンペーンは未必の殺人行為である。

<2>日本政府の異常な放射線被ばく対策
――首相の「虚言」が全ての政治・行政の出発点――
 安倍首相は東京オリンピック招致に際し記者会見において、汚染水問題等原発事故の収束状態を聞かれ、「まず、健康に対する問題は、今までも、現在も、これからも全くないということははっきりと申し上げておきたいと思います。」と宣言した(2013年9月7日、
https://www.kantei.go.jp/jp/96_abe/statement/2013/0907argentine_naigai.html)。
 首相の虚偽に基づく言明の後の施策は、全官庁あげて「風評払拭リスクコミュニケーション強化」運動として現れている。健康被害防止に万全を尽くすのではなく、「健康被害が無いように見せる・思わせる」ことに最大重点を置いて住民の放射線警戒心を解除して強制被曝させているのが実態である。「放射能被害の懸念が全く無い」ことを大キャンペーンして、「知ってもらう、食べてもらう、来てもらう」のスローガンで官民の大運動を展開する。
 政府筋発行の「放射能のホント」(復興庁)、「放射能副読本」(文科省:小・中・高校生対象)には原発事故後の健康被害は全くないという事実無根が述べられ、「放射能に危険はない」ことが強調されている。既に小児甲状腺がんの大量発生があり、「原発事故に関係するとは証明されていない」という体制側からの論が、本来あるべき「予防医学的」な放射線防護政策を妨げている。

(虚言の内容)
(1)放射線による健康被害は一切無い

ICRPでさえ、確率的影響のリスクは低線量まであるとしている:「直線的閾値無しモデル」が国際的に認められている」としているにもかかわらず、日本独特の理論「健康被害は一切無い」虚構を大宣伝する。

(2)100ミリシーベルト以下は安全

これも日本独自に虚構理論である。ICRPは「約100ミリグレイ(低LET放射線または高LET放射線)までの吸収線量域ではどの組織も臨床的には意味のある機能障害を示すとは判断されない」などとしているが、日本では「機能障害を示すとは判断されない」を「機能障害は無い」と言い換え、しかも確率的影響にまで拡大して適用している。日本の虚構理論の根拠としている山下グループの実験はICRPが吸収線量を照射線量で置き換えるという彼らの定義を無視して物理量を扱っていることに根拠を持つ間違いである。彼らの結論「100mGyまでは安全(DNAの損傷は残らない)」は、「吸収線量」と照射線量の区別を明確にし、ICRPの行っている吸収線量定義(ICRP自体が定義を無視しているのだが)に従えば、「2mGyに満たない吸収線量でDNA損傷が残存する」と結論すべきものである。100mSv 以下は安全」など全く科学的根拠は無く、良くぞここまで嘘が吐けたな!という代物である。


<3>コントロールされたマスコミ
 現在の日本のマスコミからは「放射能」の用語はほとんど使用されなくなっている。8周年の報道も大手マスコミは「放射能」の用語を抹殺し、その被害の可能性は毫も語っていない。代って「風評被害」だ。「復興」、「帰還」という言葉で満ちあふれ、あまりにも早すぎる「復興オリンピック」の無謀さに警告することなど、報道機関の客観性人道性の発揮は期待しようが無い。日本型ファシズムの一端である。

<4>「子ども被災者支援法」はまさにアリバイ作り:実効性皆無
 日本では「子ども避難者支援法」と呼ばれている住民保護が謳われた法律が成立した。しかし実態はことごとく政府の「基本方針」で骨抜きにされている。チェルノブイリ法は住民を保護する精神で作られた法律だが、事故後5年目に成立した。同じ事故後5年目で日本は「帰還制限区域」などを縮小し、避難者の住宅支援を停止した。避難者の糧道を絶つことで帰還を促し、早すぎる「復興」を強制する。汚染地域内住民の置かれた悲惨な状況を隠ぺいし、避難者の意志に関わりなく住宅支援を停止し、放射能の危険を隠して「復興オリンピック」が強行されている。ここに巨大な原発事故処理の日本の特殊性が出ている。住民保護ではなく日本市民・世界市民を棄民する壁だ。

§6 知られざる核戦争(1)―歴史―
<1>原爆投下前後
1945年7月17日-8月2日

アメリカはポツダム会談の最中に原子爆弾第 1号(トリニティ)の爆発実験に成功し,この巨大な爆発力と原子力が戦後世界の覇権の決め手になることを確信する。

1945年8月6日 広島にウラン爆弾投下
1945年8月9日 長崎にプルトニウム爆弾投下
1945年9月2日 ミズリー号艦上で日本の降伏文書調印

降伏文書調印式の機会に乗じて数人のジャーナリストが広島と長崎を訪問した。 9月3日にウィルフレッド・バーチェット,ウィリアムス・H・ローレンス記者 広島を取材。
ウィルフレッド・バーチェット 5日付け『ロンドンデイリー・エクスプレス』に,「原爆の災疫――私は,世界への警告として,これを書く――医師たちは働きながら倒れる 毒ガスの恐怖――全員マスクをかぶる」と題した記事には「最初の原爆が都市を破壊し,世界を驚かせた30日後も,広島では人々が,あのような惨禍によって怪我を受けなかった人々でも,『原爆病』としか言いようのない未知の理由によって,いまだに不可解かつ悲惨にも亡くなり続けている」と記す。
ウィリアムス・H・ローレンスは 5日付『ニューヨーク・タイムズ』に,
原爆によって4平方マイルは見る影もなく破壊しつくされていた。人々は1日に100人の割合で死んでいると報告されている」と記す。
このような原爆投下の悲惨な状況が世界に伝わると大きな反響が広がり始めた。

1945年9月6日
 マンハッタン管区調査団の指揮官トーマス・ファーレル准将 が東京で記者会見。

「広島・長崎では,死ぬべき者は死んでしまい,9月上旬現在において,原爆放射能で苦しんでいる者は皆無だ」
「残留放射能の危険を取り除くために,相当の高度で爆発させたため,広島には原爆放射能が存在し得ず,もし,いま現に亡くなっている者があるとすれば,それは残留放射能によるものではなく,原爆投下時に受けた被害のため以外あり得ない」
(広島ジャーナリストHP)

1945年9月8日
 マンハッタン計画最高責任者:グローブス准将,トリニティー核実験現場に記者カメラマンを案内。

グローブス「トリニティーの残留放射能は広島・長崎よりずっと低空で爆発したせいだ。」
「日本の死者の一部は放射能が原因だろうが,その数は相当少ない」

科学者としてマンハッタン計画を主導したオッペンハイマー 「爆発の高度は,地面の放射能汚染により間接的な化学戦争にならないよう,また,通常爆発と同じ被害しか出ないよう念入りに計算してあります」。
「爆発から1時間もすれば救援隊が町に入っても大丈夫です」
。(プルトニウムファイル p117)

1945年9月8日
 計画の医学面を担当したウォーレンら,マンハッタン管区医学調査団が広島入り。

ウォーレンの任務は負傷者の治療ではなかった。原子爆弾が放射能を残したかどうかだ。
調査 団員ドナルド・コリンズ 「自分たちはグローブスの主席補佐 トマス・F ・ファレルから,『原子爆弾の放射能が残っていないと証明するよう』言いつかっていた」と打ち明ける。 (プルトニウムファイル p119)


1945年9月22日

アメリカ軍の合同調査団 (〜1946年頃まで活動)

合同調査団は,連合国軍最高司令官総司令部軍医団(団長アメリカ太平洋軍顧問軍医アシュレー・オーターソン(全代表))・マンハッタン管区調査団(団長アメリカ陸軍大佐トーマス・ファーレル)・日本側研究班(班長都築正男)の3者で構成。

 アメリカ軍の合同調査団は放射線急性障害などを調査した。
 そこで引き出された結論は
   (1)放射線急性死にはしきい値が存在し,その値は1 シーベルト。
   (2)放射線障害にもしきい値が存在し,250 ミリシーベルト。
   (3)それ以下の被爆なら人体には何らの影響も生じない。
 というものであった。

 しかも,これらのしきい値は1945 年の9 月はじめまでの急性死を対象として引き出されたもので,10 月から12 月までの大量な急性死は除外されていた。
 被爆者が示した急性症状は脱毛,皮膚出血班(紫斑),口内炎,歯茎からの出血,下痢,食欲不振,悪心,嘔吐,倦怠感,発熱,出血等である。しかし米軍合同調査団は脱毛,紫斑,口内炎のみを放射線急性障害と定義した。
 脱毛,紫斑,口内炎が2km を過ぎたあたりから急減するという結果を,「放射線急性障害は,2km 以内に見られる特有のもの」とした。米軍は核戦略上の必要性のために,放射性降下物による被害を世界に知らせない目的で好都合な事実だけを集めた。


1945年9月27日 ファーレル グローブスに宛て覚書

「原子爆弾の報告」 (『米軍資料原爆投下の経緯』東方出版 1996奥住喜重・工藤洋三訳 資料 E,ファーレル准将の覚書,p.141〜)。

この「覚書』の注目点は,主たる死傷の原因は爆風,飛散物,および火による直接の ものであること,残留放射能がないことの2つを強調している「われわれの科学上の要員によって,何らかの放射能が存在するかどうか,詳しい測定が行われた。地上,街路,灰その他の資料にも,何も検出されなかった」。 (米軍資料原爆投下の経緯 p149)


 ウォーレン

 上院特別委員会で証言したときは,放射能による死者 は全体のわずか 5-7%だと見積り,「放射能は誇張されすぎ」と述べている(プルトニウムファイル p120)。
 原子爆弾の被害を,巨大な爆発力と熱線による火災と火傷による被害と説明し,原子爆弾を「通常爆弾」の大規模なものと規定した。
まず広島について。
 日本とアメリカで報道された話に,疎開を応援するために地域に入った 人々が死傷したというのがある。真相は,爆撃以前に発せられていた疎 開命令を実行するために広島に入っていた疎開要員が爆弾の爆発に巻きこまれて多くの死傷者がでたということである。 (米軍資料原爆投下の経緯 p148)
ついで長崎について。
 日本の公式報告は,爆発後に外部から爆心地に入った者で発病した者 はいないと述べている。 (米軍資料原爆投下の経緯p150)


1945年 11月 28日

マンハッタン計画の総責任者であったグローブスが,上院原子力特別委員会でまず最初に受けた質問は,原子爆弾が日本に放射能を残したかどうかである。グローブスは断固として答えた。
ありません。きっぱり「ゼロ」でした」。 ( プルトニウム・ファイル』上 p124)


1945年までの 総括

 アメリカの政府一軍部の核兵器に関する公式見解
原子爆弾の放射能の影響 をできるだけ過小評価するもの,ことに放射能の持続的影響を無視できるとするものであった。

1.原爆のTNT火薬何万トン相当の爆発力というような,従来型爆薬か ら類推できる兵器性能を強調する。
2. 熱線・光線による高温は,“地上に出現する太陽"といわれすべてのものを蒸発させ焼きつくす。火災・火傷による被害が甚大である。これ は爆発の瞬間に現れるが,物陰に隠れていれば避けられる,というような面を強調する。
3. 爆発当初の強いガンマ線の威力は強調するが,中性子による環境の放射能化は言わない。“死の灰"はまき散らされて薄まり,残留放射能はないとする。

TNT火薬何トン分という爆発力をできるだけ強調すること,
ついで原爆の熱線や光線は物陰に隠れたり,伏せていれば避けられるという 宣伝を盛んにした。放射能の影響は直ぐ消滅することを強調し原爆投下まもなくでも,爆心地へ入ることができるということを公式見解として盛んに宣伝した。
(「内部被ばく」について(その4):
http://www.ne.jp/asahi/kibono/sumika/kibo/note/naibuhibaku/naibuhibaku1.htm


<2>戦後の展開
1946年 被爆者をモルモットにしたABCC 設立
1947年3月 原爆傷害調査委員会(ABCC)開設
 ABCC は「調査はすれども治療せず」という被害者をモルモットにする残虐な対応をしたことで知られているが,彼らは原爆被害をありのままに調査する視点は持っていなかった。ABCC は学術組織である全米科学アカデミー・学術会議を形の上では母体としながら,米軍合同調査団の調査目的とメンバーをそのまま受け継ぎ,「合衆国にとって最も重要である,放射線の医学的・生物学的影響についての研究にかけがえのない機会を提供する機関」として発足したのである。
 もし軍事目的でなく,ありのままに原爆放射線被害を調査するのならば,科学研究にふさわしく,客観的外界を忠実に調査し,誠実に結果をまとめなければならない。急性症状には,脱毛,皮膚出血班(紫斑),口内炎,歯茎からの出血,下痢,食欲不振,悪心,嘔吐,倦怠感,発熱,出血等があった。それらの分布を正直に調査しなければいけない。なぜ,2km 以内は急性症状が放射線と関わりを持つとしながら,「それ以遠の症状は放射線との関わりがない」ものとしてはじめから断定しなければならなかったのか?科学的見地からは回答が出るはずがない。ABCC は「有意な線量」(初期放射線による被ばく)を浴びた被爆者と比較対照するべきものとして,2km 以遠で被ばくした「被爆者」を「非被爆者」として選んだのである。この際,原爆以前の広島市民の白血病死亡率が全国平均の約半分の低さであることなど,巧みに隠して,白血病死亡率が全国的レベルになるという増加を隠ぺいしているのである。ABCC は事実を見ないで核戦略にそう評価をした。ABCC が真摯に科学的な姿勢をとるならば,被ばく影響領域を自ら調査して決めるべきなのに,核戦略上に必要性から名目的に調査」し,ファーレル言明を事実をゆがめることによりフォローした米軍合同調査団の結論に従ったのは,はじめから軍事機関であり,専門的技術はそのための手段にすぎなかったからなのだ。ファーレルの9 月6 日に「言明」した「広島・長崎では,死ぬべきものは死んでしまい,原爆放射能のために苦しんでいるものは皆無だ」という枠内にデータを強制的に整える軍事に依る「科学」支配が行われたのである。

1957年 「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律」を制定。
 この法律において,内部被曝は無視できるとするアメリカの基準をそのまま採用。
 法律で定められた被爆者の定義は第一条に定められているが,その精神は,3 号に記述される。
「原子爆弾が投下された際又はその後において,身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」とみなされる。
 具体的条件は「政令で定める」とされているが,この内容は,基本的に1945 年に米軍合同調査団が定めた「2km 以内」,「2 週間以内」というものである。この根拠は科学的な被ばく線量評価から帰結したものでは無い。
さらに,
 第七条 「原子爆弾の傷害作用に起因して負傷し,又は疾病にかかり,現に医療を要する状態にある被爆者に対し,必要な医療の給付を行う。ただし,当該負傷又は疾病が原子爆弾の放射能に起因するものでないときは,その者の治ゆ能力が原子爆弾の放射能の影響を受けているため現に医療を要する状態にある場合に限る。」とする規定から内部被曝を除外した。

1986年になってようやくDS86 第6章として残留放射線の評価が公表されるのだが,放射性降下物の評価に関連して記述されているデータは全て巨大台風の枕崎台風の襲来した後の調査によるものである。特記すべきは残留放射能の評価は唯一DS86でなされただけである。
 枕崎台風は大洪水がもたらされた広島だけ襲ったのではなく長崎をも襲い大量で強烈な雨風を伴っている。いずれも土壌に残留していた放射性物質を洗い流し,海に運んだ。他方,放射性降下物の線量評価に関わる測定は,一番早い測定で長崎は被爆後48日,広島は49 日で,いずれも台風襲来後なのである。台風襲来後の測定では原爆によりもたらされた残留放射能の現場保存がなされていず,線量評価に不適なデータを米軍は収集させた。この現場保存がなされていないことはDS86 第6章では「風の影響あり」と,台風の影響を認めているのであるが,全体の結論を記述するDS86「総括」の項では,決定的に「雨風の影響はない」と結論を押しつけている。これは明白に科学の倫理違反である。当然この文書による残留放射能評価は現実を反映していない。

1968年,日米両国政府が国連に共同提出した「廣島・長埼原爆の医学的被害報告」においては,「原爆被害者は死ぬべきものはすべて死亡し,現在,病人は一人もいない」としている。

<3>国際原子力ロビーの歴史的動き
 国際原子力ロビー:IAEA, UNSCEAR、ICRP の前2者は全て核推進の立場にある国の政府により推薦される者を委員とし、最後のICRPは原子力推進を立場とする各国の政府資金と原子力産業の資金により運営される民間団であり、共通して特徴とすべきは、これら委員会はいずれも放射線被曝被害を客観的に論じたり住民のそれからの保護を名目とする活動をしているが、全ての委員は利益相反の関係にある。ベイヴァースロックは「密猟者と猟場管理人と同一人物である」と表現する(福島原発事故に関する「UNSCEAR2013年報告書」に対する批判的検証、科学1175(2014)
https://www.iwanami.co.jp/kagaku/Kagaku_201411_Baverstock_r.pdf))。
 例えばICRPは「放射線防護」をタイトルとしているが、常に核推進の立場と時代時代の反核運動・放射線防護の国際的見識の間を揺れ動き、科学的・人道的基準ではなく、「社会的・経済的基準」に堕さざるを得なかった。ここに「社会的・経済的」とは国際原子力ロビーの特殊用語であり、「核推進の政府の都合の良いように」、「政府と核産業に過大な負担を掛けないように」という内容の粉飾表現である。
 IAEAは1996年の「チェルノブイリ10年‐事故結果をまとめる」(ONE DECADE AFTER CHERNOBYL Summing up the Consequences of the Accident, Proceedings of an International Conference Vienna, 8-12 April 1996)、においてチェルノブイリの次のアクシデントが生じた場合の新方針を打ち出した。住民は毎日の放射線リスクを受け入れる用意がある」、「介入という範疇で規制される古典的放射線防護は複雑な社会的問題を解決するためには不十分である。住民が汚染された地域に永住することを前提に心理学的な状況にも責任を持つために、新しい枠組みを作り上げねばならないとして、チェルノブイリの次のアクシデントが生じた場合の新方針が打ち出された。その内容は、住民保護の観点から施行されたチェルノブイリ法に基づく「避難・移住」を否定し、情報統制と専門家・医師らの統制が必要なことだった。
 それを受けてICRPは2007年勧告において、新線量区分体系を具体化し、緊急時において年間20ミリシーベルトから100ミリシリーベルトに及ぶ大量被ばくを住民に及ぼし得る具体策を提案した。
 それは「住民を保護する立場」ではなく国際原子力ロビーの都合から見た棄民策適用である。「事故はつきものだから住民は被曝を受け入れよ」という原発産業の開き直りである。
 その直後に東電福島事故が生じた。悲しいかな、IAEA、ICRPに具体化された国際原子力ロビーの通りの方針が日本の事故に適用された。
 それに日本政府独特の住民「愚民視」と虚偽による「住民の洗脳」が加わる過酷な政治である「知られざる核戦争:日本ファシズム版」が展開した。

 下記にICRPの歴史的重要ポイントをピックアップしたが、ICRPは時には国際的な核兵器廃絶運動に押されて防護基準を厳しくするようなこともあったが、委員会が核戦略「知られざる核戦争」遂行上の任務を明確に帯びていたことを歴史は示している。すでに1977年のICRP勧告は「防護の3原則」――①行為の正当化、②防護の最適化、③個人の線量限度設定――を導入し、功利主義を剥き出しにしていた。防護の第1原則ではリスクより「公益」(核・原発関連企業や軍閥の利益)が多ければ、リスク:被ばく者に死をもたらす営業活動が「正当化」できると主張する。第2・第3原則は防護も国と産業の経済的負担を考慮して「ほどほどに」という住民の被曝防護も安くつく枠内に留めよという主張である。
(若干のICRP歴史)
1950年  ICRP発足 米国内放射線防護委員をほぼそっくりICRP委員とした。
1951年  内部被曝委員会封鎖 内部被曝を科学的・道義的に探究したのでは「社会的・経済的」基準には達し
       えないことを認知し、委員会を封鎖した。
1954年  ICRP勧告「被曝を可能な最低レベルまで引き下げるあらゆる努力を払うべき」
       As Low As Possible ここではまだ人道的立場を表す表現をしている。
1959年  リスクベネフィット論(人権を経済活動の下位に置く)ICRP勧告「実際的に可能な限り低く維持する」
1966年  容易に達成可能な限り低く維持する(ALARA:As Low As Readily Achievable)
1970年  原子力委員会 コストベネフィット論(命の金勘定)
1973年  ICRP勧告 経済的及び社会的な考慮を行った上で合理的に達成可能な限り低く維持する
       (ALARA:As Low As Reasonably Achievable)
1977年  ICRP勧告 防護の3原則導入 【1】行為の正当化、【2】防護の最適化、【3】個人の線量限度設定
       功利主義を剥き出しにし、第1原則ではリスクより公益が多ければ、被ばく者にリスク:死をもたらす
       営業活動が「正当化」できると主張する。
       第2、第3原則は防護も国と産業の経済的負担を考慮してほどほどに、という住民の被曝防護も
       安くつくうちに留めよ 、という主張である。
2007年  ALARAを原発事故の時にまで適用
       住民が強制される年間被曝線量を20〜100ミリシーベルトにまで公然と拡大する道を明示した。

特にIAEAは1996年に行ったチェルノブイリ会議のまとめで「住民は毎日の放射線リスクを受け入れる用意がある」、「介入という範疇で規制される古典的放射線防護は複雑な社会的問題を解決するためには不十分である。住民が汚染された地域に永住することを前提に心理学的な環境にも責任を持つために、新しい枠組みを作り上げねばならない」としている。
その開き直った「社会的・経済的」原則に基づいて事故を起こした際の被曝防護量(本質は被曝を強制できる限度)をそれ以前の公衆に対する年間1ミリシーベルトを大幅に引き上げる「国際的お墨付き」をICRP2007年勧告で行ったのである。
このように国際原子力ロビーが、次の原発事故に際しては、チェルノブイリで住民保護法である「チェルノブイリ法」を施行させた二の轍を踏ませないように、準備万端整えたところに、東電福島事故が生じたのである。


§7 知られざる核戦争(2)−国際原子力ロビーの役割―
 国際原子力ロビー:IAEA, UNSCEAR、ICRP の前2者は全て核推進の立場にある国の政府により推薦される者を委員とし、最後のICRPは原子力推進を立場とする各国の政府資金と原子力産業の資金により運営される民間団であり、共通して特徴とすべきは、これら委員会はいずれも放射線被曝被害を客観的に論じたり住民のそれからの保護を名目とする活動をしているが、全ての委員は利益相反の関係にある。ベイヴァースロックは「密猟者と猟場管理人と同一人物である」と表現する(福島原発事故に関する「UNSCEAR2013年報告書」に対する批判的検証、科学1175(2014)
https://www.iwanami.co.jp/kagaku/Kagaku_201411_Baverstock_r.pdf)。
 例えばICRPは「放射線防護」をタイトルとしているが、常に核推進の立場と時代時代の反核運動・放射線防護の国際的見識の間を揺れ動き、科学的・人道的基準ではなく、「社会的・経済的基準」に堕さざるを得なかった。ここに「社会的・経済的」とは国際原子力ロビーの特殊用語であり、「核推進の政府の都合の良いように」、「政府と核産業に過大な負担を掛けないように」という内容の粉飾表現である。
 IAEAは1996年の「チェルノブイリ10年‐事故結果をまとめる」(ONE DECADE AFTER CHERNOBYL Summing up the Consequences of the Accident, Proceedings of an International Conference Vienna, 8-12 April 1996)、においてチェルノブイリの次のアクシデントが生じた場合の新方針を打ち出した。住民は毎日の放射線リスクを受け入れる用意がある」、「介入という範疇で規制される古典的放射線防護は複雑な社会的問題を解決するためには不十分である。住民が汚染された地域に永住することを前提に心理学的な状況にも責任を持つために、新しい枠組みを作り上げねばならないとして、チェルノブイリの次のアクシデントが生じた場合の新方針が打ち出された。その内容は、住民保護の観点から施行されたチェルノブイリ法に基づく「避難・移住」を否定し、情報統制と専門家・医師らの統制が必要なことだった。
 それを受けてICRPは2007年勧告において、新線量区分体系を具体化し、緊急時において年間20ミリシーベルトから100ミリシリーベルトに及ぶ大量被ばくを住民に及ぼし得る具体策を提案した。
 それは「住民を保護する立場」ではなく国際原子力ロビーの都合から見た棄民策適用である。「事故はつきものだから住民は被曝を受け入れよ」という原発産業の開き直りである。
 その直後に東電福島事故が生じた。悲しいかな、IAEA、ICRPに具体化された国際原子力ロビーの通りの方針が日本の事故に適用された。
 それに日本政府独特の住民「愚民視」と虚偽による「住民の洗脳」が加わる過酷な政治である「知られざる核戦争:日本ファシズム版」が展開した。

 事故直後「原子力緊急事態宣言」が発せられ、法律では公衆(一般市民)は年間1ミリシーベルト以下で守られなければならないことになっているところ、あろうことか、年間20ミリシーベルトまで被曝を強要されることとなった。
 これと同様な事態が、放射性廃棄物の制限にも出現した。法律では100Bq/kgであったものが8000Bq/kgまでとされたのである。
 「原子力災害対策指針」は避難住民に対してスクリーニングの基準をOIL4(Operational Intervention Level4)(事故直後の40,000cpm(120Bq/cm2)と1か月後の13,000cpm(40Bq/cm2))と指定されているところ、福島県は事故直後に100,000cpmを基準とした。
https://www.pref.fukushima.lg.jp/site/portal/ps-iryou-screening.html

 このように国際原子力ロビーが、次の原発事故に際しては、チェルノブイリで住民保護法である「チェルノブイリ法」を施行させた「失敗」の二の轍を踏ませないように、準備万端整えたところに、東電福島事故が生じたのである。
 

科学者の社会的責任と倫理−宮崎・早野論文に関連してー 山田耕作

2019年6月


科学者の社会的責任と倫理

−宮崎・早野論文に関連してー

山田 耕作
2019年5月26日


〖ここからダウンロードできます〗
科学者の社会的責任と倫理−宮崎・早野論文に関連してー(1)(pdf,23ページ(p1-p23),9912KB)
科学者の社会的責任と倫理−宮崎・早野論文に関連してー(2)(pdf,23ページ(p24-p46),7297KB)


 現在、福島原発事故による被曝被害が顕在化し、多くの人が被災地や避難地で病気や生活困難に苦しんでいます。それらの被災者を救済するために私たちは全力を尽くさなければなりません。被災者の救済は人権の上からも、子供たちの未来のためにも当然のことです。にもかかわらず、政府はオリンピックの大騒ぎで、福島原発事故の加害責任を忘れさせようとしています。現在、政府・東電とそれに協力するマスコミ、科学者、文化人は「被曝安全論」のデマ宣伝をいっそう強めています。東京オリンピックの開催そのことによって、さらに被曝被害を拡大します。 
 以下のスライドは2019年5月26日、日本科学史学会のシンポジウム「放射線の被曝調査と防護基準策定をめぐる科学と倫理−その歴史と現在」で報告したものです。
 ここでは「被曝安全論」を唱える論文を利用して科学者、文化人、政治家が偽りの「被曝安全論」を展開していることを批判しています。


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http://doi.org/10.1088/1361-6498/37/1/1

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http://doi.org/10.1088/1361-6498/aa6094

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https://journals.lww.com/epidem/Fulltext/2019/03000/Re__Associatio
ns_Between_Childhood_Thyroid_Cancer.26.aspx



―出版予定書籍の案内と紹介― 東京オリンピックがもたらすこれだけの危険 渡辺悦司

2019年5月

――出版予定書籍の案内と紹介――

東京オリンピックがもたらすこれだけの危険

憂慮する科学者、医師、避難者、市民は警告する(仮題)



緑風出版から近日出版予定


編集:渡辺悦司
執筆者・寄稿者:石津望、大和田幸嗣、大山弘一、岡田俊子、落合栄一郎、桂木忍、川崎陽子、小出裕章、下澤陽子、
鈴木絹江、鈴木優彰、園良太、つばくらなおみ、羽石敦、ノーマ・フィールド、福島敦子、藤岡毅、本行忠志、三田茂、
矢ヶ克馬、柳原敏夫、山田耕作、山田知恵子、渡辺悦司

2019年5月30日



〖ここからダウンロードできます〗
東京オリンピックがもたらすこれだけの危険 憂慮する科学者、医師、避難者、市民は警告する(pdf,9ページ,266KB)
 


 皆さま、われわれは、以下の内容で東京オリンピックによる被曝の危険に警告し開催に反対する書籍を出版する企画中です。原稿は出版社に発送しました。以下はその出版企画の内容(私の書いた企画の呼びかけ「序文と解題」)です。本企画に対しぜひご支援を頂くようお願い申し上げます。

    -------------

   序文と解題  渡辺悦司

 もうおよそ1年後には、東京オリンピック・パラリンピック*が開催されようとしている。本書は、オリンピックによってもたらされようとしている放射線被曝の恐るべき危険を広く日本と世界の人々に警告するための緊急出版である。
  *以下「東京オリンピック」「東京五輪」「東京2020」という用語を東京パラリンピックをも含む広い概念として使用することとする。
 すなわち、①東京オリンピックに参加することを計画しているアスリートと観客・観光客に、福島や東京が全く「安全である」「被曝リスクはない」「被曝しても健康影響はない」という日本政府の宣伝を決して信じないように強く勧告し、②短期間であっても福島や東京圏に滞在することがもつ被曝の危険性とリスクを正しく認識して、オリンピック・パラリンピックへの参加を再考するように呼びかけ、③オリンピックの大宣伝と大建設ブームの対極として進められている、日本政府による避難者や被災者への援助切り捨て、政府基準で年間20mSv(日本政府はこれに該当する空間線量率を3.8µSv/hと規定しており、実際には20mSv/yと偽って33mSv/yを押しつけている注)という高汚染地域への住民帰還、それによる「棄民」と確率的「大量殺人」――この戦争犯罪にも匹敵する「人道に対する罪」――について知るように促し、④現実に現れ広がり深刻化している福島・東京および日本全体における、被曝影響と考えるほかない健康被害を想起するように訴え、⑤日本政府に対してオリンピック開催を返上するように要求し、各国政府・スポーツ団体に対して選手の被曝リスクを真剣に考慮して東京オリンピックに選手団を送らないように勧めるものである。
 本書は、日本政府やマスコミが組織している東京オリンピックに向っての大宣伝の中で、この憂慮を共有する多くの市民・科学者・医師・避難者の人々からの寄稿により構成されている。
 言うまでもなく、本書への寄稿者全員が、本書に記すオリンピック反対の理由や根拠の全てについて意見を共にしているわけではない。各寄稿者の憂慮・反対の論拠や範囲や強調点には当然ながら見解の相違やニュアンスの差がある。だが、いかなる理由や根拠からにせよ、東京オリンピックが「危険である」と声を挙げるべきであるという点では寄稿者は完全に見解を一にしている。
 本書は3つの部分からなっている。
・第1部では、東京オリンピックでの被曝がなぜ危険なのかを科学的医学的に解説する。
・第2部では、東京オリンピックの危険を警告し開催に反対している科学者・医師・市民の発言を紹介する。
・第3部では、福島原発事故の健康影響は本当に現れていないのかを検討する。福島や東京・関東圏からの避難者たちが実際に経験した症状を概括し、その発言を紹介する。
 最も重要な論点は、「短期滞在でも危険である」と考えるべき十分な根拠があるということである。以下、主要な論点を、放射線科学・医学および具体的被曝状況という客観的側面と、道義・人道・人権上の正義に反する側面とに大きく2つに分けて概観してみよう。

  放射線科学・医学および被曝状況の側面から言えること:
 まず第1に、放射線科学と具体的な被曝状況の分析に基づいて以下の諸点を確認できる。
 ●福島原発事故の放出放射能量:福島原発事故による放射能放出量は決して「わずか」ではない。大気中放出量はセシウム137ベースで、日本政府の推計でさえ広島原爆168.5発分である。つまり日本政府の見解は、広島原爆168.5発分の「死の灰」によっても何の健康影響も一切ないという主張なのである。これは虚偽以外の何のものでもない。実際には、日本政府の行っているいろいろな過小評価を補正すると、大気中放出量ベースでも、国際的なINES基準によって比較して、福島事故は大気中放出量でチェルノブイリ原発事故とほぼ同等、海水中・汚染水中放出量を入れるとチェルノブイリ以上の放射能を放出した史上最大の原発事故であった。日本の陸土への放射能沈着量は、放出量の約27%(UNSCEAR)、日本政府発表から計算しても広島原爆のおよそ50発分である。原水爆やチェルノブイリ事故と違い、強力な上昇気流が起きなかった福島事故では、陸土への沈着量がとくに大きい。福島事故では、現存する残留放射能量は極めて大きく、チェルノブイリの汚染地区やネバダ核実験場とその近郊でオリンピックを行うに等しい。(第1部第1章)
 ●放射性微粒子:とくに福島原発事故の固有の特徴であるガラス状不溶性放射性微粒子の危険性は極めて大きい。欧州放射線リスク委員会ECRRの係数で400〜5万倍(中央値で約4500倍)である。しかも鉄分を含むので一度生体膜に付着すると排出されにくい。気象研究所の足立光司氏が発見した粒径2µm程度の微粒子は、現在約1ベクレルBq(1秒間に1回の原子核崩壊が起こる放射能量)程度であろう。それを1個を吸引したとしても、ECRR係数でおよそ4500Bq相当のリスクとなる。政府側専門家のよく言及する「安全レベル」とされる体内のカリウム40(約4000Bq)を超える「危険」水準に達する。さらにNHK番組で紹介されているように粒径1〜数μmの微粒子は東京・関東圏に広く沈着している(後述)。さらに、放射性微粒子は再飛散・再拡散・移動しつつある(土壌との反応による新たな不溶性微粒子再形成、交通機関と物流による拡散と都心集積、ゴミ焼却による微粒子の放出、放射能汚染された除染除去土・ガレキなど[ここでは除染残土と呼ぶ]の再利用による拡散、「黒い物質」の生成と拡散など)。つまり、短期滞在でも、アスリートと観客・観光客は、放射性微粒子を吸引したり食事により摂取する危険性が避けられず、生涯にわたって健康上のリスクを負うことになる。(第1部第2章)
 ●放射線量率は低くない:とくに野球とソフトボールの会場となる福島あずま球場は、セシウム137ベースで最大6176.0Bq/kgの土壌汚染がある(第2部第7章)。この数値は、日本政府の係数(×65)を利用して平方メートル当たりに換算すると40万1440Bq/m2となる。これはチェルノブイリ法での避難権利区域(18万5000〜55万5000Bq/m2、1〜5mSv/y相当[シーベルトSvは放射線被曝量の単位、1Svが放射線致死線量の最下限値])にあたり、しかも強制避難レベルにかなり近い水準である。避難指示が最近解除されたような汚染度の高い地域(政府基準での帰還基準20mSv/yは実質33mSv/y注)に10日あまり滞在すれば、国際的な一般公衆の年間被曝限度1mSvを上回る外部被曝量になる。これにさらに食品の放射能汚染度が加わるので、福島への観光旅行も決してリスクがないとは言えない。
 ●線量表示の操作疑惑:すでに『放射線被曝の争点』緑風出版(2016年)で指摘したように(194〜197ページ)、政府発表の空間線量は、モニタリングポストも放射線測定器も大きく過小に操作されている可能性が高い(ほぼ2分の1)。実際には、福島だけでなく東京の空間線量も公式発表値以上に高い可能性が否定できない(市民による実測値は上同77ページに引用)。
 ●トリチウム汚染水の海洋放出の計画:オリンピックまでに汚染水の海洋放出を開始しようとする日本政府の計画は、反対が圧倒的だった公聴会の結果(後述)にもかかわらず、依然進行中である。福島の事故原発で海洋放出すると、福島沖の南向きの海流に乗って東京方向に流れる。薄められた放出水は海水より比重が軽く海水の表面に広がる。海水中の有機物やプランクトンと反応し有機トリチウムに変化する。台風での塩害が関東平野の広い地域で観測されたように、強い東風あるいは北東風が吹けば、太平洋沿岸地帯だけでなく関東・東北の広範囲な内陸地域でもトリチウムによる被曝影響が考えられる。トリチウムのとくに有機物と結合した化合物には特別の危険性があり、その危険度は外部被曝の50〜600倍である(第1部4章、第2部第10章)。
 ●福島産の食材を選手村に集中的に提供する計画:オリンピック・パラリンピックで提供される食事には福島産の食材が優先的集中的に提供される計画である(「選手へ福島の食材を」読売新聞2018年7月24日付記事)。食品に関する日本政府の基準100Bq/kgは、事故以前は放射性廃棄物の基準であり、基準以下であっても安全とは決して言えない。各地の市民測定所で発見されるように、現在でも低線量の汚染された食品の事例は少なくない。放射能の本質からして、数ベクレル/kgであっても決して安全とは言えない。(第1部第9章)
 ●東京圏の水道水の放射能汚染:水道水についても、放射能汚染が続いている。東京や関東圏の水道水中の放射性セシウムを吸着フィルターを使って測定すると、驚くほど高い値となる(5ヵ月間使用で最高1400Bq/kg)。2018年以降、東京の水道水のセシウム汚染はおよそ2倍に上昇しているという結果が出ている。東京都水道局の浄水場発生土からは、2019年2〜3月にも、依然として最高48Bq/kgの放射性セシウムが観測されている。飲用の場合の内部被曝、シャワーの場合の肺と皮膚よりの被曝、水泳などの場合の内部被曝の危険性について、深刻に考えるべきである。(第1部第8章)
 ●被曝影響の蓄積性:食品の放射能汚染が体内で蓄積されていく傾向については第1部第9章が検討している。それと同様に、がん発症の引き金となるDNA・ゲノムの変異は「蓄積」されて発症に到ることが明らかになっている。これは、最近注目されている慢性炎症からの発がんの場合でも同じである。つまり、少量の追加被曝でも、すでにDNA・ゲノム変異あるいは炎症性病変が「蓄積」されておれば、低線量の被曝でも発症への「最後の引き金」になり得るということである。
 ●放射線感受性(影響の受け易さ)の個人間の相違は非常に大きい:年齢・性・遺伝的特質・アレルギー体質などにより、個人によっては放射線感受性が極めて高い人々が存在する。とくに幼児や成長期の子どもなどはとりわけ感受性が高いと考えられる(過小評価が明らかなICRPでさえも2〜3倍)。内部被曝の場合の個人差は最大で100倍。対数の中央値でとると上下に10倍ということになる。つまり微粒子から同じ線量を浴びても、10倍相当の被曝影響が現れる人々がいるということである。(第1部第3章)
 ●事故原発は今も不安定な状態:事故原発からはいまだに「自発核分裂」(東京電力の表現)による放射能が放出され続けている。政府・東電が現在進めでいる廃炉作業自体が放射能とくに放射性微粒子を放出し続けている。大量放出や再臨界を引き起こす危険が現にある。重大な余震や新たな地震、津波の危険も去っていない。地震で損傷した排気塔(その内部には広島原爆1発分の放射能があるといわれる)が倒壊する危険性がある。その除去作業がオリンピックまでに始まろうとしているが、排気塔を溶断することになっており、その際大量の放射性粉塵を放出し、極めて危険な再飛散の事態が生みだされようとしている。
 ●除染残土(およそ広島原爆5発分の放射能を含む)の再利用による拡散:除染作業で出た残土(2200万トン、日本政府のデータから計算すると広島原爆約5発分が含まれる)が公共事業で再利用されようとしている。日本全土が人為的に再汚染されようとしている。場所や詳細が公表されていない場合が多く、日本政府は文字通り核物質をバラ撒く「核テロリスト」として振る舞っている。福島では、除染残土の「中間貯蔵施設」へのピストン輸送によって、輸送路周辺地域の放射線量が急上昇している。
 ●国連科学委員会UNSCEARの「被害ない」評価の虚偽:政府や専門家たちは、福島原発事故放出放射能による健康被害について、国際的権威としてUNSCEARの評価を持ち出して、影響や被害は「一切ない」と主張している。このような主張は虚偽のものである(第1部第6章)。
 ●現実に健康被害が出ている:福島だけでなく東京や関東からの避難者の実体験で明らかなように(第3部第4章)、また最近の病院統計などが示すように、現実に健康被害は深刻な形で発生している。臨床医学的にも、操作されている疑惑のある厚労省の病院統計でも(がんとくに白血病)、さらには文科省の学校統計(子供の精神発達障害)などにさえも、はっきり現れている(第3部第2章)。また福島と関東の子供たちの尿検査の結果(第3部第3章)にも明確に現れている。人口動態統計の分析からも、事故後の7年間で約28万人という過剰な死亡増が生じており、日本の人口学的に深刻な事態は明らかである(第2部第12章)。福島や東京からの避難者が実際に体験した健康影響についての手記も、現実の被害を示している。
 ●被曝によるアレルギー症状:短期滞在であっても深刻なリスクが考えられる症状の1つは、自己免疫異常・アレルギーである。すでに、避難者などの経験により、福島や東京への訪問や滞在によって、アレルギー体質・症状をもっている場合それが急に重症化したり、今はアレルギー体質・症状をもっていなくても被曝により新たに発症したりする危険性が示されている。(第3部第1章・第4章1)
 ●本来何をなすべきか:帰還政策・復興政策を中止し、反対に大規模な避難、とりわけ幼児や子供たちとその親たち、若者たちを汚染地域から避難させ、それを国家的に組織し支援すべきである(第3部第4章4)。これ以外に道はない。太平洋戦争中の学童の「集団疎開」に学ぶべきなのである。現在すでに避難している避難者たちへの住宅と生活の支援を国家的・行政的に支援すべきである。福島のみならず東京を含む広範な東日本の汚染地域からの「避難の権利」を保障すべきである。オリンピック予算は本来事故による被曝被害の対策、避難者の支援策に使われるべきなのである。

  道義・人道・人権の側面から言えること:
 第2に、東京オリンピックへの反対の根拠として、その道義的・人道的側面、人権と民主主義の観点からの危険性を認識することもまた重要である。
 ●避難者や被害者の犠牲の上に行われている:オリンピックの準備は、避難者や被害者への援助を切り捨てと一体のものとして行われている。東京オリンピックを容認することは、避難者・被害者への「棄民政策」を容認することにつながる(第2部小出論考)。それはまた、20mSv/y(実質33mSv/y注)地域への避難者の帰還を強いることを基礎として行われている。日本政府・放医研の放射線リスク係数に基づいてさえも、帰還によって15%の人が帰還後に早死することが予測されるのである。日本では、福島原発事故放射能への被曝強要による「大量殺人」が現在実行中である(第1部第5章)。オリンピックを無批判に受け入れたり参加したりすることによって、この戦争犯罪にも等しい人道への犯罪を容認してはならない。
 ●除染労働者・建設労働者の犠牲の上に行われている:土木建設独占企業の莫大な利益と対照的に、除染作業は、劣悪な条件の下で除染労働者の「搾取」と被曝を前提として、被曝による疾患や致死の発生という犠牲を払って行われている(国際環境NGO「グリーンピース」の調査報告、国連人権理事会特別報告者による報告などを参照のこと)。オリンピック施設の建設作業現場でも同じである。労働安全衛生法に違反する危険作業や恐るべき過重労働、無休日での長時間労働が常態化している。すでに2人の労災死が報告されている。だが、これは氷山の一角にすぎない。国際建設林業労働組合連盟(BWI、本部・ジュネーブ)は、外国人労働者を含む、「労働者が極めて危機な状況に置かれている」「危険な現場や過重労働の実態」などを指摘し、「惨事にならないようすぐに対策をとるべきだ」とする報告書を大会組織委員会や東京都、日本スポーツ振興センター(JSC)に送った(朝日新聞2019年5月16日)。無批判にオリンピックに参加することは、これら除染労働者・建設労働者の置かれてきた苛酷で違法な半ば奴隷的な労働条件を容認することにつながる。
 ●福島原発事故被害「ゼロ」論に基づき日本と世界の人々への被曝強要政策を正当化する道具としてのオリンピック:オリンピック誘致決定時の安倍首相の声明のとおり、日本政府は、福島事故放出放射能による被曝の健康被害を過去・現在・未来について一切「ない」とする見解である。このようなことはありえない虚言である。被曝のリスクに関して日本政府の言うことを一切信用してはならない。「ゼロ」論の論理には、核事故であろうと核実験であろうと核戦争であろうと、その論理によって支配される民族を、けっきょくは人類全体を、被曝による自滅へと導いていくほかない本質がある(第1部第5章)。被曝被害が「全くない」というウソとデマによる支配が確立した日本では、被曝被害が「ない」ことを宣伝し「証明」するために、可能なかぎり多くの、可能なかぎり著名な(日本と世界の)人々を、可能なかぎり大きな被曝リスクに曝し、結果として可能なかぎり多くの人々の健康を破壊して被曝関連の疾患を発症させ、可能なかぎり多くの人々を被曝関連の疾患による致死に陥れるということが、あたかも「自己目的」であるかのように実行されている。文字通り「知られざる核戦争」が行われているのである(第2部第12章)。
 ●東京オリンピック誘致過程での汚職と腐敗:JOC竹田恒一(前)会長へのフランス検察当局の贈賄容疑での捜査が進行中であることに典型的に現れている(第2部第6章)ように、日本のオリンピック誘致過程自体が汚職にまみれた「道義に反する」「汚れた」行事である。このような腐敗オリンピックを許してはならない。
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 本文と上記の追加の根拠を全て総合すると以下の結論が出てくる。
 ドイツの医師団体(IPPNWドイツ支部)が警告するように、東京2020は「放射能オリンピック」「被曝オリンピック」となることは避けられない。全世界の最高のアスリートと全世界からの観客・訪問者が被曝リスクに曝される重大な危険が迫っている。
 東京オリンピックは、日本政府が行っている原発事故被害者・避難者切り捨て政策、帰還者への「棄民」政策=「大量殺人」政策の一環であり、知らずに参加したり無批判にその観客となることは、日本政府のそのような試みを黙認し容認する共犯につながりかねない。
 東京で開催されようとしているオリンピックは「人間の尊厳」を損なうものである。オリンピック憲章の規定する「オリンピズムの目的」すなわち「人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指すために、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てること」に真っ向から反している。
 日本政府は東京オリンピックを返上すべきであり、各国のオリンピック委員会は東京オリンピックをボイコットし、国際オリンピック委員会は本書に述べた全根拠により東京オリンピックを中止するべきなのである。

   第1部 東京オリンピック・パラリンピックでの被曝が危険なこれだけの根拠

 ここでは、東京オリンピック・パラリンピックがはらむ世界から参加するアスリートと観客・観光客への被曝のリスクについて、福島原発事故の規模とその深刻性を客観的科学的に分析し、訪れる世界のアスリートと観光客の諸個人にとって、たとえ短期滞在であってもその後の生涯にわたる被曝リスクが「ある」ことを明らかにする。
 福島原発事故による放射能放出量に再び立ちかえる必要があること、福島事故が放出した不溶性放射性微粒子が特別の危険性をもつことを、渡辺悦司論考で指摘する。放射線感受性の個人差が大きいことについて本行忠志(大阪大学医学部教授)論考が論じている。トリチウムが特別の危険性をもつことについて渡辺悦司・山田耕作(京都大学名誉教授)論考が扱っている。福島原発事故健康被害「ゼロ」論の論理とその帰結――可能なかぎり多くの人々・可能なかぎり著名な人々を可能なかぎり大きい被曝のリスクに曝す――について渡辺悦司論考が取り扱う。政府が被害全否定論の論拠としているUNSCEARの虚偽を藤岡毅(大阪経済法科大学客員教授)論考が明らかにしている。微粒子に加えて、生物濃縮によると考えられる「黒い物質」「黒い物体」と汚染の循環について大山弘一(南相馬市議会議員)論考が論じている。ゼオライト・活性炭フィルターを装着した場合に容易に観測される東京圏の水道水の明確な放射能汚染と最近の悪化について鈴木優彰論考が明らかにしている(下澤陽子による補足がある)。食品汚染の現状と福島産食品を集中的に選手たち供給することの危険性と道義的責任について大和田幸嗣(元京都薬科大学教授)論考で扱われている。

   第2部 東京オリンピック・パラリンピックの危険を警告し開催に反対して発言する科学者・医師・市民

 ここでは、すでに東京でのオリンピックの危険を警告し開催に反対して発言してきたさまざまな科学者・医師・市民の活動を紹介する。
 先駆的な意義をもつ雁屋哲(「美味しんぼ」の作者)のIOCへの2013年10月3日付公開書簡を石津望論考が紹介する。核戦争防止国際医師会議IPPNWドイツ支部の声明(梶川ゆう訳)も掲載する。さらに、ドイツにおける反被曝・反東京五輪の運動を桂木忍・川崎陽子論考が、米カリフォルニア州における東京オリンピック反対運動を石津望論考が紹介する。小出裕章(元京都大学原子炉研究所)のオリンピックの危険性を指摘した声明(抄録)を、ノーマ・フィールド(シカゴ大学名誉教授)の序文を付けて掲載する。アーニー・ガンダーセンの「放射能被害への塗り薬」と題する論考を渡辺悦司が紹介する。東京オリンピック・パラリンピック反対と返上の活動を積極的に行われている村田光平(元スイス大使)のインタビュー記事を掲載する。脱被ばくネットとチェルノブイリ法日本版の制定の運動が始めた東京オリンピックでの被曝反対の運動について岡田俊子・山田知恵子・柳原敏夫(弁護士)論考が扱っている。福島事故原発からのトリチウム汚染水の放出反対の運動については、山田耕作論考をお読みいただきたい。落合栄一郎(米ジュニアータ大学名誉教授、カナダ在住)論考は、自らの経験を踏まえて放射線の「見えない脅威」をあらためて強調している。矢ヶ克馬(琉球大学名誉教授)論考は、7年間で28万人の過剰死という健康被害の実情を示し、「一切健康被害は無い」という日本政府のキャンペーンが安倍ファシズムの象徴であり「知られざる核戦争」の一環であることを明らかにする。

   第3部 現実に出ている被曝影響、福島や東京・関東圏からの避難者は事故後体験した健康影響を訴える

 ここでは、福島原発事故による被曝影響や放射能被害と考えるほかない日本における健康状況と、現実に福島事故からの避難者、福島からだけでなく関東や東京圏からの避難者が実際に体験した健康影響についての手記を掲載する。
 避難者に現れている健康影響について臨床医として診療に当たっている三田茂論考がその全体像を概括する。現実に出ている被害について、がん、とくに白血病・血液がん、教育統計に現実に現れている子供の精神発達への影響を渡辺悦司論考で取り扱う。尿検査(放射性セシウム)に見る福島・関東の汚染については、調査を行った斉藤さちこ論考を渡辺悦司が紹介した記事を掲載する。東京・福島からの避難者の人々が実際に体験した被曝影響について、福島敦子(福島から避難)、羽石敦(茨城から避難)、下澤陽子(東京から避難)、園良太(東京から避難)による手記と、鈴木絹江(障がい者の立場から、福島から避難)のインタビュー記事を掲載する。(筆者・寄稿者の敬称はすべて省略させていただいた)。

注記:文科省「福島県内の学校の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について(通知)」(2011年4月19日)など。政府発表のあらゆる年間被曝量についても同じ係数操作により過小評価がなされている。日本政府は、IAEAによる放射能放出事故の際の屋内避難時の被曝量を評価する場合の木造家屋の遮蔽効果係数0.4を援用し、屋内に16時間・屋外に8時間生活すると仮定して、空間線量からバックグラウンドを差し引いた値に0.6を掛けるという係数処理を行っている(環境省「追加被曝線量年間1ミリシーベルトの考え方」[2011年10月10日]、IAEAの屋内避難時の係数の引用は、原子力安全委員会(当時)「屋内避難等の有効性について」[1980年6月])。IAEAの係数は遮蔽効果の過大評価であり、正しくない。しかし、日本政府がIAEAに依拠するのであれば、本来放射性プルーム(放射能雲)が来襲した際の「屋内避難」という短期間の対応策にだけ、しかもガンマ線に対してだけ、適用すべき係数であるはずである(正確には遮蔽係数0.4はプルームの「沈着後」のみ、来襲時は0.9で遮蔽効果は限定的とされている)。だが、日本政府はこれを、IAEAの定義にさえ違反して不当に永続化し、空間線量を少なく見せるための恒常的な手段として使っている。

放射線被曝のもたらす健康影響の全体像の把握に向けて――集団病態・症候学的方法による福島事故健康影響全否定論の批判 渡辺悦司

2019年2月
2019年6月改訂
2019年7月改訂

放射線被曝のもたらす健康影響の全体像の把握に向けて
――集団病態・症候学的方法による福島事故健康影響全否定論の批判


市民と科学者の内部被曝問題研究会会員 渡辺悦司
2019年2月19日
2019年6月11日改訂
2019年7月7日改訂


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放射線被曝のもたらす健康影響の全体像の把握に向けて――集団病態・症候学的方法による福島事故健康影響全否定論の批判(pdf,278ページ,7332KB)
 

   見えぬけれどもあるんだよ。
   見えぬものでもあるんだよ。
        (金子みすず「星とたんぽぽ」『童謡全集 空のかあさま 上』所収より)

  はじめに

 以下の論考は、 日本政府と政府側専門家たちが行っている福島原発事故放出放射能による健康影響全否定論(被害「ゼロ」論や「全くない」論あるいは「被曝安全安心」論)を批判する活動の一環として、 放射線被曝のもたらす健康影響の全体像を把握しようとする世界的・歴史的な努力を概観し、その中に福島原発事故による被曝被害を位置づけようとする一つの試論である。本論考は大きく3つの部分に分かれている。
 第1部は、日本政府・政府側専門家たちの福島原発事故放出放射能による健康影響全否定論(「ゼロ」論あるいは「全くない」論)の最近の進化―いっそうの露骨化と暴論化、デマによる支配の全面化と教育への権力主義的押しつけなど―を特徴づけ、その理論的な批判を取り扱う。 あわせて、政府側の新動向が反被曝の運動内部にどのように反映しているか、すなわち運動内部にどのような動揺・後退・屈服的諸傾向が進んでいるかを検討する。 疫学的データや統計に現れている事故影響のエビデンスについては、 すでに多くの人々によって検討が行われており、 ここでは省略して別の機会に譲りたい。
 第2部は、大きく3つの編に分かれている。第1編は、広島・長崎の原爆被爆者、核実験による被曝者、さらにはチェルノブイリ事故の被曝者などに現れた疾患・症状群の全体像(グローバル被曝被害)を歴史的に概括することである。第2編は、最近革命的な進歩を遂げつつある分子病態学・症候学によって解明された一連の基盤病態が生みだす広範な疾患・症状群と、放射線被曝によって生みだされることが解明済みの一連の基盤病態とを結びつけ、放射線被曝が生みだす疾患・症状の全体を疾患・症状群として特定しようとする試みである。つまり「放射線→基盤病態」と「基盤病態→疾患・症状」が解明されておれば、「放射線→疾患・症状」を推定することができるという考え方を実際の症例にあたって検証しようとしたものである。第3編は、福島原発事故による具体的な放射能放出量や放出形態、被曝状況や被曝形態を分析し、 それによってもたらされている具体的な疾患・症状を洗い出し、それと原爆被爆者、核実験被曝者、チェルノブイリ被曝者に現れた疾患・症状群とを比較対照しようと試みたものである。典型的な事例として、震災後の米軍トモダチ作戦に従事した兵士・士官・軍属の示している疾患・症状群を中心に過去の被曝例と比較対照し、さらに上記の放射線関連の基盤病態が関連する疾患・症状群に記載があるかを検証する。個々人について具体的な現れ方は相違するであろうが、集団として現れた疾患・症状の全体を見た場合、当該の被曝者集団が示している疾患・症状の全体から、その集団が(したがってその構成員が)被曝を受けたかどうかを病理病態学的・症候学的に特定することが可能であるのではないか、そこからその集団を構成する諸個人もまた被曝者であることが示せるのではないかという論点を提起する。
 第3部は、それに関連して、日本政府や政府側専門家たちが主張している福島原発事故放出放射能による健康被害の全否定論(「ない」論あるいは「ゼロ」論)の社会経済的基礎と政治的意味について検討する。 とりわけ、世界を支配しながら世界の勢力圏分割と世界支配の覇権を求めて相互に「使える核兵器」による核戦争を準備している帝国主義―現代では核帝国主義――の問題を取り扱う。福島原発事故に関連して、日本政府の行っている住民と国民全体に対する被曝強要策が、潜在核保有国としての日本も含む核帝国主義による「知られざる核戦争」 (矢ヶ崎克馬氏)であることを指摘する。あわせて、核帝国主義の被曝問題を扱う機関としてのUNSCEARやICRPが、一方で被曝被害の実情を科学的に認識しようと努力すると同時に核開発の利害からそれを矮小化し過小評価し最後的には全否定するという、二面的で矛盾した、しかし核帝国主義的利害に貫かれた本質を批判的に検討する。それにより明らかにされるのは、核帝国主義は、被曝被害を「知って」諸国民を被曝させようとしているということである。核帝国主義が廃棄されなければ、それは繰り返される原発事故・核事故によっても、通常運転による日常的な放射能放出によっても、蓄積されていく法外な量の核廃棄物によっても、来たるべき核戦争によっても、世界と人類を放射線被曝による滅亡に導かざるを得ないであろうという結論が出てくる。またそのような結論を避けることはできない。

 本論考は、まだ未完の部分も多く、研究ノートや資料集に近いが、議論のために皆さまに公表することとしたい。
 いろいろな病気名や症状名が極めて多く出て来て煩わしく感じられる読者がおられるかもしれない。表などは、読み飛ばしていただいてかまわないが、被曝した人々や避難者にとっては、これら症状は、全体についても、一つ一つについても、決定的に重要な健康問題であり死活の関心事である。どうかご容赦願いたい。
 読者の皆さまに訴えたいのは、政府側専門家たちが、また彼らが国際的権威として依拠しているUNSCEAR等もまた、相手を見てしゃべる言語を変える一種の「二言語話者(バイリンガル)」であり、端的に言えば国民向けと専門家内部向けでまったく別な発言をして何とも思わない「二枚舌」であるということである。
 国民に向けた政府側の広告塔として、「科学」的権威を傘に、被曝しても健康影響は「ない」などと主張している「専門家」は、みな虚偽の言語を語っている「詐欺師」である。その意味でもはや「専門家」でも「科学者」でもない。この点で、われわれは皆、理論的科学的に自信を持つべきであると考える。彼らは、国民とくに子供たちを放射線被曝へと誘う「ハメルーンの笛吹き男」のような死への扇動者であり、被曝による国民の大量の健康破壊や致死を正当化する「デマゴーグ」である、と言われても仕方がない。この点では、すなわち、政府との対決点である被曝の影響が「ある」か「ない」かの点では、「ある」と主張する反被曝の立場に立つ人々は、政府側専門家たちに対して絶対的な理論的科学的優位にあると自覚するべきであると確信する。
 「専門家」たちは、自分たちの仲間内では、多くの場合、国民向けとはまったく「別な言語」をしゃべっている。たとえば著名な政府側専門家は、(後で検討するように)自分が編纂した放射線医学の教科書の中では、被曝すれば影響が「ある」ことを前提に具体的な話をしている。もちろん、チェルノブイリや福島での「原発事故」を扱った箇所「以外」であるが。UNSCEARやICRPにしてもそうである。ここでは、私に可能なかぎり*、専門家たちが、一般国民向けの虚偽の言語ではなく、仲間内で交わしているまったく「別の言語」を読み解いて、その意味を皆さまに紹介しようと思う。そして、それらは全て、放射線影響が「ある」ということ、しかも深刻であるということを、はっきりと疑う余地なく示している。これらは、事故の健康影響が一切「ない」という政府や政府側専門家たちの主張を明確に論駁しその虚偽を暴露しているのである。
  *かつて私が学んだ言語教育学には、成功する学習者の鍵となる性質として”tolerance of ambiguity”という重要な概念がある。
  皆さまにもぜひお勧めしたい。Mary-Ann Reiss, Helping the Unsuccessful Language Learner,
  1981『英語科教育法セミナー』英宝社(1987年)30ページ

 本論考を、ささやかではあるが、すべての原爆・核実験・原発事故の被害者、福島・東北・関東・東京などからの避難者、トモダチ作戦によるアメリカでの被曝被害者、これらの人々の支援者と反被曝の活動家や関係するすべての皆さまとその闘いに、さらに被曝被害の問題に関心を持つすべての皆さまに、捧げたい。微力ながらお役に立つことができれば筆者にとってこれ以上の幸せはない。

  読者のための注記:
 本文中の数字は有効桁数にかかわらず、すべて大まかな概数であることを予め注記しておきたい。
 誤解を避けるためにこれまた予め付記しておくと、本論考では「民族」「国民」という言葉は、決して「愛国主義」的な含意をもつ情緒的表現としてではなく、純粋に社会学的な意味で、すなわち支配階級と被支配階級を区別せず、その両者から構成される(すなわち支配階級をも含む)、人種や国籍を問わず、国境で区切られた大きな人々の社会集団という意味で使っている。これに対して「人民」とは労働者階級と勤労人民すなわち被支配・被抑圧諸階級を表す言葉として、「住民」とは特定の地域に居住する階級を区別しない場合の社会集団の呼称として使っている。「支配層」とは「支配階級」の中の現実に権力を掌握し行使している集団のことである。
 原発事故による放射線被曝の健康影響の場合にまず第一義的に問題になるのは、基本的に階級を区別しない概念である「住民」「民族」「国民」である。放射線の作用は支配階級・被支配階級を区別しない場合が圧倒的に多いからである。もちろん二次的三次的には、避難の余裕や自由度、自覚的に汚染度の少ない食品を選んで食べることのできる条件などの諸事情が、各階級の被曝状態したがって健康状態に長期にわたって作用することとなる。
 また「帝国主義」とは、ここでの詳論は差し控えるが、レーニン『帝国主義論』の意味での帝国主義である。



  目次

はじめに                         ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   1

第1部 放射線被曝被害をめぐる現在の情勢、日本政府・政府側専門家たちの福島原発事故放出放射能による
健康被害全否定論(「ゼロ」論、全く「ない」論あるいは「被曝安全安心」論)のさらなる露骨化・暴論化・
デマゴギー化とその反被曝運動内部への反映について、過去のグローバルな被曝被害の歴史を対置して批判す
ることの意義について                   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  11

 第1章 日本政府・政府側専門家たちの福島原発事故放出放射能による健康影響全否定論(「ゼロ」論、全く
 「ない」論あるいは「被曝安全安心」論)の新しい展開             ・・・・・・・・・  11
  1.原子力規制委員会が事実上「致死線量までの被曝」を受忍せよという恐ろしく危険な事態
  2.日本政府による「予防原則」の全否定
  3.このような法外な被曝基準解釈引き上げの背景と衝動力
 第2章 被曝被害の歴史的な経験・事実・エビデンスに立ち帰ること       ・・・・・・・・・  17
 第3章 ICRP・UNSCEAR・BEIRなどのリスクモデルの評価について       ・・・  18
  1.ICRPなどのリスクモデルは被曝影響が「ある」と認めている
  2.住民帰還政策のICRPリスクモデルによる分析:それが住民の「大量殺戮」とならざるを得ないこと
  の1つの例証
  3.放射線被曝による致死線量の国際機関による推計値
  4.バンダジェフスキー氏による内部被曝による半数致死線量
  5.復興庁パンフレットに見る放射線致死線量の公然かつ露骨な無視
 第4章 日本政府・専門家による胎内被曝影響・遺伝的影響が「ない」という虚偽主張    ・・・・  31
  1.UNSCEAR2001年報告の不誠実な引用
  2.胎児影響・遺伝性影響の存在は実証されている
  3.被曝2世調査の結果でヒトについての遺伝性影響全体を否定することはできない
  4.ICRPもUNSCEARも人間の遺伝性影響を認めている
  5.UNSCEARによる遺伝的影響の過小評価とECRRによる補正の試み
  6.遺伝的影響の中でのトリチウムの特別の危険性
 第5章 汚染水を海洋投棄するためにトリチウムの危険性ゼロを宣伝する日本政府と専門家    ・・  42
 第6章 自然放射線や医療用放射線など「身の回りの日常的に存在する放射線」について   ・・・・  45
  1.自然放射線の危険性について
  2.カリウム40の内部被曝と放射性セシウムあるいはストロンチウムの内部被曝との区別
  3.医療診断被曝のリスクについて
 第7章 「心理的ストレス」によってがんの過剰発症をどこまで説明可能か?     ・・・・・・・  51
 第8章 日本政府の被害「ない」論の暴論化とその反原発・反被曝運動への反映、福島原発事故による被曝被
 害をめぐる根本問題とそこでの理論的「動揺」の種々の諸形態        ・・・・・・・・・・・  52
  1.財界首脳でさえ影響が「ある」ことを認め福島原発事故の被害想定に言及している
  2.福島事故による被曝影響の評価に関する諸見解と反原発・反被曝の運動内の状況
  3.被曝影響をめぐる現在の根本的問題、基本的な対立関係――「ある」か「ない」か
  4.反被曝運動内部の動揺のいろいろな現れ

第2部 グローバルヒバクシャの概念とその基礎にある核被害(被曝病態・疾患・症状)のグローバルな共通性
あるいは本質的同一性                     ・・・・・・・・・・・・・・・・・  62

 はじめに――被曝集団の病態学的・症候学的序説                ・・・・・・・・・  62
  A)福島原発事故による被曝者とりわけトモダチ作戦兵士・士官・軍属に現れた疾患・症状と以下との比較
  B)すでに解明されているか推測されている放射線被曝影響と対応する基盤病態(↑↓は論理上それぞれ上
  の項目に戻る・下の項目に進むの意味)
  C)分子病態学・臨床医学などの進歩により解明されつつある上記の基盤病態から生じる広範囲の疾患・症状
  D)基盤病態を介して疾患・症状が放射線誘因あるいは関連である可能性が示唆される
  E)被曝の場合の疾患・症状の発現の特徴、不確定な複数あるいは多数の疾患・症状の同時並行的な進行

 第1編 広島・長崎原爆の被爆者、核実験での被曝者、チェルノブイリ事故の被曝者に現れた疾患・症状
                                   ・・・・・・・・・・・・・  67
  第1章 広島・長崎での原爆投下による、物理的身体損傷以外の健康被害についての記録   ・・・  67
   1.広島市・長崎市原爆災害誌編集委員会編『広島・長崎の原爆災害』
   2.原爆被爆者調査によっても低線量被曝によるがんの過剰発症が証明されている
   3.肥田舜太氏による「原爆ぶらぶら病」の提起、先駆的な業績
  第2章 核実験による健康被害             ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  71
   1.ドネル・ボードマン医師による、原爆投下後入市したり核実験に従軍したりして被曝した米軍兵士お
   よび市民などにおける「低線量放射線障害」の特徴づけ:肥田舜太訳『放射線の衝撃 低線量放射線の
   人間への影響(被爆者医療の手引き)』アヒンサー(2008年、原著1992年)より
   2.ネバダ実験場における大気圏核実験による被害健康被害に関する最近の研究(未完)
   3.太平洋諸島での核実験による健康影響、日本の漁船・船舶の乗員を含む
     ・ビキニ水爆実験による日本の漁船員の健康被害
     ・マーシャル諸島住民の被曝被害
   4.サハラ砂漠、ムルロア環礁でのフランスの核実験による健康被害(未完)
   5.中国の核実験による健康被害(未完)
   6.ソ連の核実験による健康被害(未完)
  第3章 チェルノブイリ原発事故による健康被害の全体像        ・・・・・・・・・・・・  82
   1.ヤブロコフら『チェルノブイリ被害の全貌』(原著2009年)
   2.チェルノブイリ原発事故以後の東欧諸国の人口2200万人減少――ヤブロコフらの100万人の犠
   牲者という被害推計は「控えめなもの」というのが自然ではなかろうか?
    ・ロシアの人口動向
    ・ベラルーシの人口動向
    ・ウクライナの人口動向

 第2編 最近の分子生物学・分子病態学から見た放射線被曝による健康影響の理論的に考え得る機序について
                             ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  94
  第1章 放射線によるDNA・ゲノム・細胞小器官(ミトコンドリアなど)の損傷   ・・・・・・  94
   1.一般的に考えられているモデル
   2.エリック・ホール氏による直接的作用の範囲の拡大
   3.青山・丹羽編『放射線基礎医学』による放射線のミトコンドリアやリソソームなど細胞小器官への作用
   機序の拡大
   4.吉川敏一監修の『酸化ストレスの医学 第2版』による放射線により引き起こされる酸化ストレスのミト
   コンドリア損傷を通じて慢性炎症に導く作用モデル
   5.小林正伸氏による放射線のDNAクラスター損傷のモデル
   6.DNA内部の水素結合に取り込まれたトリチウムの壊変によるDNA損傷モデル
  第2章 がん:がん生物学・腫瘍学の最近の革命的発展、がん発生・進展過程の全体的解明の進行、放射線
   影響の解明の課題――がんの遺伝子(ゲノム)変異の「蓄積」による「多段階」発症・悪性化 ・・ 102
   1.発症・進展の全体像が分子生物学的に明らかになりつつある
   2.「,気泙兇泙覆ん化関連遺伝子への変異導入とその固定、および多段階的なJ儖曚涼濱僉廚砲
   る発がんと悪性化
    ・がん生物学教科書の説明――大腸がんの例
    ・ICRP2007年勧告の説明
    ・最近の研究上のキーポイント――ゲノムの変異の全体を捉える
   3.がん遺伝子(の活性化)とがん抑制遺伝子(の失活)
   4.がんの遺伝子異常のまとめ(渋谷・湯浅前掲より)
   5.ゲノム不安定性(DNA、ヒストン、クロマチン、染色体)
   6.がん発症・進行・悪性化における免疫系および炎症の役割
   7.がんの発生・進展の原因・誘因=環境汚染・放射線被曝を含む「複合」要因
   8.がんの発生・進展に対する放射線影響:もっと広く、しかも長期にわたって蓄積されると考えるべき
    ・放射線の影響再論
    ・放射線影響下でのがん発現までの期間(潜伏期間)の問題点:がん発生・進展のどの時期でどれだけ
    の量被曝したかで違う
   9.子供の甲状腺がんについて『甲状腺腫瘍 診療ガイドライン』による放射線被曝の位置づけ
   10.各種がんの放射線感受性
  第3章 放射線が生みだす活性酸素・フリーラジカルとそれによる酸化ストレス(ペトカウ効果)による健康
  影響の可能性――酸化ストレスという機序からのアプローチ       ・・・・・・・・・・・・ 133
   1.酸化ストレスによる被曝影響の短期的および長期的過程
   2.活性酸素・フリーラジカルがもたらす酸化ストレスに関連する疾患・症状の一覧
   3.放射線被曝による酸化ストレスの例証:チェルノブイリの汚染地域の子供たちが示す高いフリーラジ
   カルの量
  第4章 放射線が生みだす長期的細胞炎症(バイスタンダー効果)がもたらす健康影響の可能性――多様な
  疾患の基板病態である慢性炎症という機序からのアプローチ              ・・・・・ 138
   1.放射線による慢性炎症
   2.慢性炎症の発生と進行の考えられているモデル
   3.放射線が生みだす長期的細胞炎症を介して放射線影響の可能性のある疾患・症状
   4.放射線被曝状況下でのがん生存期間の減少、その説明の1つとしての被曝による慢性炎症の増悪の可能性
   5.有機トリチウムが体内脂肪として脂肪組織および脂肪の比率の高い脳に蓄積し、脂肪炎症の引き金の
   一つとなり、広範囲の代謝性症候群や脳内炎症性疾患・脳腫瘍および広範囲の炎症性疾患の基礎となって
   いる可能性について
  第5章 放射線被曝によるミトコンドリア損傷を通じた機序から考えられる健康影響    ・・・・ 146
  第6章 イオンチャネル系に関連する疾患・健康障害――放射性セシウムによるカリウム・イオンチャネル
  系の阻害ほか                                ・・・・・・・・ 147
  第7章 アルツハイマー病および糖尿病と放射線被曝影響の可能性についての例証      ・・・ 160
  第8章 放射線被曝による免疫系への影響             ・・・・・・・・・・・・・・ 162
   1.青山・丹羽編『放射線基礎医学』における放射線免疫学の叙述
   2.UNSCEAR2006報告における放射線の免疫系への影響の叙述
   3.日本医師会『血液疾患診療マニュアル』(2000年)が記載する免疫機能低下による易感染性症状群
  第9章 ホルモン・代謝系への影響(三田茂医師の研究に関連して)    ・・・・・・・・・・・ 166
  第10章 腸内細菌叢の撹乱を通じた機序から考えられる健康影響      ・・・・・・・・・・ 168

 第3編 放射線による影響の受けやすさ(放射線感受性)の個人差について      ・・・・・・・ 172
  第1章 年齢別の放射線感受性の差異          ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 172
  第2章 放射線感受性の男女差               ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 174
  第3章 遺伝子変異による放射線高感受性          ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 176
  第4章 放射線感受性による被曝基準の諸個人への適用上の問題あるいは避難の権利――放射線高感受性
  集団にとってのLNT仮説の非人道的・人権侵害的側面        ・・・・・・・・・・・・・ 182

 第4編 福島原発事故における被曝被害             ・・・・・・・・・・・・・・・・ 185
  第1章 福島事故による被曝状況:福島原発事故の放出放射能量、福島事故に特有の放出形態である不溶性
  放射性微粒子、福島事故による住民の被曝量           ・・・・・・・・・・・・・・・ 185
   1.福島事故による放射能放出量の推計
   2.東京電力「福島第一原子力発電所事故における放射性物質の大気中への放出量の推定について」(2
   012年5月)より
   3.日本政府の見解:原子力安全・保安院の2011年8月26日発表「東京電力株式会社福島第一原子
   力発電所及び広島に投下された原子爆弾から放出された放射性物質に関する試算値について」
   4.福島原発事故に特徴的な放出形態:不溶性放射性微粒子の特別の危険性
    ・直接的作用と間接的作用(再提起)
   5.福島原発事故の放出放射能がもたらした実際の被曝量の推定――山田国廣氏による小児甲状腺被曝線
   量の推計
   6.米国防総省発表の福島原発事故による甲状腺被曝量の推計
   7.山田国廣氏による外部被曝初期被曝量及び積算線量の算定をベースとした福島原発事故の場合のチェ
   ルノブイリ方式による避難基準の試算
 第2章 福島原発事故での例証1:福島原発事故によって生じたプルーム(放射能雲)に突入し被曝したトモ
 ダチ作戦従軍米軍兵士・士官・軍属の訴える症状・体調不良    ・・・・・・・・・・・・・・・・ 216
 第3章 福島原発事故での例証2:三田茂医師が提起する福島原発事故での放射線被曝による「能力減退症」
                             ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 222
 第4章 福島原発事故での例証3:「能力減退症」の他の実例と放射線被曝とネオニコチノイドの複合影響の
 可能性――子供の知的能力の低下が十分に考え得るという論拠         ・・・・・・・・・・ 225
  1.衝撃的な『日経サイエンス』「宇宙放射線で脳障害」論文
  2.群馬県で行われた山林へのネオニコチノイド散布との複合影響の可能性
 第5章 福島原発事故での例証4:福島および関東圏からの避難者の経験した健康被害の概観   ・・ 232
  1.福島からの避難者の手記に現れた症状
  2.関東・東北からの避難者およびその周囲の人々が経験した症状
 第6章 福島原発事故での例証5:NHKが報道した日本の「生殖危機」         ・・・・・ 236
  1.NHKの番組が報道しなかった環境・放射線影響
  2.極低線量から観測されたチェルノブイリ事故後の鳥の精子数の減少と無精子雄鳥の顕著な増加
 第7章 現実に現れているがんとくに白血病・血液がん、子供の精神発達障害などの多発について ・・ 240

第3部 福島原発事故の放出放射能による健康被害の全否定論(「ない」論あるいは「ゼロ」論)の社会経済的
すなわち帝国主義的基礎と政治的意味、第二次大戦後のグローバルな規模での被曝過程の中で見た福島原発事故
被曝正当化論                           ・・・・・・・・・・・・・・・ 257
 第1章 UNSCEARによる第二次大戦後の人為的放射線源由来の集団線量を歴史的に集計する試みについて
                             ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 257
  1.UNSCEARの発足時から規定された二面的で矛盾した本質と核帝国主義的利害の貫徹
  2.被曝被害の全体像を世界的・歴史的に総括しようとしたUNSCEARの試み
  3.ECRRによるいろいろなICRPモデル過小評価係数について
  4.福島級原発事故が6回繰り返されるようなことがあれば全核実験放出量に匹敵
 第2章 歴史的な被曝強要政策のもつ帝国主義的性格と反被曝の要求のもつ客観的な反帝国主義的性格および
 それらの展開                              ・・・・・・・・・・・ 265
  1.広島原爆や核実験による放出放射能と比較すれば、福島事故の被害が「全くない」というようなことは
  最初からありえない
  2.被曝被害を国民に強要し受忍させることを軸に展開される政府の政策――民族自滅への道
  3.事故放出放射能への被曝による「見えざる核戦争」の世界史的な性格
  4.なぜそのような恐ろしい事態が生じているのか――被曝強要の帝国主義的基礎とそこからの出口
  5.帝国主義からの反原発要求とその限界――小泉元首相の例
  6.反被曝の運動が客観的に帯びざるを得ない反帝国主義的性格

結語に代えて――アンデルセン「裸の王様」の物語の新しい意味――「学ぶ」    ・・・・・・・・・ 274

謝辞                                  ・・・・・・・・・・・・ 275

付録 財界首脳が事故により数十万人の犠牲者が出ることを認識していたという一証拠     ・・・・ 276

専門誌Epidemiologyでの論争 福島県の小児甲状腺がんの発症率の地域差は被曝線量と相関する 山田耕作

2019年2月

専門誌Epidemiologyでの論争

福島県の小児甲状腺がんの発症率の地域差は被曝線量と相関する

論文紹介者  山田耕作



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専門誌Epidemiologyでの論争 福島県の小児甲状腺がんの発症率の地域差は被曝線量と相関する(pdf,4ページ,333KB)

 福島県甲状腺検査の2巡目までを含めて解析すると、1巡目のみの解析と結論が逆になるという報告です。大平哲也氏たちの論文1)に対するコメント(Letter to the Editor)が加藤聡子(Toshiko Kato)氏より投稿され掲載されている2)。大平氏たちは一連の論文で福島県内における小児甲状腺がんの発症率において地域差がなく、放射性物質による汚染度との相関がないことを主張している。これらの論文は日本学術会議臨床医学委員会放射線防護・リスクマネジメント分科会の報告の中でも、福島原発事故による被曝被害を否定する重要な根拠とされている。これに対して加藤氏の解析結果と批判は次のとおりである。
 大平氏らの解析によると、事故後の4年間の各地域の小児甲状腺がんの発症率が、福島県内の汚染の違いによる地域差がなく外部被曝線量と相関がない。それ故、福島県内の小児甲状腺がんの多発は福島原発事故の被曝の影響とは考えられないというものである。これに対して加藤氏は1巡目(2011-2013年度)と2巡目(2014-2015年度)の甲状腺検査の結果から、事故後6年間の発症率(小児甲状腺がん発見率)を比較した。その際、大平氏たちは事故後4カ月間の外部被曝が1mSv(ミリシーベルト)を超える住民の比率P=66%, 55.4%, 5.7%, 0.67%を境界としてAからEの5地域に分類したとしているが、公表されている県民健康調査「基本調査」からは彼らの地域区分を再現できなかった。基本調査のデータからこの境界で改めて地域分けをすると、BとEのグループの人数が小さすぎて、同じ地域分類は統計が不確かとなるのでA地域とB地域を結合し(A+B)とし、1mSvを超える住民の比率で次のように4地域に分割している。
 P(A+B)≥55.4%>P(C)≥5.7%>P(D)≥0.80%>P(E)
以下のTable 1が加藤氏の論文の結果である。各地域の外部被曝線量は、基礎調査の個人被曝線量から人数で加重平均したものである。
 Table1は見にくいので再録した。





Table 1


 最後の列は汚染度の最も低い地域Eを基準とした他地域の小児がん発見率の比率(オッズ比と95%信頼区間)であるが、被曝線量が上がると患者が多く発見されている。
 各地域の発見率(10万人当たりの見つかった小児がん患者数)を被曝線量に対してプロットすると以下となる。



赤い四角の点で示された6年間の小児甲状腺がん発見率の地域比較では青の1巡目と異なり明確な地域差を示している。被曝線量が高いと小児がんが多く発生しており、甲状腺がん発見率と被ばく線量の間に直線関係が見られる。加藤氏は1巡目のいわゆる先行検査では汚染度の高い地域から検査を開始したため、原発事故から検査までの経過期間が短い高汚染地域で発症数が少なくなり、高汚染による患者数の増加と相殺し地域差が小さくなったのではないかと指摘している(地域Aは1.4年でEは2.8年)。6年間で見ればその効果は弱められるから、適切な説明と考えられる。
 なお大平氏たちから加藤氏への反論も寄せられているが、自分たちの古い地域差のない論文を根拠に反論していて説明になっていない3)。1巡目検査では事故1.4年後の高汚染地域のがん発見率と2.8年後の低線量地域のがん発生率が同程度であるから、検査までの期間はがん発生と無関係と主張し、他方2巡目では1巡目―2巡目検査間隔とがん発生率と関係すると全く矛盾した主張がなされている。さらに大平氏たちは論文1)Table最終行で、原発事故から甲状腺検査までの期間に対する補正として、事故後2.8年後検査の低汚染地域Eを基準とした高汚染地域の甲状腺がん有病比率を逆(−)方向に大幅にシフトさせるという誤りを犯している。甲状腺検査報告では、1-2巡目検査間隔の長い高汚染地域ほど2巡目の甲状腺がん発生率は高い。1巡目の高精度の超音波スクリーニング後にも甲状腺がん発生が継続し、時間経過とともに増えている。福島県内の小児甲状腺がんの多発はスクリーニング効果のみによるとの説明は不可能であろう。
 加藤氏の解析は4年間の調査結果を6年間に拡張するという当然の方法で、事故4年後では見つからなかった甲状腺がん発生と被ばく線量の関係を明らかにして真実を探り当てた研究であると考えられる。

参考文献
1. Ohira T, Takahashi H, Yasumura S, et al. for the Fukushima Health Management
Survey Group. Associations between Childhood Thyroid Cancer and External
Radiation Dose after the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant Accident.
Epidemiology, 2018; 29: e32-e34
https://journals.lww.com/epidem/Fulltext/2018/07000/Associations_Between_Child
hood_Thyroid_Cancer_and.28.aspx


2.福島県立医大の甲状腺がん地域差なし、論文への反論、Epidemiologyで公開。
Re: Associations between Childhood Thyroid Cancer and External Radiation Dose
after the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant Accident

Kato,Toshiko
Epidemiology.30(2):e9-e11, March 2019.
doi: 10.1097/EDE.0000000000000942
https://journals.lww.com/epidem/Fulltext/2019/03000/Re__Associations_Between_Childhood_Thyroid_Cancer.26.aspx

3.大平氏らの反論
the Authors Respond
Ohira, Tetsuya; Takahashi, Hideto; Yasumura, Seiji
Epidemiology.30(2):e11, March 2019.
doi: 10.1097/EDE.0000000000000941
https://journals.lww.com/epidem/Fulltext/2019/03000/The_Authors_Respond.27.aspx

「中学生・高校生のための放射線副読本」の問題点 山田耕作・渡辺悦司

2018年12月


「中学生・高校生のための放射線副読本」の問題点

2018年12月1日
山田耕作、渡辺悦司




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「中学生・高校生のための放射線副読本」の問題点(pdf,35ページ,1525KB)


 文部科学省は小学生用と中学生・高校生用の2種類の「放射線副読本」を出版し、毎年新入生に配布し、その内容を教育する予定である。これまでから批判があるたびに少しずつ書きかえられてきたものであるが、私たちは依然としてその基本的な内容に誤りや不備があり、教材として重大な問題点があると考える。
 文部科学省は、新学習指導要領において、「放射線に関する科学的な理解や、科学的に思考し、情報を正しく理解する力を、教科等横断的に育成する」ことを目的としている。この総合的な理解力を養成する観点からしても、私たちは「放射線副読本」は一面的で被曝に関する科学としては重大な欠陥があると考える。
 私たちは具体的には少なくとも次の4点が問題点であると考える。第1に福島原発事故による被曝被害の現実が無視されていることである。存在する被害が正しく記述されていない。第2にチェルノブイリ原発事故も含めて明らかになった放射線被曝の科学、とりわけ内部被曝の危険性とその科学が欠落していることである。 第3に放射性微粒子の危険性、とりわけ不溶性の微粒子の危険性が無視されていることである。第4にこれまでほとんど無害のごとく扱われてきたトリチウムが多くの被害をもたらしており、その危険性を警告すべきである。
 以下、上記の4点を4章に分けて議論する。まず、現実を正しく認識することが教育の基礎である。はじめに福島原発事故による健康被害の実態を見ておこう。以下枠内の太字は「放射線副読本」からの引用である。「放射線副読本」は以下で読むことができる
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/other/__icsFiles/afieldfile/2018/10/04/1409771_2_1_1.pdf

 1章 被曝被害の現実
「放射線副読本」はいう。
はじめに
特に風に乗って飛んできた放射性物質が多量に降った地域では、多くの住民が自宅からの避難を強いられました。避難した人たちは、慣れない環境の中での生活を余儀なくされました。それにも関わらず、東日本大震災により被災したり、原子力発電所事故により避難したりしている児童生徒がいわれのないいじめを受けるといった問題も起きてしまいました。(p2)
 避難といじめの話は記述されているが、それらの原因である肝心の小児甲状腺がんなど子どもや住民の健康破壊についての記述が一切ない。ここで健康破壊と言うのは、体がだるくなったり、思考力が低下したり、免疫力が低下したりから始まり、がんや心疾患やその他いろいろな病気によりして死亡してしまうことまでを含む、放射線被曝との関連が考えられる極めて広範囲の健康影響や遺伝的影響のことである(付表を参照のこと)。放射線被曝による健康破壊こそ被害の最重要事項である。現在の子供たちの健康や未来世代の健康は避難や復興の基礎・根拠となる問題である。放射線被曝の科学こそ放射線教育の基礎である。現実の被曝被害の実態と科学的評価が正しく記述されなければならない。1−5放射線による健康への影響で一般論が議論されているが、後述のように内部被曝が軽視されるなど極めて不十分である。まず、福島原発事故の健康被害の実態を見ておこう。

1.「放射線副読本」は現実に存在する被曝被害を無視して、健康被害がないとしている
 福島原発事故で放出された放射性物質はチェルノブイリ原発事故の放出量に匹敵し、「放射線副読本」のいうように1/7の比率とされるほど少ないわけではない。総放出量については、基本的に政府側に立っていると考えられる中島映至氏ほか編『原発事故環境汚染―福島原発事故の地球科学的側面』東京大学出版会(2014年)が、チェルノブイリと福島についてほとんど変わらないというデータを引用していることをまず指摘しておきたい(チェルノブイリ1万3200ペタベクレル、福島1万1300ペタベクレル[ペタベクレルPBqは10の15乗ベクレル]、表1.3、29ページ)
 総放出量については、基本的に政府側に立っていると考えられる中島映至氏ほか編『原発事故環境汚染―福島原発事故の地球科学的側面』東京大学出版会(2014年)が、チェルノブイリと福島についてほとんど変わらないというデータを引用していることをまず指摘しておきたい(チェルノブイリ1万3200ペタベクレル、福島1万1300ペタベクレル[ペタベクレルPBqは10の15乗ベクレル]、表1.3、29ページ)
 セシウム137の大気中放出量は日本政府によると15PBqだが、放出量の評価に関しては国際的に信頼性の高いノルウェー気象研究所のストール氏らは、福島からのセシウム137の大氣放出量は20.1〜53.1PBq(中央値として約37PBq)としている。
 ヨウ素131の放出量は、通常はセシウムの10倍とされていたが、最近のNHKの放送(サイエンスゼロ2018年10月28日)では、10倍ではなく、30倍だったと報道している。さらに、当事者東電からは、50倍という数値があげられている。東電からの数値50倍を採用するとヨウ素131は日本政府で750PBq、ストール氏で1850PBqとなる。これはチェルノブイリのヨウ素放出量1800PBqにほぼ等しい。あるいはストールの上限をとって(比較の対象とされる国連科学委員会UNSCEARのチェルノブイリの値が上限をとっているから)2655PBqとすると、福島のヨウ素131の放出量がチェルノブイリの1.5倍と推計できる。それ故、INES(国際原子力事象評価尺度)で計算しても大気中放出量でほぼ同等であり、チェルノブイリではなかったとされる海中への直接放出量と汚染水中への放出量を加えると福島原発事故の放射能放出量はチェルノブイリの約4倍と考えるべきで、「放射線副読本」の言うチェルノブイリの1/7というのは明らかに過小評価と考えられる。
 たとえもしこの「放射線副読本」の通りの比率と仮定しても、政府は、チェルノブイリの7分の1の健康被害が出ることは当然予測されると認めなければならないことになる。学術会議報告書は、チェルノブイリでの子どもの甲状腺がんの発症による手術数を6000人、うち死亡数を15と明記している。それなら、福島や周辺諸県でも、大まかに言って、その7分の1の860人の手術を要する甲状腺がん患者、うち2人程度の死者が、十分に予測されると言わなければならない。
 現実に子どもの甲状腺がんなど被害が出ている。米軍兵士の「トモダチ作戦」による死者は9人になり、400人が被曝の被害を訴えている。また、厚労省の人口動態調査を解析すれば、事故発生以前に比較して事故後の各種死因による死亡率が増大している。「風評」という説明は根拠がない。
 福島事故の間に放出された放射能の量については、広島原爆との比較で考えれば、被害が「ない」あるいは被害は「風評」であるという主張がまったくの嘘でありデマであることは明らかである。よく知られている通り、事故による放射能放出量と人間への長期的な健康影響の程度を評価するのに用いられる基準の1つは、環境中に放出されたセシウム137(Cs137、半減期30年)の放射能量である。
 日本政府は、福島事故で、広島原爆のおよそ168発分のCs137が放出されたことを認めている(原子力安全・保安院の2011年8月26日の発表)。もちろんこれは過小評価で、実際には400〜600発分だがこの点は今は議論しないでおこう。事故で放出されたCs137のおよそ27%(UNSCEAR2013年報告)、すなわちおよそ広島原爆45発分が、日本の国土に降下・沈着した。そのうち、除染作業により回収できたのは、政府発表データで計算すると、広島原爆のおよそ5発分である。除染作業の結果、大きなフレコンバッグの山のような堆積物が福島県中のほとんどの地区に残されて、あたかも福島の「典型的な風景」のようになっている。言い換えれば、広島原爆およそ40発分に相当するCs137は、まだ福島と周辺諸県に、さらには日本全国に、拡散して残っていることを意味する。
 広島原爆40発分の「死の灰」が何の健康被害も及ぼさ「ない」という政府見解は、広島・長崎の被爆者の健康調査からだけ見てもありえない。そのような見解は、広島・長崎の原爆被爆者の悲劇を、被爆者調査の結果を全否定するものであり、被爆者とその悲劇を愚弄するものであるというほかない。以上、政府の言う、「チェルノブイリの7分の1」と「広島の原爆の168発分」にもとづいて、それによる健康被害を考察してきた。
 実際の放出量は政府の言う量をはるかに上回るものになり、それによる被害もこれまでのべたものをうわまわるものになる恐れがおおきい。しかし、現実には東北・関東に被曝被害が広範囲に存在するにもかかわらず、政府・東電は被曝被害がないとしている。小児甲状腺がんを含めて、放射線量、被曝線量、被曝被害等について必要な科学調査と分析が積極的に組織されず、それが故に存在する被害が隠されていることこそが問題である。明らかに放射線被曝によって生じたと考えるほかない子供の甲状腺がんでさえ、政府・東電はかたくなに被曝による発症を認めていない。事故直後政府から大学長や学会長を通じて「データ発表は国が行う。個々の研究者は控えるように」と伝達がなされた。まさに科学的調査の封じ込めである。ストロンチウム、ウラニウム、プルトニウム等のアクチナイド、甲状腺被曝量を科学的に測定せず、明らかにしていない。「データがない」、「関係ない」が「虚構の安全な世界」を作り出している手段の一つとなっている。とりわけ弘前大学の研究者グループが甲状腺被曝量をちゃんとした測定調査により明らかにしようとしたとき、福島県が「住民の不安を増長する」という理由で調査を終結させた。科学的検討を感情・精神的事由で阻止したのである。もちろんサーベイメーターで甲状腺被曝線量を計測したとされる測定は、感度の面と高い空間線量を遮蔽せずに行われた等の理由で科学的測定には該当しない。このような科学的データを積極的に取得しないことが被害の隠蔽に深く関与している。そこでまず、明確になっている被曝被害の実態を挙げよう。
 福島第一原発事故後、福島県が実施している「県民健康調査」のあり方を議論している検討委員会の第32回目会合が2018年9月5日、福島市内で開催された。甲状腺検査は、穿刺細胞診を行って悪性あるいは悪性疑いがあると診断された患者は3人増えて202人(うち一人は良性結節)。手術を受けて、甲状腺がんと確定した患者は2人増えて164人となった。また7月の甲状腺評価部会で公表された、検討委員会で報告されていない患者を含めると、事故当時18才以下だった子どもで、2011年秋以降に甲状腺がんと診断された患者は211人、手術をして甲状腺がんと確定した患者は175人となった。


1-1 小児甲状腺がんの被ばくによる発症
 ①福島県の調査で2018年3月5日の発表で196人ががん及びその疑いとされている。地域分布を見ると福島第一原発に近いほど甲状腺がんの罹患率(発症率)が高い。このことは原発が甲状腺がんの原因であることを示している(図1参照)。

図1 原発に近づくほど罹患率が上がる


 ②福島県内の罹患率の地域分布を見ると放射性物質による土壌の汚染度の高い地域ほど罹患率が高い。このことは放射線被曝が甲状腺がん発症の原因であることを示している。図2は山本英彦医師たちによる土壌のセシウム汚染度と罹患率比である。汚染度が高いと罹患率も高く、子どもの甲状腺がんが放射性物質によって発症していることを示している。

図2 子供の甲状腺がん罹患率比と土壌の汚染度との関連 汚染度が高いと多く発症


 ③汚染度の高い地域の罹患率が高いことは宗川吉汪氏や2017年末の福島県立医大の発表にも見られる。子どもの甲状腺がんの罹患率の地域差は最初に津田敏秀氏達によって示されている(Tsuda T. et al. ;Thyroid Cancer Detection by Ultrasound Among Residents Ages 18 Years and Younger in Fukushima Japan 2011 to 2014,Epidemiology 2016 May, 27(3)316-22.)。
 2017年宗川吉汪氏は平均発症期間の精密な解析を行い、「3地域の罹患率の比較」を行った(表1参照。宗川吉汪;『福島甲状腺がんの被ばく発症』文理閣 2017年)。「この本格検査における3地域の罹患率の急激な上昇は、甲状腺がんの発症に原発事故が影響していることを明瞭に示して」いると結論している。

表1 3地域の罹患率 10万人・年当たり ( )内は95%信頼区間の下限値と上限値 


 ④放射線被曝による大人の甲状腺がんの急増
 明石昇二郎氏によって全年齢の甲状腺がんの罹患数が日本のがん統計を用いて分析された。残念ながら、2013年までのデータまでしか発表されていないのであるが、2013年には福島県の女性で2010年に比べ90%(100人から190人)の増加である。同県の男性では60%(43人から69人)増加した。大人の場合は超音波検査を行っていないのでスクリーニング効果による増加は考えられないので文字通り罹患率が増加したことを示している。
 
1−2 周産期死亡率が福島原発事故後10ケ月後から急増したことが証明されている。
 「「被曝安全論」者は信頼性の高い周産期死亡率(妊娠後22週から生後1週までの死亡)や自然死産率(妊娠後満12週以降の1000出産当たりの人工死産を除く死産数)のデータを無視して、不十分な調査で、人的被害がないとしている。しかし、すでに、周産期死亡率の増加は疫学を用いてハーゲン・シェアブ氏達によって証明されている。周産期死亡率が、放射線被曝量が高い福島とその近隣5県(岩手・宮城・茨城・栃木・群馬)で2011年3月の事故から10か月後より、急に15.6%(3年間で165人)も増加し、被曝が中間的な高さの千葉・東京・埼玉でも6.8%(153人)増加、これらの地域を除く全国では増加していなかった。Hagen Heinrich Scherb, Kuniyoshi Mori, Keiji Hayashi.
"Increases in perinatal mortality in prefectures contaminated by the Fukushima nuclear power plant accident in Japan - A spatially stratified longitudinal study."
(Medicine 2016; 95: e4958)
 福島原発事故から10か月後に生じた周産期死亡率の急上昇は、事故による母親の卵胞・卵子や父親の精巣・精子、胚細胞・胎児の被曝による損傷の結果と考えられ、胎児の発育にとって重大な危険があったことを示している。この周産期死亡率の増加は、東北・関東に被曝被害が広がっていることを示すものである。同様に自然死産率が事故後9か月後から増加したことが統計学を用いて証明されている。さらに山田國廣氏は外部被曝積算線量等を評価し、それらの線量と周産期死亡率及び自然死産率との間に明確な関係があることを示している。(山田國廣著『初期被曝の衝撃』風媒社、2017年、146ページ)。

図3 周産期死亡率


1-3 心筋梗塞による急死

図4 急性心筋梗塞による地域別死亡率(10万人当たり)


避難の有効性
 体内に取り込まれたセシウム137や134など人工の放射性元素は心臓や肝臓、腎臓に蓄積する。蓄積した放射性元素が放出する放射線によって、活性酸素(強い酸化作用を持つ酸素)やフリーラジカル(対をなしていない電子を持つ反応性に富む分子や原子)が発生する。これらが血管壁内への脂肪の取り込みを促進して冠状動脈の硬化、狭窄をまねく。同時に活性酸素は心臓や血管の細胞に慢性炎症を引き起こし、狭心症や心筋梗塞をおこす。心筋梗塞による死亡は全国に比べ福島県で増加しているが、避難した7町村では全国と同様2012,2013年に減少を示している。避難は心筋梗塞による死亡を減少させ、人命を救ったことが分かる。

1-4 全身に見られる被曝による健康破壊
 安倍首相をはじめとする政治家や野口邦和氏などの専門家は漫画『美味しんぼ』を取り上げ、鼻血などの健康被害は被曝線量が少なく起こりえないとして批判する。
 しかし、このような議論は、放射性微粒子による微小環境での局所的・集中的被曝(アルファ線、ベータ線、ガンマ線による被曝。アルファ線、ベータ線は短い飛程により、ガンマ線に比較にならないほど密度の高い被曝を呈する)の場合の確定的影響を、全身への外部被曝の場合(ガンマ線による被曝)と意図的に混同させるものである。放射線医学総合研究所『低線量放射線と健康影響』医療科学社(2012年)によれば(110ページ)、前者は後者の1000倍とされており、放射線感受性の個人差を考慮すれば、鼻血を確定的影響として生じうるような被曝量(政府や野口氏らの言う2Sv)を局所的に受けた(ICRPの吸収線量の計測単位は「臓器ごと」とされる。この方法は被曝を受けない多量の細胞により平均化されるので低線量の計算値となる。0.2〜2mSvの被曝)可能性は否定できない。また、鼻血出血以前の外部被曝・内部被曝両方による活性酸素・フリーラジカルの産生、その結果としての酸化ストレスが、全身の血管壁を傷害し、鼻の毛細血管自体を脆弱化させていた可能性も考えられる。放射線起因の鼻血である放射線医学的機序も十分に考えられるのである。
 現実に、「グーグルトレンド」を見ても東京では事故後、鼻血の検索が急増している。これは多数の関東の人に鼻血が出たことを示している。
 例えば、放射線による健康被害に関しては2012年11月に3市町村の実態調査が実施された。滋賀県木之本町を対照として福島県双葉町と宮城県丸森町の罹患率を比較したものである。その調査結果によれば、双葉町や丸森町の住民は鼻血をはじめとして様々な病状を訴えている。注目すべきはこれらの病気はヤブロコフ氏たちによってまとめられた『チェルノブイリの被害の全貌』に記された病気に共通することである。
 以下の津田敏秀氏ら岡山大、熊本学園大、広島大による調査報告を参照していただきたい。図5〜7はその例である。

『低レベル放射線曝露と自覚症状・疾病罹患の関連に関する疫学調査』
―調査対象地域3町での比較と双葉町住民内での比較―

http://www.saflan.jp/wp-content/uploads/47617c7eef782d8bf8b74f48f6c53acb.pdf

図5.滋賀県の木之本町と比較した宮城県丸森町、福島県双葉町の有病者率の比
病名は左から表題の順、図は児玉順一氏作成



図6



図7


 野口氏ら専門家は「放射線に対する不安に起因する健康への悪影響」と根拠のない不安のように言うが、逆に「放射線被曝の健康への悪影響」が現実に存在し、体験を通じて住民が健康に対する不安におびえているのである。例えば、被曝は脳にも影響し、福島原発事故後アルツハイマー病や認知症による死亡が急増している。さらに抵抗力、免疫力がもろくて弱くなっているお年寄りの「老衰」による死亡率が急上昇している。他に胃がんの増加、白血病の増加、悪性リンパ腫の増加等が報告されている。
 このような被曝被害の現状を調査・公開し、予防医学的に被害の防止、即ち一人一人を大切にすること、人格権の保護が教育の中心でなければならない。真実を明らかにしないで正しい教育はできない。

事故後、建物や地面などの表面に付着した放射性物質をできる限り取り除いて、放射線の影響を減らすための「除染」という作業が進められたことなどによって、立ち入りが制限されていた場所にも人が住めるようになるなど、復興に向けた取組は着実に進展していますが、私たちみんなで二度とこのようないじめが起こらないようにしていくことが大切です。(p2.はじめに)
 必ずしも除染によって被曝の心配なしに住めるわけではない。周囲の山林・森林は除染されておらず、風雨に依って山間の放射性物質が拡散される。また除染によって生じてフレコンバッグに詰められた放射性廃棄物も多くは放置されたままである。また、除染作業そのものが最悪の被曝労働の一形態である。とくに放射性微粒子を吸い込むことによって、極めて多数の作業員の深刻な二次的被曝被害を引き起こそうとしている。さらにメルトダウンした炉心は環境から隔離することができず、今なお毎日600万ベクレルほどが空中へ、相当量が水中に放出されている。住民の被曝を加重し地球の環境汚染をし続けている。福島原発事故は完全には収束しておらず、依然として炉心の冷却が必要である。溶融燃料デブリや廃炉処理を含め様々な問題が残っており、見通しを立てることさえ困難な状態である。放射能汚染と健康被害が長期的なスパンを持つことに逆らって早すぎる復興を強調することは逆に人々を命の危険にさらすことにつながる。二度と原発事故を起こさないためにも、原発事故処理の困難な現実こそ伝えるべきではないのか。

2章 内部被曝の科学
1−5 放射線による健康への影響
(1)内部被ばくと外部被ばく
 放射線を体に受けることを「放射線被ばく」といいます。放射性物質が体の外部にあり、体外から放射線を受けることを「外部被ばく」、放射性物質が体の内部にあり、体内から放射線を受けることを「内部被ばく」といいます。放射線を受けると人体を形作っている細胞に影響を与えますが、どのような影響が現れるかは、外部被ばく、内部被ばくといった被ばくの態様の違いや放射線の種類の違い等によって異なります。放射線による人の健康への影響の大きさは、人体が受けた放射線による影響の度合いを表す単位であるシーベルトで表すことで比較ができるようになります。例えば、1ミリシーベルトの外部被ばくと1ミリシーベルトの内部被ばくでは、人の健康への影響の大きさは、同等と見なせます。(p10)
 この「内部被曝と外部被曝」ではもっとも重要な体内に取りこまれた元素の臓器への取り込み(親和性)と蓄積の問題が一切無視されている。シーベルトが同じなら「健康への影響も同じ」というのがICRPや日本政府の主張である。この考えによれば古くから存在したカリウム40と原発事故で生じたセシウム137のシーベルトが同じなら健康への影響は同じとみなされている。現実に食品基準の説明においてセシウム137とカリウム40とをシーベルトに換算して比較している。しかし、これは正しくない。カリウム40は細胞膜にあるカリウムチャンネルを通じて自由に体内を移動するが人工のセシウムなどの放射性元素は血液やリンパ液に乗って体中を回り(水溶性と不溶性の微小粒子)、被曝を与え、さらに特定の臓器に取り込まれ、蓄積し、継続的に集中的・局所的な被曝を与えるのである。吸収した放射線のエネルギーを臓器全体の質量で平均したシーベルトはカリウムの場合やガンマ線の場合を除き、放射線の影響を正しく反映しない。アルファ(α)線やベータ(β)線はそれぞれ40ミクロンや数ミリの短い射程距離を持ち、狭い領域を集中的に被曝させるからである。さらに、次の3章で述べるように、人工の放射性原子の多くは不溶性の微粒子となっていることが報告されている。これはいっそう集中的・局所的な被曝を与えることになる。
 前述したように、政府の放医研文書でさえ、細胞レベルでの局所的微視的な被曝線量(マイクロドシメトリ)では「低線量」の境界を0.2mSvとしている。これは、一般的な巨視的な環境での100〜200mSvのおよそ1000分の1である。つまり、放射性微粒子による細胞レベルでの内部被曝の線量は、ベータ線・ガンマ線の場合、全身への外部被曝を問題としている場合のおよそ1000倍と評価しなければならないことを、政府の研究機関自体が認めているのである。
 それ故、「放射線副読本」にある以下の表にあるICRPが評価した換算係数は放射線の影響を著しく過小に評価していることになる。さらにこの表によるとトリチウムはほとんど無害に見えるが、後に4章で見るように、この過小評価が世界のトリチウムによる被曝被害を拡大させたともいえる重大な誤りである。

食品中の放射性物質から受ける放射線の量の計算の例
係数(飲食物からの摂取 18歳以上の場合)[mSv/Bq]


内部被ばくと活性酸素の脅威
 「放射線副読本」は内部被曝も外部被曝もシーベルトが同じなら同等としている。しかし、これはICRPが自ら定義した吸収線量を照射線量で置き換えるという物理量を取り違えていることを基礎として、本来異なる被曝応答をシーベルトという非科学的な量で表すというICRPの間違った手法の結果なのである。被曝実態を空間的・時間的に具体的に見ていくと、何事も質と量の「両方」が問題なのである。質的な違いを無視し、「量だけ」を比較することは科学に反しており、この記述は教育の根本を歪めるものである。つまり、内部被曝と外部被曝の被曝実態の質的な違いを無視しているため、「放射線副読本」は外部被曝に比べて内部被曝が桁違いに危険であることが理解できないのである。
 質的な違いを無視した結果の一つとして、「放射線副読本」はがんのみを被曝による病気としている。しかし、これはチェルノブイリ原発事故で明らかにされた「長寿命放射性核種体内取り込み症候群」という全身に及ぶ多様な疾患を考慮していないことになる。それらの疾患は、放射性微粒子からの内部被曝によって発生した、反応性の高い活性酸素やフリーラジカルによって、脂肪膜である細胞膜や核膜、さらに、ミトコンドリアの膜などが破壊されることを通じて発生する(付表参照)。活性酸素による細胞膜の障害をはじめて明らかにした実験は、ペトカウ効果と呼ばれている。そのような病気が世代を超えて継続することがわかってきたのである。

放射線感受性
 また、「放射線副読本」は、個人個人の放射線に対する影響の受けやすさ(放射線感受性)の大きな違いを無視している。同じ線量で被曝しても、胎児や乳幼児、子どもや青年、女性、がん年齢に達した中高年、DNA修復に関連する遺伝子変異をもつ人々(ICRPでは1%未満、ECRRでは人口のおよそ6%)などは、平均値に対して被曝リスクが何倍何十倍も高いことがわかっている。また、これらの性質が諸個人で重複する場合(たとえば遺伝子変異を持つ女児など)、さらに感受性の相違の幅は大きくなる。「放射線副読本」は、これらの人々を同じ被曝「量」によって扱うことによって、このような放射線高感受性の人々の生きる権利、基本的人権を奪おうとしている。




3章 低線量被曝と放射性微粒子の危険性
 人工の放射性物質はカリウム40などの自然に存在する放射性物質に比べ、一層危険である。放射性微粒子を含む内部被曝はとりわけ危険である。しかも福島原発事故が放出した放射性微粒子には、水や酸や脂肪に溶けないガラス状の「不溶性放射性微粒子」が多く含まれ、このような特殊な性質の放射性微粒子が大量に環境中に放出されたのは歴史的に初めての事態である。欧州放射線リスク委員会(ECRR)の2010年勧告によれば、このような形態のセシウム137が体内に取り込まれた場合、外部被曝やカリウム40による内部被曝に比較して400倍〜5万倍も危険であると推定されている。この点で人工の放射性物質による内部被曝を特に回避しなければならない。
 以上のように、国際放射線防護委員会(ICRP)や国連科学委員会(UNSCEAR)などは内部被曝の人体影響を、一様分布を仮定して臓器全体で平均し、体重1kg当たりの吸収エネルギーとしているが、現実の内部被曝は局所的・集中的であり、著しい過小評価をもたらしていることが理解される。

100 ミリシーベルト以上の放射線を人体が受けた場合には、がんになるリスクが上昇するということが科学的に明らかになっています。しかし、その程度について、国立がん研究センターの公表している資料 によれば、100 〜 200 ミリシーベルトの放射線を受けたときのがん(固形がん)のリスクは1.08 倍であり、これは1日に110g しか野菜を食べなかったときのリスク(1. 06 倍) や高塩分の食品を食べ続けたときのリスク(1. 11 〜1.15 倍) と同じ程度となっています。(p10)
 「「放射線副読本」は発がんのリスクを広島・長崎の原爆の被曝調査に基づき、1.08(被曝による発がんリスクが8%増)にしているが、次の問題点がある。
(1)被曝リスクは広島・長崎の調査よりもっと高いことが明らかになってきた。例えば、医療被曝で被曝リスクは、10mSvごとにがんが3%増えた。100mSvだと30%、200mSvで60%の増加となる。間をとって45%増としても、8%の増加分が5.6倍になる。オーストラリアのCTによる小児がんでは4.5 mSvの被曝でリスクが24%増えた。
(2)対照とするリスクの期間が相違している。リスクの比較で「野菜不足や塩分の取り過ぎ」は10年間継続した場合であるが、被曝の影響は生涯にわたるとして、50年や70年間のがんの発生やがん死をとっており、観察期間が異なる。それ故、それらの比較は本来信頼できない。そもそも野菜不足や塩分の取り過ぎの定量的な定義を厳密に指定しなければ科学ではない。それもせずに比較することは教育用の教材として不適切である。
(3)「野菜不足や塩分の取り過ぎ」のリスクを放射線被曝リスクと同じ50年に換算した場合、その比較リスクは1度の被曝での放射線「致死量」に到達する(1Svで数ヵ月以内での10%未満致死量の下限値、3Svで60日以内での半数致死量の下限値)。つまり、「野菜不足や塩分の取り過ぎ」で数ヶ月以内に死んでしまうことになる。このように質的に異なるものの間での比較そのものが無意味でありナンセンスなのである。
(4)そもそもこのような発がん要因を個々に切り離すことは複合的に起こるがんの発生と死を正しく解析していない。子どもたちに誤った理解をさせる。ネオニコチノイドなどの農薬との複合汚染も危険である。

原爆被爆生存者や小児がん治療生存者から生まれた子供たちを対象とした調査においては、人が放射線を受けた影響が、その人の子供に伝わるという遺伝性影響を示す根拠はこれまで報告されていません。(p10)
 「遺伝し、後の世代に継承されることが多い」が正しい。「放射線副読本」は科学的真実に反する宣言である。国連科学委員会は、2001年報告書において、「被ばく後第1世代」の「全遺伝リスク」を1万人・Svあたり30〜47例としている。つまり、被曝すれば遺伝的影響が「ある」ことを公式に認めているのである。国際放射線防護委員会(ICRP)の2007年勧告も同じく遺伝的影響をリスクとして認めている(1万人・Svあたり4例)。これらは、もちろん著しい過小評価であるが、国連科学委員会もICRPもはっきり遺伝的影響は「ある」と判断しているわけである。
 さらに言えば、遺伝的影響のような、数世代を経なければ明らかにならない事項を、最初から「ない」と断言することはデマに等しい。事故後32年を経たチェルノブイリでは被曝した親から生まれた子供に著しい健康被害が確認され、また先天異常も大量に確認され、慢性的な病気が幾世代にもわたって継続することが重大な社会問題となっている。



 この点で Inge Schmitz-Feuerhake 氏らの論文が注目される。彼らは低線量放射線被曝の遺伝的影響の文献をしらべた。広島・長崎の原爆被爆者を調べた ABCC の遺伝的影響の調査は信頼性がないと結論している。その理由は線量応答が線形であるという仮定の間違いや、内部被曝の取り扱いの誤りなど 4 点を指摘している。そしてチェルノブイリの被曝データから新しい先天性奇形に対する相対過剰リスク ERR はギリシャなど積算1mSv の低被曝地においては 1mSv あ たり 0.5 で、10mSv の高い被曝地では 1mSv あたり ERR が 0.1 に下がるという 結果である。おおまかには全ての先天異常を含めて積算線量 10mSv につき相対過剰リスクが 1 という結論である。積算 10mSv で先天異常が 2 倍になるという のは大変なことである。
Inge Schmitz-Feuerhake, Christopher Busby, Sebastian Pflugbeil,
Genetic radiation risks:a neglected topic in the low dose debate. Environmental Health and Toxiology,vol.31,Article ID e2016001
http://dx.doi.org/10.5620/eht.e2016001

この事故で放出された放射性物質の量は、昭和61年(1986年)にソビエト連邦(現在のウクライナ)で起きたチェルノブイリ原子力発電所事故の約7分の1であり、福島県が平成30 年4月までに県民等に対して実施した内部被ばくによる放射線の量を測定する検査の結果によれば、検査を受けた全員が健康に影響が及ぶ数値ではなかったとされています。(p12)
 政府の公式推計によっても福島原発事故の大気中への放出放射能量はセシウム137ベースで広島原爆の168発分である。これは大きな過小評価である(実際にはこの3倍以上)、そのうち、日本の陸土に沈着したのは、これまた公式推計でおよそ27%、45発分である。このような大量の放射能が「全く健康影響をもたらさない」という主張は、最初から嘘でありデマであるというほかない。
 「100mSv以下は影響がない」という論議も同じである。もし政府がそれを真剣に主張するのであれば、政府が現在住民を帰還させようとしている年間20mSv/yの地域には、5年以上居住すると「影響がある」と主張しなければならないであろう。だが政府も政府側専門家もそれについては何も言わない。つまり、不誠実なのである。
 健康に影響が出ていないことを証明することは、時間的・空間的に膨大な調査を要することである。調査が不十分な段階で、このような教育を政府が行うことは、結論を誤る可能性が高い。また事実、誤っている。しかも、国際的な合意である予防原則「ある行為が人間の健康あるいは環境への脅威を引き起こす恐れがある時には、たとえ原因と結果の因果関係が科学的に十分に立証されていなくても、予防的措置(precautionary measures)がとられなくてはならない」(予防原則に関するウィングスプレッド合意声明より引用、同原則は、環境と開発に関する国連会議、EUマーストリヒト条約、オゾン層に関するモントリオール議定書などにおいて何度も確認されている)に反することである。この原則が一言も触れられないのは被災者の人権を無視するものである。
 しかも、現実に健康に影響が出ているのである。住民・市民の健康を守る立場からは被曝被害を警告し、チェルノブイリのように1mSv/yから避難の権利を認めなければならない。被害が出てからでは遅いのである。
 現実には被害が出ていること、被曝調査の検出精度は悪く信頼性に乏しいことは証明済みのことである。
 実際には、東電事故の大気中放出量はチェルノブイリ事故と比較して、少なくとも同等程度である。また、早野龍五氏などのホールボディカウンターを用いた内部被曝の測定も検出限界が300Bqであり、精度が悪い。しかもチェルノブイリでは汚染されている着衣ごと計測されたにもかかわらず、福島では汚染されていないガウンを着せて測定し、両者を比較して「福島が低い」としている。福島の子どもの70%に検出されているという報告のある精度の高い尿中のセシウム137を測定すべきである。

福島県内の空間線量率は事故後7 年で大幅に低下しており、今では福島第一原子力発電所の直近以外は国内や海外の主要都市とほぼ同水準になっています。(p13)
 福島市の公式発表値0.15マイクロシーベルト/hは依然として高いことを示している。事故前は0.04マイクロシーベルト/hであった。しかも、モニタリングポストの数値が周辺の線量の約5割と低い値であることが報告されている。都市から離れた山間部は除染されていない。通過道路から1m以内しか除染していない。山林から風や雨で拡散する。人々は主要都市のみで過ごすわけではない。山間部や農地でも過ごす。県北農民連の皆さんが2016年に測定した果樹園の放射能測定は10万ベクレル/m2以下が3%しかなく、最高は80万ベクレル/m2であった。
 国際環境団体グリーンピースは、2018年2月に調査結果を発表し、「避難解除地域の放射能は深刻、住民の帰還誘導は人権侵害」と批判した。国連人権理事会も「20mSv/年は高すぎる」として日本政府に低減を勧告している。福島原発から西北西方向に20キロメートル離れた浪江地域の大堀村では、時間当たり11.6マイクロシーベルトに達する放射線量率が測定されもした。これは年間被曝量101ミリシーベルトに該当する。

その後、セシウム134 やセシウム137 などの放射性物質を取り除く作業(除染)などにより、放射線量が下がってきた地域では、避難指示の解除が進められました。現在では、医療機関や商業施設などの日常生活を送るための環境整備や学校の再開等復興に向けた取組が着実に進められています。(p14)
 しかし、住民は安全性に不安があり、特に若い世代や子どもたちが帰還しない。チェルノブイリ事故に比較してあまりにも早い避難指示区域解消などの措置は上記のごとく国際的に批判されている。

福島県が行った平成30 年3 月までの調査の結果によれば、県民等に、今回の事故後4か月間において体の外から受けた放射線による健康影響があるとは考えにくいとされています。また、12 ページで紹介したとおり、福島県が実施した内部被ばく検査の結果によれば、検査を受けた全員が健康に影響が及ぶ数値ではなかったとされています。さらに、福島県が実施した妊産婦に関する調査によれば、震災後、福島県内における先天異常の発生率等は、全国的な統計や一般的に報告されているデータと差がないことが確認されています。(p14)
 これらは測定の正確さが疑問視されている。現実に影響があり、被害が報告されていることは最初に述べた通りである。1章で述べたような被曝被害がすでに、周産期死亡率や自然死産率の増加や小児甲状腺がんの増加が統計的に確認されている。老衰、アルツハイマー病、急性心不全等の死亡率増加が報告されている。それ故、この健康に影響する被曝はなかったという記述は事実でもって否定されているのである。被害がないという証明は大量の人数の調査を長年に渉って行わないと証明できないのである。少数のデータで「放射線副読本」のいう「差がない」ことは証明できない。それ故、上の記述は科学の教育としても問題のある誤りである。

日本の基準値は、 他国に比べ厳しい条件の下設定されており、世界で最も厳しいレベルです。そして、厚生労働省は、基準値を超える放射性物質を含む食品が市場に出回ることのないように厳しく見守っています。(p17)
 これも安全性を示す根拠ではない。最も厳しいというがコメは100ベクレル/kgであるがウクライナのパンは20ベクレル/kgである。基準を超えなくても安全でないのは基準が緩すぎるのである。放射性微粒子を考慮すると、少なくとも検出限界の1ベクレル/kg以下でなければならない。日本は飲料水が10ベクレル/kgであるが、ウクライナは2ベクレル/kg、WHOは1ベクレル/kg、アメリカの法令基準は0.111ベクレル/kg、ドイツガス水道協会は0.5ベクレル/kgである。

  本表に示した数値は、食品から受ける線量を一定レベル以下に管理するためのものであり、安全と危険の境目ではありません。また、各国で食品の摂取量や放射性物質を含む食品の割合の仮定値等の影響を考慮してありますので、単に数値だけを比べることはできません。(p17)
 この注記の通りであり、日本は福島原発事故の当事国であり、その食品を主に食するのであるから他国に比べ基準が厳しくて当然である。にもかかわらず、飲料水、米等においては規制が緩すぎる。ウクライナでは飲料水は2Bq/kgであるが日本は10Bq/kgである。

4章 トリチウムの危険性

トリチウムの危険性
 この「放射線副読本」の係数の表(「放射線副読本」では10ページ、本論考では12ページ)では、トリチウムはセシウムに比べ3ケタ係数が小さく、危険でないように評価している。このICRPによる評価が間違っているのである。トリチウムの危険性を軽視した結果、世界各地でトリチウムによる被曝被害がみられる。
 日常の定常運転で日本で最も大量にトリチウムを放出した玄海原発周辺では原発稼働後に白血病などが多発している。森永徹氏の研究を紹介する。
http://nukecheck.namaste.jp/ronbun/180513morinaga.html


玄海原発の稼働前(1969〜76年)の白血病による死亡率



玄海原発の稼働後(2001〜11年)の白血病による死亡率


 以下の表も玄海原発に近づくと白血病死亡率が高くなることをしめしている。

表 1998年〜2007年までの10年間の人口10万人あたりの白血病による死者数

出典:厚生労働省人口動態統計より
(参照「広島市民の生存権を守るために伊方原発再稼動に反対する1万人委員会」
http://hiroshima-net.org/yui/1man/

 危険なトリチウムを含む福島原発の汚染水の海洋放出
 福島原発事故によるトリチウム総量は約3400兆ベクレル、2014年3月でタンク貯留水中に830兆ベクレルのトリチウムがあると発表されている。この膨大な放射性廃液はその後も増加する一方である。そのため、漁連などの反対運動の隙があれば、政府・東電はトリチウムを含む福島原発事故廃液の処理・処分として、それを希釈して海洋に投棄しようとしてきた。現在、ここに至っていよいよ政府は海洋投棄の実施に踏み切ろうとしている。原子力規制委員会の更田豊志委員長は規制するどころか海洋投棄を提唱し、先導している。
 私たちは以下の理由で放射性廃液を海洋に投棄すべきでないと考える。
 1. トリチウムは生命・健康への危険性が少ないと誤解されているが非常に危険な放射性物質である。なぜなら、人体の大部分を占める通常の水と化学的に区別がつかず、生体のあらゆる場所に取り込まれ、内部から被曝させ、活性酸素等を介して間接的に細胞膜やミトコンドリアを破壊する。また、直接的に遺伝子、DNAの化学結合を切断する。トリチウム特有の危険性として遺伝子の水素原子とトリチウムが入れ替わるとベータ(β)崩壊でトリチウムがヘリウムに変わることによって遺伝子の化学結合が切断される。
 植物は炭酸同化作用によって水と炭酸ガスからでんぷんを作る。このでんぷんの水素原子がトリチウムに変わることによって有機トリチウムが形成され、動植物や人間が体の一部としてその有機トリチウムを長期間取り込み、内部被曝する。
 2. このようにして、原発から放出されたトリチウムによって玄海原発周辺の住民の白血病の増加、世界各国の再処理工場周辺の小児白血病の増加、原発周辺の小児がんの増加等が報告されている。現実に被害が発生しているのである。
 3. たとえ、希釈して海洋投棄されたとしても食物連鎖などの生態系を通じて濃縮される。さらに気化してトリチウムを含む水蒸気や水素ガスなどとなって陸地に戻り、環境中を循環する可能性がある。希釈すれば安全というのは過去に多くの公害問題でくりかえされた誤りであり、環境に放出される総量こそ問題である。それ故、放射性物質や有害物質は徹底的に閉じ込め生態系から隔離することが公害問題では唯一正しい原則的な対応である。このような内容が教育されなければならない。
 トリチウムの海洋投棄の危険性に関してはイギリスのTim Deere-Jones ティム・ディアジョーンズ(Marine Radioactivity Research & Consultancy: Wales: UK)が詳しく次の警告は重要である。
 ①トリチウム水HTOのみを考え危険性を軽視してきたが、生物学的半減期の長い有機結合型トリチウムOBTとしてトリチウムが生体の有機化合物に取り込まれ、長期の内部被曝をあたえる。光合成でHTOとCO2から生成したでんぷんにトリチウムが取り込まれ、食物連鎖で濃縮される。
 2000年以降の研究は、海洋食物連鎖のなかで、極めて高いレベルでの有機結合型トリチウムの生物濃縮が起きていることを示している(ムラサキイガイで26,000Bq/kg、タラで33,000Bq/kg、海ガモで61,000Bq/kg以上)。潮間帯堆積物や潮を浴びる牧草でも、周辺海水の濃度が極めて低いにもかかわらず、高レベルの有機結合型トリチウムが見られる。
 トリチウムの生態系での濃縮について次の点が重要である。電子軌道のみを考えると通常の陽子(プロトン)一個の水素とトリチウム原子は化学的に区別ができないように見えるが、原子核の質量の違いが化学的結合力の違いを生じる。また、プロトン移動を伴うような反応ではプロトンとトリチウムの重さの違いによりトリチウム移動反応が遅くなる(C-H結合切断の場合水素の場合のおよそ20分の1の反応速度になる)。同位体効果と呼ばれる。
 このようにして原子核の重さの違いによって有機化合物(とトリチウムの結合が強くなり、トリチウムがプロトンに置き換わり元素として濃縮される。有機結合型トリチウムが増加してゆく。

まとめ
 「放射線副読本」は次の4つの致命的な欠陥を持つ.
1.福島原発事故の存在する被曝被害を無視し、真実を記述していない。
2.被曝として本質的に重要な内部被曝を無視している。
3.とりわけ被曝の危険性が高い放射性微粒子について警告していない。
4.国際的に危険性が明らかになったトリチウムを依然として軽視するという誤りを続けており、時代遅れである。
 私たちは以上の理由から「放射線副読本」は教材として不適切であり、配布されるべきではないと結論する。

謝辞
 この論考を仕上げる上で矢ヶ崎克馬氏、児玉順一氏に大変お世話になりました。適切で丁寧なコメントに深く感謝します。


河口水域におけるトリチウムの分配―有機物質の役割 アンドリュー・ターナーetc. 渡辺悦司訳

2018年11月


河口水域におけるトリチウムの分配――有機物質の役割


アンドリュー・ターナー、ジェフリー・E・ミルウォード、マーティン・ステンプ

Journal of Environmental Radioactivity
Volume 100, Issue 10, October 2009, Pages 890-895注1

2018年10月20日 渡辺悦司訳




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河口水域におけるトリチウムの分配――有機物質の役割(pdf,14ページ,373KB)



   概略(アブストラクト)

 トリチウムは、環境中にある重要な放射性核種であり、水系中のリガンド[有機物や錯体への結合部位(訳者)]や固形物との反応性は限定的であると考えられてきた。われわれは、(トリチウム水として添加した)トリチウムが河川水中および海水中でどのように分別され吸着されるかを研究した。その結果、トリチウムの分配が、有機物に対するトリチウムの親和性によって影響されていることを発見した。トリチウムは、逆相C18カラム[溶液や懸濁液に含まれる分析対象物とそれ以外とを分離する方法の1つ注2(訳者)]に保持された溶存有機物リガンドとの間で急速に平衡に達する。河口の堆積物中の微粒子を水に懸濁させた場合でも、微粒子との間で同じように急速に平衡に達する。重要なことは、吸着トリチウムのかなりの部分がタンパク質様物質と結合しており、堆積物を食用としている生物にとって食用とされる可能性があることであった。トリチウムのこれらの特質は、これまで報告されておらず、水素とトリチウムとの同位体交換によってだけでは説明することができない。トリチウムが主としてトリチウム水として放出されている河口水域および海岸水域におけるトリチウムについては、すでに利用可能な観測データが複数あるが、上記の特質はそれらの測定結果と本質的に合致する。河口部におけるトリチウムの生物地球化学的挙動についてのいっそうの研究が必要であり、この放射線核種(トリチウム)に対して現在想定されている放射線学的な分配係数および濃縮係数は、見直しが必要であろう。

   1.序論

 トリチウムは、宇宙線に起因するのみならず人間活動にも起因する水素の放射性核種である。半減期は12.3年である。人工的な源泉からの液体トリチウムの放出量は、英国において年間2.5×1015ベクレル(2.5ペタベクレルPBq)を超える(RIFE[英政府報告書Radioactivity In Food and the Environment『食品および環境中の放射能』]2007)。国際原子力機関(IAEA2007)が推奨する単位数量あたりの濃縮係数は、トリチウムが相対的に低い毒性の放射性同位元素であり、水性生物において濃縮されることはない(マーフィー1993)という前提に基づいてきた。最近のいくつかの研究では、河口域の有機物が豊富な潮間堆積物や、セヴァーン川河口域(英国)の食物連鎖において、トリチウムの相当程度の濃縮が立証され、それによってこれらの研究は大いに注目を集めた(ピアス1999、RIFE2002、モリス2006)。このような濃縮は、底生魚や貝については、濃縮係数が105倍(10万倍)を超える場合も含まれ、現地の核廃棄物中にすでにある、炭水化物・ビタミン・アミノ酸など、特定の生化学化合物の形態での有機結合トリチウム(以下有機トリチウム)の存在が原因であると考えられてきた(マッカビンほか2001)。しかしながら、さらに一般的に、トリチウムが[有機トリチウムとしてではなく(訳者)]トリチウム水HTOとして環境中に放出された場合でも、微粒子や生物体とトリチウムとの重要な相互作用が報告されてきた(ゴンティールほか1992、マッソンほか2005、RIFE2007、ジャン=バプチストほか2007)。たとえば、放射性廃棄物中のトリチウムの放射能は、堆積物を通して濾過した場合、1/4〜1/3に減少する。これは、粘土に含まれる無機化合物(ミネラル)とトリチウム水との間の同位体交換、および水素と結合していない無機化合物へのトリチウムの吸着に起因する効果である(ロペス・ガリンドほか2008)。さらに、イングランド南西部のタマール川河口への核施設からのトリチウム水の放出の結果、水中のトリチウムの放射能は10ベクレル(Bq)/リットル(L)に希釈されていたが、他方、堆積物では乾燥重量でおよそ300Bq/kgのトリチウムの放射能が観測された(英環境庁2003)。堆積物におけるトリチウムのこの大きさの放射能は、同位体交換からは想定されないものであった。というのは、水素の水中での濃度は約102g/L(100g/L)であり、タマール川河口の乾燥堆積物の水素濃度は約15g/kgと測定されたからであった[つまり乾燥堆積物中で15g/100g×10Bq/kg=1.5Bq/kgのはずだが、実際にはその200倍のトリチウムが堆積物中にあったことになる(訳注)]。
 トリチウムが水のある環境下において固相により蓄積されるもう一つ可能なメカニズムは、トリチウム水と自然環境中の有機物との間の交換性および非交換性の相互作用によるものである。[つまり元素交換が常に行われている部位における相互作用と元素交換部位以外における相互作用である(訳注)]。タンパク質や炭水化物など生体高分子にトリチウムが選択的に取り込まれることは、十分に立証されている(マシュー=デヴレとビネット1984、バウムガルトナーほか2001、チーとマーシュ2001)。トリチウムと水素の分別が生じるのは、重い同位体(トリチウム)が、水の分子間にある強力な水素架橋部よりも、生体高分子の特徴である弱い水素架橋部に、選択的に入り込むからである。自然環境中の錯体構造の有機分子の中に弱い水素架橋結合が存在する可能性が高いことを考慮すれば、トリチウムが水に溶けたおよび堆積物中にある有機物に蓄積し、トリチウムが有機物の吸収と摂取を介して生物濃縮されることは十分予想される。しかしながら、この所説を立証し、トリチウムの生物地球化学的挙動と生態学的影響の一般的理解を深めるために、いままで欠けてきたものしたがって現在必要なことは、水系におけるトリチウムの分別と反応性に関する体系的な研究なのである。したがって、われわれは、この目的で、既に確立された放射線化学的実験計画を使用し(ターナーほか1999、マルチノほか2004、ジャーほか2005)、トリチウム水として河川水と海水に付加されたトリチウムの分配を検証することとした。具体的には、われわれは、固相抽出注2によって、トリチウムと有機リガンドとの親和性を調べ、懸濁した堆積物微粒子へのトリチウムの取り込みの特質と程度を調べた。

   2.実験素材・用具と実験方法(省略)

  (この省略のため表1と表2の順序が逆転しておりますが、ご容赦願います)。

   3.実験結果

 表2に、今回の実験で使った自然環境中の水および堆積物、酸化された水および堆積物のサンプルの化学的性質を示す。トリチウムを吸着した各物質中の水素の推計値も、天然有機物中のCH2Oの化学量論数(化合物の構成要素間の量的関係)による推計を示す。

表2

表2の注記:本研究で用いられた水および堆積物のサンプルの地球化学的な特質。カッコ内の数値は、紫外線照射した水と焼却灰化した堆積物に対する数値である。naは分析しなかったことを表す。
a 所在箇所の伝導率
b 溶存した有機炭素
c CH2Oの化学量論的推測による溶存有機水素
d 微粒子内の有機炭素
e 微粒子内の有機窒素
f CH2Oの化学量論から推測した微粒子内有機水素
g BET(ブルナウアー・エメット・テラー)による窒素の比表面積[単位質量あたりの表面積、表面が多いと活性が高まる傾向がある]


   3.1.C18によるトリチウムの保持retention

 図1に、河川水および海水中の疎水性有機物質(溶存有機微粒子)と結合したトリチウムの割合を、経過時間の関数として示す。カラムへの保持により、自然環境中にある有機トリチウムの近似的な量が与えられる。その中には、腐敗質・アミノ酸・芳香族リガンドにおける同位体交換部位あるいは同位体交換部位以外に結合したトリチウム、さらには溶存した有機分子や砂利に吸着したトリチウム水が含まれている可能性が高い。これらすべての場合において、疎水性有機物質に結合したトリチウムの割合の経時的変化は二相的である。すなわち、まず疎水性トリチウム種の急速な形成期があり、その後ゆっくりと擬似的な均衡に接近する。

図1

図1の注記部分:ダート川河水(■で表示)、プリム川河水(▲)、海水(●)における、トリチウム水として付加され、疎水性有機物と結合したトリチウムの比率の時間依存性の変化。データ上の点は、それぞれのサンプルについての4つの分析の中央値を表す(相対順次データセットrsdsは概して5%未満である)。

 実験の最後の時点で、疎水性有機物と結合したトリチウム比率は、プリム川の河水で1%未満、ダート川の河水で5%超、海水で15%超であった。水に溶けた有機物の濃度と性質が、トリチウムの水性リガンドと結合する程度に対して決定的な重要性をもつことは明らかである。さらに、河水中と比較しての、海水中でのトリチウムの疎水性の増大[疎水性有機物との結合比率の上昇]は、疎水性有機物質とトリチウムとの結合が「塩析」(塩を加えることによる沈澱)であることを示唆している。塩析は、溶存した種々のイオンの存在下で電気的歪(ひずみ)が生じることによって(シュバルツェンバッハほか1993、ターナー2003)、あるいはトリチウム結合巨大分子が、各種のイオンに起因する立体配置の変化(らせん化および折りたたみ)を受けることによって、さらには小さな疎水性トリチウム種を捕捉する可能性によって、トリチウム結合化合物の溶解度を低下させているのかも知れない。

   3.2.トリチウムの吸着

 われわれの行った「吸着」実験において、微粒子トリチウムとは、微粒子に結合したこの同位元素(トリチウム)の総量を表す。したがって、この相(固相の微粒子)と同じ生物地球化学的な対照実験を必要とする。微粒子トリチウムは、水和水および構造水(水和され構造に吸収された水)に吸収されて、正確には吸収および閉塞されて、存在し、そのため同位元素の交換性および非交換性のあらゆる諸形態を(区別することなく)包括的に含んでいる。そのような微粒子トリチウムの量は、微粒子を付加する前と後のトリチウム放射能量の差から計算できる。放射能量の低下は、概して、3%から8%の間であった。これは、対照実験における実験期間中の蒸発や容器による吸収あるいはフィルターへのトリチウム水の吸着などによる放射能量の低下(表1)よりも有意に大きいものであった。したがって、われわれの結果は、微粒子と水との現実の相互作用を反映しており、実験による人為的な結果ではない、と考えるのが妥当であろう。

表1

表1の注記:超純水にトリチウム水を添加する対照実験中でのトリチウムの減少量。すべてのデータはBqで表示され、中央値±標準偏差(8あるいは16回の量定での)。ndは不検出。
a いくつかの場合にはサンプルの処理の前と後の数値の間で差異が有意ではなかった(2つのサンプルのt-testによれば、p >0.05)にもかかわらず、すべての実験に対して全減少量が計算されている。


 プリム川河口の微粒子で例示した吸着の等曲線は、図2に示されている。それは、加えられた放射能量125Bqと6×104Bq(6万Bq)の間で直線であり、等高線の傾きすなわち吸着度は、河川水よりも海水で高かった。異なった微粒子によるトリチウムの取り込みの時間依存性は図3に表されているが、これも二相的である。ここでは、結果は、バルクの(界面ではなく物質本体の)堆積物・水分配係数KD(mL/g)として示されている。この係数は、乾燥堆積物1グラムあたりに吸着された、交換性部位・非交換性部位を問わずあらゆる結合形態のトリチウムの放射能量を、フィルター濾過した水1mL(ミリリットル)中の放射能量で除したものとして定義されている。自然環境中の(未処理の)微粒子については、微粒子の化学的な性質(表2)や水中のトリチウム種の疎水度(図1)は異なっていたが、(微粒子へのトリチウムの)吸着度はこれらの実験の最後でほぼ同じであった。図3では、焼いて灰にしたダート川とプリム川の河口の微粒子による、紫外線光分解した河川水の中でのトリチウムの取り込みもまた示されている。「有機物のない」条件下で、バルクのKD値は、有機物が存在する下で得られた対応する数値と比較して、およそ70〜80%低かった(すなわち20〜30%であった)。このことは、堆積物中の有機物が、水相からのトリチウムの除去にとって決定的に重要であることを示している。

図2

図2の注記:等曲線は、プリム川河水(▲)および海水(●)中に浮遊していたプリム河口の微粒子へのトリチウムの吸着量(72時間の低温放置後)と定義。誤差の範囲を示す棒はそれぞれのサンプルの4つの分析の中央値の周囲の標準偏差を表している。最低のトリチウム放射能を示しているデータは、挿入されたグラフに拡大して示した。

図3

図3の注記:バルクの堆積物・水分配係数(KD)は、プリム川河水(▲)および海水(●)に浮遊していたプリム河口微粒子、ダート川河水(■)に浮遊していたダート河口微粒子、紫外線を照射して焼却灰化したプリム川河水に浮遊していたプリム川微粒子(△)、紫外線を照射して焼却灰化したダート川河水に浮遊していたダート川微粒子(□)による、トリチウムの時間依存的な吸着を示している。データ上の点は、それぞれのサンプルの4つの分析の中央値を表す(相対順次データセットrsdsは概して5%未満である)。

 自然環境中の河川水および海水に浮遊していた未処理の微粒子について、バルクのKDは、水中浮遊微粒子の濃度が10mg/Lの場合の方が、100mg/Lの場合よりも、明かに大きかった(表3)。いろいろな機会に採取されたプリム川の微粒子サンプルに、アマシャム[放射性化合物を中心に診断薬や生命科学研究用試薬を生産したイギリスの製薬企業(訳者)]のトリチウム水の在庫から得た(核施設の排水とは別の)トリチウムを加えて、独立した実験が行われた。その結果も、バルクのKDと微粒子濃度とが逆相関の関係にあるという所説を補強するものであった(これも表3を参照のこと)。このような「微粒子濃度効果」は、自然水やモデル・システムにおいて多くの有機・無機化合物にも共通して見られるが、この効果の詳細な原因は不明である(シュラップとオッペルーイゼン1992、ターナーほか1999)。

表3

表3の注記:バルクの堆積物・水分配係数(KD)とは、種々の微粒子濃度(SPMと表示、単位mg/L)における、プリム河口微粒子に対するトリチウムの吸着の度合いと定義されている。4回の繰り返された実験数値の中央値および標準偏差が掲げられている(4回の実験は10mp/Lと100mg/Lのみ)。ndは不検出を表す。

 河口の微粒子に吸着したトリチウムを、海水のフィルター濾過によって、およびプロテインキナーゼ・K(タンパク質を加水分解する酵素)によって、回収できた割合を、表4に示す。海水によって放出された、微粒子結合のトリチウム(およそ30%以下)は、おそらく、水和水および構造水に含まれており、微粒子表面の(−OH部位など)交換性をもつ部位で保持されていると考えられる。したがって、交換性部位のトリチウムに対して補正した分配係数は、上述したバルクの分配係数と同じ桁にある。プロテインキナーゼ・Kは、(微粒子に)吸着されたトリチウムを、海水よりも大きな比率で回収した。しかも、回収率は、窒素分の多く含まれる(したがっておそらくタンパク質分の豊かな)ダート川堆積物からの方が高かった。酵素によって回収されたトリチウムは、アミノ酸の=NH部位[=は二重結合を表す]において、またその他のタンパク質様有機物の構成部分に、交換性部位だけでなく非交換性部位にも保持されていた可能性が高い。

表4

表4の注記:1M(1モル/リットル)のNaOHによって分解分離したトリチウムの総量に対する、それとは別に海水およびプロテインキナーゼ・Kによって4時間抽出回収した吸着トリチウムの比率(パーセント)。4回の繰り返された実験数値の中央値および標準偏差が掲げられている。

   4.考察

 われわれの実験結果は、(水素とトリチウムの間の質的な)差異に由来する量に依存しており、ある程度の不確定性は避けられない。すべての誤差や実験上の人為性を注意深く考察しても、われわれの研究の最も注目すべき側面は、溶存する疎水性有機物や細かな河口部の微粒子と交換性部位および非交換性部位にトリチウムが結合する「程度」を調べたことである。水素との同位体交換に基づき、CH2Oの化学量論、溶存有機炭素の濃度4mg/L、水の水素濃度約102g/L(100g/L)と仮定すると、トリチウムの溶存有機物比率は、自然環境中の水において10−6(100万分の1)のオーダーであると予測できる。対照実験ではC18カラムマトリックスへの吸着や保持はありえないので、われわれの実験サンプルにおいてすべての溶存有機物がC18カラムに保持されたと仮定すると、トリチウムの同位体濃縮はおよそ105から106(10万〜100万倍)であると結論しなければならない。同じ推論により、さらに水素の微粒子濃度を約1.5%と仮定すると[つまり1.5g/Lと仮定すると]、われわれは河口域堆積物中のトリチウムのKD値が10−1mL/g(0.1mL/g)のオーダーにあると予測できる。したがって、われわれのサンプルにおける同位体濃縮は、およそ102から104超(100〜1万超倍)の範囲にあると認められる(サンプルのタイプや微粒子濃度にも、また海水の抽出したがって交換性のトリチウムを計算に入れるかどうかにも依存する)。
 海洋沈殿物への吸着については、重金属の同位体分配が立証されている(たとえばベアリングほか2001)。しかし、トリチウムについてここで報告された程度ではない。われわれのサンプルにおいて観察された同位体濃縮は、部分的には、弱い水素架橋結合部位へのトリチウムの選択的な占有(バウムガルトナーほか2001)によって説明されるかも知れない。水の分子間の水素架橋結合は、有機物分子における水素架橋結合よりもかなり強く、したがって、われわれは、有機相においてトリチウムの一般的な濃縮を予想することができる。生体内でつくられる有機化合物分子(炭水化物やタンパク質など)における同位体濃縮は、一般的には1桁程度少ないので、われわれの実験での観測結果は、極めて弱く水素架橋された自然環境中の有機分子の存在を必要とする。もう一つわれわれが提起したいのは、分子の本体と結合部において、同位体差によって生じる、まだ明確には規定されていない追加的な諸作用が存在する可能性である。いくつかの増殖性物質の理論的な研究(パディラ=キャンポス2003)に基づけば、一つの可能性は、堆積物微粒子の(有機物質ではなく)無機金属成分における置換部位をトリチウムが選択的に占有することである。
 これらの所説は、われわれの実験結果と合わせて、有機物の存在とその特質が、水のある環境中でトリチウムがもたらす必然的結果にとって決定的に重要であること、トリチウムと無機相との相互作用および無機相へのトリチウムの取り込みの可能性もまた存在することを示唆している。われわれの研究においては、未処理の河口域微粒子のトリチウムが塩基(1モル/リットルのNaOH、表4)によってほぼ完全に(95%超)回収されたことによって、さらには酸(1モル/リットルのHCl)によって不完全ではあるが(70%未満)回収されたことによって、堆積物中の有機物とトリチウムとの結合が確認された。また、われわれとは別の独立の諸研究においては、400℃超で汚染堆積物を燃焼するとトリチウムが放出されることによって、堆積物中の有機物とトリチウムとの結合が証明された(ゴンティエほか1992、マッカビンほか2001)。トリチウムの有機物に対する親和性のさらなる証拠としては、消化酵素を使って微粒子からトリチウムが抽出されること(表4)、水性のトリチウム種が一見したところの塩析のような作用をもたらすこと(図1)、「微粒子濃度効果」が明らかであること(表3)などが含まれる。この最後の「微粒子濃度効果」の最もよく知られた一般的な説明は、水に溶けた、あるいはコロイド状の、容易に錯体化する、ある種の化合物の存在や相互作用によるのではないかということである(シュバルツェンバッハほか1993)。われわれの推測では、トリチウム吸着の二相的な性格(図3)は、プリム川およびダート川の微粒子のバルクのKD値が、堆積物中の有機物中の炭素および窒素の濃度が異なるにもかかわらず、類似していることとともに考えると、トリチウムが微粒子表面の有機物と急速に相互作用して水中の微粒子上に均一に吸着され(ハンターとリス1982)、その後に、微粒子本体の基質(マトリックス)にある難溶性の有機物や無機質にゆっくりと拡散していく(ピニャテッロとシン1996、ロペス=ガリンドほか2008)という吸着メカニズムがその根拠になると考えられる。
 われわれの計測値の大きさ(すなわち同位体分配の程度)は容易に説明できるものではないが、その結果は、その同位体(トリチウム)の主な源泉がトリチウム水であるような水性環境における他の種々の研究におけるトリチウムの測定値とかなり合致している。(しかしながら、吸着されたトリチウムの、したがってKDの、定義と量定は、必ずしも常に明確に規定されてはいないことに注意すべきである)。たとえば、南西イングランドのタマール川河口では、トリチウムは原子力潜水艦の修理工場から放出されている。そこでは、河口底の堆積物中および水中の報告されたトリチウム放射能量(英環境庁2003)から示されるKD値は、10をかなり上回っている。排水をアイリッシュ海に放出している核再処理工場の近傍では、対応する測定値からは、KD値はおよそ単位数量(すなわち1)が示唆されている(英国核燃料会社BNFL 2003)。英国南部イギリス海峡にある再処理工場の近傍では、生物相にある有機トリチウムと自由水トリチウムとの比は1を超えている(マッソンほか2005)。核施設のある仏ローヌ川下流の河口では、ゴンティエールほか(1992)の報告で、トリチウムの堆積物中での濃縮は10から100の間であり、正確な効果は堆積物中の有機物の含有量と(堆積物粒子の)粒径の逆数に関係していたとされる。ローヌ川の堆積物、さらに最近の測定値では核施設の上流の堆積物で、高い濃縮が持続していることが示された(ジャン=バプチストほか2007)。同論文の著者たちは、暫定的に、このような数値を「ホットパーティクル」[放射性微粒子とくにアルファ線放出核種を含有するもの(訳者)]の線源によるもの、おそらくは腕時計の生産工場と関連があるのではないか、と考えている。しかし、われわれの観測結果に基づけば、もう一つの説明は、水中の線源からの有機物を豊富に含む粒子へのトリチウムの吸着であろう。
 本研究で観測された微粒子の濃度効果(表3、図4も参照のこと)を前提し、水底に集積した堆積物内の微粒子濃度が106mg/L(100万mg/Lすなわち1000g/L)のオーダーにあるとすれば、われわれは、それぞれの環境の水底の上の水柱で、トリチウムのかなり高いKD値を予測できる。重要なことは、一見したところのトリチウムの保存性と水文学的トレーサーとしてそれが使用されている事実は、微粒子濃度効果と合致することである。KDと微粒子濃度との間の逆関係は、水相における放射能の変化を安定化させる緩衝器のように作用するからである(ターナーほか1999、ジョアンソンほか2001)。具体的には、logKD対log[微粒子濃度]の傾きが−1であれば、(トリチウムの)水中放射能量は微粒子濃度とはまったく独立に予測することができる(われわれが蓄積したプリム川のデータは図4に示したが、それによって規定された傾きは−0.6であった)。

図4

図4への注記:河口および海岸水域でトリチウム水として付加あるいは放出されたトリチウムに対する堆積物・水分配係数(KD)と粒子濃度との関係。プリム川のデータ(バルクのKD値として)は、河川水中に浮遊していた河口堆積物を使った個別の2つの実験(▲と◆)、および海水中に浮遊していた河口堆積物を使った1つの実験(●)に関するものである。回帰線は、河川水を使った実験のプールした結果を表している(n=4)。薄く塗られた部分は、アイリッシュ海、ローヌ川河口、タマール川河口にあった水底堆積物(堆積物微粒子物質SPMが106mg/L以下)のKD値の範囲を囲むものである(BNFL2003、ゴンティエ―ルほか1992、英国環境庁2003)。

 われわれの実験での測定値の正確な原因が何であれ、その結果が示しているのは、環境中にトリチウム水として放出されたトリチウムが、水生生物の食物連鎖に入り、その中で濃縮されていく可能性があるということである。C18カラムにより分離されるような、疎水性でかつ水溶性の(すなわち微粒子上の)トリチウム種が十分に小さく(103ダルトンDa[ダルトンは分子量の単位]未満で)しかも中性であるならば、粘膜・えら・表皮を通じた浸透により水中生物内でそれらのトリチウム種が蓄積する余地がある。トリチウム水を添加した海水中での海生のイガイを使った対照実験の結果、このメカニズムが重要であることが示された(ジャーほか2005)。堆積物に吸着したトリチウムは、酵素によって利用される可能性があり、トリチウムに汚染された微粒子を食物として摂取することは、トリチウムが食物連鎖に侵入するもう一つの経路となる。このようなメカニズムは、環境モニタリングプログラムの結果、トリチウム水として放出されたトリチウムに汚染された数多くの場所において、堆積物を食する生物における生物濃縮の存在が指摘されていることからも立証されている(ゴンティエールほか1992、英環境庁2001)。また、種々の濾過摂食生物[二枚貝、フジツボ、カキなど]が、生物による析出を通じて、微粒子トリチウムの地域的な蓄積を強化しているという証拠もある(ゴンティエールほか1992)。

   5.結論

 トリチウムは、トリチウム水として河川水や海水に放出されると、水に溶存する有機リガンドや水中を浮遊する微粒子との間で相互作用する。しかも、その相互作用の程度や範囲は、同位体交換を考慮した場合に予測されるレベルよりもかなり大きい。このような相互作用の原因は不明である。これまでも、トリチウムの基本的な放出形態がトリチウム水であるような環境において調査が行われてきたが、われわれの研究結果は、これらの調査結果と本質的に合致する。「トリチウムはもっぱらトリチウム水としてのみ現れ、したがって無限に溶解していく」という見解は、明らかに注意深く検討されなければならない。トリチウムが自然環境中の水に分配される概念と特質について、いっそうの研究が求められている。現在IAEAが勧告している単位数量(下位単位数量)あたりの分配係数と濃縮係数は、明確な定義に基づいて行われた測定結果によって立証されていない。それを採用し続けていくことについては再検討が必要であろう。



注記

注1)原題
Distribution of tritium in estuarine waters: the role of organic matter.
Turner A, Millward GE, Stemp M.
Journal of Environmental Radioactivity, Volume 100, Issue 10, October 2009, Pages 890-895
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19608308

注2)固相抽出については、アジレント・テクノロジーのサイト「固相抽出の基礎と選び方」や日本分光の「固相抽出(SPE)の基礎知識」などを参照した。
https://www.chem-agilent.com/pdf/low_5991-5543JAJP.pdf
https://www.jasco.co.jp/jpn/technique/topics/solid1.html

海流に乗るトリチウム汚染水 ティム・ディア=ジョーンズ 渡辺悦司訳

2018年11月


海流に乗るトリチウム汚染水
東京近海の太平洋沿岸まで汚染の可能性

ティム・ディア=ジョーンズ
渡辺悦司訳
DAYS JAPAN 2018年11月号(10月20日発売)所収記事の原論文




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海流に乗るトリチウム汚染水 東京近海の太平洋沿岸まで汚染の可能性(pdf,6ページ,186KB)


 ティム・ディア=ジョーンズ氏は、英国の海洋放射能の研究者・コンサルタント。英国原子力産業によって海に放出された海洋放射能の挙動とその必然的結果を集中的に研究して30年以上のキャリアがあります。今回、福島原発敷地内に溜められている高濃度トリチウム水を本州近海に投棄するという日本政府の計画に関してDays Japan誌に寄稿。同誌編集部の特別のご好意により、以下に同記事のベースとなった同氏の原論文の翻訳を皆さまに送付いたします。私見では、本論文は非常に重要な内容であり、トリチウムの海洋放出の危険性について、本論文を読むことなしに議論することは事実上できないと確信します。本論文には省略されている、トリチウムによる健康被害については、同誌掲載の河田昌東氏の記事に指摘があり、こちらも合わせてぜひお読みいただければ幸いです。公開を許諾していただいた同誌編集部に深謝すると共に、本翻訳が皆さまにもぜひ11月号をお買い求めいただく契機になれば紹介者・翻訳者として非常な光栄です。(渡辺悦司)


   計画されている福島事故原発からのトリチウム水放出

 原発事故の初期から、放射能に汚染された地下水と事故時に使用された緊急冷却水の残留水は、福島原発の敷地内に集められ、貯留されてきた。現在、約92万トンの放射能汚染水が蓄積され、およそ900基のタンクに貯蔵されている。国際原子力機関(IAEA)、日本の原子力規制委員会および東京電力は、汚染水を海洋に放出することによって、このますます積み上がる悩みの種から逃れようと圧力を強めている。
 しかし、そのような行動をとれば、漁業関連産業に深刻な経済的損害をもたらすだけでなく、貯留水に含まれることが明らかになっている、健康にとって有害な高濃度のトリチウムやその他の放射性核種に、沿岸住民とくに本州太平洋沿岸の住民を、被曝させることになるであろう。このように主張できる強固な根拠がある。
 核施設からの液体放射性廃棄物の海への放出が最初に認可された1950年代初め以来、「液体トリチウムの(トリチウム水としての)生物学的な重要度は低い」というのが、原子力産業の一種の信仰表明であった。
 この仮説が登場したのは原子力産業の歴史の初期である。当時は、あらゆる分野で基礎研究が不足していたので、海洋環境における放射能の挙動やその必然的結果に関する知見も、海洋にある種々の諸要因がどのように放射能一般の拡散と挙動に影響を及ぼすかについての理解も、極めて限られていた。
 原子力産業とその支持者たちは、今日にいたるまで、海洋環境でのトリチウムの挙動に関する科学的研究をほとんど行なっていない。だから、トリチウムについての彼らの仮説もまた、何十年ものあいだ問題視されることもなかったのである。
 しかし、1990年代以降、原子力産業の影響下にない独立の研究者たちの研究により、科学的で実証的な証拠が新たに解明されてきた。それは、原子力産業が長い間固守してきた仮定と全く相反する。日本の原子力規制当局と原子力産業は、IAEAの方針に沿って、明らかに、1990年代以降のこれらの研究を無視するという方針を選択した。
 1993年に、英国の査読のある専門誌は、環境中に放出されたトリチウムが、放出の「後に」環境中の有機物質に取り込まれると報告した。それは、植物性生物による光合成(トリチウム水と二酸化炭素からの炭水化物の合成)と産生された有機結合型トリチウム(有機トリチウム)が植生物の食用部分に移行する結果であるとした。さらに同誌は「有機トリチウムが・・・生体内にとどまる期間はトリチウム水より長期となり、したがって被曝線量の評価が重大な影響を受けることになる」と評価した。この研究はまた、有機トリチウムが、二つの食物経路を介して、すなわち、①一次的に有機トリチウムを産生する植物から、②食物連鎖のより高次のレベル(動物性食品)から、人体内に侵入してくると報告した。
 1999年までには、海洋放出トリチウムをモニタリングしていた英国の政府機関でさえ、調査をさらに積極的に進める姿勢を打ちだし、予防的な方向への論調が現れ始めた。英国の原子力規制機関の報告では、周辺の海水において全トリチウムの濃度が9.2Bq/kgから10Bq/kgの範囲にあったにもかかわらず、有機物を豊富に含む潮間堆積物(干潮と満潮の間の海岸の沈殿物)においては全トリチウム濃度は2,500Bq/kgのピークを示したケースが記載されていた。これは全トリチウム(有機トリチウムとトリチウム水の合計として)の生物濃縮の程度が極めて高いことを表していた。海水が打ち寄せることのある牧場では、牧草の有機トリチウム濃度は最高2,000Bq/kgに上ったという実測結果も報告された。有機トリチウムが、海岸に現存する種々の諸過程に影響されて、海から陸に移動する可能性が高いことが明らかに立証された。
 そのほか英国の研究では、現地の魚貝類に高レベルの有機トリチウムが存在することが報告された。最高値はタラで33,000Bq/kg、イガイで26,000Bq/kgであった。水鳥(カモ、ガンなど)では、有機トリチウムの濃度は、最低で2,400Bq/kg、「最高の数値は、ツクシガモで見つかり、トリチウム全体でおよそ61,000Bq/kgであった」(すなわち生物濃縮係数はおよそ6,000倍)。
 2001年のトリチウムの挙動に関する追跡調査では、トリチウムの最高濃度は、核施設の液体排水地点の近傍だけでなく「遠く離れた下流地点」でも観測された。この2001年の調査が見出したのは、トリチウムがトリチウム水として細胞の有機物質に取り込まれて有機トリチウムに変化するだけでなく、トリチウムと結合した食物を餌とする生物が、トリチウム水だけに被曝している生物よりも、速い速度で有機トリチウムを蓄積し、生物濃縮によっていっそう高い濃度に達することであった。
 2002年の研究では、英国の全海域をカバーした環境モニタリングの結果、以下の二点が実証されたことが報告された。①トリチウムに高度に汚染された海域に生息する魚介類のトリチウム濃度は、英国の他の(つまり海水トリチウム濃度の高くない)海域におけるよりも有意に高い。②海底生物と底生魚におけるトリチウムの生物濃縮は、まず最初に、堆積物中に生息する微生物および海底に生息する小型動物が有機トリチウムを摂取し続けて生物内にトリチウムが移行することを介して生じている。
 これに関連して観測されたのは、草食の生物種や外洋性の魚類のトリチウム濃度が、肉食動物と底生魚(海底あるいは海底近くに住む魚)より低かったことであった。この事実によりトリチウムが(有機トリチウムとして)実際に海と沿岸の食物連鎖を通して生物濃縮されていることが立証された。
 2009年の研究は査読を経て専門誌に掲載され、原子力産業の主張とは真逆のことを実験的に証明した。すなわち、トリチウムは環境中の有機物質に対して親和性があり、海洋環境での有機トリチウムの存在はこの親和性の作用を受けている。放出されたトリチウムは、海洋に放出された「後に」、海洋環境中にすでに存在する有機タンパク物質に対するトリチウムの親和性の結果として、有機物と結合するようになるのである。
 この研究結果は、海岸線沿いおよび沿岸海域で、海に流れ込む有機物質のレベルを高めるような条件がある場合とりわけ重要となる。つまり、海岸線が侵食されていたり、核物質以外でも廃棄物放出パイプラインがあったり、河口部からの河川の流れ込みがある場合、それらの近傍で海の有機物質濃度が高まるからである。福島の海岸と海流の下流領域(すなわち福島よりも南の太平洋に面した沿岸)には、沿岸海域にこのような有機物の流入源が数多く存在する。
 この2009年の研究は、英国で行われてきたいろいろな研究において「これらの特質がこれまで報告されて来なかった」ことに留意し、以下のように結論している。「トリチウムがもっぱらトリチウム水としてのみ存在し、したがって無限に希釈されるという見解は、明らかに注意深く検討されなければならない。自然の水の中でトリチウムが分配される機構や性質をさらに研究することが求められている。現在IAEAによって推奨されている単位数量(またはサブ単位数量)あたりの分配係数や濃縮係数は、明確に定義された測定結果に裏付けられておらず、その採用は再考を要するであろう。」
 査読のある科学雑誌では抑制された言葉遣いが通例である。その文脈で見たとき、この表現は、海洋放出されたトリチウムとその影響に関するIAEAと原子力産業の基本姿勢への強い批判を表すものである。研究の要約からはっきり見えてくるのは、海産物の消費者が有機トリチウムとしてのトリチウムへの被曝があるような場合、魚介類からの食事被曝があったことが明確に示唆されるだけでなく、人体内での有機トリチウムの生物濃縮もかなりの程度あった可能性も想定されることである。
 前述した研究から明らかなことがある。トリチウム水の挙動は水とほとんど同一であるので、水としてはおよそ10日で人体から排出される。しかし、有機分子と結合して有機トリチウムとなれば、それは長期間体内に滞留する可能性がある。その場合、体内滞留が長期化すれば、その期間中に放射能の摂取が繰り返されることとなり、生物濃縮の過程が促進される。しかも、有機トリチウムが高レベルで存在する場合、すでにかなりのレベルの生物濃縮も存在している可能性が高いので、魚介類食品の消費者にとっては食事を介した経路によってさらに高い被曝量がもたらされるであろう。
 イアン・フェアリー博士は、独立の研究者で英国を拠点に活動し、トリチウム被曝の危険性に関して幅広く論考を発表している。同氏によれば、現在の原子力産業および政府の基準は、有機トリチウムの真の危険性を過小評価しているという。フェアリー博士は、有機トリチウムの危険性については長く続く論争があるが、危険性が政府基準が認めているレベルよりも高いと考えている研究者が多いという。一部の政府機関、フランスの放射線防護原子力安全研究所(IRSN)でさえ、今や、これらの基準が不確実だと警告する報告書を公表している。フェアリー氏の確信するところでは、最近の研究調査結果を踏まえれば、有機トリチウムの被曝の危険度はトリチウム水と比較して少なくとも5倍にするべきであるという。
 福島原発からトリチウム水を海洋放出する計画にある重大な問題の一つは、その重要性に比してトリチウムの(いかなる形態のトリチウムについても)海洋環境における挙動と必然的結果に関して、ほとんど研究調査が行われていないという点である。
 これは、トリチウムは環境中で無限に希釈されていくので放射線学上の重要度は低いという当初の仮説に支配されているからである。トリチウムに関して必要なデータが不足している結果、政府・原子力産業から独立した研究は、同じように海水に溶解して、海水と同じようにふるまう、セシウム137など他の「可溶性」核種についての利用可能なデータから推定しなければならない。
 セシウム137など他の可溶性核種と同様に、「海洋の」トリチウム(また放出後に海洋環境中で生成する有機トリチウム)もまた、海から陸への拡散の過程で、陸上環境と食料用農産物を汚染する高い可能性があると考えなければならないのである。
 紙枚の関係で省略するが、セシウム137に関するデータは、ここまで述べてきたトリチウムの生物濃縮に関する結論を支持している。

   人間がトリチウムに被曝する複数の経路

 海洋放射能の海から陸への拡散に関するすべての利用できる証拠が強く示唆するのは、海洋放射能が波の飛沫や海洋エアロゾルなど大気中を運ばれる形で、少なくとも10マイル(約16キロメートル)の内陸に浸透して、食物連鎖に入る物質に沈着する可能性である。また、沿岸地帯住民にとっては、肺からの呼吸による被曝経路も強く示唆される。しかし、これらの点を、原子力産業と政府規制機関は今に到るまで調査しないままに放置している。
 人間にとって安全あるいは危険な「環境中の」トリチウムおよび有機トリチウムの量について、今まで多くの論考が書かれてきた。しかし、そのような論考はすべて仮定的でモデル化されたシナリオに基づいており、人体への影響に関する基本的な実証データが提示されることはなかった。私が現在まで調べたところでは、有機トリチウムがトリチウム水よりもはるかに深刻な影響を及ぼす可能性か高いことについてコンセンサスが広がりつつあるが、その論拠となるような、海洋放出トリチウムあるいは有機トリチウムが人体の全体系に与える影響に関する具体的な研究は見出すことができなかった。しかし、本論考においてすでに引用した動物での研究が強く示唆するように、沿岸の住民もまた、動物と同じように有機トリチウムの食物連鎖による高度の生物濃縮を受け、相当長期の反復する吸入被曝を受けている可能性がある。
 原子力産業は、海洋放射能が無限に希釈されて沿岸の住民と海洋の利用者(漁業者・船員など)に何らの脅威を与えないとの仮説を、長年にわたって主張してきた。だが、最近現れている新しい証拠はそのような仮説を否定している。海に放出されたトリチウムの脅威についても同じである。海洋放出されたトリチウムは、最近の研究が示唆するところでは、放射線被曝量を計測する上で重大な意味をもち、少なくとも海岸から10マイル(約16km)以内の陸上環境に住んでいる人々の被曝量は、①エアロゾル・波しぶき・水蒸気・高潮による海から陸への拡散などの環境的な諸過程と諸経路、②海洋および陸上で採れる食材の摂取による食事の諸経路、③呼吸による吸入経路によって与えられる。
 福島沖の海流が向かう南方向の海岸線の諸条件は、放出されたトリチウムと有機トリチウムによる沿岸住民の被曝を強力に促すものとなっている。つまり、海流の動きは最大の人口密集地帯に向いており、本州の太平洋岸における有機沈殿物の堆積は相対的に高いレベルにあり、年間を通じて繰り返しもたらされる周辺の気象状況は、陸方向に吹く風、季節特有の暴風雨、それによる沿岸の氾濫・高潮によって、砕ける大波の海岸線での挙動による海水飛沫やエアロゾルの生成を促進し、海から陸への放射能拡散を促しているからである。
 親潮と黒潮という二つの海流が、海洋汚染を移送し東日本の太平洋岸の沖合いにおいて混ぜ合わせる上で重要な影響を及ぼしている。通常、福島沿岸地域ではこれら二つのうち親潮がより支配的なものである。親潮は、南方向に流れる強力な海流で、冷たく栄養豊富な極地の海水を運んでおり、北から、本州の東海岸沖の全線を通って、南は東京の近くまで流れ、そこで黒潮と出会う。親潮には有機物が豊富に含まれるので、トリチウム水が親潮に放出された場合、有機トリチウムの形成が促進されることになろう。
 黒潮は本州の南の海岸に沿って東および北に熱帯の温かい水を運び、その後親潮と衝突して合体する。合体した二つの海流は、その後、東および北東に向きを変え、日本の海岸から離れて、北太平洋海流として太平洋を流れる。福島原発事故以来、北太平洋海流は、放射性物質を日本から北アメリカに運ぶ可能性があるため、大いに注目されてきた。福島事故により海洋に放出されたセシウム137の研究の結果、放射能が北太平洋海流によって実際にカナダの大陸棚海域に運ばれたことが立証された。環境中のセシウム濃度は事故から約二年以内に事故前の二倍となるレベルに上昇した。
 事故を起こした福島原発からは、事故後もトリチウム水の放出が続いているが、定量的な測定はなされていない。このことと連動して、海洋と沿岸地帯のトリチウムについて詳細で広範囲にわたる調査も報告もまったく行われていない。太平洋沿岸の海水、野生生物と海産食品、潮間環境、沿岸地帯の陸上環境や住民などについても未調査である。今までに放出されたトリチウムによっては海岸地帯に住む住民の被曝は「なかった」とする主張には、すべて、重大なデータの欠落があり立証がなされていない。このような状況下で、非常に大量かつ高濃度の貯留トリチウム水を、極めて大量の放射能が含まれると推定されているにもかかわらず放出するという今回の計画は、まさしく禁忌(決して行ってはならない処方)である。このことは明確である。
 私は、海洋放射能の分野での30年以上の研究に基づき、強い確信を持って以下の結論に達しないわけにはいかない。すなわち、福島から海流の流れる下流の沿岸住民は、食事による摂取から、海産食品と陸上農産物から、トリチウム水および有機トリチウムとしてのトリチウムに被曝し、海洋および沿岸の「危機的住民集団」となる危険性が高い。海から陸への拡散により空気中を運ばれるトリチウムおよび有機トリチウムを吸入してその放射能に被曝する可能性のある住民もまた、福島事故による「危機的沿岸住民集団」となることがが強く示唆されている。
 トリチウムの危険性についての科学的な証拠が明らかになる中で、前述したように重要データが提示されないまま90万トンを超える高濃度のトリチウム水の放出が計画されている状況の中で、私は結論せざるを得ない。この計画には、科学的な厳密さも正当性もなく、本州海岸部(福島からの海流の下流側)および陸上部の沿岸地帯住民が被るであろう被曝の健康影響に対してあまりにも無責任である、と。

トリチウムを含む福島原発放射性廃液の海洋投棄に反対する決議

2018年07月

トリチウムを含む福島原発放射性廃液の海洋投棄に反対する決議

市民と科学者の内部被曝問題研究会有志及び内部被曝を憂慮する市民と科学者


2018年7月20日


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トリチウムを含む福島原発放射性廃液の海洋投棄に反対する決議(pdf,4ページ,231KB)


福島原発事故によるトリチウム総量は約3400兆ベクレル、2014年3月でタンク貯留水中に830兆ベクレルのトリチウムがあると発表されている。この膨大な放射性廃液はその後も増加する一方である。そのため、漁連などの反対運動の隙があれば、政府・東電はトリチウムを含む福島原発事故廃液の処理・処分として、それを希釈して海洋に投棄しようとしてきた。現在、ここに至っていよいよ政府は海洋投棄の実施に踏み切ろうとしている。原子力規制委員会の更田豊志委員長は規制するどころか海洋投棄を提唱し、先導している。
我々は以下の理由で放射性廃液を海洋に投棄することは決してすべきでないと考える。

1.トリチウムは生命・健康への危険性が少ないと誤解されているが非常に危険な放射性物質である。なぜなら、人体の大部分を占める通常の水と化学的に区別がつかず、生体のあらゆる場所に取り込まれ、内部から被曝させ、活性酸素等を介して間接的に細胞膜やミトコンドリアを破壊する。また、直接的に遺伝子、DNAの化学結合を切断する。トリチウム特有の危険性として遺伝子の水素原子とトリチウムが入れ替わるとベータ(β)崩壊でトリチウムがヘリウムに変わることによって遺伝子の化学結合が切断される。
植物は炭酸同化作用によって水と炭酸ガスからでんぷんを作る。このでんぷんの水素原子がトリチウムに変わることによって有機トリチウムが形成され、動植物や人間が体の一部としてその有機トリチウムを長期間取り込み、内部被曝する。

2.このようにして、原発から放出されたトリチウムによって玄海原発周辺の住民の白血病の増加、世界各国の再処理工場周辺の小児白血病の増加、原発周辺の小児がんの増加等が報告されている。現実に被害が発生しているのである。

3.たとえ、希釈して海洋投棄されたとしても食物連鎖などの生態系を通じて濃縮される。さらに気化してトリチウムを含む水蒸気や水素ガスなどとなって陸地に戻り、環境中を循環する可能性がある。希釈すれば安全というのは過去に多くの公害問題でくりかえされた誤りであり、環境に放出される総量こそ問題である。それ故、放射性物質や有害物質は徹底的に閉じ込め生態系から隔離することが公害問題では唯一正しい原則的な対応である。

以上のようにトリチウムは半減期が12年と長く、長期にわたって環境を破壊する。生体の大部分を、さらに遺伝子をも構成する水素の同位体であるから、希釈して投棄して安全とは言えない。それ故、トリチウムの海洋投棄を決して行わないよう政府・原子力規制委員会に強く要請する。


決議賛同者氏名 

市民と科学者の内部被曝問題研究会有志及び内部被曝を憂慮する市民と科学者
10月29日現在

個人
淡川典子、青木幸雄、青柳行信、荒井康裕、上里恵子、吾郷健二、吾郷成子、
阿部毅、阿部 健太郎、阿部めぐみ、有田武生、アントニオ弓削、池田 慈、池村奈津子、
石野はるみ、石岡敬三、石川隆之、石下直子、石田悟、石田紀郎、石田祐三、
石堂太郎、伊集院真知子、泉 和代、市川澄夫、伊藤和子、伊藤廣昭、稲垣博美、
稲垣睿、稲村 守、乾喜美子、入江紀夫、印南敏夫、今田裕作、岩田深雪、
上野益徳、上野祥子、魚住 公成、魚住 優子、内田千可史、内海洋一、宇野朗子、
浦谷 利江、衛藤 英二、遠藤順子、エンリー・マギー、及川洋子、大倉純子、大倉弘之、岡田俊子、小笠原信、小木曽茂子、大島建男、大竹進、大沼淳一、大見哲巨、
大和田幸嗣、大湾宗則、岡山邦子、岡山伸一、岡山文人、奥村 榮、奥森祥陽、
尾崎一彦、尾崎憲正、尾崎宗璋、長田満江、小張佐恵子、落合栄一郎、落合祥堯、
小田切 豊、小野寺晶、小野英喜、折原利男、葛西敦子、柏木幸雄、柏木美千代、
片岡光男、勝部明、加藤 能子、兼平 薫、川崎陽子、川添 務、河原よしみ、
木次昭宏、北上雅能、北野庄次、木原和子、木村千亜紀、許照美、日下部信雄、
くじゅうのりこ、熊谷まき、熊崎実佳、黒河内繁美、黒田節子、黒田レオン、黒田ローザ、桑門宏行、鍬野保雄、權 龍夫、小泉眞理子、国分 天、小柴信子、児玉順一、
小橋かおる、後藤五月、小林立雄、小林久公、小林 和彦、小林初恵、小針修子、
小東ゆかり、小宮市郎、古村一雄、小山潔、コリン・コバヤシ、今 正則、近藤 務、
近藤宣子、今野 寿美雄、斉藤さちこ、齊藤智子、佐久間む津美、佐田 徹、佐藤和利、
佐藤京子、佐藤大介、佐藤文雄、佐原若子、澤田昭二、茂田初江、茂田敏夫、
志田弘子、しばた圭子、嶋田美子、島安治、清水美智子、下澤陽子、下館洋子、
下山久美子、庄司善哉、白井 健雄 、白鳥紀一、菅原佐喜雄、杉田くるみ、杉野恵一、
鈴木則雄、鈴木紀雄、鈴木伸幸、砂川正弘、清木和義、高石 昭、睫斛柁、
高木 伸、高階喜代恵、高瀬光代、高橋精巧、高橋武三、高崎 洋子、眈祥昌、
谷崎嘉治、滝本 健、田口弘子、竹内育子、竹添みち子、竹浪純、田代真人、
橘 優子、舘澤みゆき、田中章子、田中一郎、田中和恵、田中清、田中慶子、
田平正子、玉城 豊、辻 陽子、辻本 誠、土屋 直宏、哲野イサク、寺尾光身、
友田シズエ、外谷悦夫、冨田孝正、中川悦子、中川慶子、中川洋子、中沢浩二、
長尾高弘、長澤民衣、中須賀 徳行、永田文夫、名出真一、中西 綾子、中村由紀男、
那須圭子、奈良本英佑、難波希美子、西尾正道、西川生子、西川隆善、西里扶甬子、
西山龍之、二瓶一夫、根岸貴通、根本 勘、野口幹夫、野村修身、萩原正子、
萩原ゆきみ、波嵯栄総子、橋爪亮子、橋本恵美、長谷川昭一、馬場利子、林敬次、
原田二三子、平佐公敏、平野良一、廣田 恭子、福島敦子、藤井隼人、藤井弘子、藤原寿和、舩冨和枝、フォーク者イサジ式、星川まり、堀江みゆき、松井英介、松井和子、
松岡由香子、松尾美絵、松沢哲成、松久寛、松本理花、三浦翠、見形プララットかおり,
三上幸子,三澤泰幸、水鳥方義、水野千春、水野康子,水戸喜世子、宮尾 素子、
宮口高枝、宮嵜やゆみ、宮下京子、宮永崇史、向平恵子、向平真、三ツ林安治、
三室勇、武笠紀子、望月逸子、森下育代、森田眞理、守田敏也、森野潤、
矢ケ崎克馬、八木和美、梁取洋夫、矢野勝敏、山岡あきこ、山岸康男、山口サエ子、
山崎清、山崎知行、山崎正彦、山下優子、山田五十鈴、山田清彦、山田耕作、
山田勝暉、山田信太郎、山田敏正、山田 誠、山本清子、山本英彦、横山恵子、
横山義弘、横山由美子、吉田明生、吉田恵子、吉田素直、吉田千佳子、吉田若子、
米澤鐡志、わしおとよ、渡辺悦司、渡辺典子、渡辺眞知子、和田千重、
293名

Dorothy Anderson、Ellen Atkinson、Kim Atkinson、Frank Belcastro, Richard Booth,
クリス・バズビー/Cristopher Busby, Patrick Bosold, ノーマ・フィールド/Norma Field、チェイス洋子/Yoko Chase, Adam Broinowski、Thomas Cannon, Anneke Corbett、Cara Campbell, John Dunn, Kathy Durrum,  Matt Eager,  Nancy Lee Farrell、 Jane Feldman,  Tom Ferguson、Jeff French、 Roxanne Friedenfels, Deb Fritzler、Rachel Fulcher、Subrata Ghoshroy、Mark M Giese、Stephen Gliva 、Steven Goldman 、 Norda Gromoll, Maureen K. Headington、Elaine Holder, Carol Jagiello, 
Annette Jacobson、Marylia Kelley、Ellen Koivisto, Cheryl Kozanitas, Don Light, Victor Lau, Sandra Malasky Victor Lau, Don L. John Liss, Andy Lupenko、
Martha E. Martin, Meg Mazzeo、Susann McCarthy、Gary Michael、Susan Monaster、Bernardo Alayza Mujica、Nancy Neumann、Tom Nieland、Sharon Nolting、
Patricia Orlinski , Allison Ostrer, Carol Joan Patterson、Judi Poulson,
Oscar Revilla, Mary Rojeski, Mark D. Stansbery、Sister Gladys Schmitz,
Forest Shomer、Gerritt and Elizabeth Baker-Smith, Jaune Smith, Edh Stanley、
Bob Stuart, James Talbot, Nick Thabit、 Sharon Torrisi, Dennis Trembly,
Mary A. Vorachek, Jody Weisenfeld 、 Carolyn Whiting、 Woofwow、
73 293+73=366
366 Individuals:

団体
明日は我が身のフクシマ実行委員会、我孫子の子どもたちを放射能汚染から守る会
エナガの会(戦争しないさせない市民の会・柏)、太田川ダム研究会、
オールターナティブズ、核燃から郷土を守る上十三地方住民連絡会議、
核燃を考える住民の会、京都脱原発原告団、
クライストチャーチの風 、原発いらない牛久の会、
原発いらん!山口ネットワーク、原発止めよう! 東葛の会、
原発の危険性を考える宝塚の会、さよなら原発神戸アクション、
三陸の海を放射能から守る岩手の会、静岡放射能汚染測定室、  
常総生活協同組合、常総生協・脱原発とくらし見直し委員会、
白井子どもの放射線問題を考える会、全国金属機械労働組合港合同アート・アド分会、
脱原発はりまアクション、脱被ばく実現ネット、
ティナラク織の会「カフティ」、とりで生活者ネットワーク, 
日伊の架橋−朋・アミーチ、東日本大震災被災者支援千葉西部ネット、
常陸24条の会、福島応援プロジェクト茨城、
放射線量測定室・多摩、 放射能NO!ネットワーク取手、
放射能からこどもを守ろう関東ネット、放射線から子どもたちを守る三郷連絡会、
民間福島事故収束委員会(57名)、よそものネット・フランス、
Nuclear Energy Information Service, JAN (Japanese Against Nuclear) UK、
Nukewatch、 Sayonara Nukes Berlin、
Stand Up/Save Lives Campaign、Nuclear Watch South、 
Beyond Nuclear、
41団体


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